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第4回協働学習会:臨地実習において看護学生が良質な学びを経験する学習環境

第4回協働学習会:臨地実習において看護学生が良質な学びを経験する学習環境

2024.05.08奥野 信行(京都橘大学看護学部・大学院看護学研究科 教授/看護教育研修センター センター長)

協働学習会プログラム(全6回)

  • 第1回協働学習会:「臨地実習と臨地実習に参加する学生の特徴」
  • 第2回協働学習会:「臨地実習における看護現象の教材化」
  • 第3回協働学習会:「臨地実習における効果的な教え方とかかわり方」
  • 第4回協働学習会:「臨地実習において学生が良質な学びを経験する学習環境」
  • 第5回協働学習会:「学生指導シミュレーションに向けた準備学習」
  • 第6回協働学習会:「臨地実習における学生指導シミュレーション」

第4回のねらい

 今回は、「臨地実習において看護学生が良質な学びを経験する学習環境」をテーマとした第4回協働学習会についてご紹介させていただきます。ねらいは、「学習環境について理論的な観点から学ぶ。また、効果的な学びにつながる実習環境のあり方、現場でできる工夫やアイデアについてのグループ討議を通して、学習環境の最適化に関する理解を深める」ことです。
 看護の臨地実習は、看護職者が行う実践の中に看護学生(以下、学生)が身を置き、看護職者の立場でケアを行うことであり、この学習過程では、学内で学んだ知識・技術・態度の統合を図りつつ、看護方法を習得する1)ことを目指します。教育哲学者のジョン・デューイは、学びとは、環境との相互作用を通して得られた「経験」についての主体的な意味づけであり、教育者はどのような「環境」が学習者の成長を導く「経験」に役立つのかを具体的に認識することが重要であると述べています2)
 つまり、臨地実習における学生のさまざまな教材との出会いを学びにつなげるためには、看護の教え手(看護教員・臨床指導者)の教材化・教育的なかかわりのチカラに加え、学生を成長へと導く環境づくりが重要です。そのためには、臨床指導者(以下、指導者)と看護教員(以下、教員)の連携・協働が欠かせません1)。また学生を成長に導く良質な経験が得られる実習環境について、共通理解しておくことがとても大切です。
 第4回の内容は、次のとおりです。

【講義】
1.    臨地実習における学生の学びを支える上での5つの課題
2.    臨地実習にかかわる学習環境デザインの理論
 1)発達の最近接領域の理論
 2)学習環境デザインの3要素
【グループワーク】
事例における教材化、教育的かかわり、学習環境づくりの検討

第4回の実際

講義:臨地実習における学生の学びを支える上での5つの課題  

図1 臨地実習における学生の学びを支える上での5つの課題

 図1は、臨地実習における学生の学びを支える上での課題について説明したものです。
 1つ目の課題は、臨地実習を通してどのような学生に育ってほしいのかという、「構想・設計」です。これは、実習要項などに記載する実習目的、目標、学習内容、スケジュールなどを指します。2つ目が、 臨地実習においてどのように学生を育てるのか、という「育成」です。ここには、看護現象の教材化、効果的な教え方やかかわり方など、学生に対する教授-学習活動が含まれます。3つ目は、どのように学生の学びと育ちを評価するのか、という「評価」です。その基盤となるのが「4.環境」です。これは、どのように学生の学びを支える環境を整えるのかであり、学内だけでなく、臨床現場における学習環境づくりを指します。
 臨床現場という学習環境は、①看護実践に理論的知識を統合し、②臨床推論スキルと判断スキルを育成し、③専門職としてのアイデンティティを発達させる機会を学生に提供します3)。日常生活援助などの実践的な看護技術の獲得機会も含まれると思いますが、重要なのは実習環境が、単に実践的な知識やスキルの習得にとどまらず、学生が専門職者としてのアイデンティティを発達させる場として位置づけられていることです。ただし、臨床現場における学習環境づくりは、教員の力だけで成し遂げるのは非常に困難で、鍵となるのが指導者との「5.連携・協働」です。

