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第1回:臨床実践中心型カリキュラムについて

第1回:臨床実践中心型カリキュラムについて

2024.04.17増山 純二(令和健康科学大学看護学部 教授 / 臨床シミュレーションセンター センター長)

はじめに

 本学は2022年に新設された大学です。カリキュラムを構築するにあたり、学習を効果的、効率的に、そして魅力あるカリキュラムにするためにインストラクショナルデザイン(Instructional design;以下ID)をもとにして、「臨床実践中心型カリキュラム」を構築しました。本企画では、この臨床実践中心型カリキュラムについて5回にわたって紹介します。
 第1回は本カリキュラムの理論的背景、第2回、第3回では本カリキュラムにおける授業設計の方法、そして第4回、第5回では、実際に1年生、2年生を対象に授業(授業設計)をした内容について紹介します。

臨床実践中心型カリキュラムの構築の理論的背景

 大学を設置するにあたり、本学の建学の精神、教育理念、三つのポリシーについて議論しながら決定しました。
 本学が養成する人材像は、 多様化・高度化する医療において、「幅広い教養と思考力」を基盤とし、「倫理観」及び「探究心」を統合した「実践力」を備え、 持続可能な健康長寿社会の実現に寄与する医療専門職となることをあげています。その人材を育成させるためには、複雑な課題に対応できる能力、問題解決力、臨床判断(推論)力の育成が鍵になると考えました。4年間で育成させるために、「誰に」「何を」「どのように」教授するかについて、基本的な授業設計の概念から検討しました。「何を」については、カリキュラム改訂に準じた内容と3つのポリシーから議論しました。「どのように」については、「看護学士課程教育におけるコアコンピテンシーと卒業時到達目標(日本看護系大学協議会)」でもシミュレーション学習は推奨されており、また、アクティブラーニングやICTの活用など、教育方法の検討をしました。その中でも、特に「誰に教授するか」については、学生中心のカリキュラムを構築しようと議論し、そのカリキュラムが、「臨床実践中心型カリキュラム」となります。その理論的背景となる「課題中心型学習」「認知的徒弟法」「GBS理論」「MerrillのID第一原理」について説明します。

課題中心型学習

 従来のカリキュラムについて、臨床(看護)のイメージがつかず、患者の全体像がわからない状況の中で学生に学習させていることを課題として上げました。一つの要因は、パートタスク(部分タスク;講義、演習)の学習を行い、最終的に統合していく、スモールステップで構成される積み上げ式のカリキュラムであることが考えられます。大学4年間の中で、1年生から2年生の学習では、パートタスクを中心とする学習であり、実際の看護実践との関連性が乏しく、学生は学習した内容が、臨床場面でどのように活用されているかわからないまま学習しています。
 複雑な専門的課題を遂行するためには、構成要素を単に積み重ねるだけでは不十分であり、知識、スキル、態度を統合した「コンピテンシー」が必要とされます。したがって、複雑な専門的課題を遂行するための指導は、複雑なタスクを経験させ、さまざまな知識が活性化されるように、相互に関連した知識を習得する必要があります。課題中心型学習では、必要なスキルを育成する方法として、学習環境を職場環境とよりよく結びつけ、実世界の問題や職業的課題を中心とした学習が行われます。このように、リアルな職業的課題に基づいた一連の学習課題を含む教育プログラムが提唱されています1)。つまり、病態(心不全、肺炎など)の講義、生活援助技術(車椅子の移乗介助や食事援助技術)などの演習といった部分タスクではなく、「心不全の患者にどのような看護実践をしますか」という全体タスクとなる教育プログラムが重要となります。課題中心型学習の例としては、認知的徒弟制、精緻化理論、MerrillのIDの第一原理、4C/IDモデルなどがあります。
 そこで、学習課題を現実的(臨床的)なタスクとし、授業が臨床での場面を想起することができ、そのタスクを解決することで学習目標が達成できる、課題中心型学習を設計することが決定されました。
 カリキュラムの内容や系列は大きく修正せずに、それぞれの専門科目の授業設計を修正します。また、4年間で「どのように学ばせるか」について、さらに、カリキュラムの構築について検討しました。

