本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。
『我が美しき壊れた脳』 (ソフィー・ロビンソン、ロッチェ・ソッダーランド監督,同出演,イギリス,2014)
作品のあらすじ
名監督デヴィッド・リンチが総指揮として参加し、監督のひとりであるロッチェ・ソッダーランドの生活を記録した長編ドキュメンタリー映画。
ロンドンでクリエイティブ職として活動するロッチェはある日、脳卒中を起こして倒れているところをホテルのトイレで発見されました。先天的な血管の異常により、彼女は34歳の若さで重度の脳卒中を発症していたのです。緊急搬送されてなんとか一命はとりとめたものの、脳の言語を司る部分や視覚に重い後遺症を負うこととなったロッチェは、自身の身に起きたことを忘れないよう病後の生活やリハビリのようすを動画で撮影することに。
しかし、脳卒中をきっかけに日常生活動作や、言葉を話したり簡単な単語を思い出したりすることすら難しくなっていると気付き、ロッチェは自身の症状が深刻であると認識します。彼女は「これまでの人生がすべて振り出しに戻った」と大きなショックを受けてしまい……
生活が一変した脳卒中患者の視点
病いによって一変した生活に、ロッチェは大きく困惑します。病院のベッドの上で生きている喜びを感じたのも束の間、映画の序盤はこれまで当たり前にできていたことがすべてままならなくなってしまい、状況を受け入れられずにいるシーンが続きます。脚本や文章の執筆、話すことなどを生業としてきたロッチェは、友人や家族からも「行動力があり社交的」「情熱的な人で大変な仕事もうまくこなす」と言われるエネルギッシュな人物でした。だからこそ、脳卒中の後遺症のせいで自身のアイデンティティが失われるやりきれなさや、「自分が自分である証がなくなった」「自分には何が残るのか」という強い焦燥感を感じたのでしょう。
また、彼女は病を有して生活することにとまどう姿も見せます。旅行に出かけるようなものだと思えば大丈夫だ、と自分に言い聞かせながらリハビリ入院の準備をするも、自分が“患者”であることを受け入れられずにいるようすからは、34歳と若い彼女にとって、脳卒中に倒れたことやその後遺症はまるで現実味がないことなのだと伝わりました。
後遺症のある新たな自分を受け入れる
ロッチェは最新の治療プログラムにも応募し懸命にリハビリをするも、その後てんかんのような発作が起きて、回復傾向だった症状が悪化してしまいます。前進と後退を繰り返す症状と向き合い、根気よく治療やリハビリを続けていく中で、ロッチェは脳卒中に倒れる前と後の自分は違うということ、“新しい脳”に慣れて新たな自分として生きていくことを受け入れます。自分の限界を嘆くのではなく、新しい自分に秘められた無限の可能性を見つめようとしている、というのです。彼女は医療従事者を志す学生たちに自身の経験を語るため教壇に立ったり、ドキュメンタリー映画(本作)として自身の闘病を記録した映像を世の中に送り出したりと精力的に活動しますが、これらはいずれも新しい自分にできることを探すための行動であったように思われました。
学生への講演の中で「医療従事者には何ができるのか」と質問されたロッチェは、「患者の変化に注目してほしい」と答えます。できないことに意識が向きがちだが、自分のように予期せぬ発見があるかもしれないと話すロッチェの姿に、失った能力に思いを馳せるだけでなく、病いを受容し共存することを決めた人の力強さを感じました。
本作では、ロッチェが病いを受け入れていく過程の中で、脳卒中によって視界に生じた変化をさまざまな視覚効果で追体験できるよう試みています。赤やピンク色の光がチカチカしたり、目の前を通り過ぎる自転車がぶれて歪んで見えたり……。ロッチェの目に映る世界の表現にも注目しながら鑑賞したい作品です。