日本の医療専門職の資格取得前教育に専門職連携教育(Interprofessional Education 以下IPE)必修化の流れが形作られています。しかし看護教員の方々からIPEの実施が難しいという声もよく耳にします。
そこでIPEを始めたい、始めて見たけどうまくいっている感じがしないという教員のみなさまに、考え方と方策をご紹介する5回の企画を考えました。ぜひトライしてみようと思っていただけたら嬉しいです。
企画:酒井 郁子
(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)
IPEで何を教えるのか。この問いに答える前に、IPEの定義について再確認しておく必要があります。
英国専門職連携教育推進センター(CAIPE: Centre for the Advancement of Interprofessional Education)は専門職連携教育を「複数の領域の専門職が、連携とケアの質を改善するために、共に学び、お互いから学び、お互いについて学ぶこと」1) 2)と定義しています。
この定義から、IPEの特徴についていくつか窺うことができます。それは、IPEは「二つあるいはそれ以上の専門職」が「共に」「学び合う」という前提の下で行なわれるものであり、言い換えれば、IPEは、「本質的に、与えられるものではない。また、教え込まれるものでもない」3)ということです。
では、2つかそれ以上の専門職が一緒に学ぶ際、お互いにどのようなことを学んだらよいのでしょうか。ここでは、WHOが示したものを手掛かりに答えを探りたいと思います。
IPEで学ぶ6つのこと
WHOによる『専門職連携教育および連携医療のための行動の枠組み』では、専門職連携学習に関わる領域について6つ示されています4)。
① チームワーク
② 役割と責任
③ コミュニケーション
④ 学習とリフレクション
⑤ ニーズの把握を伴う患者との関係の構築
⑥ 倫理的実践
それぞれの領域にかかわる具体的な学習目標の設定については、IPEの実施者である皆さんが各教育機関の実情に基づき行う必要がありますが、以下ではWHOが例示した6つの学習領域ごとの学習目標5)について、概観していきます。自施設のIPEカリキュラムの作成に参照していただけたらと思います。
① チームワーク(Teamwork)
チーム医療が機能するにはメンバー同士の連携の取れたチームワークが必須です。同職種間は言うまでもなく、多職種間のよりよいチームワークがチームのパフォーマンスを最大限に生かすために不可欠な条件でしょう。それを実現するためには、チームの構成員が「チームリーダーとしてもチームメンバーとしても機能できること」を常に意識しなければなりません。また、国・地域また時代によって多少の違いはあるものの、多職種連携協働を促進するものと阻むものが常に存在していると言ってよいでしょう。価値観や考え方の違い、他職種への不適切な言動・態度など、「チームワークを阻害する要因の把握」がよりよいチームワークを目指す上で、重要なスキルとなっています。
ポイント:多職種または同職種とのスムーズな連携を行うため、チームワークの構築やチームの構成員としての立ち振る舞いを学ぶ。
② 役割と責任(Roles and responsibilities)
他職種と連携するには「自職種、ならびに他職種の医療従事者の役割、責任、専門知識を理解すること」が最初のステップとなります。従来の医療人育成モデルでは、個々の専門職が自分の属する職種の「閉じられた」システムの中で養成されるようになっているため、ほかの職種の社会との関わりについて深く認識することができないままでいます。しかし、多職種連携協働を進めるためには、他職種と対等な立場でのワーク推進が求められています。
このような状況を打破するために、IPEでは自職種と他職種がそれぞれのもつ役割・責任・専門知識を理解し合うための機会を提供する必要があります。学生はこのプロセスを通じて、「多職種連携教育や実践においても、他の職種の役割を学び、自分の職種との違いを認識することで、改めて自分たちが持つネットワークの構造やその機能に気づき、その中で新たな社会関係資本を構築していく」6)のです。
ポイント:自職種のみならず多職種についても学び、連携を見据えて関係性の構築に生かすための理解を深める。
③ コミュニケーション(Communication)
ここでの「コミュニケーション」は、患者とのものではなく仕事上のコミュニケーションを指します。チーム医療や多職種連携を推進する上でのコミュニケーションの重要性は既知のことです。チーム医療や多職種連携の成否を左右するコミュニケーションは、パートナーシップ、協力、調整という3種類であることが指摘されています7)。たとえば、「チームメンバーの意見を傾聴すること」は、パートナーシップや調整を行うために必要な能力です。また、「同僚に対して的確に自分の意見を述べること」はパートナーシップを構築する上でも不可欠なスキルでしょう。IPEにおいては、パートナーシップ・協力・調整という機能が含まれた学習目標の設定を推奨します。
ポイント:業務でかかわる人との円滑なコミュニケーションに必要なことを学ぶ。
④ 学習とリフレクション (Learning and critical reflection)
多職種連携に関する理論の一つに「成人学習理論」(アンドラゴジー)があります。成人の学びについて自らの気づきと意識変容の重要性を提起するものです。新たなことを教え込むことも大切ですが、学習者が自身の気づきにより、新たな「学び」を得ることが重要だということです。そのための技法としてリフレクションがあります。