講義:臨地実習にかかわる学習環境デザインの理論

 ここでは、「どのような実習環境が、臨地実習における学生の成長を促すのか」について考える上で手がかりとなる、学習環境デザインに関する理論をご紹介します。

1)ヴィゴツキーの発達の最近接領域の理論

 発達心理学者のヴィゴツキー4)は、人間の学習を①他者の協力や支援があれば達成(解決)されていたレベルの活動が、②次第に自分ひとりのチカラで達成(解決)できるようになる過程と捉えています(図2)。この理論では、人間には、①と②の間に位置する発達レベルの「発達の最近接領域(zone of proximal development:ZPD)」があるとしています。そして、人が学び、成長していくためには、「発達の最近接領域」を「刺激」する学習環境であることが重要とされます。その刺激となるのが、「他者やモノとの効果的な相互作用と対話」です。それによって学習者は、自分ひとりのチカラでできる領域を拡張していくことが可能になります。

 

図2 ヴィゴツキーの発達の最近接領域の理論の説明図
[ヴィゴツキー L(土井捷三・神谷栄司訳):発達の最近接領域の理論,三学出版,2006を参考に作成]

 この理論に照らし合わせて臨地実習での学生の学びについて考えた場合、学生が他者の協力や支援があれば達成できていたレベルの看護活動を、自分ひとりのチカラで達成できるようになるには、実習環境が学生の「発達の最近接領域」を刺激する学びの場であることが重要になります。つまり、臨床で出会う患者とその家族、指導者、看護スタッフなどの「他者」、看護に必要となる人工物や道具といった「モノ」、それらとの効果的な相互作用や対話が実現できる学習環境であることが、学生の良質な学びと成長を促すのです。

2)学習環境デザインの3要素

 教育学者の美馬と山内5)は、学習環境デザインの3要素として「活動」「空間」「共同体」を挙げています(図3)。

図3 臨地実習における学習環境デザインの3要素
[美馬のゆり,山内祐平:「未来の学び」をデザインする,東京大学出版会,2005を参考に作成]

 「活動」のポイントA①「活動の目標が明確である」ことについては、実習目標を教員と指導者が共通認識しておくことはもちろんですが、学生自身が理解していることが最も重要です。また自己の課題と関連づけておくことも大切です。A②「活動そのものに面白さがある」ことは、とても重要なことですが、それだけでは本当の意味での学びは生じないとされています5)。そこに「どうしたら上手くいくんだろう」「何とかしたい」「もっとよくしたい」という、A③「葛藤(コンフリクト)の要素が含まれている」ことが重要で、この葛藤体験が学びの動機づけになるのです。

 以上のような「活動」を支える「空間」のあり方も重要で、そのポイントはS①~③に整理されています。たとえば、ポイントS①「参加者全員に居心地のよい空間である」ことは、自分が受け入れられていると感じ、落ち着いていられる空間を指します。臨床現場である実習病棟が、そのような空間であることは、学生に心理的安全性をもたらし、効果的な学習活動につながります。そうでない場合、学生は、安心してものごとを考えたり、自分を表現したりすることが難しくなるでしょう。また先ほどご紹介したヴィゴツキーの理論における「発達の最近接領域」の理論にもあるように、自分と違う考え、自分にはなかった知識や経験を有する仲間との対話が、学生の良質な学びと成長を促します。美馬と山内も、葛藤が含まれる活動の中で、葛藤を打ち破り、新しいアイデアを生み出すには、他者とのやりとりが必要不可欠であると述べています5)。 そのため、S③「仲間とのコミュニケーションが容易に行える」ような空間が、臨床現場に準備されていることが望ましいと言えます。

