はじめに
はじめまして、歯科医師の島谷と申します。筆者が勤務する病院は障害者病棟60床等を含む全296床で、高齢者を中心に幅広い年齢層の患者さんが受診されます。
病院内の歯科で20年近くにわたり診療を行ってきましたが、現在は5名の歯科衛生士と協力して虫歯や歯周病の治療、抜歯や義歯作製などに加え、入院患者さんに対する口腔ケア等、口腔領域の全般的な対応を実践しています。また、チーム医療の一員として多職種のスタッフと関わり合う中で、看護師との連携も日々の診療で不可欠です。
この連載では臨床・基礎の双方の観点から、看護に関わる歯科の様々なトピックスを論じていこうと思います。
歯周医学とは?
近年、歯周病と全身的な疾患との関わりがクローズアップされて「歯周医学」と呼ばれ、注目されています。
歯周病は、虫歯と並び歯科では非常にメジャーな疾患です。8020推進財団*が2018年に公表した調査によると、歯を失う最大の原因は歯周病で、虫歯をも凌ぐ結果となっています(図1)。また、厚生労働省の平成28年歯科疾患実態調査の結果によると、40歳以上の80%以上が歯周病に罹患し、いわば「国民病」とも呼ばれる所以です。
*8020推進財団:80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという「8020(ハチマルニイマル)運動」の普及啓発を進める団体。
では、歯周病とはどのような病気なのでしょうか。歯周病は文字通り歯の周りの病気で、歯の周囲にある歯ぐき(歯肉)、歯を支える骨(歯槽骨)等の歯周組織が、歯周ポケットに存在する歯周病菌の毒素などによって起きた炎症反応により破壊される病気です。
歯周ポケットは歯と歯肉の境界部にある溝のことで、正常では1~2ミリ程度で歯肉溝と呼ばれますが、病的に4ミリを超える深さになると歯周ポケットと名前が変わり、歯周病と診断される基準の一つとされています(図2)。
図3のような歯肉の出血や腫張、発赤といった炎症症状(歯肉炎)のほか、進行すると歯肉がやせる(歯肉退縮)、歯の動揺、排膿、口臭といった不快症状が出て、食事や日常生活に支障をきたすようになります。最終的には、ぐらつきが大きくなって自然と抜け落ちる「自然脱落」に至ります。細菌等の集合体である歯垢(プラーク)にカルシウムなどが沈着して石灰化したものが歯石で、硬くなったものは歯ブラシでは除去できないため、スケーラーという歯科専用器具で取り除く必要があります。
歯周病菌の代表格であるポルフィロモナス・ジンジバリス菌はコラゲナーゼというタンパク分解酵素で歯肉等のコラーゲン線維を破壊し、歯周病を進行させる大きな要因となっています。
このような病態を示す歯周病ですが、「歯周医学」では妊娠トラブル(早産・低体重児出産)、動脈硬化症、糖尿病、骨粗鬆症、発熱や誤嚥性肺炎などが知られています。
そのメカニズムは歯周病菌やその構成物が歯周ポケットで炎症を起こし、血管に侵入することから始まります。そして菌や産生された毒素(菌表層の内毒素など)が血流に乗って全身を巡り、サイトカインやケミカル・メディエーター(PG[プロスタグランジン]、IL[インターロイキン]等の生理活性物質)を賦活化させて身体各所で悪影響を及ぼします。
また、経路は異なりますが、歯周病菌などを誤嚥することで発症する誤嚥性肺炎も、時には命に関わる重要な疾患です。
このように、歯周病は歯を失う最大の原因であり、かつ全身の健康にも悪影響を及ぼしますので、患者さんの看護をする上でも意識したい疾患なのです。
前置きが長くなりましたが、今回は、歯周病と妊娠トラブル(早産・低体重児出産)に焦点を当て、その関連性について詳細を解説します。
歯周病と妊娠トラブル(早産・低体重児出産)
WHO(世界保健機関)は、早産を22~36週での出産、低出生体重児を出生体重2,500グラム未満、と定義しています。早産(あるいは、その結果としての低体重児出産[低出生体重児の出産])の原因としては、細菌感染症や妊娠中毒症、喫煙などが報告されていますが、歯周病も関係しています。
●エビデンス
2005年にロペス(Lopez NJ)が報告した研究では、870名の妊婦を対象として歯周病と妊娠トラブルの関連について調査を行いました。その結果、口腔衛生指導を含む歯周病治療を受けた妊婦群(580名)は受けない群(290名)に対し、早産のリスクが75%、低体重児出産の発生率が38%減少しました(図4)。
また、1996年にオッフェンバッカー(Offenbacher S)が報告した研究(参考文献3より)では、重度の歯周病に患っている妊婦は早産(低体重児出産)の危険率(オッズ比)が6.8倍となり、初産では7.4倍にも及びました。この危険率はタバコやアルコール、高齢出産などのリスク因子と比較しても格段に高く、妊婦の歯周病予防の重要性が示唆されました。
●考えられるメカニズム
歯周病菌であるプレボテラ・インターメディア菌は発育因子として胎盤で産生されるホルモンのエストロゲンを利用するため、妊婦では増殖しやすい傾向にあることが報告されています。
妊娠時に、この菌が歯周病の局所で爆発的に増殖すれば、出血しやすく浮腫性の歯周炎(炎症が歯肉にとどまらず、歯槽骨に及んだ状態)になります。出血があれば血液成分を栄養素とする歯周病菌が非常に増えることによって内毒素の産生が増し、サイトカインを誘発しやすくなります。その結果、子宮に影響が及んで早産や低体重児出産といった妊娠トラブルにつながると考えられています。
その詳しいメカニズムとして、ケミカル・メディエーターのPGの一種であるPGE2は子宮筋を収縮させる作用があるため、早産を誘発することが明らかにされています。
妊娠中は性ホルモンの関係で「妊娠性歯肉炎」という特有の歯肉の炎症反応が起きやすくなります。さらに、「つわり」で歯磨きが不十分になってしまうことも、歯周炎を増悪させる要因になります。
早産の予防のためにも、歯周病の予防・治療はとても大切です。妊婦に対する歯磨き指導もこれに基づくものなのです。
1)日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康.2015
2)島谷浩幸:頼れる歯医者さんの長生き歯磨き,わかさ出版,2019
3)Offenbacher et al.: Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight. J Periodontol, 67: 1103-1113, 1996