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第39回:いのちの長さ

第39回:いのちの長さ

2026.10.08田中 大介(自治医科大学医学部・大学院医学研究科 教授)

 今回から新たに南江堂の刺客……じゃなかった、編集者が交代となり、前任者のSさん(第1回~第10回)とYさん(第11回~第38回)に負けず劣らずの才媛として名高いOさんにご担当いただくことになりました。思えば2023年7月に始まったこのコラムも、あれよあれよという間に3年以上の月日を重ねて現在に至るわけですが、長年にわたるご愛顧への感謝にコジツケて、今回は「寿命の長~い生物」に焦点を当てたフィールドワークの旅に出かけてみましょう。

200年生きたカメ、500年生きたサメ

 当然ながら我々も生物ですので、まずは人間の話から。日本は世界的にみてもトップクラスの長寿国と言われて久しいですが、直近の政府統計によると2025年の時点で日本人の平均寿命は男性81.35歳、女性87.33歳1)。2052年には男性85.89歳、女性91.94歳まで延びると推測されています。人体の生理学的な仕組みを考えると、大体このあたりが生物種としてのヒト、つまりホモ・サピエンスの平均寿命の限界なんじゃないかという意見もあるようですが、その一方でテクノロジーの発展によって平均寿命が100歳を超える時代が到来するという意見もあり、こればかりはナンとも言えないというのが正直なところです。尚、現在存命している人間としては英国人女性のエセル・ケータハムさんが1909年生まれの117歳で最高齢ですが、これまでに公式記録として確認されている最高齢はフランス人女性のジャンヌ=ルイーズ・カルマンさん(1875-1997)だそうで、なんと122歳!しかもこのカルマンさん、100歳まで自転車に乗り、114歳の時には本人役で映画に出演、さらには117歳までスパスパとタバコを吸っていたのだとか。まあ喫煙の是非はともかくとして、元気なおばあちゃんであったのは間違いありません。

 それでは、今のところ人間の最高齢として記録されている122歳を上回る生物はいるのでしょうか? 実はこれ、ちょっと難しい問題。というのは、もちろん年齢を尋ねて「今年で〇〇歳です」とか「我々の平均寿命はだいたい〇〇歳かなあ」なんて答えてくれる生物などいるはずもありませんから、あくまで推定の域を出ないのですよ。とは言え、個体として確認された限りでは、人間の最高齢を上回る長寿の生物がいることも事実です。たとえば長寿の象徴として昔から言い伝えられてきたカメの仲間は概して長生き。過去の飼育記録でも100歳を超えたケースは数多く存在します。まず、下の写真の左側に掲げた、マダガスカルに生息するホウシャガメ。あの探検家キャプテン・クック(本名ジェームズ・クック、 1728-1779)がトンガの王室に献上して「トゥイ・マリラ」と名付けられた個体ですが、1965年に残念ながら息を引き取った際、その年齢は188歳だったそうです2)。右側に掲げたのはリクガメの一種でアルダブラゾウガメの「ジョナサン」。こちらは英領セントヘレナ島で未だ存命中で、1832年頃に孵化したと伝えられていますから現在なんと194歳! さすがに「亀は万年」とまではいかないでしょうけれど、長生きして記録を更新してほしいものですね。

ホウシャガメ「トゥイ・マリラ」(剥製)とアルダブラゾウガメ「ジョナサン」
[左:Wikimedia Commons,撮影者:Sommerer JC,パブリックドメイン,〔https://commons.wikimedia.org/wiki/File:TuiMalila.jpg〕, 右:同,撮影者:Kevstan,パブリックドメイン,〔https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jonathan_Tortoise_2020.jpg〕(最終確認:2026年9月28日)より引用]

