この連載は2026年7月24日にPHP研究所より『やさしくておそろしい 法哲学講義 生命の価値はみな等しいのか』として刊行されました。ぜひご覧ください。

前稿で見たように、私たちは生きていくうえで、さまざまな悲劇的ジレンマから、決して逃れることはできない。そしてこの世界は、ジレンマの淵に立たされた私たちに、迫りくる時間的制約の中で、決断を下すように強いている。こんな時、私たちは、自分の決断に、せめて幾ばくかの正しさが含まれていることを、願わずにはいられない。
しかし、正しさというものは、神秘的なまでにかくれんぼの達人であり、掴まえたと思えば霧のように消えてしまい、哲学者は二千年以上もその幻を追い続けている。ただ、そのかくれ家に接近する方法について、哲学者はいくつかの見当をつけているので、その一つについて考えてみたい。すなわち、正しさの在り処を、主観・間主観・客観という区分で見る方法である。





