本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。
第13回『オアシス』(イ・チャンドン監督/ソル・ギョング,ムン・ソリ主演,韓国,2002)

作品のあらすじ
ひき逃げによる死亡事故で服役していた青年ジョンドゥ。出所し家族のもとへ帰ったものの、彼らからは疎まれています。家族に迷惑をかけ続けながらも、つてでなんとか仕事を見つけて社会に復帰しました。
お供え物を持って謝罪に出向くジョンドゥですが、遺族である被害者の息子は引越しの真っ最中。彼は重度の脳性まひを有する妹のコンジュをアパートにひとり残し、自分たちはコンジュの名義で入居した障碍者向けマンションに移ろうとしていました。
コンジュが気になるジョンドゥは、花束を届け、隠してある合鍵を使って彼女の部屋に立ち入ります。コンジュは侵入者に怯えますが、ジョンドゥは彼女を可愛いと思っていたのだと告げ、電話番号を書いたメモを渡しました。しかし、突然行動がエスカレートし、コンジュに乱暴を働いてしまいます。パニック発作で気を失った彼女に驚き、慌ててアパートを去ったジョンドゥ。しかしその翌日、兄から屈辱的な仕打ちを受けたコンジュは、乱暴してきたはずのジョンドゥに電話をかけ……
社会から孤立した男女が惹かれあう
ジョンドゥは感情をコントロールしたり、相手の気持ちや空気を察知することができず、三度の逮捕歴があるなど悪気なく周囲に迷惑をかけてしまう青年です。コンジュは障害のために四肢が硬直し、発語もままならず、ひとり部屋に差す光や異国の絵を眺めたり、ラジオを聞いては夢想して過ごしています。
ふたりはともに家族や社会から孤立した厄介者として扱われていますが、一方でジョンドゥは乱暴を許してもらえるまで律義に正座をしてコンジュに向き合ったり、物事を深く考えられないなりにコンジュや周囲の人の役に立ちたいという気持ちも持っています。実はひき逃げは彼の兄の罪であり、ジョンドゥは「自分は刑務所に慣れているし、仕事もしていないから」と自ら身代わりになったのでした。
コンジュはというと、歴史に詳しく聡明であり、お洒落やお化粧、ロマンティックな恋愛に憧れを抱くごく普通の女性です。家族や周囲の人から面倒な存在としてぞんざいに扱われる中、自分に花束を届け、異性として見てくれたジョンドゥに、彼女は惹かれていきます。ジョンドゥもまた、疎まれていた自分を受け止めてくれたコンジュを喜ばせようとデートに連れ出すなどして、彼らは互いにとってかけがえのない存在となっていきます。
真に美しいもの、正しいこととは何か
社会的困難を抱える男性と身体障害者の女性のかかわりを描くなかで、ジョンドゥの乱暴をはじめ思わず目を背けたくなるようなシーンもみられました。しかし、ふたりが楽しいひと時を過ごし、お互いへ優しい眼差しを向ける場面は美しく、彼らのあり方に心が揺さぶられました。反面、ジョンドゥに「大人になれ」と諭す兄が実は弟に罪を被せていたり、結婚して家庭を築いているコンジュの兄は脳性まひの妹をアパートにひとり残そうとするなど、健常な者やごく普通に社会の一員として暮らしている者たちが弱者を利用し虐げています。本作の登場人物たちを見ていると、本当に美しいもの、正しいこととは何か考えざるを得ないような気持ちが押し寄せてきます。
終盤、コンジュと引き離されたジョンドゥは、ある夜こっそりとコンジュの元を訪れ、かつて彼女が怖がっていた街路樹の影をもう恐れなくていいようにと、必死になってその枝を切り落とします。コンジュもまたジョンドゥがいることに気づき、ラジオのボリュームを最大にして自分の存在を知らせます。非常識なジョンドゥにしかなしえない後先考えない献身と、それになんとか応えようとするコンジュの姿に、偏見に晒され続けた彼らなりの愛の形を見たような気がします。この愛こそが、困難の中生きてきた彼らの人生に湧き上がったオアシスなのではないでしょうか。