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第8回: “足し算”ばかりをしていた新人教員の私へ

第8回: “足し算”ばかりをしていた新人教員の私へ

2022.08.01柳澤 奈美(敦賀市立看護大学 助教)

 「あの頃の自分へ」と言えるほど教員としての経験は多くなく、まだまだ試行錯誤する日々を送る私ですが、こうして立ち止まり振り返る機会をいただけたことに感謝しています。
 私が担当する母性看護学領域では、実習を通して学生が様々な世界を見てくれます。育児に奮闘する母親を受け持ち、学生は自分自身の成長の歩みに思いを馳せたり、両親への感謝と尊敬の思いが湧き上がり「実習の後、実家の家族に電話しました」と報告してくれることもあります。
 対象は病気を抱えているわけではない、だからどんな看護が必要かが分からない、それなのに母子二人を一度に看護する必要がある……。そんな母性看護学領域の特徴に学生たちは頭を抱えながらも、実習後には様々な物事に気付き、学び取ってきてくれます。今回は、彼らとともに歩んできた私自身の道のりを振り返ってみようと思います。

1通目:銀行員から助産師、看護教員になったあなたへ

 結婚を機に当時の勤め先の銀行を退職した後、2,188gの子を出産したあなた。低出生体重児の育児に関する行政のサポート状況に疑問を持ち、子育て支援について微力ながらでも改善にかかわれないか、と考えたのが、助産師をめざしたきっかけでしたね。
 その後、念願かなってクリニックで働き始め、そこに実習に来ていた助産学生たちとのかかわりを通して、あなたは看護教員への道を歩むことになります。
 彼らは学生ですから、どうしても実習の評価項目を達成することで頭がいっぱいになってしまいます。その様子を見たあなたは「対象を見ずに評価項目ばかり気にして看護をしようとするのはなぜだろうか?」と疑問を持つでしょう。助産師になる前から銀行員として窓口で多くのお客様の“アセスメント”を行いニードを引き出してきたあなたからすれば、対象をうまく見られない学生たちが不思議に思えて仕方ないかもしれません。彼らに「実習の評価表ではなく、もっと(看護の)対象を見て!」と何度伝えたことでしょう。
 地道に指導し続けたあなたの思いは、確かに学生たちに伝わりますよ。学生たちがあなたの看護を「対象一人ひとりに向き合って、その人をありのまま包み込むような看護」と捉え、理想の助産師像だと言ってくれたことがその証拠です。対象の状況や苦しみ、痛み、様々なものに思いを馳せて初めて、業務ではなく“看護”になる。それに学生たちが気づいてくれる喜びを知ったあなたの心には、きっと教育への興味が湧き上がっているはずですよ。

2通目:大学教員になったあなたへ

 そうして看護教員になったあなた。しかしおかしなもので、いざ“教育”をする立場に回ると、臨床で学生にあれほど言っていた「(教育)の対象そのものを見る」ことができなくなってしまうのですよね。「あれもこれも学生に教えなければ」と思い込んでは手を回し、実習要項には注意事項を事細かに書き上げてしまう。ついつい具体的な知識や技術を伝えることにこだわった指導をしてしまっているのではないでしょうか。
 あなたがまとめた実習要項を見た当時の学長から「いろいろ書かれてはいるけれど、この要項からは何も伝わらない」と鋭い指摘を受けて、あなたは学生や彼ら自身の思考力を見つめられていない自分を思い知るでしょう。今のあなたは、自分が学生に何を伝えようとしているのか、何を学ばせたいのかを見失い、学生が自ら考え学び取る機会を減らしているのです。
 自分が本当に伝えたい看護について見直すため、まずは今まで教えようとしてきた「具体」をグループ化してみましょう。対象理解や援助の方法、母性看護の基礎的な知識の何が必要か……、こういった具体的な内容をただ羅列するだけでは、真の指導とは言えません。そこで、「その人らしく育児をするとは」「教科書の援助は形態機能の何に働きかけているのか」「これらを学生が気づくには何が必要か」など目的に着目し、近い目的を持った具体同士を一つにまとめてみるのです。まとめた具体をどんどん抽象的な言葉に変換していき、最後に見えたものこそが、あなたの伝えたい看護です。

