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第9回:悩み、支えられながら看護教育の道のりを歩む私へ

第9回:悩み、支えられながら看護教育の道のりを歩む私へ

2022.09.09中尾 裕子(甲賀看護専門学校 副学校長)

 助産師だった担任の先生は、妊娠中の自分の身体を教材にするほど教育に熱心で、強さと優しさを持ったお姉さんのような存在でした。副担任の先生はどの学生にも公平で、何気ない会話がいつの間に悩み相談になっているような、学生に寄り添うのが上手な先生でした。そんな先生たちに憧れ「いつか教育に携わりたい」という淡い気持ちを抱いた私は、気づけば看護師人生の大半を教育とともに歩んでいました。これまで感じてきた教育の尊さを振り返りながら、あの頃の自分へメッセージを贈ろうと思います。

1通目:教育の道を選ぶか臨床の道を進み続けるか、何度も迷いに迷ってきたあの頃の私へ

 新たに設立される看護師養成所への異動のお話を頂いた時は、さぞ驚いたことでしょう。「教育に携わりたい」という思いを臨床指導者として叶えたことで、自分がめざしたい看護を実践しながら学生や教育とかかわる充実した日々を過ごしてきたあなた。しかし教員になれば患者に直接看護する立場ではなくなり、学生を通してケアすることになります。その戸惑いや臨床を離れる不安、自信のなさばかりが募り、夢が膨らむ喜びや期待など持てずにいたあなたの背中を押してくれたのは、父の言葉でしたね。
 「人間、生きていれば役割、責任、夢や野望、いろいろなものを持たなければならない。でもどれだけ持っても、抱えても重くないものが一つある。それは学問だ」。ぶるぶると震える手ではありますが、この言葉に「教員になる」挑戦状を握らせてもらった格好悪い私へ。ちょっと大人になった私から、メッセージを贈らせてください。

 逃げることが得意だったあなたは、今自分の弱さや未熟さに気付き、今度は逃げるなと覚悟を決めました。それが正解です。看護基礎教育の世界でついていけるか心配でも、未知の世界が怖くても大丈夫。看護教育は特別なものではありません。患者への看護と同じように、学生の反応から自分のかかわりが適切かを見極め、学生がつまずきや不安を表現しやすいように支援しましょう。かつて憧れた先生たちから「人を大切にする」という看護の本質を受け継いだあなたなら大丈夫です。看護が好きなあなたは、きっと教育も好きになるはず。あの憧れを看護教育の場で実践できるようになるまで、諦めずに希望を抱きながら進んでみましょう。

 あなたはこの先、何度も臨床に戻るかこのまま教育を続けるか悩むはずです。その時はゆっくり考えて。自分の人生、一生懸命悩み迷えばよいのです。タイミングや状況に流されることもあるでしょう。それでも自分が選んだ仕事の好きなところ、大事なところを探して、様々な面から進む道を決めてください。最後の決断はあなた以外の者にはできないのです。

2通目:教育を通じて数えきれないほどの貴重な経験と出会いを得てきたあなたへ

 厚生労働省看護研究研修センターの看護教員養成課程を受講し始め、教員としてのキャリアを歩みだしたあなた。これから、人生の恩師やたくさんの仲間と出会うでしょう。
 教員養成課程でともに学んだ同期たち。彼らのすごさに圧倒されて惨めでくじけそうなあなたに「人と比べなくても、あなたがあなた自身のためにやればいいのよ」と声をかけてくれ、考える楽しさやわかる面白さ、愛情や真の優しさを学ばせてくださった教官。学生の言葉に傷つき涙した時に「悔しいね」と涙が止まるまで傍にいてくれたり、弱音を吐かせてくれたり、クスっと笑える動画を見せて励ましてくれたり、時には叱咤のメールをそっと送ってくれたりと、晴れて新人教員になった私を支え応援してくださった教員としての先輩方。あなたが学生と真剣に向き合おうと努められるのは、そんなかけがえのない皆さんのおかげです。

 今たくさんの人たちに守られながら仕事をしているあなたは、この先守りたいものをたくさん抱えて組織を引っ張っていく管理職になります。学生はもちろん、後輩教員を育てていくとともに、彼らからも学び続けなければなりません。
 「学生はあれができない、これが分かっていない」と後輩教員が悩んでいたら、「学生の良いところはないの?」と問いかけてください。教員や臨床指導者は、学生の弱さ、苦手なところが目につきがちです。しかし、若い学生が自らの弱さと向き合うのには覚悟が必要です。弱さを叩きつけるのは教員の仕事ではないし、教育とは言えません。まずは「あれはできているな」と学生の良さを認め、「そこが理解できているなら、次はこう教えればいいんじゃないか」と、学生とともに一歩ずつ着実に前へ進む。その道程が教育なのではないでしょうか。
 「先生は私に厳しい、不公平だ」と学生に言われることがあるでしょう。その時は、立場が違えば正しさや考え方も違ってくるということを真摯に伝えてください。教員が一生懸命になればなるほど、学生は当たりが強いと思ってしまうものです。しかし、学生の気持ちも受け止めながら、彼らが臨床に出た時のことを見据え、様々な立場から物事を考えて相手を理解するという大事なことが当たり前にできるよう、導くのです。そして、ひたすら一生懸命に教えるのではなく、あなたの手腕で学生を一生懸命にさせて、学習への意欲を高めてもらいましょう。