 学習環境デザインの3要素の3つ目は「共同体」で、ポイントはC①~③です。これは、学習・実践共同体のあり様のことであり、臨地実習の場合、実習病棟という看護実践共同体を示すと考えてよいでしょう。教員と学生だけでなく、実習病棟において臨地実習にかかわるさまざまな人々が、C①「目標、興味・関心、経験を共有している」ことは、学生の実習目標の達成と良質な学習につながります。②「参加を保証している」ことは、学生をよそ者とみなすのではなく、学生ではあるが共同体の一員として、看護実践への参加をさまざまな形で保証することです。C③「共同体のライブラリーを作る」ことは、S②「必要な情報やモノが適切な時に手に入る」ことにも関連しています。受け持ち患者や看護の理解に必要な知識や情報を、適切な時に円滑に得られる教材やツールの存在は、効果的な学習につながります。たとえば、実習病棟の特殊性を踏まえた参考図書や臓器の模型、学生にも理解できるように整理された病棟の看護マニュアル,食事基準表などが挙げられるでしょう。また、なかなか難しいかも知れませんが、学生が看護に関わる情報や知識を速やかに入手するために利用できるタブレットなどのICT機器です。
 美馬と山内は、この3つの要素で構成された学習環境デザインによって、学習者の中に「大変で苦しいのだけれど、本質的には面白い」という一見矛盾した感情を上手に共存させることが可能になり、それが主体的な学びや学習意欲・充実感を生むと述べています。そして、このような学習者の状態は、「Hard-Fun(くるたのしい=くるしい+たのしい)」5)と呼ばれます。

3)学生が「学びやすく、よい学びができた」と思えた実習病棟の学習環境

 図4は、本学の学生たちが話してくれた「学びやすく、よい学びができた」と思えた実習病棟の特徴を、「学習環境デザインの3要素」をふまえてまとめたものです。

図4 「学びやすく、よい学びができた」と思えた実習病棟の特徴
[コリンズ A ,カプール M:認知的徒弟制.学習科学ハンドブック第二版 第 1 巻基礎/方法論.(ソーヤー RK編,北田佳子訳), p. 91-107,北大路書房, 2018/松尾睦,築部卓郎:看護師を育てる認知的徒弟制 : 看護部門を対象とする調査研究からの考察.看護管理 31 (7) 580-590,2021を参考に作成]

 まず「臨床看護師の看護実践を観聴きする機会がある」「学生の自主性を重んじ、見守る支援下でケアが実践できる」など1~4では、学生は、活動そのものに面白さを感じるだけでなく「どうしたら上手くいくんだろう」「もっと看護をよくしたい」という葛藤を体験しながらも、教え手から教育的支援を得ながら自分なりの看護実践や学習活動を行えていることが推察できます。これは、学習環境デザインの「活動」という要素に相当すると考えます。また、学生は「タッチング、敬語、目線を合わせて話すなど、患者さんへのかかわり方が看護師として尊敬できた。理想の看護師像で、こうなりたいと思った」とも記述していました。この発言から、「学びやすく、よい学びができた」と思えた実習病棟における「活動」は、専門職者としてのアイデンティティの発達にもつながっていることが考えられます。

 「病棟内の学習・居場所スペースが保証されている」などの5~8は、「空間」という要素と考えられます。そして、「実習が円滑に進むように調整してくれる指導者がいる」などの9~14は、学習者の参加を保証していることに該当し、「共同体」という要素にあたると考えます。
 なお、この「活動」の要素に該当する項目の1~4は、認知的徒弟制理論6)における教授法との類似性が見いだせます。その教授法とは、①モデリング(手本と観察の機会)②コーチング(見守りと具体的な指導)③足場づくり(能力に合わせた段階的指導)④言語化サポート(質問による言語化支援)⑤内省サポート(看護の振り返り支援)⑥挑戦サポート(自立を促す指導)です7)。本稿では解説は省略しますが、ご興味のある方は調べてみてください。

グループワーク

グループワーク①「臨地実習における学習環境づくり」として、自己の病棟で取り組めていること、これから取り組んでいきたいと思ったことの検討

 講義を踏まえて、各グループでペアを組み、上記のテーマについて話し合ってもらっています。その際、図4を活用しています。このような学生の声をもとにした資料は、その具体性ゆえに、教員と指導者が一緒に学習環境づくりについて考えるための効果的な教材となります。

グループワーク②:ケーススタディ「学生がよりよい学習経験が得られる」ための「教え手としての活動」

 講義・グループワークという形式での協働学習会の最終回で、次回からは「学生指導シミュレーション」への取り組みとなります。そのため、これまでのまとめを意図して、ケーススタディでは、次のようなテーマでグループワークを行っています。

