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第27回:いつかは咲かす大輪の花~達成可能な最善を認識する

第27回:いつかは咲かす大輪の花~達成可能な最善を認識する

2024.06.27酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 いよいよ梅雨に入りましたが、パリオリンピックに向けていろいろな競技で準備が進んでいるようですね。あと少しで夏休み、皆さんお楽しみの準備計画の進捗状況はいかがですか? ところでカピバラは、認定看護管理者の研修でサービスの質管理などを担当する機会をいただき、「質」「quality」ってなんじゃい、ということを考えることが多くありました。今回は「医療の質」ということを考えてみたいと思います。

アスリートの自己ベスト

 とある水泳選手のインタビュー動画をぼんやり見ていたら、「自己ベストとは、過去の自分が出した記録なので、常にそれを超えるパフォーマンスを出そうと思っている。過去の自分を超えることが今目指すこと」であるという主旨のことを話していました。トップアスリート、それも世界でメダルを狙う位置にいる選手は、他の選手との闘いというよりも、自分との闘いとなるのね、と感じ入ったカピバラでござる。
 ひるがえって、これまでの(人生ならぬ)カピバラ生を振り返ると、超えるべき「公認過去のカピバラベスト記録」というものはもちろんなく、むしろ、山あり谷あり砂漠ありの仕事人生、アカデミア的なところで生きてるだけでまるもうけ、カピバラ教授連載なんていうこともさせてもらえているのは、ありがたや、の一言に尽きます。ですけど、特別なサムシングがあるわけではない不肖カピバラにも、あともう少しにじり寄りたいことはあるでござる。

韓流ドラマ『賢い医師生活』にみる「最善を尽くします」

 読者の皆さまの中には、韓流ドラマ『賢い医師生活』をご覧になった方も多くいらっしゃるでしょう。カピバラは先日、2周目を完走しました。2回目なのにといいますか、2回目だからこそといいますか、やはりよいドラマでした。
 このドラマには、天才外科医とか、大事故でのER大量受け入れとか、何か事件に巻き込まれる医療者主人公とか、災害時のプレホスピタル対応とかはまったく出てきません。4人の中堅外科医の生活と仕事、取り巻く人々の日常のあるあるな出来事など、ドラマは淡々と進んでいくのですが、それでも病院という場で患者さんとその家族が笑い、泣き、苦悩し、幸せになるその様子、医療スタッフの差し出がましいわけではない患者・家族への気遣いには毎回グッとくるものがあります。
 4人の中堅の外科医たちは、それぞれ専門が違うのですが、大学時代からの友情のもと、言いたいことを言い合いながら強い信頼に結ばれています。この4人がそれぞれ自分の担当の患者さんと家族に手術の説明をするシーンで、病状と術式、術後の経過などを話した後、「最善を尽くします」と言うのです。難しい手術ですが、状態はよいわけではないのですが、と状況をわかりやすく話したあと、このようにおっしゃる。おおよそ2話のうち一回はだれかがこのようなセリフを言っています。
 決して楽観的な話をするわけではありませんし、ひたすら、起こりうる「よくないこと」を羅列するようなインフォームドコンセントをするわけでもない。根拠に基づき、淡々と誠実に説明して、最後に普通のトーンで「ですが、最善を尽くします」と言う。この時の最善は、自分の身を犠牲にして実践する最善ではありませんし、実現可能性は低いけどうまくいったら成功するかも、とかそういう最善ではありません。不確実な先の見えない医療現場で診療ケアの利益とリスクを患者と共有し、今の自分(と医療スタッフ)にできることのうち、患者さんにとってもっともよいと思われることをやります、という宣言のような誠意の言葉です。このようなシンプルな言葉に、患者と家族はどれだけ心が休まり、勇気づけられるだろうか、と思います。

医療の質とは

 そもそも医療の質とはどのようなことをいうのか、ドナベディアン博士の定義を引用して考えてみたいと思います。

 「医療の質の統合的概念とは、すべての医療の過程の部分から期待される損失と利益の予測を考慮した上で、患者の全体的な福利を最大化するようなものとなる。この概念は『少なくとも害をなさず、常に小善をなし、理想的には、どんな場面にあっても達成可能な最善を認識する』ことを旨とする、医療者の価値観、倫理、伝統の根源的なものである。」1)

 医療の質は、まず患者に害をなさないことがベースですが、次の、「常に小善をなす」が重要ポイントです。いつもほんのちょっとでいいから善いことを行うこと、それは、医療の質とは固定された状態を指すのではなくて、昨日より今日、今日より明日と、いつも善い方向に向かってちょっとずつ動き続けているその変化を指しています。そしてその善い方向とは、どんな場面にあっても「達成可能な最善」という自分の中の認識です。自分の中に羅針盤があるというわけです。
 これは言い換えれば、善い方向への変化がなくなった時、自分たちの中に達成可能な最善のイメージがない時には医療の質が低下するということを指しているとも言えます。常に自分たちが今行っている医療を超える善い医療を目指す、そのこと自体が医療の質であるのだ、ということなのかなと思います。
 あれ? なんか、トップアスリートのお言葉に似ているような気がしてきたぞ。過去の自分を超える…、医療者はつまりアスリートなのか?