3通目:看護の力、学生の力を実感した貴重な体験

 最後に、ある学生との忘れられないエピソードを一つお話しします。
 大学卒業後、社会人経験を経て入学してきた男子学生Yさん。実習で彼が受け持ったのは、肺疾患を持つ頑固な高齢男性でした。Yさんのケアをことごとく拒否し、受け入れた時には酷評します。とくに清拭は寒いから嫌の一点張り。実習最終日を目前に、耐えかねたYさんが口にした「あの患者、明日絶対清拭してやる」との言葉に危機感を抱いた私は、「Yさんに、これが看護だと感じられるようなケアをしてほしい」と思い、事態が好転するよう臨床指導者にも相談をしました。
 最終日、ついにYさんが患者の清拭に挑みます。私と臨床指導者は黒子になりました。部屋を暖め、Yさんが用意したお湯が冷めないよう介助し、患者の保温にも気を配り、短時間で爽快感を得られるケアができるようYさんをサポートしました。全てが終わった後、患者から「ありがとう」の言葉をいただいたYさんは、「よかった」と涙を流しました。自分のケアが受け入れられない不安や焦り、悔しさを乗り越え、Yさんが真に“看護”を知った瞬間でした。

 それから約1年後、Yさんは2年生最後の実習でターミナル期の患者を受け持ちました。実習初日、ポータブルトイレからうまくベッドに戻れず床を這った患者の、その便の跡を悲しそうに見つめるYさんは、かつての自分本位な彼ではありませんでした。食欲が低下した患者に、少しでも食事を楽しんでもらいたいと、おかずを一品ずつきれいな器に盛り付け直し、ランチョンマットを敷き、患者の好きななすびの箸置きを添えて…患者を知ろう、患者の生きる力を引き出そうと、Yさんは熱心に看護しました。それをとても喜んでYさんとの関係を深めた患者は、寝たきりだった状態から学生と売店に行くようになりました。そして最終日には、Yさんと私に「生まれ変わったら私も看護師になりたいわ」とおっしゃったのです。
 寝たきりだった患者が喜びやベッドから起き上がる気力を得て、さらには夢を語るようになる。私はYさんを通して、看護にしか成しえないことの尊さや看護の力を確かに感じました。同時に学生が持つ計り知れない力もしみじみと実感した、忘れられない経験です。

おわりに

 教務室にいると、私が積み重ねてきた教育の“結果”が見渡せます。教務主任と臨床でキャリアを積んでやってきた新人教員は、2人ともかつて実習指導者を担当した学生。4人の中堅・新人教員はみな教え子。看護学校時代の同級生もいます。卒業生もしょっちゅう遊びに来てくれて、子どもの顔を見せてくれることもあります。嬉しかったエピソードや仕事の愚痴、悩みなどを共有しては、また来るねと言ってくれます。
 かつて看護教員養成課程同期の友人が「教育の結果が出るには10年かかる」と言っていました。「結果が出る頃には教育者でないかも」と答えた私を、今頃彼女は笑っているでしょう。挑戦状を握りしめてから20年、振り返る間もなくここに辿り着いてしまいました。
 臨床へ戻るかこのまま進むか悩み続けていたものの、今は看護と教育の魅力を感じ、学び続ける尊さを胸に抱きながら「まだまだやろう」と自分に言い聞かせる日々です。学生、教員、指導者と唯一無二の存在を大切に育て、この場所で「生涯学習」を続けたいと願っています。

中尾 裕子

甲賀看護専門学校 副学校長

なかお・ひろこ/看護専門学校を卒業後、地方独立行政法人公立甲賀病院(現)へ入職。整形外科病棟、血液・内分泌病棟、外科・脳外科病棟、消化器内科病棟などで12年間の看護実践を経て、甲賀看護専門学校に異動。専任教員として勤務の傍ら、2010年より滋賀県実習指導者講習会の講義を担当し受講生と大人の学習を楽しんでいる。看護教員養成課程(旧厚生労働省看護研修研究センター)を修了。2017年より現職。趣味は旅行先で美味しいものを食べること。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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