 ところがどっこい、上には上があるものです。先ほどのカメのように200年近く生きているだけでも驚きですが、主に北大西洋の海域に生息するニシオンデンザメというサメは、その2倍以上に当たる500歳に達すると言われています。これはニシオンデンザメの生態を調べるために、捕獲した個体の眼球にある水晶体を放射性炭素年代測定法で解析したところ、392歳±192歳という驚くべき結果が出たことで判明したもの3)。通常、樹木の年齢を年輪から解析するのと同じく、脊椎動物、とりわけ魚類の年齢を測る際には脊椎にある「輪紋」という部分を解析することが一般的です。しかし、このニシオンデンザメの年齢に関する結果を公表した研究者によると、あまりに成長のスピードが遅く脊椎が柔らかすぎて採取が難しいため、基本的には生きている間ずっと成長し続ける水晶体を調べることにしたのだとか。何しろ、一説によるとニシオンデンザメは生殖器官が成熟するまでに150年程度かかるとも言われていますから、人間でいえば150歳で成人式を迎えるといったところ。それに加えて泳ぐ速度も非常に遅いということもあって、「世界一のろまな魚」なんていう不名誉な呼び方をされることもしばしば。まあ、長寿のためには「何事もゆっくりがよろしい」ということなのかもしれません。

ニシオンデンザメ
[Wikimedia Commons,撮影者:NOAA Okeanos Explorer Program,パブリックドメイン,〔https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Somniosus_microcephalus_okeanos.jpg〕, (最終確認:2026年9月28日)より引用]

「加齢」は必ずしも「老化」じゃない

 上記の事例に限らず、長寿の生物はまだまだ多数存在します。たとえば、気候変動の調査のためにアイスランドの海底から引き揚げられた、アイスランドガイという二枚貝のある個体は、最初に年齢を測定した2006年の時点では400歳前後であろうと考えられていました。それだけでも十分に長生きですが、あらためて数年後に放射線炭素年代測定法を含む多角的な解析を行ったところ、当初の推定を上回る507歳という結果が! この貝は、現代から遡ると中国の明王朝の時代に生まれたということで、「ミン」と名付けられました。日本で言えば戦国時代あたりに該当しますから、応仁の乱からずっと生きているのか……なんて思うと頭がクラクラしそうですね。

 ただ、これまで挙げてきた生物たちを上回る驚愕のご長寿さんも存在するんです。それは、ベニクラゲ。世界中の温帯から熱帯にかけて幅ひろく分布し、日本の近海にも生息しています。大きくても直径1cm程度のかわいらしいクラゲですが、なんとこのベニクラゲは成長が進むと「若返ってポリプの状態に戻る」というのですから、もうビックリ仰天と言わざるを得ないでしょう。ポリプというのは、クラゲやイソギンチャクなどに代表される刺胞(しほう)動物のライフサイクルにおける一形態で、ベニクラゲの場合はそれが幼生期。要するに、お年寄りの年齢に差し掛かると「よっしゃ! そろそろ子どもに戻るか!」と言わんばかりに、それまでの成長を逆回転させて若返るんですよ……。
 そのため、このベニクラゲは「不老不死のクラゲ」とも言われているのですが、若返りの仕組みはまだまだ判明していない部分が多く、ベニクラゲの研究が進むとアンチエイジングに関する技術にも大きな進展をもたらすのではないかと考えられています。ただし、全ての個体が「死なないままで永久に生命活動を持続する」というわけではなく、もちろん他の生物に捕食されてしまったり、若返りすることなく死んでしまったりするケースも特に珍しくはないので、厳密に言うと不老不死とまでは言えないかもしれません。それでも、第1回のコラムで書いたような「誰も死なない不老不死の世界」なんていうおとぎ話みたいな光景を実現してしまっている生物であるのは確かです。

ベニクラゲ
[Wikimedia Commons,撮影者:Totti,パブリックドメイン,〔https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Somniosus_microcephalus_okeanos.jpg〕, (最終確認:2026年9月28日)より引用]

