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第7回:看護職は仕事をしながら成長する(前編)

第7回:看護職は仕事をしながら成長する(前編)

2025.03.05菱沼 典子(聖路加国際大学 名誉教授)

 卒業したてで就職したその日に、一人前の仕事ができるという職業はないと思います。どんな仕事でもその組織について方向付けを得て、さらに持ち場での実際の仕事の内容、方法等を先輩から教わりながらやっていくものでしょう。企業内の職業訓練として看護師が養成されている場合は、卒業時に即戦力になる人材になっている可能性はあります。が、多くの場合、新人から始まり、仕事上の経験や個々人の人生経験を糧に、一人前からベテランへ成長していきます。今回は、看護職が就職後にどのように成長していくのかを考えます。

成長の土台は学生時代に

 看護の仕事は、市民や他の専門職とコミュニケーションをとり、看護学の知識と技術を使って、市民の健康課題に取り組み、健康課題があっても、あるいは健康課題の顕在化を予防しながら暮らせるようにすることです。これには、膨大な知識や技術が求められますが、学生時代に学べる知識量、技術量には限界がありますし、知識が塗り替えられることもあります。ですから仕事をするには、必要な知識や技術を学び続けないとなりません。

 他の職業でも学生時代の知識・技術のまま働き続けているのではないと思いますから、これは看護職に限った話でないでしょう。だからこそ社会に出る前に、自分で学ぶ方法を身につけることはとても大切です。看護学に関して、どの情報源に当たれば疑問の解決に有効かを、学生時代に見つけておく必要があります。たとえば人体の構造と機能に関して、何冊もの本が出ています。その中で自分にはこれが良いという本を見つけるのが学生時代です。看護学を学んだということの一つの証は、看護に関する疑問が生じた時に立ち戻れる、信用できる情報源を知っていることです。

 また最新の知見を求める時には、どういう学術誌があるかも、つかんでおく必要があります。論文をどんどん読んで、論文の妥当性の吟味(クリティークあるいは批判的吟味といいます)が出来るようになることが必要です。論文を読むことで、看護学上の様々な課題や多種多様な研究方法、結果の分析方法をそのたびに学べます。分析方法がわからないので読めません、という声を聞きますが、分析方法を勉強して論文を読むのです。知っていることばかりで世界はできていません。知らないことのほうが多いのですから、知らないからと放り投げずに、そのとき勉強すればいいのです。その論文が妥当かどうか、その論文の結果を使うかどうかは、論文を読みこなした上で、読者が決めることです。第1回でも触れましたが、学生時代から論文を読んで習慣化していれば、仕事を始めても読み続けられるでしょう。

 研究と臨床が乖離していると長く批判されていますが、研究を臨床に使うのは現場の看護師です。研究者が普及に努めるのも大事ですが、看護師が最新の知見を知り、看護にどう使うかを判断するのです1)。今、どれくらい学生は学術論文を読んでいるでしょうか。教員の皆様は1年生から論文を読ませ、批判させてください。学生が卒業時には論文を一人で読めるレベルになっていなければ、研究と臨床の乖離は埋まらないでしょう。

答えがなければ自分で探索する

 必要な知識や技術を探しても見つからなければ、新たに知識や技術を開発しなければなりません。それは自ら研究をするということです。研究をするには、大学院で研究方法を学ぶことを勧めます。大学院に行かなくとも研究はできます。でも研究にもさまざまな方法、ルールやコツがありますから、大学院に進学したほうがいいと思います。見よう見まねでやるよりは、適切なアドバイスを受けたほうが確実に研究できます。知りたい、知りたいと、新たな知見を渇望することは大切です。研究の動機と知りたい思いは、研究を続ける原動力です。研究にはパッションと時間とお金が必要です。看護学に国境はありませんから英語の論文も読めるといいですね。ナイチンゲール(Nightingale F)が『看護覚え書』を著した1860年が看護学の始まりですがその後、研究ではなく看護師養成に時間をかけてきました。ヘンダーソン(Henderson VA)が「看護の基本となるもの」を著したのが、ちょうど100年後の1960年です。             

 日本で看護学が学問としての歩みを始めたのはさらに遅く、まだ50年になりません。千葉大学大学院に看護学研究科修士課程が設置されたのが1979年、はじめての看護学博士が誕生したのは1991年、聖路加看護大学大学院からでした。国内に看護学研究科ができる前は、看護学で学位を取ろうと志した先達は、米国などへ留学していたのです。大学院ができて研究の発表の場として、当時の大学のリーダー達が日本看護科学学会を立ち上げました。1981年のことです。学問としての創成期に比べ、現在は国内に大学院がたくさんでき、看護系学会も40を超え、日本看護系学会協議会ができていますし、日本学術会議の会員もいます。50年にもならないというものの、その間にずいぶんと変化がありました。たくさんの研究がなされ、論文が発表されています。その論文が看護を向上させるのに貢献してきたかどうかを検証する時期になっていると感じます。

