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第1回:連載開始にあたって―新技術がもたらす看護教育のパラダイムシフトに適応する

第1回:連載開始にあたって―新技術がもたらす看護教育のパラダイムシフトに適応する

2022.12.21大田 博、宮城由美子、長谷川珠代、坂梨左織(福岡大学医学部看護学科)

 看護基礎教育とICTとの共存が進み、教材の形も様々に発展しています。その一つとして「VR(仮想現実)」の言葉を耳にする機会も増えてきました。VRを教育に実装するにはどうすればよいのか、どんなメリットやデメリットがあるのかと思われることもあるかもしれません。
 このたび、福岡大学でVR教材導入を推進した大田博先生を始めとする同学プロジェクトチームの先生がたより、同学における一連の取り組みについて共有をと、貴重な報告をお寄せ頂きました。今回から、5回にわたってお届けいたします。(NurSHARE編集部)

 

プロローグ

大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)  

 現代社会では、社会基盤がネットワークでつながり、人々はテクノロジーと共存しています。個人が好む好まないに関係なく、「たぶんそれが正しいのだろう」という前提で変化をしています。これは、教育の現場も例外ではありません。日本では、1986年の臨時教育審議会第二次答申(文部省、当時)により、初等中等教育における情報教育の重要性が明示され、その後、情報の教科目化、教育へのICT(information and communication technology、情報通信技術)活用と進み現在に至ります。我々教育者は、このような背景の中で生まれ育った学生を対象に看護学の教授活動をしています。

 これまでの看護基礎教育をみると、看護学が実践を基盤にした学問であるということから、学修の重要な部分が演習や実習で構成されてきました。そのため対面での教育が前提となってきました。また、対人関係を中心とした実践であることから、世界が情報社会へ変化していたにもかかわらず、ICTやテクノロジーとの共存はあまり強調されてこなかった(特段の必要がなかった)背景があるように思います。
 しかし、2019年以降のCOVID-19の感染拡大によって、看護基礎教育には、「新たな医療に対応できる人材育成をすること」「コロナ禍で演習や実習に替わる教育方法を構築すること」という2つの命題が突きつけられたと思います。コロナ禍には看護基礎教育の変化、とりわけICTの活用とデジタル化を半ば強制的に加速させたという側面がありますが、これは必然であり、むしろ好機だったのかもしれません。今我々は、看護基礎教育のパラダイムシフトの渦中にあるのではないでしょうか。

福岡大学のVR導入プロジェクト

 福岡大学は9学部31学科がOne Campusで学べる総合私立大学で、3つの大学病院を有しています。医学部看護学科の教育課程は、「豊かな人間性・生命の尊厳」「チーム医療」「実践能力」「主体的態度」「国際的視野と活動」を組み込んだ科目で編成され、総合大学の利点を活かした全学体制を基本としています。看護基礎教育においては、これまで、前身の専門学校時代を含めて多くの看護職者を社会に輩出してきました。
 このたび本学では、変化する社会の中で、「福岡大学ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる医療人材養成事業」(事業推進責任者:大田博)の一環として、新たな医療に対応できる医療人材養成と看護基礎教育の新しい価値を創造することを目指し、VR導入プロジェクトを立ち上げました。

 世界は、現実と仮想との融合に向かっています。VR(virtual reality:仮想現実)とは、現実と仮想の世界を融合して疑似体験を提供する空間を創り出す画像処理技術で、VR以外にも、AR (augmented reality:拡張現実)、MR(mixed reality:複合現実)、SR(substitutional reality:代替現実)などがあります。VRは2020年に一般化が進み、社会のあらゆる場面で利用されはじめていて、看護基礎教育でも少しずつ報告や研究がみられるようになっています。
 我々もプロジェクトを通して、教育におけるVR導入の機会を得ましたが、そこには準備や調整、効果の検証、応用展開、継続化のための取り組みなどさまざまな課題が山積しています。実際の教育実践でも、VRの教育的効果を実感したり、期待した教育的効果が得られなかったり、様々な経験をしています。プロジェクト遂行の活動は、go/no-goの判断を求められることも多く、日々悩みながら取り組んでいます。決して一路順風ではありません。この連載では、そのような経験も踏まえ、筆者らのプロジェクト活動を皆さんと共有したいと考えています。

本連載の全体像

 第1回の今回は、VR導入前の準備段階からプロジェクト発足について紹介します。第2回では、プロジェクトを進めるにあたっての経験について、マインドセット・ストラテジー・リーダーシップとフォロワーシップの視点で紹介します。第3回では、実際の教育実践での利用経験について紹介します。第4回では、本プロジェクトの実践から看護コンテンツ制作への発展という次のフェーズへの展開についての経緯と活動を紹介します。そして、第5回(最終回)では、本プロジェクトの評価と課題、継続化と今後の展望について紹介します。
 本連載が、新たな看護基礎教育のあり方や未来に向けた取り組みについて、多くの皆様と知見を共有できる機会になることを期待しています。

