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第3回:成人領域の実践報告 ―シミュレーション教育を軸とした学内実習

第3回:成人領域の実践報告 ―シミュレーション教育を軸とした学内実習

2023.08.23伊藤 みき ほか(社会福祉法人枚方療育園 関西看護専門学校 専任教員)

はじめに

 筆者が所属する関西看護専門学校の成人看護学領域では、2 年次に成人看護学実習Ⅰ、3 年次に成人看護学実習Ⅱ-1(急性期)およびⅡ-2(回復・慢性・終末期)の実習を行っている。成人看護学実習Ⅰでは比較的状態が安定した患者、成人看護学実習Ⅱでは経過別実習で多様な健康段階にある患者を受け持って看護過程を展開する。
 患者の高齢化や在院日数の短縮化にともなって成人期の患者を受け持つ機会が減少しているが、成人看護学実習では可能な限り成人期の患者を受け持てるように調整している。実際は全体の約 23.5%が成人期の患者を受け持ち、すべての学生が成人期にある人の身体的、心理・社会的特徴、発達課題の理解をできるよう配慮している。
 今回は、コロナ禍における臨地実習代替として行った、シミュレーション教材を活用した成人看護学実習Ⅱ-2(慢性期)の学内実習について報告する。

実習目標について

 本校の成人看護学領域にて定めている実習目標は、以下の通りである。

Ⅰ.健康上の課題をとらえ、多様な健康段階にある人の看護の必要性を理解できる
Ⅱ.科学的根拠に基づいて、健康上の課題をもつ人の個別的な看護が実践できる
Ⅲ.医療チームの連携・協働の必要性が理解できる
Ⅳ.専門職者として責任をもって看護を実践できる

授業設計とシミュレーション教育の事例について

 12日間の代替実習のおもな進め方は図1に示した。学内での実施とし、シミュレーション教材を活用した学習は午前中を中心に行った。

図1 学内実習の進度表・日程表

 進度表はこちらからも閲覧・ダウンロードいただける。
 図1のうち、Sim●と記載している日がシミュレーションを実施したタイミングである。シミュレーションの際はおもに教員が患者役を演じた。
 代替実習で取り上げる事例は50歳代男性、糖尿病患者の教育入院とした。身体的側面については現在の疾患だけでなく、中年期に起こりうる身体的変化から健康の維持・増進を目指した生活を考えられるように、肥満や喫煙、飲酒、運動不足などを設定した。また心理・社会的側面では、妻および中高生・大学生の子どもと同居とし、家庭内の役割や会社員(営業、役職あり)であることから、社会的役割など患者の全体像を捉えられるように事例を作成した。

代替実習で取り上げた患者事例

患者:50代 男性
身長/体重:170cm/94kg
診断名:糖尿病
服薬 :薬物療法 ノルバスク2.5mg服用中 
現病歴:3年前から人間ドックで高血糖を指摘され、精査を勧められるが受診せず、今年の検診でも再度指摘され、半年前に外来を受診した。食事療法、経口糖尿病薬ではコントロール不良のためにインスリン導入・教育入院となる。
家族構成:18歳娘(大学生)、15歳息子(中学3年生)
キーパーソン:佐藤 花子(妻) 50歳、パート勤務 病気の相談は主に妻としている
家族との関係:毎日面会あり 毎日帰宅は遅いが家族との関係は良好
性格:せっかちな性格  楽観的(妻より)
仕事:食品メーカー勤務。営業職で1日中外に出ていることが多い。仕事上の大きなストレスは抱えていない。やり残した仕事があるので心配。ベッド上で長座位になり、パソコンを触って仕事をしている。仕事のことは頼んできたけれど、心配だから出来る限り早く退院して仕事に戻りたい。会社で血糖測定やインスリン注射に対して不安あり。
趣味:特になし。休日は家でゴロゴロしている。
健康管理:3年前から人間ドックで高血糖を指摘され、精査を勧められるが受診せず放置していた。
食事:食事は1日3食摂取。食事摂取時間は不規則で、朝食以外は外食が多い。味付けは濃く、脂っこい食事を好む。
嗜好:喫煙が15本/日(20歳より喫煙。やめようと思ったことはあるが、なかなかやめられない。休憩中に吸ってしまうので本数も減らせない) 飲酒がビール1本/日。
睡眠:5-6時間/日(入眠後覚醒なし)
排泄:排尿 6回/日  排便 2回/日 (排泄排尿障害なし)
清潔:お風呂はあまり好きではない。1日中外に出ていることが多くて、足が蒸れる。陥入爪あり(左母趾、切りにくいのであまり手入れをしていない)、足白癬あり。毎日入浴するが、さっと流す程度。治療が必要な齲歯がある。口腔ケアは朝食後と就寝前の2回/日。丁寧には行っておらず、硬い歯ブラシで強く磨いている。
ADL:自立
宗教:なし
アレルギー:なし
生活リズム:不規則

