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第3回:インシデント事例を用いた実習前オリエンテーション-西日本看護専門学校の事例

第3回:インシデント事例を用いた実習前オリエンテーション-西日本看護専門学校の事例

2022.06.22下川原 尚子(学校法人創心会 西日本看護専門学校 実習調整者)

IBL/ABLとは?

 ある看護教員の方から「インシデントやアクシデントは学生が主体的に考え学ぶきっかけになる」とお聞きする機会があり、そのような学習方法を何か言葉で表現できないかと、Incident-based learning(インシデントを基にした学習)、Accident-based learning(アクシデントを基にした学習)というふたつの造語を考えました。IBL/ABLはその略語です。
 取材を進めると、実際にIBL/ABLにあたる学習・指導をされている先生方がいらっしゃり、今回はその知見をお寄せ頂きました。本企画がインシデントやアクシデントを通した学生の学びや成長につながれば幸いです。(NurSHARE編集部)

 

はじめに

  臨地実習において、学生がインシデントにつながる場面に遭遇することはよくあるものだ。当校で過去に発生したインシデントを振り返ると、学生の確認不足などのリスク要因が事例発生にかかわったケースや、患者との関係、おかれている状況や性格の傾向等が学生の言動に影響し、事例発生につながったケースなどがあった。
 これを踏まえ当校では、様々なインシデントをもとに、インシデント場面での判断やその行動についてリスク要因と共に学生自身が自分の特性に気付き対処行動を考えることができるよう、安全に関するオリエンテーションの機会を設けることとした。

学生が素直に自分の感情や特性と向き合うことは簡単ではないが、看護師として業務にあたるうえで非常に大切なことだと考える。このオリエンテーションを通して学生が自己の理解を深めるプロセスにおいて、筆者はこの点を重視して学生とのかかわりを持つよう意識している。

当校における「安全に関するオリエンテーション」の概要

 ここでは、当校における安全に関するオリエンテーション(以下オリエンテーション)について具体例を紹介する。オリエンテーションは患者を受け持つ病棟実習の前に実施している。具体的には、1年次1月の「基礎看護学実習1」、2年次5月の「基礎看護学実習2」および10月の「老年看護学実習2」、3年次4月の全領域の実習開始の前である。
 進め方は以下の通りである。

1.事前課題を提示し個人で課題に取り組む
2.グループワークで意見交換を行い発表する
3.教員が全体のまとめを行う
4.オリエンテーション実施後、事後レポートを提出してもらう

 このオリエンテーションでは、状況や環境、学生の特性、学生と患者や臨床看護師の関係などといったインシデントのリスク要因の分析をもとに適切な判断や行動を考えるだけでなく、学生が自己の特性に気付き対処行動を考えることも目指す。学生ひとりでは自身の持つリスク要因を認知できなくても、他者の意見を聞くことで気付くことができるケースもあるため、グループワークや発表をさせることで学生間での気付きの共有を図っている。
 事前課題やグループワークで取り上げる事例については、学生のレディネスに合わせてDVD教材を用いたり、過去の実習で実際に起こった事例を参考に一部脚色したりするなど、学生がインシデントをイメージしやすい事例となるよう内容を精選している。

 グループワークでの意見交換において、多くの場合、学生たちは事例のリスクに対してとるべき行動だけに目が向きがちになる。そのため、教員が介入するまとめの場を設け、学生自身の性格・行動に関する特性についての考察が不足しているとみられる場合は、その中で事例を通して学生に気付いてほしい自分の特性について気付けるような発問をし、最終的には学生が自分自身の思いなどに向き合える助けとなるようにしている。
 また、オリエンテーションでは学生自身でとるべき行動がわかるのに、なぜ臨地ではその行動がとれないのかを考えることで、自分の特性を知る手掛かりとすることもできる。事後レポートでは、オリエンテーションを通しての学びや気付き、自分の特性や行動パターンを整理することができている。

3年生実習開始前のオリエンテーションの実際

 ここからは、3年次のオリエンテーションを例に、その実際を述べる。
 このオリエンテーションは、それまでの実習での自己の行動パターンを踏まえ実習で起こりうる場面を想定し安全に対する意識づけを行うことを目的に実施している。

 まず、オリエンテーション前の事前課題として6つの事例を提示し、自分がこの場面におかれた時どのように思うのか、そしてどのように行動するのか記述させる。この時、望ましい行動を記述するのではなく、自分の素直な気持ちや自己の行動パターンから自分が実際にとるであろう行動を記述するように伝える。
 指導向けに精選したインシデント事例は以下の通りである。

