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第4回:奄美看護福祉専門学校の実践 ―地域で学ぶ奄美の“結い”の心

第4回:奄美看護福祉専門学校の実践 ―地域で学ぶ奄美の“結い”の心

2024.06.26寺師 敬子(奄美看護福祉専門学校 副校長)、池田 恵子(同看護学科長)

はじめに

 本校は、鹿児島市から西南の海上383kmに位置する奄美大島本島に開校し(図1)、北は東シナ海、西は太平洋に面する亜熱帯地域です。2021年に世界自然遺産に登録された自然を有し(図2)、珍しい動植物に囲まれた人情豊かなこの地域に、奄美の医療・福祉の人材育成のためと地域自治体の熱い要望により設立され、今年で開校30年目になります。

図1 当校の外観
図2 当校をとりまく自然環境
生物学の授業ではマングローブの原生林をカヌーで散策する

 奄美は、薩摩藩、琉球王国、米国の統治下であった歴史がありながらも、奄美独自の文化を継承した地域でもあります。薩摩藩の支配下時には、奄美の民謡が苦しい時を乗り越えるための、人々にとっての唯一の心の支えになっていたと聞きます。
 学校が設立された小湊地区は現在273世帯約390人が生活している集落です。7~8世紀にかけて夜光貝さじをはじめとする貝製品を製作していた「小湊フワガネク遺跡」が発見された土地でもあり、数多くの伝承や歴史のある地域です(地域の特徴については“手引き”30ページをご参照ください)。
 しかし、私たちは奄美に暮らしながらも、奄美のアイデンティティの成り立ちなど、理解していないことが多いことに気づきました。そこで新カリキュラムの地域・在宅看護論について「在宅看護は、対象とその家族が住み慣れた暮らしの中で必要としている医療・看護・介護を包括して提供していくことである」と考え、奄美の歴史・文化に触れながらシマ(集落)の暮らしを知ることで、看護の対象をより深く理解できるようになると思いました。また、他府県から入学してきた学生たちも仲間やシマの人たちと接し、看護を学ぶ中で自身の地域の環境とシマの環境を重ね合わせながら、対象を理解していくことができると考えました。こうした背景から、今回紹介する科目「地域と暮らし」を新設しました。

地域住民と連携した教育実践の紹介

科目「地域と暮らし」の概要

 「地域と暮らし」は、専門分野 地域・在宅看護論に位置づけ、1年次の前期に設定しました。授業内容については“手引き”31ページをご参照ください。

フィールドワークを通して学んだ地域の歴史と暮らし

 本校がある小湊地区は現在273世帯約390人が生活している集落です。まず自分の足で小湊を歩き、小学校や駐在所、家屋や畑、道路のようすなどを観察しました(図3)。次に地域の方に説明していただきながら小湊の歴史、文化、集落の特徴、行事などを学びました。その後、各自フィールドワークで調べたことをレポートにまとめました(図4)。 

図3 学生のフィールドワークのようす
栄田肇さん(小湊出身)に、集落内に3基存在する喪屋墓(モーヤ墓)=集団墓地・共同墓地の説明を受ける
図4 小湊の歴史や伝統・文化についてのフィールドワークのまとめ

 小湊には病院やスーパー、コンビニエンスストアなどはなく、バスは1日に数本です。生活するには不便だと思っていた学生たちですが、フィールドワークで地域の方々のお話を聞くと、不便だからこその助け合いがあることを知りました。近所同士で作った野菜を分け合ったり、小学校の運動会に参加したり(図5)、八月踊り(地域において旧暦8月の風物詩となっている、五穀豊穣を祈願する踊り)を体験したりすることで、自分たちもその助け合いの輪の中に加わることを通して地域の絆や人々のやさしさを感じることができました。この経験は、看護を目指す学生たちにとって、対象の生活や暮らし、地域の特性を知ることが、対象に合った看護の提供のために大切であることを実感できる体験になりました。

図5 地域の小学校の運動会に参加し、住民との交流を深める学生たち

方言教室

 科目の中で、小湊の方に学校に来ていただき、奄美の方言や方言によることわざ、昔の暮らしなどを教えていただく機会を設けました(図6)。

図6 方言教室のようす
地域住民から方言や昔の生活、遊びなどについての話を聞く学生達

  たとえば、奄美の方言で「言(い)しゃんゆむたは、飲(ぬ)みんきゃならん」ということわざがあります。これは「一度言った言葉は飲み込むことができない(ものの言い方には気をつけなさい)」という意味です。学生はこのようなことわざを交えた方言を教わり、奄美の人々が言葉を大切にしていることも学びました。また、方言を教わることで、その後の実習や高齢者とのコミュニケーションに役立てることができ、方言を伝承していく必要性を実感していました。小湊地区では少子化が進み、人口が減ってきている現状から、方言や文化、歴史を継承していく活動を小学校で積極的に行っており、今回の方言教室の依頼も快く引き受けてくださったことから、地域の思いを強く感じました。