運動 :運動習慣なし。会社に行く道中を駅まで歩く程度
義歯の有無: なし
合併症:網膜症なし。腎症/2期・早期腎症期。足病変/左母趾に陥入爪あり。白癬(両足趾第1・2趾間)あり。痛みなし(末梢神経障害なし) 
病状説明:医師より 食事・内服治療では血糖値が安定しないためインスリン治療していきます。
治療計画:インスリン療法の導入 糖尿病についての教育指導
病状理解:糖尿病やインスリンのことを勉強したい。食生活や生活について見直すきっかけとなったらよいと思っている。
安静度:病院内フリー
食事 :糖尿病食 1600kcal 病院食で我慢しているが、空腹感あり


佐藤 花子さん〈妻〉
<思い>
・「食事は、外食が多いので心配。外食は油っこいものが多いみたい。」
・「家での食事ではどのようなことに気をつければよいのかしら?私も勉強しないといけないわ」
・「主人はせっかちで楽観的だから、きちんとインスリン注射や血糖測定ができるか心配…」


その他
・尿中微量アルブミン 40ml/dl
・尿蛋白1+
・今までに低血糖症状が出たことはない
・仕事では革靴を履いている
・今回が初めての入院

代替実習の実施内容

 ここからは、代替実習をどのように進めていったか時系列順に紹介する。

実習期間前半の学び

 実習1 日目は患者理解ができるように情報収集から開始した。教員が患者役を演じることで、実習場で患者とかかわりながら情報収集する場面を再現した。その中から看護学生としての適切な態度や行動、コミュニケーション技術が備わっているかを確認できるようにした。また、午後には療養環境を知る場面のシミュレーションを実施することで患者の生活している場について考えられるように工夫した(図2)。

図2 患者の療養環境
この図を含む「環境調整」および「コミュニケーション」の場面を想定したシミュレーションの概要をまとめた資料をこちらからご覧頂けます。

 2 日目からは、「低血糖症状」「清潔」「家族とのコミュニケーション」「血糖測定・自己注射の指導」「生活指導」の各場面のシミュレーションを実施し、基本的な疾患理解やそれぞれの場面に必要な看護について考えて実践した。とくに慢性期看護の中核となる「セルフケアおよびセルフマネジメントへの支援」や「生活の再構築への支援」について学生が考えられるよう、教員がグループワークの場面でファシリテーションした。

実習期間中盤~後半の学び

 実習の半ばには、事例患者の退院後の生活に応じた支援ができるように、患者家族とコミュニケーションを図る場面をシミュレーションする機会を設けた。
 コロナ禍においては臨地実習ができたとしても面会制限があり、受け持ち患者の家族とかかわりをもつことが困難な場合が多かった。その点、学内実習では自由に場面を設定することができ家族の介入が可能である。これは学内実習の利点と言える。実際に、事例患者の家族(妻)への指導をどのように行うか考えている学生もおり、学生の視野を広げることにつながった。 