VR導入の経緯

宮城由美子(福岡大学医学部看護学科 教授・学科主任)、長谷川珠代(同准教授)

 ご存じの通り、我が国において、1992年に「看護師等の人材確保の促進に関する法律」が施行されて以降、看護系大学の数は年々増加傾向にあります。特に2000年以降の増加は目覚ましく、本学科が設立された2007年には156校であったものが、2022年には280校へと増加しています。この状況において、2017年には「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」が取りまとめられ、各大学に対して学士課程における看護師養成教育の充実と社会に対する質の保証を行うことが求められました。

新時代への対応策を模索する中で直面したコロナ禍

 本学科においては、2018年度より「看護学教育モデル・コア・カリキュラム」に照らしたカリキュラムの見直しを行い、領域横断的かつ発展的に学ぶ機会を確保することや、「看護学士課程教育におけるコアコンピテンシーと卒業時到達目標(2018年)」に示されている技能獲得に向けたシミュレーション教育の充実などが課題として挙げられ、新しいカリキュラムにおいてそれらをどのように展開していくかを具体的に検討する段階に入りました。
 同時に、看護学科における中・長期の課題や将来ビジョンについて考え、提言する検討会を発足し、現状の課題把握と将来展望を明確にして、看護学科教員が共有・協働できる体制構築を目指しました。そこで示された課題として、学生の主体的活動を促進する組織体制の整備や、学科内(領域間)のつながりがある教育プログラムの構築、大学病院と学科とのユニフィケーションシステムの構築などが挙げられ、本学の強みや特色を生かし、より地域社会のニーズに応えられる看護人材育成の在り方を模索していました。

 そのような中、2019年度末にCOVID-19の感染拡大が起こりました。本学が立地する福岡市は人口が多く、世界各国をつなぐ空港や港を有することなどから、感染者数は連日留まることを知らずに増え続けていきました。約2万人の学生と教職員を抱える本学は、厳密な行動制限を敷いて感染拡大防止に努めました。看護学科においても例外ではなく、対面講義は中止となり、全科目の授業をオンラインで実施しました。病院や医療・福祉施設、行政機関で行うほとんど全ての臨地実習は中止となり、その代替案を検討する必要があったことは言うまでもありません。

DX化やシミュレーション教育が教育的課題解決のきざしに

 コロナ禍を創意工夫と学内外の協働的体制により、なんとか乗り切ってきたものの、多くの教員が、やがて卒業して看護職者となる学生たちに対して、限られた資源の中で、十分な看護学教育を提供できたのだろうかともどかしい思いを抱いていました。これまでの教育的課題の解決に加え、社会的情勢のいかなる変化にも耐えうるような教育環境が確保された柔軟で力強い学科である必要性を考える状況にあったのです。
 このような状況で2021年12月に文部科学省から「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる人材養成事業(令和3年度補正)」の公募が示されました。本学は、医学部全体としてすでに「感染症医療人材養成事業(令和2年度第3次補正)」に採択され、教育プログラムを展開していましたが、それに加えて、事業のねらいである、デジタルトランスフォーメーションの技術を活用したオンライン教育やシミュレーション教育の実践的な教育プランの構築は、これまで検討を続けてきた本学科の教育的課題解決の糸口となると考え、応募・採択に至りました。

 プロジェクトの展開にあたっては、若手教員を中心に遂行しており、演習と実習の科目間の連動(領域横断的な教育)やシミュレーション教育の充実、OSCEの確立等による看護技術習得の深化、学習経験の可視化による自律的学習行動の醸成や学習支援を期待しています。
 今後は、シミュレーション教育の可視化・デジタル化を目指しており、VR教材を導入することで、従来の実習で受け持ち困難であった事例や稀少事例、異文化・災害・高度救命・先端医療等、医療の多様性を理解できることを目指し、2023年度からは領域横断科目として設定した「看護技術総合学習」において継続的に展開していく予定です。

VR 導⼊プロジェクトのビジョンとコンセプト

坂梨左織(福岡大学医学部看護学科 講師

 10年前、基礎看護学の教員として福岡大学に着任した筆者は『科学的看護論 第3版』1)の旧装版を手にし、看護学の奥深さに改めて魅了されました。同時に襟を正すような気持ちにもなりました。看護学は理論体系や概念を知識・技術に落とし込み、論理的な思考で実践を導きながら時代の変化に対応してきたように思います。そして、COVID-19の感染拡大や地政学的リスクの高まりなど世界環境が大きく変化し、不確実さや曖昧さを突きつけられる中で、看護教育が今、どのように適応しイノベートすべきか問われているような気がしています。