「小湊敬老感謝の集い」での地域の人々とのふれあい

 当校では、科目の設置以前から、地域の高齢者に感謝の気持ちを伝え、親睦を深めるためのイベントとして例年「小湊敬老感謝の集い」を実施しています。コロナ禍においては感染拡大防止のため地域の高齢者へメッセージカードの配布のみを行っていましたが、2023年度は4年ぶりに学校に高齢者を招待し、学生との直接交流を行うことができました。ナリの実(蘇鉄の実)玉入れ(図7)や島口早口言葉、島口ラジオ体操など楽しいプログラムを学生が企画し、最後は全員で輪になって八月踊りを楽しみました(図8)。地域の皆様は「とても楽しかった」「毎年楽しみにしている」など喜んでくださり、学生は一緒に踊ることで地域の方々とのつながりを感じることができたと述べていました。そのほか、学生から得られた感想も以下に示します。

図7 ナリの実(蘇鉄の実)玉入れのようす
図8 全員で楽しんだ八月踊り

「地域と暮らし」のその後

 「地域と暮らし」での学びをふまえて、1年次後期の1月に「地域の実習」を行っています。奄美大島5市町村(7地区)に分かれて各施設に赴き、各地区の市役所・役場では行政による取り組みを、各地区の社会福祉協議会では地域に密着したサービスを、各地区の診療所では地域住民にとっての診療所の役割を4日間で学びます。実習5日目は学内でそれぞれが学んできた内容を持ち寄り、グループディスカッションを行い、模造紙にまとめ、発表します。
 入学時は専門用語もわからず、初めての看護の学習に四苦八苦していた学生が、10カ月も経つと地域におけるさまざまな健康問題や各地域の特徴、自助・互助・共助・公助について理解できるようになっていました。奄美では、人と人との繋がりを大切にし、お互いを助け合うことを“結いの心”と言いますが、どの地域でも住民が助け合い、まさに“結いの心”が自然に存在していることを学んでいました。
 さらに、学生たちが学んだ奄美の各地域の保健・医療・福祉の現状について、他大学の学生との交流の中で発表する場を設けることができました(図9)。ただ学んで終わりではなく、他分野の学生達とディスカッションすることで、自分たちの医療者としての役割、今後の学習の意義をさらに実感できる機会となりました。 

図9 他分野の大学生との交流で実習の学びをプレゼンテーションするようす

おわりに

 地域連携授業において、当校は、開校当時から地域とのつながりを持ち、地域の行事に参加し、小湊地区を盛り上げてきた経緯があります。少子化、高齢化が急速に進んでいる小湊地区に、学生寮を持つ本校が設立されたことは地域活性化の大きな力となっています。今回のカリキュラム改正は、地域に密着した活動を行ってきた本校にとって、まさに地域を活用した特色ある教育活動を構築する機会となりました。
 学生のレポートに「フィールドワークによってその現場の“内側からの理解”が可能になるということを学んだ」という言葉がありました。紙面上や人づてでは伝わらないことが、その場に行くとわかるということ、奄美にはまさに生きた教材がそこかしこにあることを私たち教員も実感しました。今後も地域とのかかわりを学ぶことで、医療と生活の両方の視点を持った看護の人材が育っていくことを願っています。

著者プロフィール

てらし・けいこ/鹿児島県奄美市出身。九州大学医療技術短期大学部看護学科卒業後、奄美高校衛生看護科教諭を務める。その後鹿児島県立病院局へ入職。39年間の在職中に日本女子大学家政学部児童学科卒業。鹿児島県立大島病院総看護師長を経て2020年3月退職。2020年4月より現職。

いけだ・けいこ/鹿児島県奄美市出身。神奈川県立衛生看護短期大学卒業後、鹿児島県立病院局入職、外科病棟で勤務。1991年に北里大学病院に入職し、救命救急センター、脳神経外科病棟で勤務。2001年より奄美看護福祉専門学校専任講師となる。実習調整者を経て2023年より現職。
 

寺師 敬子(奄美看護福祉専門学校 副校長)、池田 恵子(同看護学科長)

フリーイラスト

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