たとえば、「チーム内における自身の対人関係について省察すること」により、それまで自分自身が無意識に抱えていた他職種への偏見に気づくきっかけになったり、他職種とのコミュニケーションにおける自身の短所を改善することにつながったりすることになります。
この時のポイントは「批判的に」行うことです。客観的な立場に立って、自分自身の経験について振り返ります。感情的になりすぎると認識の仕方に偏りが出て、有意義な学びが得られにくくなります。
また、「専門職連携教育で学習した内容を(実習等で)実践に応用できること」も学習目標として設定できます。学習した内容を実践に応用することで、従来の学びを深めることにつながるだけでなく、実践に応用するプロセスにおいても絶えずリフレクションを行うことで多職種連携について新たな学びが多く得られることに違いありません。
ポイント:批判的、客観的に自分の姿をとらえることで、学びを深め実践に応用するための力をつける。
⑤ ニーズの把握を伴う患者との関係の構築(Relationship with, and recognizing the needs of, the patient)
WHOが多職種連携実践について「異なる専門的背景を持つ複数の医療従事者が、患者やその家族、介護者、コミュニティと連携し、あらゆる場面で最高品質のケアを届けることにより、包括的なサービスを提供すること(筆者訳)」8)と定義しているように、IPEの学習者が「ケアマネジメントのパートナーとして患者、家族、介護者、コミュニティとの関わり合いを持てること」や「患者の利益を最優先にして連携して職務に当たれること」を学習目標に含めることも必要でしょう。
ポイント:ケアに携わる者として患者やその周囲と接し、彼らの利益を最優先にして連携する能力を身に着ける。
⑥ 倫理的実践(Ethical practice)
職種ごとに文化・価値観・役割などは異なります。つまり、多職種連携において、協働する他職種のメンバーが自分自身とは異なる存在、そして異なっていてよいことを理解しなければなりません。相手のことを尊重することは連携を進める上での基本でもあります。よりよい協働実践ができるように、IPEでは「自身や他の医療従事者が持つ、他の医療従事者に対する固定概念」に気づくためのきっかけを提供する必要があります。
ポイント:多職種のチームメンバーを尊重し、多職種連携を進めるための心掛けを身に着ける。
第2回の終わりに
以上WHOが示した専門職連携教育の学習領域について簡単に説明してきましたが、これだけでは自機関のIPEのカリキュラムを構築するのが難しいことと思われます。すでにIPEを導入している教育機関の実践事例について情報収集するなり、IPEの理論やガイドラインなどについて理解するなり、どれもIPEを導入することに有効な方法です。
実践事例についてより詳しく知りたい場合、日本保健医療福祉連携教育学会(JAIPE)の学会に参加する方法があります。この学会は健康長寿および自立・共生を支援する専門職に対する連携教育(IPE)および現場協働(IPC、IPW)の成果を共有し、保健・医療・福祉分野の連携に基づく教育・研究と実践を推進することを目的に2008年に設立された学会です。IPE、IPC(IPW)に関わる、あるいは関心のある多くの方の活動の場となりつつあります。
また、日本看護学校協議会によって作られた「専門職連携教育ガイドライン」にも具体的な方策が示されているので、参考にされるとよいでしょう。
2)千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター:IPE(専門職連携教育)とは,https://www.n.chiba-u.jp/iperc/ipercorganization/index.html,アクセス日:2022年3月3日.
3)松下博宣: 多職種連携とシステム科学―異界越境のすすめ 医療経営士中級専門講座テキスト 6,p.3,日本医療企画,2020
4)World Health Organization:Framework for action on interprofessional education & collaborative practice. p.26, World Health Organization, 2010
5)本文中引用した学習目標はすべて下記出典を参照しております。
World Health Organization:Framework for action on interprofessional education & collaborative practice. p.26, World Health Organization,2010
6)春田淳志、錦織宏:医療専門職の他職種連携に関する理論について.医学教育45(3): p.125, 2014
7)松下博宣: 多職種連携とシステム科学―異界越境のすすめ 医療経営士中級専門講座テキスト 6,p.8,日本医療企画,2020
8)World Health Organization:Framework for action on interprofessional education & collaborative practice. p.7, World Health Organization, 2010