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第2回:看護職が出会う人々に生じている体の変化(後編)

第2回:看護職が出会う人々に生じている体の変化(後編)

2024.10.02菱沼 典子(聖路加国際大学 名誉教授)

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危機を乗り切るもう1つの役者

 私たちの体が内外からの刺激に対応できるのは、刺激を感受する、反応を決める、決めた反応を実行するという、体の中での情報の流れがあるからです。情報は化学物質または電気で伝わります。交感神経は情報を受け取る時、受け渡す時に、アセチルコリンやノルアドレナリンという化学物質を使います。神経細胞は情報を受け取ると、この情報を電気に変換します。神経細胞は次にその情報を受け渡すところまで神経細胞自身の手を伸ばしていて(これを軸索または神経線維と呼びます)、軸索は電気刺激で情報を伝えていき、次の細胞への受け渡す時には、化学物質を使います。この化学物質を、神経伝達物質と呼びます。ノルアドレナリンは神経伝達物質ですが、副腎髄質から分泌されているホルモンでもあり、同じ物質が、神経伝達物質としても作用するし、ホルモンとしても作用しています(図1)。

図1 ホルモンと神経伝達物質

 私たちの体には生物としての進化の跡が残っているとよく言われますが、ホルモンと神経伝達物質もその1つです。植物にも、ホルモンはあります。ホルモンは内分泌細胞で作られ、体液(血液)中に分泌される化学物質で、体液の流れに乗って運ばれ、作用する細胞(標的細胞)に行き着くと取り込まれます。ライオンの話に戻りますが、ライオンに出くわしたとき、体液の流れに沿って情報が回るとしたら、闘争か逃走の準備をする前に、命を落としてしまうでしょう。情報の流れを早くするために進化したのが、動物における神経系なのです。ホルモンの方が進化的には古く、動物はホルモンを神経伝達物質に転用して、進化してきたのです。「スワ大変!」というとき、まず神経系が即効性、短時間の対応をします。続いてホルモンが遅効性、継続的な対応をします。

 このホルモンは交感神経―副腎髄質系のアドレナリン、ノルアドレナリンと、視床下部―下垂体前葉―副腎皮質系の糖質コルチコイド(グルココルチコイド)です。副腎は皮質と髄質からなる内分泌器官で、髄質は交感神経の支配を受けて、主にアドレナリン、またノルアドレナリンを分泌します。皮質は下垂体前葉から分泌される副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropichormone:ACTH)によって、3種のステロイドホルモンを分泌しています。皮質から出るホルモンはいずれもコレステロールから生合成され、糖質コルチコイド、電解質コルチコイド、性ホルモンに大別されます。副腎皮質ホルモンが生体の内外の刺激に対応する重要な役割を果たしているのを見つけたのは、セリエ(Selye H[1907~1982])1)です。

ストレス

 ストレスという言葉は、日常語として広く使われています。もともとは「ゆがみ」という意味で、キャノンとセリエによって生理学に持ち込まれました。ゆがみの原因になる圧力をストレッサーと名付けたのは、セリエです2)。セリエは、体に負担がかかる原因(ストレッサー)が何であっても、①副腎皮質の肥大、②胸腺・脾臓・リンパ節などのリンパ組織の萎縮、③胃・十二指腸の出血・潰瘍、という3つの反応が生じることを見出しました。セリエはこの反応を「汎適応症候群」と名付け、のちに「ストレス反応」と呼びかえました。

 セリエは、汎適応症候群は、病者に共通してみられる元気のなさ、病人らしさであり、「まさに病気である症候群」とも表現しています。そしてこれらの反応が、副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドによるものであることを見出しました。ストレッサーに曝露する、それが肉体刺激であっても情動刺激であっても、その情報は視床下部の室傍核に集まります。室傍核から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasinghormone:CRH)の分泌が増加します。視床下部は脳の一部ですが、室傍核の細胞は神経細胞からの情報を受け、ホルモンを分泌します。神経細胞と内分泌細胞の両方の性質を持つ細胞で、神経分泌細胞と呼ばれています。これも、進化のプロセスを見せてくれている細胞ですね。CRHは下垂体前葉に作用し、ACTHの分泌を促進します。ACTHは副腎皮質を刺激して副腎皮質ホルモンの分泌を促すため、副腎皮質の細胞が肥大するのです(図2)。

