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第4回『愛、アムール』

第4回『愛、アムール』

2023.09.27NurSHARE編集部

 本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。

『愛、アムール』(ミヒャエル・ハネケ監督/ジャン=ルイ・トランティニャン主演,フランス・ドイツ・オーストリア合作,2012)

[映画『愛、アムール』公式サイト,〔https://ai-movie.jp/〕(最終確認:2023年9月21日)より引用]

作品のあらすじ

 ジョルジュとアンヌはパリで暮らす老夫婦。かつてはともに音楽家として活躍し、引退後は愛情に溢れた平穏な暮らしを営んできました。しかし、二人がアンヌの弟子であるピアニストの演奏会を楽しんだ翌日の朝、アンヌは突然硬直したように動かなくなってしまいます。ジョルジュの呼びかけにも反応しないアンヌ。しばらくすると元に戻ったものの、彼女は自分の異変について何も覚えておらず、不安を抱いたジョルジュは妻を病院へ連れていきます。頸動脈硬化と診断され、アンヌは手術を受けることに。しかし手術は失敗に終わり、右半身に麻痺が残ってしまいました。
 車椅子生活を送る事になったアンヌですが、かねてより医療や病院に不信感を抱いていたこともあり、入院ではなく在宅療養を強く望みました。ジョルジュはアンヌを支え、夫婦はなんとか暮らしていきます。それでもアンヌの病状は悪化の一途を辿り……

自身の衰弱を惨めに思う妻、妻を支えようとする夫

 ストーリーは老夫婦が迎えた結末から始まります。ドアをこじ開け、充満するガスに鼻を抑えながら消防士たちがアパートの一室に入ると、その先にあったのは喪服を着せられ花で飾られて横たわるアンヌの遺体でした。本作はなぜ、どのような経緯でこのような終わりに至ったのかを、夫婦が送った老々介護の日々を通して描き出しています。

 後遺症が残ったアンヌの表情や言動からは、病人扱いを嫌がり、夫の負担になることを恐れ、自身の衰弱を惨めに感じていることが伝わってきます。過去を懐かしみ、生きることを諦めたような発言も繰り返します。かつては指導者として優秀な弟子を育てたプライドや、生来の誇り高い性格がそうさせたのでしょう。しかし、当初は意識がしっかりしていたアンヌにも、次第に認知症の症状が出現します。記憶や精神の退行により、彼女らしい気丈なふるまいも消えて、食事や水分の摂取を拒むようになりました。
 一方、ジョルジュはアンヌを献身的に介護します。娘や周囲の人を積極的に頼ろうとせず、妻の意思だからと入院やホスピスへの入所は固く拒みます。ある時から訪問看護師を雇いましたが、ケアを望まない妻に無理やり処置をしたり、髪をブラッシングしながら心無い言葉を投げかけたりとアンヌの尊厳を大切にしない言動が目立ちます。自分のやり方こそが正しいのだと思い込む看護師に憤り、結局ジョルジュは彼女を解雇してしまいました。
 こうして社会とのつながりも失っていったジョルジュは、最終的にアンヌを手にかけることを選びます。そして花を買い、妻の遺体を美しく飾り、部屋をテープで目張りし、遺書を書いて自分も眠りにつきました。

結末を変えることはできなかったのか?

 この結末はいわゆる「介護疲れ」の果てのものではありません。作中で自身のケアもおろそかになっていくジョルジュを見ると、介護によって確かに彼は生活に支障をきたしていました。しかし、作中で本人も言ったように、彼は妻の介護を苦とはしておらず、生きて欲しいと願うあまり、水を飲まない妻に厳しく接することすらありました。それでもアンヌを手にかけたのは、「生きて欲しい」という自分の願いと「誇り高いままでありたい」という妻自身の願いの間で逡巡し、後者を優先したからなのだと思います。たった独りでアンヌの介護と向き合ったのも、妻が今の自分を惨めに思っているのだと理解していて、彼女の誇りのためにその姿を他人に晒したくないと感じたからなのでしょう。ジョルジュの行為を肯定することはできません。ですが、アンヌを尊重し愛したゆえの行為であったことに迷いの余地はありません。

 果たして、夫婦の周囲の人たちやかかわった医療職にできることはなかったのでしょうか。夫婦の尊厳を尊重し見守りながらも、この結末とは異なる最期を迎えてもらえなかったのでしょうか。元気な頃の夫婦が寄り添いながら生きる姿の美しさが印象的だからこそ、二人の生の終え方について、そして彼らを取り巻く周囲のかかわり方について深く考えてしまう、じんわりとした余韻を残す作品でした。

NurSHARE編集部

とあるNurSHARE編集部員。看護学生向けテキストの編集業務もしています。業務に奮闘する毎日、自らの不出来さに枕を涙で濡らす夜もあるけれど、映画鑑賞とJリーグ観戦で即復活して明日へのエネルギーを充電できるお手軽(?)仕様。人生のベストワン作品は『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ主演、アメリカ、1980)。

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