認知的徒弟制-“足場はずし”のカリキュラムへ

 カリキュラム構築について、どのような構成とするか、そして、学習支援について検討した結果、認知的徒弟制を参考とすることにしました。認知的徒弟制とは、Allan Collins,John S Brownらによって提唱された、見習いの修行過程を認知的に理論化した教育法です。教育・学習上で重視されている点は、熟達者の思考過程や問題解決法を見本として提示し、学習者が課題の全体像が把握でき見通しが持てるようにすることです。このように、習得すべき知識やスキルが文脈に埋め込まれたかたちで学習できる環境を作り出します2)
 認知的徒弟制に関連した6つの教授方法は3つのグループに分かれます。1つ目は、「モデリング」「コーチング」「スキャフォールディング」であり、伝統的徒弟制の核と言われています。2つ目は「明確化」と「振り返り」、3つ目は「探究」です。臨床実践中心型カリキュラムでは、「モデリング」「コーチング」「スキャフォールディング」の教授方法を参考に、足場をはずしていくカリキュラムを構築するとして、認知的徒弟制の概念を取り入れました。
 1年生-2年生は「モデリング」の工程となります。看護技術の学習ゴールは、「模倣しながら実践する」〜「反復練習によって実践できる」です。また、認知的領域は、問題解決思考を教員が例示する工程でもあります。課題中心型学習が基本とする設計であるため、学習タスクを解決する方法について教員が例示して、その看護の知識を利用する力を養う工程となります。
 2年生-3年生は「コーチング」の工程に進みます。知識がアウトプットされる工程であり、知識の応用ができる学習環境を作り、教員はコーチングスキルとして、質問(ヒント)やアドバイスなどの学習支援を行います。
 3年生-4年生は「スキャフォールディング」の工程に進みます。さらに多くの課題が課せられる工程でもあり、学習支援を強化するのではなく、できることは任せ、必要な場合に学習支援を行い、徐々に支援を減らしていく段階(フェーディング)でもあります(図1)。
 認知的徒弟制で重要視されるのは、状況に埋め込まれた学習であるという点です。看護実践という全体タスクであることが条件であり、実世界における課題を学生に遂行させ問題解決をさせていきます。そのためには、症例を中心に学習を設計する必要があります。臨床実践中心型カリキュラムでは、学内では、症例基盤型学習(CBL:Case-Based Learning)とシミュレーション基盤型学習(SBL:Simulation-Based Learning)を組み合わせ、実習に繋げていき、徐々に足場をはずしていくカリキュラムとしました。
 

図1 認知的徒弟制をもとにした臨床実践中心型カリキュラム
 
 

授業設計の核となるGBS教材

 学生がリアルに臨床を感じながら学習ができる授業設計について、GBS(Goal-Based Scenarios;ゴールベースシナリオ)理論を参考にしました。GBSとは、行動することによって学ぶシナリオ型教材を設計するためのID理論であり、Roger C. Schankによって提唱されました。Schankの人工知能における研究をベースとし、現実的な文脈の中で「失敗することにより学ぶ」経験を擬似的に与えるための学習環境として物語を構築するための理論3,4)です。認知的徒弟制の原則を数多く具体化したとされています。
 GBSは、「学習目標」「使命」「カバーストーリー」「役割」「シナリオ操作」「情報源」「フィードバック」の7つの構成要素からなります。GBS教材では、学習者が実際の場面の中で必要な知識を応用しながら問題を解決していく過程を「シナリオ操作」と呼んでいます。その問題を解決することで、「学習目標」が達成できる設計です。このように、GBS教材では「学習目標」が問題解決の解答となるため、「学習目標」は学習者へ提示されませんが、目標設計は重要です。学習者に示されるのは「使命」であり、その「使命」は、「学習目標」を達成させることができる課題となります。「使命」を達成したいと思わせる導入的文脈設定があり、これを「カバーストーリー」と呼んでいます。この「カバーストーリー」を提示することから、ストーリーは開始されます。そして、「カバーストーリー」を現実的な文脈に埋め込むためには、「役割」設定が大切です。学習者にも「役割」が設定され、実際の問題解決に直面する感覚を最初に提示し、スキル、知識を身につけていく場面が展開できるように設計されます。
 GBS教材の「シナリオ操作」の中では、決断場面が設定され、そして、その決断の良否によって「フィードバック」も設定されます。また、学習者は決断するにあたり、「情報源」にアクセスすることが可能であり、アクセスするかどうかは学習者に一任されます。GBS教材はストーリーの提供から学習者の意思決定(決断)ごとに返される「フィードバック」まで全てが、コンピューター教材の中で準備される、eラーニング教材です。
 臨床実践中心型カリキュラムは、集合教育と事前、事後学習のeラーニングを組み合わせるブレンディッドラーニングの学習形態を基本としています。今回、GBS理論を取り入れた理由は、学生がリアルに臨床を感じながら学習ができる授業設計をする必要があり、状況に埋め込まれた学習をさせるためです。GBSの要素である、「カバーストーリー」「使命」「役割」のシナリオ文脈、そして「学習目標」の構成要素と、現実的な場面の中で「学習目標」を達成するために必要な関連知識を活用しながら問題を解決していくという「シナリオ操作」の基本的な概念を取り入れました。