看護教育の転換に対応し、学生を価値ある方向へ導く

 2020年、看護基礎教育における指定規則改正が発表され、これにより看護基礎教育での修得が求められる能力は、多様化・複雑化への対応とICTへの適応といった時代の変化に即した、より高度な内容へと舵を切りました。我々教員には、「シチュエーション・ベースド・トレーニングのシミュレーション教育」や「講義-演習-実習の連動」を意識した多角的な視点、および領域・学科・大学等の垣根を越えた情報交換・協働がより一層求められるようになったと思います。
 看護は実践の科学です。実践の場での「経験」は、学習を学びに昇華させる重要な要素です。しかしながら、COVID-19の感染拡大による影響でその機会が制限され、従来の実習ありきでデザインされた教育方法では、人材・資源ともに限界があると気づいた教員も多いことでしょう。
 近年の学生はZ世代と呼ばれ、デジタルに慣れ親しみその活用能力は高いといわれています。彼らはモノではなくコトに価値を置くと言われています。それゆえ学生が求めるのは、手順や解説を書き写すことではなく、卓越したスキルや深く鋭い観察力、比較や関連付けといった思考力であり、その先には高い判断力・実践力を備えた看護があるはずです。この素地をもつ学生を、価値ある方向へと間違いなく導くためには、彼らの興味を刺激し、「のめり込む力」を引き出すことが肝要です。教育が転換しなければならないのはそのためだと思います。

 これらを背景に、2022年3月、本学では大田博講師を筆頭とした看護学科のメンバーで「FUSiON プロジェクト」を立ち上げました(図)。
 FUSiONとは、Fukuoka University Shape in Optimal Nursing Education(福岡大学の看護教育の理想形)の頭文字をとったもので、fusionという単語の意味(融合)にかけ、8つの融合;「テクノロジーと教育の融合」「教育観の融合」「科目同士の融合」「正課内の学びと正課外の学びの融合」「看護学科と医学科の融合」「病院と看護学科の融合」「コミュニティと看護学科の融合」「他大学と本学看護学科の融合」を目的として掲げ、これらにより、本看護学科の教育が有機的かつ体系的に融合することで、学生を価値ある方向へ導くことを目指しています。
 本取り組みは、シミュレーション教育のデブリーフィング・データ管理システムの導入とVR教材(プラットフォーム)の導入の2本軸で構成されます。
 始動にあたっては「新たな医療に対応できる医療人材養成と看護基礎教育の新しい価値創造」を目指すべきビジョンとして定め、そのための活動コンセプトとして図中の目的を挙げました。これらのビジョンとコンセプトは看護学科の教員全員で共有し、意思統一を図りました。

図 福岡大学「FUSiON プロジェクト」の目指す看護教育の理想形
 

既存の教育課題を解決しうるVR

 VRでは、専用のゴーグルによって映像を360度見渡すことができ、現実の場にいるような感覚を味わうことができます。静止画や動画といった2次元の視聴覚教材に比べ情報量が多いことが特徴です。また、空間と時間の共有を限りなく可能とし、看護実践の場に存在するナラティブを掴みやすいというメリットがあると考えています。
 筆者が担当する科目「ヘルスアセスメント」(2年次前期)では、これまでもシミュレーション教育やICT教材を取り入れてきましたが、多くの課題を経験的に感じています。中でも、教員が設定した環境では、学生は限られた時間内での、その場限りの観察(スナップショット推論)2)に留まってしまうことが大きな課題であると感じています。筆者は、VRでこの課題が解決可能かもしれないと思っています。しかしそれには、VR単体だけではあまり意味がなく、VRを通して認知した個々の感覚や情報を議論・共有し、実践と連関させる作業が必要であると考えています。近い将来、仮想現実の発展性・操作性がより確保されたとき、リアルな体験との融合が可能になると思います。FUSiONプロジェクトの新たな教育デザインへの期待は高まる一方です。

1)薄井坦子:科学的看護論, 第3版、日本看護協会出版会,1997
2)パトリシア・ベナー,岩永理奈訳:この時代に,臨床の知をどう伝えるか.看護教育 63(2):149-156,2022
 

NurSHAREでは、みなさまからの実践報告をお待ちしております。ご興味をお持ちの方は、こちらのフォームをご覧ください。

大田 博、宮城由美子、長谷川珠代、坂梨左織

福岡大学医学部看護学科

企画投稿

福岡大学  VR導入までの道のりと看護学教育への活用

看護基礎教育の世界で注目を集め始めている「VR(仮想現実)」。本連載では、福岡大学でVR教材導入を推進した大田博先生を始めとする同学プロジェクトチームの先生がたより、同学における一連の取り組みについて頂いた報告をお届けします。

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