図2 ストレッサーに対する神経・内分泌の反応

 糖質コルチコイドは、血液中のブドウ糖(血糖値)を保つ働きをします。血糖値を上げて、体がストレッサーと闘うのに必要な糖を供給します。糖質コルチコイドには、抗炎症作用(炎症を抑える作用)もあります。リンパ球の分裂を抑えるので、リンパ節や胸腺が萎縮し、免疫系の働きが抑制されます。あるストレッサーに反応してストレス反応が起こり、免疫機能が抑制されている時に、違うストレッサーが侵入しても、見逃してしまう可能性があります。これが、風邪のひきやすさにつながるのです。また、糖質コルチコイドは胃の粘液分泌を抑え、胃液の分泌を促進すると言われています。セリエはストレス反応を、時間経過で、警告反応期、抵抗期、疲憊期の3期にわけています(図3)。

図3 セリエの汎適応症候群
[セリエ著,杉靖三郎他訳:現代社会とストレス,法政大学出版局,p.115,1988より引用]

 ストレッサーに曝露し、ショックを受けて血圧も下がるという状況から、キャノンの言う緊急反応が起きる時期が警告反応期です。その後ストレッサーの刺激が続くと、副腎皮質が肥厚し、ホルモンがたくさん出る抵抗期になります。しかし抵抗期が続くと、副腎皮質は疲れてやせてしまい、ホルモンを出せなくなります。この時期を疲憊期といい、そのまま糖質コルチコイドが不足すると、死に至ります。私は病理科で勉強していた時、病理解剖に立ち会いましたが、急変して亡くなった方の副腎の断面は、肉眼でも黄色く厚く見えましたが(ステロイドは脂質なので黄色く見えます)、頑張り抜いて亡くなった方の副腎皮質は、本当に一筋の黄色い線になっていました。 

病者に共通する食欲不振・不眠・便秘・易感染性へのアプローチ

 病気(感染を起こしている、出血している、痛みがあるなど)に加え、入院しなければならない、手術を受ける必要があるなどの、病気に伴う不安や恐怖を抱え、病者は交感神経ー副腎髄質系と視床下部ー下垂体前葉ー副腎皮質ホルモン系を動員して、耐え抜こうとしている状況におかれています。その状態をイメージできるでしょうか。もっとも、人により同じ刺激であっても受け取り方が違いますから、不安や恐怖の程度は違います。

 一般論として、胃・十二指腸に出血や潰瘍があったら、食欲がわくでしょうか。消化管の動きが悪く、消化液の分泌も抑制されている時、唾液の分泌も抑制されて口腔は渇いています。そういう時にご飯がおいしいでしょうか。血糖値が上がっている時、食欲を感じるでしょうか。病者が、食欲がない、おいしくない、砂を噛んでいるようだと訴えるのは、当たり前ですね。骨格筋を動かそうと、呼吸も速く、心拍も増えてどきどきした状態の時、眠れるでしょうか。カッと瞳孔を見開いて、眠れるわけはありません。痛みや病気の心配や恐怖、この先どうなるかの不安など、病者は病床にありながら、目には見えない「クマ」や「ライオン」を見据えているのです。眠ってしまえば襲われるからこそ、体は闘うか逃げるかの準備をしているので、眠れないのも当たり前です。

