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第1回:なぜ看護実習のDXが必要とされているのか

第1回:なぜ看護実習のDXが必要とされているのか

2024.04.04北得 美佐子(東京医療保健大学和歌山看護学部/和歌山看護学研究科 教授/学長戦略本部学修基盤推進室 副主幹/看護系ICT教育チーム 代表)

はじめに

 コロナ禍以降、オンライン教育が一気に普及したことにより、様々な教育ツールが導入され、看護教育においてもデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:以下、DX)が促進されました。電子書籍ビューアを用いた電子教科書や、学習支援システム(Learning Management System:以下、LMS)を用いた講義資料の電子配布、録画された講義映像を視聴するオンデマンド授業なども普及しています。しかし、教育DXへの円滑な情報通信技術(Information and Communication Technology:以下、ICT)教材の導入および活用と比べ、実習記録のデジタル化はほとんど行われていない現状があります。

手書きの実習記録の負担と、デジタル化の教育的効果

 看護学生にとって“記録を書く”ということは、看護過程を展開するために重要な経験であり、知識・実践・経験を統合するための思考をまとめる大切な作業です。しかしながら、授業での事例演習課題や実習期間の記録には多くの時間を費やし、学習時間や睡眠時間、実習時にはベッドサイドへ赴く時間を割く原因にもなり、学生時代に最も苦労する課題の一つと言えます。実習指導を行う教員においても、紙媒体による実習記録を取り扱う場合は、遠い施設であっても実習施設に赴き学生への記録指導を行わなければいけない状況となるため、看護実習は、学生にとっても、指導する教員にとっても大変負担が大きいものです。
 一方で、電子カルテの記録を看護教育の早期に取り組み(図1)、デジタル環境で正確に記載する教育を行うことは非常に重要であり、電子カルテの使用は、看護学生の患者ケアにおける自信の向上や批判的思考能力の向上につながるという報告1)があります。

図1 筆者の勤務する大学のLMS上に作成された実習記録の記入フォーマット
 

臨床での実態と照らした実習記録のデジタル化の必要性

 日本の医療現場における電子カルテシステムは、令和2年時点で400床以上の病院の91%が導入している(図2)2)ことから卒業後に看護師として着任すると、患者の状態を把握するための情報収集や看護計画の立案、実施後の記録を電子カルテ上で行う可能性が高いといえます。人が管理する重要なものとして、情報と同じくらい“時間”が挙げられますが、新人看護師は、業務に時間がかかることを先輩看護師たちから指摘されることも多いようです。そして、新人看護師の残業や離職の理由には、電子カルテのへ記録の困難さが挙げられています3)
 これらのことから、看護基礎教育の実習におけるデジタル化、ICTの活用によって、学生および看護教員の負担を軽減・改善し、デジタル環境で正確に記載する教育を行うことは非常に重要であると考えられます。

図2 電子カルテシステム等の普及状況の推移
[厚生労働省:医療分野の情報化の現状.医療分野の情報化の推進について,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html〕(最終確認:2024年3月26日)より引用]
 

なぜ実習記録のデジタル化がなかなか促進されないのか

 しかし実習記録のデジタル化がなかなか促進されない理由として、「個人情報の漏洩リスク」や「実習施設の電子媒体の使用ルール」「関係者全員の共通理解が得られない」「実習施設が多岐にわたり統一的な対応がとりづらい」など、看護実習におけるICTやデジタル教材の導入にはハードルがあり、このようなことからスムーズにデジタル化実施に向けた取り組みが行えない教育機関が多いということが挙げられます。また導入費用が比較的高額であることや指導する教員が負担を感じてしまうことも課題であると考えられます。

実習記録デジタル化の実施事例を共有・報告することの意義

 筆者が勤務する東京医療保健大学和歌山看護学部では、2022年度よりICT推進委員会を設置し、DXマネージャーやアクションプラン担当者などとの協働により、教育DXの推進を担っています。実習記録については、LMSを活用した実習記録のデジタル化を進めており、現在は成人看護学領域で2つのLMSを演習や実習に活用しています。また同大学の立川看護学部では全領域での実習記録への活用を開始しました。
 導入の方法や技術的な面での実施方法については、筆者が管理運営する非営利教育組織である『看護系ICT教育チーム』で情報共有しており、立川看護学部や京都橘大学との協働により看護系学会の交流集会などでも報告(図3)しています。
 これらの場で報告することによって、実習記録のデジタル化については、LMSの活用によりアプリケーションの導入コストを抑えながらデジタル記録に移行できることや、タブレット使用によるペーパーレス化の推進などのメリットについてお伝えすることができました。一方で、施設への対応や個人情報の取り扱い、データ保護の仕組みの導入、PC操作が苦手な学生への対応、システムを通じた学生・教員間のコミュニケーションの深め方など、今後取り組み解決していかなければいけない課題への示唆をいただける機会にもなりました。交流集会では参加者の方々の関心の高さが伺え、大変有意義であったと思います(図4)。

図3 第33回日本看護学教育学会 交流セッションでの報告

 

図4 第43回日本看護科学学会 交流集会での質疑応答(slido🄬


 次回以降の記事では、実習記録のデジタル化の実際として、導入事例から、実習記録のデジタル化の方法や課題について具体的に紹介します。また課題として挙げられている、実習記録のデジタル化において押さえておきたいセキュリティの基礎知識などに関することをご紹介していきます。この連載が看護実習におけるICT・デジタルの導入の参考となり、ひいては看護教育における実習のDX(看護実習DX)が進む一助となれば幸いです。

【引用文献】
1)Holland C, Stuber M, Mellon M: Integrating an innovative, cost-effective electronic documentation system for undergraduate nursing students. Computer Informatics Nursing 39(11): 736-740, 2021
2)厚生労働省:医療分野の情報化の現状.医療分野の情報化の推進について,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html〕(最終確認:2024年3月26日)
3)Ommaya AK, Cipriano PF, Hoyt DB et al: Care-centered clinical documentation in the digital environment: Solutions to alleviate burnout. NAM Perspectives: 2018. doi: 10.31478/201801c

北得 美佐子

東京医療保健大学和歌山看護学部/和歌山看護学研究科 教授/学長戦略本部学修基盤推進室 副主幹/看護系ICT教育チーム 代表

きたえ・みさこ/大阪府出身。大阪市立大学大学院看護学研究科前期博士課程修了〈看護学修士〉。臨床勤務15年を経て、2007年より堺市医師会堺看護専門学校の専任教員に着任。2012年関西医療大学講師、2016年同准教授、2019年東京医療保健大学和歌山看護学部看護学科准教授を経て2022年より同教授。研究テーマは『がん患者の遺族に対する緩和ケアの質の評価』。近年は、『インストラクショナルデザインを用いた授業の評価』についても探求している。

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