この実習事例において「学生がよりよい学習経験が得られる」ための「教え手としての活動」について、以下の観点から考えてみてください。
①看護現象の教材化 
②学生との教育的関わり(発問、振り返りなど) 
③学習環境づくり 
④その他:指導者-教員の連携・協力など

なお、グループワークにおけるケーススタディの進め方は次のとおりです。

・10分間:個人ワーク-個人で考える
・25分間:グループワーク-グループ内で考えの共有・ディスカッション・まとめを行う。
・20分間:全体発表-各グループで発表者を選出し、ケーススタディの結果について全体に向けて発表する。

まとめ

 今回は、「臨地実習において学生が良質な学びを経験する学習環境」をテーマとした第4回協働学習会ついて、ご紹介させていただきました。参加者からは、「自分の病棟で何気なく行っていたことも、よい学びができる空間やコミュニティづくり、活動の促進につながっていることがわかりました。逆にもう少しここはこうした方がよいかなと不足している面について改めて考える機会になりました」「学習デザインの3要素や発達の最近接領域といった新たな知識・視点が学べたので、今後の実習指導にぜひつなげていきたい」「自己の中に新たな視点の引き出しができたと思える学習会でした」といった感想がありました。
 なお、第4回協働学習会で使用した講義用PPTをNurSHAREの「教材シェア」に保存しておりますので、皆様の施設で協働学習会を実施する際に、ご参考ください。

 次回からは、「学生指導シミュレーション」を取り入れた協働学習会についてご紹介いたします。学生指導シミュレーションは、臨地実習場面を再現し、実際に学生に対する指導や教育的なかかわりを看護の教え手として展開します。また、その学生指導場面についてグループメンバー(教員・指導者・学生)とのデブリーフィング(意見交換)を行います。第1~4回の協働学習会への参加を通して得られた学びを活用して、学生指導シミュレーションを行うことによって、実習指導に必要な知識・スキルについての実践的な理解を深めていくことをねらいとしています。どうぞよろしくお願いいたします。

【引用文献】
1)文部科学省:大学における看護系人材養成の在り方に関する検討会二次報告「看護学実習ガイドライン, p.3,2020年3月30日,〔https://www.mext.go.jp/content/20200330-mxt_igaku-000006272_1.pdf〕(最終確認:2024年4月16日)
2)デューイ J(市村尚久訳):経験と教育,講談社.2004
3)Billings M, Halstead J:看護を教授すること 第6版―大学教員のためのガイドブック(佐々木幾美・奥宮暁子・小林美子監訳),医歯薬出版,2021.
4)ヴィゴツキー L(土井捷三・神谷栄司訳):発達の最近接領域の理論,三学出版,2006
5)美馬のゆり,山内祐平:「未来の学び」をデザインする,東京大学出版会,2005
6)コリンズ A ,カプール M:認知的徒弟制.学習科学ハンドブック第二版 第 1 巻基礎/方法論(ソーヤー RK編,北田佳子訳), p.91-107,北大路書房, 2018
7)松尾睦,築部卓郎:看護師を育てる認知的徒弟制 ―看護部門を対象とする調査研究からの考察.看護管理 31 (7) :580-590,2021

奥野 信行

京都橘大学看護学部・大学院看護学研究科 教授/看護教育研修センター センター長

おくの・のぶゆき/国立循環器病センターでの勤務を経て、兵庫県立看護大学大学院修士課程看護教育学専攻修了(看護学修士)、2003年に兵庫県立看護大学助手、ワシントン大学看護学部Visiting Scholar。2006年に園田学園女子大学講師を経て、京都橘大学看護学部准教授、2019年に神戸市看護大学大学院博士後期課程修了(看護学博士)。2020年より同大学および大学院の教授・2022年看護教育研修センター長を併任。研究テーマは、ICU看護師の看護実践能力とその発達に向けた教育プログラムの開発、実習指導者と看護教員の協働的な学び、臨床看護師の「看護師らしさ」の形成。著書に『看護実践のための根拠がわかる基礎看護技術』(共著、メヂカルフレンド社、2018)、『成人看護II 慢性期・回復期 第2版 (パーフェクト臨床実習ガイド)』(共著、照林社、2018)など。趣味はバイクいじりとツーリング。

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