職業生活(キャリア)と大学院

 「学部」に相当する大学院の組織は「研究科」と言います。大学院は5年制で博士の学位を出すのが基本型です。5年間を2年と3年に区分して、博士前期課程と博士後期課程にわけている大学院もあります。この場合、博士前期課程を修士課程と呼び、修士の学位を、博士後期課程で博士の学位を出しています。区分制をとっている大学院では修士課程と博士課程をわけて修業できます。

 看護職の進路はとても幅があります 。看護師、助産師、保健師、養護教諭など、資格を持って看護の現場で働き、その専門性を高めたいという場合は、修士課程あるいは博士課程で学び、看護の実力を上げることができます。看護学の知識を持って行政や議員また他の職業に就いて発言していくことも、学生時代から視野に入れて欲しいと思っています。

 特定の領域(例えばがん看護、精神看護など)の専門性を高めるには、修士課程の専門看護師 (Certified Nurse Specialist:CNS)コースで学ぶ方法があります。現場で教育機能を担いたいという場合は、修士課程で臨床教育者コースを作っているところがあり、Clinical Nurse Educator(CNE)も誕生しています。CNEは現在はまだ少ないですが、これからの看護学教育において、臨地実習に重要な役割を果たしていくと期待されます。管理者を目指すなら、修士課程の看護管理学のコースで学ぶことができます。また助産師や看護師の育成を目的とした修士課程もできています。

 博士後期課程では、研究者・教育者の育成をしているところが多いです。看護学の大学課程は、2024年現在300課程以上あります。大学の教員数は、仮に1大学に30人とすると9,000人、40人とすると12,000人程度必要です。しかし教員を準備する前に大学を増やし、さらに博士課程が追いついていないため、教員不足が続いています。大学は知の創造の場ですから、ここに人材が不足しているのは、看護学にとって憂える状況です。

 最近、博士後期課程で、現場に変革をもたらす役割を担う実践家の育成が始まりました。称号はDNP(Doctor of Nursing Practice)で、研究者の博士のPhD(Doctor of Philosophy)と区別しています。DNPのコースでは、現場を変革するプロジェクトを実施することが求められます。

 これから卒業する学生は、看護職としてどういう職業人生(キャリア)を送りたいかを考えているでしょうか。もちろん思い描く通りになるものではありませんが、看護に一生をかけるという思いを持ち、働き続けることは必須です。これからの人口減の社会で、新たな看護職が増え続けると考えるのは非現実的ですから、今学んでいる人たち、今働いている看護職が働き続けなければ、国民の期待に応えられません。キャリアを考える時、最初にどこに就職するかを考えるのは大事ですが、どこで大学院進学をするかも視野にいれて、長い職業人生を考えて欲しいです。大学院には専門職大学院  という制度もありますので、実際に進学するときは、各自の関心とその大学院で学べることをしっかり調べて、選ぶ必要があります。また大学院という教育制度とは別に、認定看護師や特定行為研修という制度もあります。

後編へ続く> 

引用文献
1)菱沼典子:研究成果を現場に届ける―適切な根拠ある技術を使うために―.日本看護技術学会誌14(3):220-222,2015

菱沼 典子

聖路加国際大学 名誉教授

ひしぬま・みちこ/聖路加看護大学衛生看護学部(現 聖路加国際大学看護学部)卒業。天理よろづ相談所病院で看護師として勤務。その後、聖路加看護大学(当時)に勤め、聖路加国際大学教授、三重県立看護大学学長を歴任。2024年6月より日本看護学教育評価機構代表理事。 筑波大学大学院医科学研究科修了(修士〔医科学〕)。博士(看護学)(日本赤十字看護大学)。誰もが体の知識を持つ社会をめざしたNPO 法人「からだフシギ」(https://karada-kenkyu.jimdofree.com/)の活動をライフワークとしている。

企画連載

看護の知を伝えたい~看護学を学ぶ/教えるみなさんへ~

聖路加国際大学にて約10年にわたり看護学概論の講義を担当した筆者。その講義録をもとに、いま改めて伝えたい、看護の「知」について語ります。 ※本連載は『看護学への招待』(ライフサポート社・2015年)第1部「看護学概論」の1−7章を加筆修正、また一部書き下ろしのうえ掲載します。

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