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第7回: 新人時代から約30年間、看護教育の道を走り続けた私へ

第7回: 新人時代から約30年間、看護教育の道を走り続けた私へ

2022.07.01髙山 恵美子(社会医療法人誠光会草津看護専門学校 校長)

 自分の中では思ってもみなかった看護教員という仕事。助産師経験を経て市の保健衛生課で保健師として勤務していた頃、異動のお話を頂いたのが、教育の世界に飛び込むきっかけとなった出来事でした。それから30年近く、こんなに長く看護基礎教育に携わってこられたこと、このような振り返りの機会を頂けたことに感謝しながら、過去の私に手紙を書いてみようと思います。

1通目:若さと勢いだけで学生に向き合っていた、新人の頃の私へ

 何の前準備もなく、右も左も分からない看護基礎教育の世界へ突然やってきたあなた。勤務先、住まい、仕事の内容……これまでと一変した環境や慣れない教育の現場に身を置き、すごく肩に力が入っているのではないでしょうか? 

新任教員にとっては学生も“先輩”

 「自分には武器がない」と少ない臨床経験と若さゆえの勢いだけで学生と向き合い始め、「“先生”なのだから教えなければいけない」と背伸びをしながらスタートした教員生活。しかし、よく考えてみてください。あなたの周りには、あなたより長く看護学校を経験している人たちがたくさんいますよね。それは学生だって例外ではありません。教員1年目のあなたにとって、学生3年目の彼らは“看護学校生活の先輩”です。学生たちにとって親しみやすい存在であるあなたは、様々なシーンで彼らに助けてもらいながら、教員として成長していくことができるでしょう。
 例えば、最初の実習指導でかかわった臨床指導者に「この教え方ではだめ」と指摘された時、フォローしてくれるのは、3年生の“先輩”たちです。力んで心に余裕がないあなたを見た彼らは「先生、それで十分わかりやすいから、大丈夫やで」と声をかけてくれるのです。

 先生らしさがなく「先生」と呼ばれてもそれが自分のことだなんて想像もしないあなた。でも、それでよいのです。学生は教員をよく見ていますから、あなたが一生懸命看護教育に取り組んでいるのなら、その頑張りを彼らは理解してくれるものですよ。自分の頼りなさを痛感することもあるかもしれませんが、学生に気づかされたり、教えてもらったりしながら、授業や実習指導の力を磨いていきましょう。

先達のアドバイスで気持ちが楽になる

 今、あなたの頭の中は学生のことでいっぱいのはず。どう教えたら理解してもらえるか、実習での学生のミスにどう対応すべきか。悩みの種は尽きません。でも、学生の頭の中は学校のことだけではないはずです。友達、恋人、趣味など、学生は色々なことに興味関心を向けています。あなただって、子育てや家族について考える場面があるでしょう。あなたが看護教員でありながら一人の人であり、母であるように、彼らにも学生としての顔だけではない、様々な側面があるはずです。行き詰まったら、これまでと違った視点から学生を見つめてみましょう。

 ……こう声をかけてくれたのは、教務主任の先生でした。この言葉にはずいぶん助けてもらったものです。教員はどうしてもすべてを抱え込んでしまいがちですが、あなたと同じ経験を経てきた上司や先輩から、あなたとは別の角度から助言を頂ける機会がたくさんあるはずです。困ったとき、しんどいなと感じた時は、周りの人に頼ってみましょう。
それに、肩の力を抜いて、と言われても自分ひとりでは難しいのは、あなたが懸命に頑張っていることの証拠でもあるのですよ。

2通目:幹部看護教員養成講習会を経て、周りを見渡す立場になった私へ

 看護教員になってから15年が経ったある日、「幹部看護教員養成講習会に行ってみてはどうか」と声をかけられ、参加を決めたことで、キャリアを積んだあなたの学びはますます広がりましたね。講習会で得たたくさんの財産は、今後の教員として、また学校運営に携わる立場になる者としての大きな指針となってくれるはずです。

 そのひとつが学生の「学習保障」「成長保障」という考え方です。私たち教員には、学生が学び成長できる環境や土壌を整えることが求められます。たとえば実習で、技術がおぼつかず、残念ながら単位を落としてしまう学生もいます。こういう時も、学生の学びや成長という視点が念頭にあれば、彼らが実習を通して成長できた点に目を向け、これも学びの機会だと教えることができるでしょう。学生に“失敗”はないのですから。学校が、学生が安心して学び成長できる場所であるようにと、取り組むようになるでしょう。