 この「具体」から「抽象」へと視野を広げる方法は、学生たちの思考を促す時にも効果的です。例えば、学生の受け持ちの母児が授乳がうまく出来ずに困っている時、今彼らが目にしている出来事の抽象度を上げ下げさせてみます。「この母児にはこういう看護をしてみて」と答えを教えてしまうのではなく、「この母児は今、どういう看護を求めているのだろう? 日々の看護を受けてどうなることが、この母児が安心して自宅で過ごせることにつながるのだろう?今、完璧が必要だろうか?」と問いかけます。すると、学生は自ら思考します。自分自身の実習評価から、看護を受ける対象の在り方へと目を向けられるよう変化していきます。

 「連動させる」という考え方もまた、教える上で大切なことです。学生の目の前で起こっている出来事を、学んできた知識と連動させるよう促しましょう。「自分が持っている知識でアセスメントできることは何かな?」と問いかけ、例えば形態機能の知識を思い出せるように学生を導くのです。学生は形態機能が苦手だから……と逃げ腰になっているかもしれません。しかし、彼らは一度「目の前の母児に起きている現象は形態機能の知識で説明できるんだ!」と発見すると、どんどんそのおもしろさにのめり込んでくれるようになります。実習中に出てきた疑問について調べるにも、学生は「やらされている感」を抱かなくなり、ひとつ疑問を解決したらもうひとつ次の疑問の答えも知りたくなってくるものなのです。
 こうして自発的に得た学びは、学生たちに充実感や理解できることの楽しさを与えてくれます。教員の仕事とは、先回りすることでも“教える”ことでもなく、目の前の出来事をうまく使って、学生たちの理解を促すことなのではないでしょうか。

 あなたはこれまで、学生たちの失敗を恐れて「具体」の足し算ばかりをしてきました。しかし、あえて抽象的なレベルに留めること、すなわち引き算をすることを恐れてしまうと、学生は自分で考える力を伸ばせないままです。学生も、私たち教員だって、失敗を恐れる必要はありません。失敗をひとつの成長過程ととらえ、新しい視点や考え方を持てた喜びに変えて次も前向きに看護を実践できるよう、私たちが学生を導いていきましょう。学生なのですから、看護技術が最初からうまくできないのは当たり前。しかし、そこでずっと手技の反省をさせるのではなく、「あなたの看護で対象はどう変わったか?」にも焦点を当ててもらってみてください。すると、対象の表情の変化やかけられた言葉について、学生たちは生き生きと語ってくれるでしょう。それが学生たちのモチベーションや看護を楽しむ心につながり、学ぶ意欲を伸ばすことにつながるはずです。
 今のあなたにここまでアドバイスしてきたことは、全て鋭い指摘をくださった学長から私が教わったことです。看護教員としてのキャリアを長く積み重ねてきた大先輩の教えは、必ずやあなたを導いてくれるでしょう。

3通目:今のあなたへ

 今のあなたはまだまだ、発展途上です。年々変わってゆく学生の特徴を踏まえ、彼らにはどう学んでもらうのがよいか、様々な方向からアプローチを試みている状況にあります。時には、学生の将来や成長を心配して発した言葉が、学生に受け入れられず悩むこともあるでしょう。臨床に戻って自分の看護を自由に実践したいと思うこともありますね。
 ですが、学生の頭の中で何かがつながる瞬間に立ち会ったときの感動、「わかった!」と喜ぶ顔は、何よりも教員冥利につきるものです。看護教員にしか得られないご褒美を楽しみに、これからも学生の学び取る力を信じて頑張っていきましょう!

柳澤 奈美

敦賀市立看護大学 助教

やなぎさわ・なみ/銀行を退職後、低出生体重児を出産したことを機に助産師を志す。当時2歳だった子どもに影響が出ないようにと近くの滋賀県立看護専門学校に入学したのち、滋賀県立大学に編入し保健師・助産師資格を得る。長浜赤十字病院、佐藤クリニックにて助産師として勤務。滋賀県立大学大学院人間看護研究科を修了。現在は敦賀市立看護大学に在籍。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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