MerrillのID第一原理

 課題中心型の教授方略は、問題解決型学習とは違って直接教授法の一種とされており、現実に起こりうる問題や課題を文脈の中で行うものです。今回は、Merrillが提唱した「IDの第一原理」5)を取り入れました。課題を中心に全部で5つのフェーズに分けて構成されています(表1)。

表1 MerrillのID第一原理

課題(Problem) 現実に起こりそうな問題に挑戦する
活性化(Activation) すでに知っている知識を動員する
例示(Show me) 例示がある
応用(Let me) 応用するチャンスがある
統合(Integration) 現場で応用し,振り返るチャンスがある
[稲垣忠, 鈴木克明編著:授業設計マニュアルVer2,p.176,北大路書房,2015より引用]
 

まとめ

 臨床実践中心型カリキュラムは、積み上げ式のカリキュラムではなく、認知的徒弟制の概念を基盤に構築しています。カバーストーリーを提供し、学習者は実際の場面の中で必要な知識を応用しながら問題を解決していく過程を基本として、「MerrillのID第一原理」に基づいて授業設計を行い、本学が目指す人材像を養成するカリキュラムです。第2回では授業設計の方法について解説します。
 

引用文献
1)Frerejean J, van Merriënboer JJG, Kirschner AP et al: Designing instruction for complex learning. European Journal of Education 54(4): 513-524, 2019
2)Reiser B J and Tabak I(森敏昭 訳):第3章 認知的徒弟制.学習科学ハンドブック(第⼆版)第1巻 基礎/⽅法論,SAWYER RK編(森敏昭, 秋⽥喜代美, ⼤島純, ⽩⽔始 監訳),p.37-52,北⼤路書房,2018
3)根本淳子, 鈴木克明編:ストーリー中心型カリキュラムの理論と実践,東信堂,2014
4)根本淳子, 鈴木克明:ゴールベースシナリオ(GBS)理論の適応度チェックリストの開発. 日本教育工学会論文誌 29(3):309-318,2006
5)稲垣忠, 鈴木克明編著:授業設計マニュアルVer2,p.176,北大路書房, 2015

増山 純二

令和健康科学大学看護学部 教授 / 臨床シミュレーションセンター センター長

1994年長崎大学医療技術短期大学部卒業、長崎大学病院に就職(2004年救急看護認定看護師取得)、その後、2010年日本赤十字九州国際看護大学、2015年長崎みなとメディカルセンター(2016年特定行為研修修了)、2022年に現職。2006年独立行政法人大学評価・学位授与機構学士(看護学)、2010年熊本大学大学院教授システム学専攻博士前期課程修了(修士;学術)、2023年熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程単位取得退学、同年に博士(学術)取得。

企画企画

看護実践能力の向上を目指した「臨床実践中心型カリキュラム」の取り組み

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