事例 ねらい
1.手術後の受け持ち患者へケアの相談に行くと、痛みが強く何もしたくないと言われてしまった場面     患者の状態を踏まえた訪室の判断、患者に投与された薬の副作用を理解し患者の状態と関連づけて考える。
2.間質性肺炎で入院している成人期の男性患者。退院を早くしたいと思って焦っている患者とのかかわり。実施計画を立案していないのに階段での歩行訓練を提案した場面     学生も患者も準備が整っていないまま、学生が発言したことが患者に与える影響を考える。
3.他学生が受け持っている患者との対応(受け持ち学生退室後に患者と二人になり、患者から「お茶をください」と言われた場面)     患者の状態の把握を十分できていない状況の中で学生が自分の性格をふまえどのように対応するか考える。
4.ワルファリンを長期間服用している脳梗塞の患者。リハビリ後、衣服に血液が付着していた場面 実習中、学習したこと(患者の状況と薬剤の副作用)を即座に関連付け行動できるか考える。
5.受け持ち患者の胃がんの手術に立ち会った数日後、患者から病状を教えてほしいと言われた場面 患者ー学生間の関係性をふまえながら、どのような状況であっても守秘義務を守ることの重要性を確認する。
6.受け持ち4日目(コミュニケーションをとれ始めたころ)、清拭時、患者からいつも貼っているシップを貼ってほしいと言われた場面 学生が行動するときに、患者の言動や患者との関係性にとらわれず、状況判断ができるか考える。

 オリエンテーションでは、この事前課題をもとに、原則として実習グループのメンバーでグループワーク(1グループ5~6人)を行い、自分ならどのように行動するかについて意見交換をさせる。グループワークを通して、一緒に実習に臨むグループメンバーの行動の傾向を知ることにもつなげてほしいと考えている。
 グループワークをしている時、教員は机間巡視しながら各グループに声をかける。「患者はなぜこのような発言や行動をしたのか」「患者の身体的状態は安定していたのか」「学生(自分)はこの時どう思っていたのか」など、学生たちが考えを深め、より活発な意見交換をできるよう質問を通して促す。

 では、6つの事例の中の1事例について、グループワーク中の学生の思考や教員が事例を取り上げたねらいなどを紹介する。

事例1 手術後の受け持ち患者へケアの相談に行くと、痛みが強く何もしたくないと言われてしまった場面    

 看護学生Nさんの受け持ち患者は手術後の患者である。本日のケアの相談に行くと「昨夜から傷が痛くてつらい、何もしたくない。夜も眠れていないから少しだけ眠らせてほしい。お願いします」と言われた。
 その後、看護師と相談し鎮痛時の指示薬ボルタレン座薬を使用した。この時も「痛みが早く取れればいいのに。きつくて何もしたくありません」と沈んだ表情で言った。
 しばらくして訪室すると患者の顔色は悪くとてもきつそうにしていた。また、額にしわを寄せて閉眼していた。この時あなたならどうしますか。

この事例においてグループワークを実施した時、学生の意見としては以下のようなものが多かった。

  • 話しかけない方が良いのか、訪問回数を減らそうか、痛みはどれくらいなんだろうと悩みながらしばらくして訪室する。
  • 気分不良なのか術後の痛みなのかわからないので患者に確認する。
  • 薬の副作用の有無や意識レベルの確認を行い異常があれば看護師に相談する。

 これらから、学生は手術後の痛み、薬の副作用からの意識レベルの低下も視野にいれ行動し異常があればすぐ看護師に報告するという、この場面での望ましい行動を考えられることがわかった。
 しかし、この事例の本来のねらいは、「夜間眠っていないから眠らせてほしい、痛みが早く取れればいい、きつくて何もしたくない」と実際に患者に言われた時に、学生はその後本当に訪室することができるのだろうかということと、実習中に患者に投与された薬の副作用を理解し患者の状態と関連付けて考えることができるだろうかということを学生に考えてもらうことであった。実際、教員がまとめの場面で「自分なら訪室できると思う?」と投げかけると、首を横に振る学生も多かった。

 事後レポートでは、「私は気が弱いから、患者から眠らせてほしいと言われたら訪室できないと思う」「紙面上だったから薬のことまで考えられたけれど、実際の患者さんと向き合ったら対応できるか不安だ」「患者に投与される薬の作用・副作用の勉強は確実にしなくてはならない」「病態の理解は大切である」などと述べられていた。