 消化管の動きが悪い時、便が出るでしょうか。クマと闘っている時、排便をしていたら、襲われてしまいますね。ストレス反応では、排便や排尿をしている場合ではないのです。お通じがない、おなかが苦しいという訴えもまた、当たり前だということがわかると思います。そしてもう1つ、病者の当たり前は、風邪をひきやすくなっていることです。胸腺の萎縮が示すように、免疫能が低下しています。交感神経も副腎皮質ホルモンも、ナチュラルキラー細胞の活性を抑制し、リンパ球の分裂も抑制します。病者が感染に弱く、風邪をひきやすいのも当たり前なのです。手術のために風邪をひかせないように努力していて、元気に入院にたどり着いた子どもが、入院した途端、風邪をひいて手術が延期になったということが起こるのです。

 しかし、体の仕組みから見て当たり前だからそのままで良い、仕方がないというわけにはいきません。なぜなら、疲憊期になると、死に至る可能性があるからです。看護職は病者と出会った時、その病者や家族がストレス反応のどの期にいるのか、を見極める必要があります。そして、それ以上不要なストレッサーを与えないこと、ホッとさせるケアを提供することの2つが必要です。

 ストレッサーには病原体の侵入やけが、痛みなど、身体に刺激を与えるものと、捕食動物との対面や恐怖、未知の事象への直面などの精神的な刺激もあります。トイレを待たせるのもストレッサーだし、食事が遅れるのもストレッサー、夜間の足音もストレッサーになります。ナイチンゲールの時代には、まだストレス学説は生まれていませんでしたが、何がストレッサーとなるかを多方面から的確に『看護覚え書』で指摘しています。余計なストレッサーから病者を守ることが大切です。

 もう1つ、ストレス下の人への看護として大事なのは、闘いの合間にホッとする時間を提供し、エネルギーを補充できるようにすることです。エネルギーの補充とは、一口でも食べられた、おいしかった、少しでも眠れた、お通じがあった、気持ちよかったということです。例えば、清拭、背部温罨法、洗髪、足浴、話を良く聞く、マッサージ、筋弛緩法によるリラクゼーションなど、いずれも気持ちよくホッとさせる看護技術です。看護職はこうしたケアの後に、ご飯を食べる気になれた、おなかが動いた、眠れたという病者をみた経験があると思います。「ホッとする」とは言い換えれば、交感神経を鎮め、副交感神経系が優位になった状態です。この時間を繰り返し持てるかどうかは、病からの回復に関係すると思っています。実証するには研究デザインが難しく、エビデンスレベルの高い研究はなされていませんが、看護職は経験上、実感していると思います。技術を提供する看護師の表情、態度、言葉もホッとさせるか、ストレッサーになるか、大いに影響することも心してください。


引用文献 
1)Selye H:A Syndrome produced by Diverse Nocuous Agents,Nature,138,p.32,1936.
2)Selye H:The Stress of Life,1976/セリエ著,杉靖三郎他訳:現代社会とストレス,法政大学出版局,1988.

菱沼 典子

聖路加国際大学 名誉教授

ひしぬま・みちこ/聖路加看護大学衛生看護学部(現 聖路加国際大学看護学部)卒業。天理よろづ相談所病院で看護師として勤務。その後、聖路加看護大学(当時)に勤め、聖路加国際大学教授、三重県立看護大学学長を歴任。2024年6月より日本看護学教育評価機構代表理事。 筑波大学大学院医科学研究科修了(修士〔医科学〕)。博士(看護学)(日本赤十字看護大学)。誰もが体の知識を持つ社会をめざしたNPO 法人「からだフシギ」(https://karada-kenkyu.jimdofree.com/)の活動をライフワークとしている。

企画連載

看護の知を伝えたい~看護学を学ぶ/教えるみなさんへ~

聖路加国際大学にて約10年にわたり看護学概論の講義を担当した筆者。その講義録をもとに、いま改めて伝えたい、看護の「知」について語ります。 ※本連載は『看護学への招待』(ライフサポート社・2015年)第1部「看護学概論」の1−7章を加筆修正、また一部書き下ろしのうえ掲載します。

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