 もうひとつ、中堅教員になったあなたには、講習で学んだ「学生にとってどうか、教員にとってどうか、学校にとってどうかと、常に3つの視点から考える」ということをぜひ大切にしてほしいと思っています。若手のうちは、学生にとってよりよいことは? と、とことん考えていましたが、経験を積み、立場が変わっていく過程で、視点の転換が必要になってきます。例えば学生にとってよい指導は、教員にとってはどういうものなのか、労力を割きすぎて疲弊しきってしまっていないか? と考えてみてください。

 学生のことを最優先で考えたいと、教員は皆思うものですが、それが教員にとって、ひいては学校の利益になることなのかどうか。苦しい判断をしなければならない場面にも出合うかもしれませんが、これはやがて教務主任、校長を担うことになるあなたにとって必要な観点と言えるでしょう。部下となる教員たちと同じ視点からだけではなく、管理者である自分が置かれている視点から組織を見渡すことで、学校全体をよりよくしていくための道が見えてくるのです。

3通目:看護を受ける家族の立場から、この職業の尊さを再認識する私へ

 長く看護基礎教育の仕事をしていると、卒業生と病院や施設などで再会することもたくさんあります。時には看護主任になっている卒業生がいたり、彼らと一緒に実習指導を行える時もあります。教え子たちが一生懸命に頑張っている姿は、こちらもつい応援したくなるものですよね。思えば娘の出産に立ち会ってくれた助産師も、かつて指導した卒業生でした。
 あなたは今、成長した子ども、老いてゆく親の家族として、看護を受ける側の立場から卒業生を始め、様々な看護師たちとのかかわりを持っていることでしょう。そして近い将来、母と過ごす最期の時間を通して、あなたは看護の尊さを再認識することになるのです。

 介護老人保健施設に入所し、もう長くないと告げられた母。亡くなる一日前、「家に帰るなら今」と担当看護師が判断してくれて、我が家へ帰ってきてくれます。そして、子どもや孫たちとの家族団らんを楽しんだ後、日付をまたいだ午前3時頃、あなたときょうだいに見守られて、母は静かに息を引き取ります。苦しむことなく、最期に息をふーっと吐いて亡くなっていった母は、きっと“生き切った”のでしょう。次の日、母の身の回りをきれいにしてあげる時にあなたは、ずっと人工肛門をしていたはずの母の体にいっさい汚れがないことに驚くかもしれません。これは少しでも自宅で快適に過ごせるよう、帰宅前に担当の看護師が入浴させてくれていたためでした。

 母は“これぞ看護”と言える援助を受けながら、最期までまっとうすることができたのです。患者の死と真摯に向き合いその人らしい最期を迎えられるような配慮を尽くしてくれた看護師を通して、あなたは人の生き死にと深くかかわる看護の力を実感します。そして、看護教育に携わる者として、看護を受ける立場から学生にこの話をできることに幸せを感じるはずです。
 ぜひこのことを、卒業を迎える3年生たちに伝えてあげてください。「看護の仕事に喜びを感じた」「看護師になることに誇りを持って卒業します」という彼らの言葉に、亡くなるまで母がかけてくれた「あんたは本当に良い仕事に携わっているね」という言葉を思い出し、看護師を育て看護の未来をつなぐ看護教員という仕事のすばらしさを実感することができるでしょう。

おわりに

 定年退職後3年間滋賀県看護協会に務め、現在再び私は教育に携わるようになりました。うれしいことに、昨年担当した看護教員養成講習会の受講生2名が新人教員として今、一緒に働いてくれています。私は初めて勤める学校、彼らは経験のない教員の仕事と、お互い初めての環境に戸惑いながらも励まし合う毎日です。
 彼らの姿は、毎日が一生懸命だった、新人時代のあの頃の自分を見ているようです。時に悩み、落ち込む彼らの耳元で「学生と未来を語れる本当に良い仕事に携わっているよ」と囁き続けたい、そう思ってやみません。教員として、2人が周りの教員や学生たちと共に成長していくのが楽しみです。

髙山 恵美子

社会医療法人誠光会草津看護専門学校 校長

たかやま・えみこ/大津赤十字看護専門学校、信州大学医療技術短期大学助産学特別専攻助産学科、滋賀県立大学大学院人間看護研究科を卒業。大津赤十字病院、守山市役所保健衛生課勤務を経て、1990年に滋賀県立看護専門学校に勤務。幹部看護教員養成課程(旧厚生労働省看護研修研究センター)を修了。2019年定年退職後滋賀県看護協会に勤務。2022年より現職。趣味は旅行と体を動かすこと。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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