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第19回:教員という立場で初めて実習指導に行き困惑した私へ

第19回:教員という立場で初めて実習指導に行き困惑した私へ

2024.04.11松田 謙一(帝京平成大学ヒューマンケア学部看護学科 講師)

 看護学生にとって、実習は貴重な学びの機会であることは言うまでもありません。実習では、これまでに修得した知識を駆使して、目の前の現象を看護の視点で解釈します。次に、対象者にとって必要な看護を原則に基づいて実際に提供します。実習期間中の学生は、睡眠時間を削り、四六時中、受け持ちの対象者のことを心に留めながら過ごします。学生にとっては、非常にストレスフルな状況です。であればこそ、私は、学生に「振り返ってみると、実習は大変であったけれど、看護って楽しいな。やりがいを感じることができたな。次はこういう看護をしてみたい」と思える経験にしてほしいと考えています。そのように感じてもらうには、学生への教育的関わりと実習病棟との協働による最適な実習環境の整備が、教員に求められます。
 今回は、このことを頭では理解していても、教員という立場で実習環境を整備できず困惑した新人教員の私に手紙を書きたいと思います。

実習指導者の立場から教員の立場に変わった私へ

 「先生は、病棟で実習指導の経験があるから大丈夫よ。困ったら相談してね」 ―これは、あなたが初めて教員の立場で実習指導が始まろうとしているときに、先輩教員からいただいた言葉です。

 あなたは、病棟で実習指導を担当している際、教員との連携を大切にしていました。患者さんや学生の様子、指導者として調整が必要なことはないかなど密に教員と会話を重ねていました。これは、「実習病棟という慣れない環境の中であっても、学生と教員が余計な気を遣わずに実習に専念してほしい。そして、学生が実習を終えた後に、看護は楽しい! この病棟で働いてみたいかも! と思ってもらえる機会にしたい」という思いがそうさせていたのでしょう。このような経験から、教員の立場で実習指導に臨むにあたり緊張していながらも、あなたは、「何とかなるでしょ。病棟の指導者さんとの協働作業だから」とどこか楽観的に考えていました。

 しかし、あなたが想定していた実習病棟ではありませんでした。実習指導者が日替わりで、なおかつ不在の日もあり、どちらかというと教員が軸となって病棟で実習を展開していくスタイルでした。病棟のオリエンテーションもあなたがやりましたね。あなたは、事前に実習病棟と打ち合わせていた内容と違う現実に戸惑いましたが、病棟の事情もあるのだろうからと遠慮して、病棟の看護管理者や実習指導者に確認することもなく、置かれている状況に必死に適応しようとしました。この遠慮は、「病棟との関係を崩したくない。クレームを言われたくない。ちゃんと実習を回すことができる教員と思われなきゃ」という思いからくるものでした。「とにかく学生の実習目標が達成できればよいのだ」と無理に言い聞かせていましたね。

 この遠慮が原因で、実習期間中、実習指導者と学生それぞれから出るすべての意見があなたに集中し、学生の実習記録の確認や指導に手が回らないほどになってしまいました。実習指導者からは「実習指導者は看護計画の内容も見た方がよいですか?」、「学校の教育方針はどうなっていますか?」、「あの学生さんにこういう指導をしてほしいです」と実習における教員と実習指導者との役割分担、学校の教育方針に関する相談や依頼がよせられました。一方、学生からは、「今日の指導者さんは誰ですか? いつ行動計画を発表したらよいですか?」、「援助は誰とやればよいですか?」、「カンファレンスはどこでやるのですか?」とその都度困っていることの相談でした。あなたは、内心、「実習指導者と学生で直接コミュニケーションをとらず、なぜ毎日、私を介するのだろうか」と不思議に思っていましたね。これは、あなたが思い描いていた実習指導環境とはかけ離れたものでした。それを先輩教員には愚痴として吐き出すものの、相談という形での問題解決行動にはいたりませんでした。

 そして、病棟実習最終日に衝撃が走ることとなるのです。実習指導者から学生全員に、患者を理解したうえでの適切な看護ができていなかった、と厳しい言葉をいただきました。病棟を出たあと、数名の学生が泣き始め、こう言いました。「最終日ではなく途中で軌道修正してほしかったです」。

実習環境は創るもの ~教員として実習病棟に赴く意味~

 実習指導者のあなたは、あなたなりに実習環境をつくる努力をしました。それはよいことだと思います。ただ、あなたの立場は実習指導者から教員に変わったのです。実習病棟の雰囲気は学生の学びに影響することは周知のことです。教員の立場であれば、実習初日に改めて実習の目標、学生のレディネス、教員の指導観、実習指導者とどのように協働したいと考えているかを実習指導者と詰める必要がありました。これを踏まえて、初対面となる実習指導者と学生のパイプ役となって、双方の関係づくりを促していく必要もあったと思います。これも重要な実習病棟の雰囲気づくりといえるでしょう。また、この点における雰囲気づくりは教員の力量が問われていると思います。この役割を果たせなかった結果、あなたは今回の実習で、管制塔のような立ち位置になってしまったのでしょう。

 あなたはこの苦い経験を糧に、先輩教員に相談したりしながら、教員としての実習指導スタイルを徐々に確立していきます。日頃から実習病棟側が大切にしている看護観や指導観、病棟のユニークな取り組みを把握するようアンテナを立てるようになります。『実習環境は実習病棟側が整えて当然ではない。実習病棟側を理解したいという教員の姿勢から関係構築が始まり、そうして実習環境が創られる』 ―学生が安心して臨床現場で看護を学ぶことができるように、私は今もこの答えを大切に教育に取り組んでいます。

松田 謙一

帝京平成大学ヒューマンケア学部看護学科 講師

まつだ・けんいち/久留米大学医学部看護学科卒業後、虎の門病院などで計15年の臨床を経験する。その間、国立看護学大学校研究課程部看護学研究科(前期課程および後期課程)を修了し、博士(看護学)の学位を取得。2016年4月より大学教員(専門分野:老年看護学)として勤務している。『看護は楽しく、教育は熱く』がモットー。趣味は愛車でのドライブ、とても下手なピアノ演奏。※プロフィール画像は卒業生作。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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