オリエンテーションの効果

 「事後レポート」と前述したが、当校ではオリエンテーション後に事後レポートの提出を課し、そこで全体を通しての振り返りを行い感じたことを述べてもらっている。
 レポートを書くための説明をする特別な時間は設けていないが、教員主導でオリエンテーションのまとめを行う際には「各場面に立ち会った時の自分の気持ちを考え、どのように行動するかを考えてほしいこと」「自己の行動パターンを知りこれからの実習の対処方法を考えることが、本オリエンテーションの大きな目的であること」をしっかりと伝えるようにしている。
 また、学生には感じたことを新鮮なうちにすぐ振り返ってもらいたいため、提出期限をオリエンテーションの翌日に設定している。

  事後レポートでは、下記のように、学生たちがこれまでの実習で感じたことを思い出し素直な気持ちで自分のとるであろう行動を考えられていることが読み取れる内容のものが集まる。

・オリエンテーションを受けて自分は患者の意に沿わない行動は患者との関係が悪くなり信用を無くしてしまうので患者の要求に応じてしまう可能性があると思った。
・自分の事ばかり考え患者の安全面に目を向けることができないかもしれない。緊張すると焦りが生じ、思考が混乱して普段できていることができなくなる。
・何度も同じ援助をしていると大丈夫だろうという感情から確認を怠る傾向にある。
・指導者が忙しそうにしていると声をかけられないことがある。
・実習中は瞬時に判断をしなくてはいけないから、オリエンテーションのようにゆっくり考えることができないため患者の感情に流されてしまう。

 このレポートから、学生たちがオリエンテーションを通して「インシデントはいつでも起こりうるものである」と改めて理解でき、自己の特性に気付き対処行動を考え実習に臨む準備ができるようになったと認識している。自分の性格や認知を踏まえ「一度冷静になり一呼吸おき考える癖をつける」「焦らないように事前の準備をしっかり行う」といった行動に留意したり、自分の発言や行動が相手に与える影響を考えることができるようになっているのだ。

 さらに、実習に臨む学生のようすを見ていると、「インシデントを起こしたくない」という考えだけでなく患者の安全を守ることを最優先で考えられるよう成長しているとも感じる。実習中は瞬時の判断が求められると理解し、ひとりで判断しすぐに行動するのではなく、迷ったときは指導者に報告・連絡・相談することができるようになっているのである。ミスをした時も直ちに指導者に報告するなど適切な対処法を考えられて、実行に移せる力は確かに身についていた。

 実習前のオリエンテーションにはどのような効果があったか学生に聞いてみると、学生からは「インシデントとは何か、理解が漠然としていたが、事例を用いて考えることで場面が具体化されイメージすることができた」「自分の傾向を知り実習に向けて気持ちが引き締まった」との声が聞かれた。
 インシデントを起こさないようにどう行動するか、どう考えるか、自分や他の学生の意見を思い返したり、実習中、事例と同じような場面になった時に確認すべき点を思い出し行動したりできたため、インシデントを未然に防ぐことができたという学生もいた。さらに、実習中、他学生の行動が「インシデントにつながるのではないか」と学生が気付くこともあり、自他のリスク管理に対する学生の意識を高めることにも寄与していたのではないかと考える。

まとめ

 前述の通り、当校のオリエンテーションでは実際のインシデント事例を用いることでインシデントに潜むリスクを明確にできるよう図っているが、その中でも“リスク”となりえるインシデント場面の背景や個人の性格、行動特性は学生によって違う。そのため、同じような場面であっても多様な反応を示すことがある。オリエンテーションを通してこれを学生自身が理解し、自己の特性をふまえ、リスクに対する対処行動を考えて実習に臨むことで防げるインシデントもあった。

 しかし、それでもインシデントは全て防げるものではない。インシデントが実際に起こった場合は、その事例のリスク要因、その状況を振り返り、学生の特性が影響を与えていればそれに気付かせるようにすることが大切である。必要に応じて繰り返し繰り返し指導していき、学生自身がその特性を認識し対処行動がとれるようにする事が重要であると考える。
 今後もインシデント事例に潜むリスク要因に目を向けるだけでなく、学生ひとりひとり自らの特性に気付けるようなオリエンテーションと実習指導を行っていきたい。

下川原 尚子

学校法人創心会 西日本看護専門学校 実習調整者

しもがわら・なおこ/国立小倉病院附属看護助産学校看護婦科及び助産婦科を卒業し、社会保険田川病院に助産師として勤務する。その後学校法人創心会西日本看護専門学校に教員として勤務。現在に至る。令和3年度日本看護学校協議会教務主任養成講習会を修了。2匹のトイプードルと暮らす愛犬家で、うち1匹は最近自宅に迎えた仔犬。

フリーイラスト

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