 シミュレーションを実施した翌日には、計画立案に基づき看護の実践をした。実践時には学生が患者役も行った。患者役を演じることで、自分たちの実践やコミュニケーションで情報収集が不足している部分に気づき、患者理解が深まった。
 看護実践後には患者役の学生から意見をもらい、実践者の振り返りなどについて自由にディスカッションできるリフレクションの時間を設けた。同じ援助でも学生によって方法は異なるが、他者からの意見を取り入れることで発展的に考えることができた。
 このように、時間をかけてのリフレクションや患者役を経験できることも学内実習の利点であったと言える。

実習期間最終日の学び

 12 日目には自分が実施したい看護として、今までの経過を統合して事例患者に必要だと考える看護を実践した。学内実習では 1 名の事例患者についてグループで看護過程を展開していくため、他者の意見を取り入れることができ、そのため最終日の看護実践はよりレベルの高いものとなっていた。また、1 回目の看護実践を振り返って、最終日に反省点を生かして実施することで「できた」と学生の自信につながっていたように感じた。学生同士の肯定的なフィードバックがあることによっても学生の自己肯定感を高めることができていたと考える。

シミュレーションと連動させた学習

 シミュレーションや看護実践の時間以外は個人ワークやグループワーク、カンファレンスの時間を設けた。個人ワークやグループワークでは、図書室や情報科学室を利用して、シミュレーションや看護実践の中で出てきた疑問や課題についての調べ学習をすることで、思考を深めアセスメントや看護の評価につながった。また、日々実施しているカンファレンスでは慢性期看護に必要なキーワード「アンドラゴジー(成人教育学)」「行動変容を促進する看護」「エンパワメント」「自己効力感」などをテーマとして、事例患者に関連させてディスカッションを行った。
 学内実習では知識面の評価は高くなる傾向にあった。一方で、技術面の評価は患者の反応を配慮しての技術などの評価が困難なため、低くなる傾向にあった。そのため、学内実習に合わせて既存の学外実習用の評価点の配点を変更した。

学内実習の利点と課題点

 今回の実践を通して実感した学内実習の利点は、以下の通りである。

①実習では経験しにくい場面を自由に設定できる
②患者役を経験し、患者の気持ちを実感することができる
③時間をかけてリフレクションすることができる

 一方で、学内実習で困難だった点としては、①再現性の限界および②個人評価の困難さが挙げられる。

① 再現性の限界について

 事例患者は男性で肥満(BMI32.5)体型であったが、普通体型の女性教員や学生が患者役を演じた。事例患者と実際に関わることができていれば中年太りの動作困難など学生が気づく点もあり、援助の方法や留意点にも反映されたのではないかと考える。

②個人評価の困難さに関して

 今回の授業設計ではグループダイナミクスを活用し、グループでの学びを中心に進めていくため、個人の理解度の確認には課題が残る。学内実習の実施を重ねる際に再度検討し、個人で援助の実施や報告をする機会を取り入れ個人評価できるように工夫している。

おわりに

 初年度は手探りで準備も追いつかなかったが、実践の中でタイムリーに課題点を修正し、臨機応変に進めることができた。また、学内実習を進めるために必要な教材を誰が見ても使用できるように作成し、教員間で連携して先を予測した対応ができたと考えている。今後も臨地での実習に即した学内実習となるように教材研究し、学びの方法を検討していきたい。

 

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伊藤 みき ほか

社会福祉法人枚方療育園 関西看護専門学校 専任教員

伊藤 みき(いとう・みき)、山本 未帆子(やまもと・みほこ)、山崎 裕美(やまさき・ゆみ)、河野 和美(こうの・かずみ)、吉瀬 千鶴(きせ・ちづる)、田中 こゆる(たなか・こゆる)

企画投稿

ここまでできる!関西看護専門学校のコロナ禍代替実習

コロナ禍において自作の動画教材やWeb会議サービスなどを活用して実施した代替実習について、関西看護専門学校の先生がたよりお寄せ頂いた実践報告を4回にわたってお届けします。活用した教材は「教材シェア」機能でもご共有頂きますので、ぜひ併せてご覧下さい。

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