協働学習会プログラム(全6回)
- 第1回協働学習会:「臨地実習と臨地実習に参加する学生の特徴」
- 第2回協働学習会:「臨地実習における看護現象の教材化」
- 第3回協働学習会:「臨地実習における効果的な教え方とかかわり方」
- 第4回協働学習会:「臨地実習において学生が良質な学びを経験する学習環境」
- 第5回協働学習会:「学生指導シミュレーションに向けた準備学習」
- 第6回協働学習会:「臨地実習における学生指導シミュレーション」
第2回のねらい
今回は、「臨地実習における看護現象の教材化」をテーマとした第2回協働学習会についてご紹介させていただきます。学習のねらいは「看護学生の実習目標の達成に向けて看護現象の中から最適な教材を選択し、それらを有効に活用する方法についての理解を深める」ことです。
教材とは、一定の目標を実現するような働きをもった学習材料1)を指します。看護学生(以下、学生)が、自己の実習目標達成に向けて学習活動を展開する上で、多様な教材を活用した教育的支援が欠かせません。とくに臨地実習では、学生の直接的な経験が実習目標の達成において豊かで重要な教材となります。たとえば、受け持ち患者の言動や表情・行動、看護師が実践する看護援助やかかわり方、学生自身のコミュニケーションの実際とその時の思いなどがあるでしょう。一般的な教育における教材は、学生が思考を働かせる素材のうち、教え手が意図的に用意する部分2)でもありますが、臨地実習における教材の多くは、「あらかじめ“用意された”ものではなく、臨床の場における患者と教員・臨床指導者(以下、指導者)、学生の相互作用によってその時々に“生み出されるもの”」3)という特徴があります。
看護の教え手がこの特徴を理解し、学生が出会うさまざまな看護現象の中から最適な教材を見出し教育活動に活用することは、学生のよりよい学びにつながります。また、これらの特徴を指導者と教員の双方で共有・共通理解しておくことは、効果的な連携・協働にもつながります。
第2回の内容は、次のとおりです。
【講義】
1. 臨地実習における看護学生の2つの達成目標
2. 看護学生の良質な学習経験を導く教材化のチカラ
3. 教育内容と教具、教材とその関係
4. 看護教員と臨床指導者が連携・協働するための架け橋としての教材
【グループワーク】
ケーススタディ:臨地実習における看護現象の教材化
第2回の実際
アイスブレイク
まず、協働学習会で顔を合わせているメンバーであったとしても、あらためて自己紹介をし、「ちょっぴりくやしかった最近の出来事」などをアイスブレイクとして話していただくことで、話しやすい雰囲気をつくります。その後、講義とケーススタディによるグループワークという流れは第1回と同じです。
講義:臨地実習における看護現象の教材化
1)前提:臨地実習における看護学生の2つの達成目標(図1)
臨地実習(看護学実習)とは、学生が既習の知識・技術を基にクライエント(患者・家族)と相互作用を展開し、看護目標達成に向かいつつ、そこで生じた現象を教材として、看護実践能力を修得するという学習目標達成を目指す授業です4)。
この定義に示されているように、臨地実習という「授業」において学生が達成すべき目標は、二重構造になっています。つまり、患者(時には家族も含む)の健康課題に対する看護計画を立案し看護ケアを遂行するだけでは、看護目標を達成したにとどまり、ケア遂行に伴い生じた現象を教材として看護実践に必要な知識を学ぶことができなければ、 臨地実習という授業の目標を達成したとは言えません5)。
たとえば、急性期看護学実習(看護系大学3年生を想定)において、前立腺全摘除術後に排尿機能障害を合併した高齢患者を担当した場合を考えてみましょう(図2)。
前立腺がんの外科的治療である前立腺全摘術の合併症のひとつに術後尿失禁(postoperative urinary incontinence;PUI)があります6)。学生は、受け待ち患者に対して「術後尿失禁に対するセルフケアの確立」を看護目標とした看護計画を立案し、実施しました。
受け持ち患者への術後尿失禁に対するセルフケアの確立に向けた看護援助ができた場合、看護目標は達成されたことになります。それに加えて、術後尿失禁という合併症のメカニズム、この合併症が患者の身体面・心理面・生活面に及ぼす影響と看護援助について理解することができるという学習目標が達成された時に、この実習の目標が達成され、学生の看護実践能力の習得に資する学びができたと言うことができるのです。
2)看護学生の良質な学習経験を導く教材化のチカラ
学生が、臨地において看護を実践することを通して学び、看護目標と学習目標を達成するためには、看護実践に対する支援だけでなく、そのプロセスにおける学びの支援が欠かせません。たとえば図3のように、受け持ち患者が突然呼吸苦を訴えたため、計画していた観察を実行できずにいる学生を目の前にした場合、実習指導を担当している皆さんなら、その場でどのように対応するでしょうか?