結果を出すために過程を整える

 ドナベディアン博士の医療の質の定義を紹介しつつ、看護サービスの質管理の授業をすると、決まっていただく受講者からの感想に、「質向上って、なんかすごく一生懸命がんばってすんごいことしなくてはならないと思っていましたが、今できるちょっと善いことをやる、ということを継続することが重要だと学び、気が楽になりました。明日から何か一個でも患者さんにとって善いことを提案してみます」というものがあります。これ、複数の看護管理者の方から毎回いただきます。このような感想をいただくたびに、看護管理者の皆さまは、「達成可能な最善」をしっかり認識していらっしゃり、そこに向かっているのだな、すばらしいな、とリスペクトを感じます。そう思っていただくだけでも講義をする甲斐があるというもの。ほんのちょっとの積み重ねを継続していくことそのものが医療の質なのですから。そのために看護管理者は診療ケアの質を継続的に管理するわけです。
 部署管理者のようなミドルマネジャーは病院の設備とか構造とか、配置人数とかに直接手を入れることが難しい場合も多いですよね。だけど、ケアの提供過程を整えることについては、それこそがミドルマネジャーの本来業務です。一人ひとりの患者さんのケアのマネジメントつまり看護計画を充実させ、スタッフのケア技術の向上機会をつくり、部署全体の業務整理にマニュアルの見直し、看護補助者さんの役割発揮支援、病床環境の清潔さやプライバシー保持のための工夫などなど、雑多に見えるミドルマネジャーのタスクの一個一個が医療の質と直結している。
 看護部長さんのようなトップマネジャーは、組織の事業計画の立案、組織図の改編、スタッフの人員計画、教育計画の立案などを通して医療の質の構造のところに手を入れていくわけですけど、ここでは看護職だけで何かを決めていくということが難しくなります。組織全体が「達成可能な最善」を共通認識するためには、多職種で構成される執行部のメンバーとの日々の相互理解、リスクの共有などが不可欠となり、ハイレベルの専門職連携の実践ということになると思います。
 そしてどのレベルの看護管理者であっても、診療ケアについて、少なくとも害をなさず、常に小善をなす、というメンタルモデルが必要となりますが、これはつまり、フロントラインで実践するスタッフが常に小善をなすことができるようにしていくという、アスリートのコーチ的な役割も有しているということも言えると思います。スタッフが結果(患者さんの全体的な福利の向上)を出せるようにケア提供過程を整える。カーリングの選手が氷を磨くようなタスクです。結果を出すために一貫して達成可能な最善に向かって過程を整え続けること、これが医療の質にかかわる、看護職、および看護管理者の仕事のおもしろさなのではないかと思います。

「ものごとを着地させる」こと

 そのためには何が必要かというと、とにかく、小さな一歩を着地させることだと思います。右足を着地させなければ、左足は出ない。そうしたら今度は左足を蹴り上げて前に振り出して足底を接地させなければ、右足は出ない。人間は一気に100メートルも飛ぶことは(月面でもない限り)難しいですけど、一歩ずつ進めればそのうちに移動できます。ローマは一日にして成らず、千里の道も一歩から。
 何を言っているの、カピバラさん、と思われるかもしれませんが、一日一日、忙しい業務の中でのちょっとした善い変化を、とるに足らないものだと思わずに着地させる。これをやってみたらこうだったから、次もこうしてみよう。次もこうしてみようと思ったのに、いろんなコミュニケーションエラーでできなかったら、こことここの連絡をこんなふうにシンプルにしてみたらどうだろう、というような具合です。着地の方向を間違わないように、間違えても修正できるようにするには、自分の中に「達成可能な最善」という理想を育て続けていることが大切なのかな、と思います。
 だからこそ、みんなで夢を語り合いましょう。こんなケアをしたい、患者さんにこうなってほしい、と言葉に出してみんなで共有しましょう。それが理想となっていくのかなと思います。

 

引用文献
1)Donabedian A, 東尚弘訳:医療の質の定義と評価方法, p.4, 健康医療評価研究機構, 2007
 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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