 しかし、ここでちょっとピンと来た方もいらっしゃるのでは。それは「これまで見てきたのは動物ばかりだけど、『生物』って動物だけじゃないんじゃないの?」ということ。ええ、その通り。「生命あるもの」は動物に限らず、それこそ植物から細菌に至るまで無数とも言える生物種が存在します。そして、老化によって寿命が制限されているというのは主に動物を中心とした生物種によく見られる現象なのです。それ以外の生物種に関してはむしろ「加齢が進むと老化し、老化が限界に達すると死ぬ」というプロセスが明確に当てはまらない場合のほうが多いという見方もあるぐらいなんですよ。
 たとえば大腸菌を考えてみましょう。あ、そこのアナタ! 「ミミズだってぇ、オケラだってぇ」という歌もありますが、大腸菌のような微生物も「生きているお友だち」ですから差別しないでくださいね! そのあたりは、面白くてタメになる「とろろ先生の微生物・感染症のおはなし」にお任せすることとして、大腸菌のように遺伝子のセット(ゲノム)をひとつだけ持つ生物のことを一倍体生物と言います。そしてこの一倍体生物は、通常、細胞分裂によって自らと同じ遺伝子のセットを持つ別の個体を増やしていきますから、基本的には栄養を摂り込める限りは無限に増殖します。これってつまりは不老不死とも言える現象で、第27回に登場したHeLa細胞なんかを思い出した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 そもそも地球が誕生してから20億年ほどは、この大腸菌のように無限に分裂して増殖を繰り返す一倍体生物しか存在しませんでした(もちろん先ほどのベニクラゲのように、物理的に破壊されて消滅しちゃう場合はありますよ)。そこに「老いて死ぬ」という新たな現象が登場したのは、進化の過程で二倍体生物が出現したから。二倍体生物というのは、私たち人間=ヒトのように、オスとメスが生殖活動を行う有性生殖のはたらきによって遺伝子のセットを2つ持っている生物のこと。アダムとイブではありませんが、つまりこのように「老いて死ぬ」ということは、生物が有性生殖という活動を行うようになってから始まった現象とも言えるのです。
そう考えると、生物全体とその長い歴史を見渡せば、必ずしも「加齢=生命活動の時間を重ねる」ことが「老化=生理的な機能が低下する」ことと結びつかない場合もあるわけですが、もしかすると科学技術が今後驚くべき進展を遂げて、未来にはそんな世界が到来するかもしれませんね。とは言え、「いやあ、今回の入学式は3回目で、実はボク100歳を超えているんですよ」なんていうベニクラゲみたいな小学生がいたら、それはそれでちょっと怖い気もしますけれど……。

1)厚生労働省:令和7(2025)年簡易生命表,2026年7月24日,〔https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life25/dl/life25-02.pdf〕 (最終確認:2026年9月29日).尚、以前のコラムでも触れましたが、平均寿命とは「0歳時の平均余命」のことです。詳しくは第30回の注1をご参照ください。
2)ただしキャプテン・クックがこのカメをマダガスカルで捕獲したという明確な記録は残されておらず、そもそもマダガスカルに寄港したかどうかも不明なので、188歳という年齢を疑問視する見方もあるようです。いずれにしても稀にみる長寿であったのは間違いありませんけどね。ちなみに生前はオスだとばかり考えられていたのが、死後に調べてみるとメスだったというエピソードでも知られています。
3)Nielsen J, Hedeholm RB, Heinemeier, J, et al: “Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus). Science 353 (6300), 702–4, 2016

田中 大介

自治医科大学医学部・大学院医学研究科 教授

たなか・だいすけ/1995年に金沢大学経済学部経済学科卒業後、三菱商事株式会社入社。6年間の商社勤務を経て2001年に東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻に入学し、修士課程および博士課程を修了して博士(学術)取得。早稲田大学人間科学学術院などで教職を経て、2020年に自治医科大学医学部・大学院医学研究科教授に就任。専門は文化人類学・死生学。大学院生時代は葬儀社に従業員として数年間勤務するというフィールドワークを展開し、その経験をもとに執筆した『葬儀業のエスノグラフィ』(東京大学出版会,2017)をはじめ、主に現代的な葬制への関心を通じて「死をめぐる文化」の調査研究を進めている。

企画連載

おとむらいフィールドノート ~人類学からみる死のかたち~

人間が死ぬってどういうことなんだろう……。このコラムでは、人類学者である筆者があれこれと書き留めていくフィールドノートのように、死・弔い・看取りをめぐる幅ひろく豊かな文化のありかたを描き出していきます。ご自身が思う「死」というものを見つめ直してみませんか。

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