さまざまな考えや方法があるかもしれません。事例のようなハプニングがない場合、学生の山田さんが自己の看護計画にそって実施したバイタルサインの観察という、学生の直接的な看護経験を学習の素材として教育活動を展開することが多いのではないかと思います。しかし、ハプニングが起きた場合は即興的な判断から想定を変更し、教え手自らが患者の観察と対応という看護実践のモデルを示して、そこで生じた看護現象を学習の素材とすることで看護目標・学習目標の達成を試みるかもしれません。見て学ぶという方法ですね。その場合、患者に看護を行いつつも、看護現象が学生のよりよい学びにつながるように「見せ方の工夫」をすることもあるでしょう。患者の容体によっては、患者対応に専念し、事後に対応場面を学習の素材にしたリフレクション(振り返り)を学生と試みるかもしれません。
このように教員と指導者は、臨床という教育現場で生起する不確実性や不安定さ、独自性によって生じるジレンマと向き合いながら、学生のよりよい学びの実現を目指し、「看護職者であり教育者」という、二重の専門性を有する実践者7)としての役割を遂行している(図4)のではないでしょうか。哲学者のドナルド・ショーンは、複雑で不確定な状況の中で難問と対峙しながら、行為の中の知を駆使して活動する専門家を「省察的実践家」8)と呼びました。現代の看護の教え手は、そのような省察的実践を展開するためのチカラが、より一層求められるようになっています。そして、臨地実習における学生の学びを支援するために重要なものの一つが、「教材化」のチカラです。
臨地実習における「教材化」とは、①臨床において学生の体験の中から、②学生の学びにつながる素材を選択し、③看護を教えるために活用することを指します。
実習において学生は、受け持ち患者へのかかわりを通してさまざまな体験をします。学生の体験を良質な学習経験とするには、教え手のかかわりが欠かせません。そこには、看護にまつわるさまざまな現象の中から、「教育内容」に応じた適切な「教材」を選択し、時には「教具」を活用しつつ、学生への教育活動を展開するという、教え手の「教材化」のチカラが重要な鍵となります(図5)。厚生労働省の「看護教育の内容と方法に関する検討会報告書」においても、「学生が看護の考え方を深め,実践能力を向上させていくことができるように、教員は看護実践の場の出来事や学生の体験を教材化する能力を向上させることが必要である」9)と示されています。
臨地実習では、指導者が学生と共にベッドサイドに行き、患者や家族に対する看護援助をサポートする機会が多いです。したがって、教員だけでなく、看護現象を教材化するチカラを指導者にも発揮してもらうことで、学生が良質な学習経験を得られる可能性は高まります。
3)教育内容と教具、教材とその関係
「教育内容」「教具」「教材」とその関係については以下(図6)のとおりです。
「教育内容」は、授業で教え手が教えようとする内容であり、学び手にとって習得の対象となる認識・技能を指します。つまり、教育目標を達成するために教え手が学び手に教える、言い換えれば、学び手に理解してもらいたい内容が教育内容であり、具体的には諸科学の概念や法則、知識などを指します。学び手の視点から捉えると学習内容ということになります。
「教具」は学習を効果的に行うための用具を指します。たとえば、臓器の模型、イラスト集、ホワイトボード、実習記録などが実習でよく用いられる教具となります。
「教材」とは、学習の素材となる知覚可能な表現体10)です。教育目標達成の実現のための手段となるもので、教育内容を適切に担いつつ、学び手の思考の直接の対象となるように組織された事実、現象、言語作品などのことです。それは、教授や学習の素材となるものであり、教え手は教材を媒介して教育活動を成立させ、学び手は教材を媒介して教育内容の理解に迫ります。
臨地実習という授業では、看護の教え手は①「教えたいこと」を学び手が理解するために(教育内容)、②どんな事実や現象を素材として教えるのか(教材)について、即興的に、時には熟考して学生指導を行います(図7)。臨地において学生が体験する看護現象はさまざまです。学生と受け持ち患者・家族、受け持ち患者とその他の患者、受け持ち患者と医療者(医師、理学療法士など)、受け持ち患者と指導者あるいは病棟看護師、受け持ち患者と教員の間でも生じます。その中から「何を教材にすることで、学生は何について学ぶことができるのか」について考えていくのです。
この教材化には、次の2つの様式11)があります。
・教育内容の教材化:教えるべき内容に具体的素材を対応させる。
・素材の教材化:具体的な素材から教えられる内容を取り出す。
たとえば教育内容の教材化は、「患者の選定」などです。素材の教材化は、受け持ち患者の語りや訴え、個別的な背景などです。このように、看護学生が経験する教材との出会いを学びにつなげるためには、「○○を教材化することによって、□□について学ぶことができるぞ」と考えるような、「教材化」という教え手の支援(直接的・間接的を問わないもの)が欠かせないと言えます。
たとえば、先ほどの図2「前立腺全摘除術後に排尿機能障害を合併した高齢患者」の事例の場合、看護現象の教材化を通して次のようなことを学生は学ぶことができます。
1)「患者の尿失禁に気づいた」という学生の直接的な体験を教材化(看護現象の教材化)することで、術後の患者に「なぜ、そのような現象が生じているのか」について考え、手術侵襲によって術後合併症が生じるメカニズムの理解を促すことができる。
2)「患者が自分から尿失禁があることを看護師に伝えていない」という事実を教材化することで、「尿失禁」という体験が患者の心理面に及ぼす影響について自尊心と関連づけながら学ぶことができる。
3)「術後尿失禁が生じている」という患者の体験を教材化することで、退院後の患者の社会生活に与える影響と患者のセルフケア能力の必要性の理解を促すことができる。
2)については、以下のような教授-学習過程が成立する可能性があります。
①学生は患者の尿失禁に気づき、実習記録にそのことを書いた(学生の直接的体験)。
②記録を読んだ教員は、「患者さんから尿失禁があることを聞いていた?」と学生に発問した(看護現象の教材化)
③「いいえ」という学生に「なぜ、患者さんはあなたや病棟看護師に尿失禁のことを伝えてくれなかったんだろう?」と発問した(看護現象の教材化)
④「尿失禁は患者さんにとって他者に知られたくない恥ずかしいものであり、自尊心が傷つくつらい体験だったのではないかと思います」と学生が返答した(対象理解)。
4)看護教員と実習指導者が連携・協働するための架け橋としての教材
教材は、臨地実習における教員と指導者の連携・協働の架け橋にもなります。
たとえば、「このような現象や出来事を教材化することで、学生は、○○について学ぶことができるのではないかと考えていますがどうでしょう?」「この学習目標を達成するために、学生のどんな体験を教材化できるとよいでしょうか?」「学生のあの体験を教材化することで○○についての学びが深まるように思います」などと、学生の学習活動を支援するために教員と指導者が教材化についての検討を通して有意義な意見交換を行うことが可能になります。
協働学習会では教員と指導者双方が、「教材化のチカラ」を発揮できるように、上記1)~4)のような講義とショート・ケーススタディを使ったペアワークを通して学び合っています。
ケーススタディ:グループワーク「臨地実習における看護現象の教材化」
講義とショート・ケーススタディを通して教材化についての知識を得たら、それを活用するケーススタディを行います。
協働学習会では、他者との語り合い、話し合い、学び合いを大切にしています。そのため、ケースの紹介前には、下図のようにグループワークの進め方だけでなく、グループワークの決め事としていただきたいことを参加者に説明しています(図8)。
まとめ
今回は、第2回協働学習会のテーマ「臨地実習における看護現象の教材化」についてご紹介させていただきました。学習会後の指導者の感想としては「教材化を意識することで、学生とどのようにかかわれば良いか具体的に考えることにつながると感じた」「タイムリーに教材化していくことが難しいと感じたので、日頃から考えて行動していきたい」「一日の患者さんとのかかわりの中でもたくさん教材化できることがあるのではないか、と事例検討を通して感じることができた」といった内容がありました。
次回は、「臨地実習における効果的な教え方とかかわり方」をテーマとした第3回協働学習会についてご紹介します。どうぞよろしくお願いいたします。
なお、使用している講義用PPTをNurSHAREの「教材シェア」に保存しておりますので、皆様の施設で「協働学習会」やグループワークを実施する際、ご参考・ご活用ください。
第2回協働学習会(教材化)についてのご質問・ご依頼(参加や見学、進め方、使用している事例教材の提供など)がございましたら、遠慮無く、以下のURLからご連絡ください。個別にメールにてご回答させて頂きます。(奥野)
1)藤岡信勝:授業づくりの発想,日本書籍,p.66,1989
2)前掲1), p.69
3)安酸史子:臨地実習における教材と教材化.学生とともに創る臨地実習指導ワークブック(藤岡完治,村島さい子,安酸史子編著),p.21,医学書院,2001
4)杉森みど里・舟島なをみ:看護教育学(第7版),医学書院, 2021
5)舟島なをみ:看護学教育における授業展開 質の高い講義・演習・実習の実現に向けて,医学書院,2013
6)日本泌尿器科学会(編):前立腺診療ガイドライン 2016年版,p.112,メディカルレビュー社, 2016〔https://www.urol.or.jp/lib/files/other/guideline/23_prostatic_cancer_2016.pdf〕(最終確認:2024年2月16日)
7)青山ヒフミ:これからの時代を生きる看護の教育者, 日本看護学教育学会誌第32回学術集会プログラム・講演集, p. 80,日本看護学教育学会,2022
8)ショーン D:省察的実践とは何か―プロフェッショナルの行為と思考(柳沢昌一,三輪建二監訳),鳳書房, 2007
9)厚生労働省:看護教育の内容と方法に関する検討会報告書(平成23年2月28日),p.8,2012,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000013l0q-att/2r98520000013l4m.pdf〕(最終確認:2024年2月16日)
10)藤原顕:授業構成を説明するための構造派生モデル : 授業構成論研究(3). 兵庫県立看護大学紀要(5);1-13,1998
11)藤岡信勝:教材づくりの発想,日本書籍,1989