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ICT時代に情報モラルをどう教えるか―『臨地実習における情報モラルガイド』制作の取り組みを通して

ICT時代に情報モラルをどう教えるか―『臨地実習における情報モラルガイド』制作の取り組みを通して

2022.11.15NurSHARE編集部

 物心ついた頃からスマートフォンやインターネットに慣れ親しんだ「デジタルネイティブ」世代の看護学生たち。ICTを使いこなして学びを深める様子には新たな時代を感じる反面、気になるのが個人情報の扱いに代表される情報モラル意識です。
 今回は、2022年4月に臨地実習に臨む学生に向けて個人情報の適切な扱い方を周知する『臨地実習における情報モラルガイド』の公開・配布を開始した相撲佐希子教授(すまい・さきこ/修文大学看護学部)にお話を伺いました。

『臨地実習における情報モラルガイド』とは

『臨地実習における情報モラルガイド』の表紙。表紙のイメージどおり、学生が親しみやすいよう漫画やイラストをメインに構成した内容になっている。
 

 相撲教授らが制作した『臨地実習における情報モラルガイド』(以下、ガイド)は、臨地実習に出る看護学生たちに正しく情報を取り扱うことへの意識を高めてもらうためのもの。漫画で「①誓約書の署名・捺印」「②実習での守秘義務」「③実習記録の取り扱い」「④スマホでの撮影行為」の4つの事例を紹介したほか、その他実習中に発生しうる問題行動や著作権、肖像権に抵触しかねない考え方などについて、法的な観点からその行動の問題点を解説し、22ページのカラー冊子にまとめた。
 制作にあたっては相撲教授のほか、石井成郎教授(一宮研伸大学看護学部)、鈴木裕利教授(中部大学工学部)、弁護士の宮﨑亮氏が参画し、看護学的な視点のみならず教育学、工学、法学のプロフェッショナルが専門的な観点から知見を寄せた。
 実習前の事前学習やオリエンテーション用の資料としての利用を見込んで紙の冊子を15,000部用意したほか、PDFデータを無償でダウンロードすることもできる。
※『臨地実習における情報モラルガイド』の閲覧・ダウンロードはこちら(本サイト内「教材シェア」へ移動します)

動画教材の制作がきっかけで情報モラルに危機感

教員の肖像権を学生に委ねる不安

 相撲教授が情報モラルについて考えるようになったきっかけは、看護技術の練習に用いる動画教材を制作したことだ。教員も付きっ切りで指導するわけにはいかず自己練習が必要だが、かといって市販のDVDを貸与するだけでは学びも定着しづらいという事情から、2016年、インターネットを通じて学生たちに配信できるような教材動画作りに着手した。その際、同僚の教員たちにモデルとして出演してもらえないか依頼したところ、「実演はよいが、ウェブ上にアップする動画に顔を出すのは心配」と、肖像権の観点などから断られるケースがあったのだ。

 教員たちの心配はもっともであるように思われた。学生たちには「動画は学外に出さないように」と入念に伝えていたが、コロナ禍以前の当時は動画を活用した授業が現在ほど普及していなかったこともあり、物珍しさから他校の看護学生などに見せてしまうおそれがあった。メモを取る面倒さから動画をスマートフォンで撮影してしまうことも想定された。動画を自宅でも見られるように環境を整えるにあたっては、学生に守ってほしい条件を記載した誓約書を作成した。閲覧を学内限定に留めることも考慮した。

 学生たちが実際に動画を流出させたかどうかは分からない。しかし、自身が医療安全を研究してきた背景も影響し、「せっかく動画教材を作っても、出演者の先生たちの肖像権を守れないなら本末転倒であり、それは真によい教材ではない」と考えるようになった。しかし学生全員の監視はできない。教員の肖像権を学生自身の倫理感やモラルに委ねなければならないことへの不安は否めなかった。

ICT慣れに由来する“マイルール”

 スマートフォンの普及ととも育ってきた学生たちにとって、「記録」はもはやメモを取ることではなく、写真や動画を撮影することになりつつある。撮影は少ない労力で正確に情報を残せる効率的な手段ではあるが、相撲教授は「看護を学ぶ前から何気なく行ってきた記録と同じ要領で、実習記録や個人情報を動画や写真で残してしまっている」と指摘する。ICTの存在ゆえに幼い頃から効率性を追い求めやすい環境に身を置き、「いかに楽にこなすか」を重視した生活に慣れてしまうと、過去の経験を踏襲した“マイルール”を本来適用してはならない場面に適用してしまうのだ。
 「今までやってきたから」「内輪のグループで共有するだけだから」と考えてしまいがちな学生には、実習前の詳細な説明だけでは足りない。学生には「なぜ問題なのか」を法律の観点から理解させる必要がある。こう考え、相撲教授らはガイドの作成に着手した。目指した着地点は「自分たちの情報社会の先にはルールや法律があることを意識して行動してもらう」ことだ。

学生間、教員間でも情報モラルへの意識に差が

モラルは家庭環境や教育状況に由来するもの

 「モラルの醸成には成育環境ではぐくまれてきた目に見えない部分が影響します。だからこそ学生全員が“同じように”理解・習得できるよう一律で教育することが非常に難しいのです」と相撲教授は語る。
 情報モラルは、看護学生になって初めて一から形作られるものではない。これまでどのような道徳教育や家庭内教育を受けてきたかによって、いざ問題に直面した時に危機意識を持てるか否かが変わってくるのである。そのため個人差が大きく、同じ学校、同じ学年であっても危機感を持って適切に自制できる学生もいれば、重大さを認識できず大袈裟だと捉える学生もいる。「情報モラル醸成の土台の格差はあって当然」との前提で教育することが大切であり、学生間の認識の異なりを規律でカバーすることは難しい、というのが相撲教授の考えだ。

教員の情報モラルへの意識は立場や環境によって変わる

 教員の意識もまた、一枚岩にすることが難しい側面がある。全く危機意識がない、というケースは考えにくい。たとえば、初めての実習に臨む学生を指導する教員と、すでに何クールかの実習を経験した学生を指導する教員とでは、指導の着眼点が異なるように、学生の情報モラルに関する注意の度合いも異なるのだという。ICT教育を研究テーマとしていたり、学生と近い年代の子どもがいるなど、日頃の関心や自身が置かれる環境によっても意識に差が生じる。相撲教授自身も「私たち教員は情報モラルに関して教育を受けた経験がないことがほとんどではないでしょうか。私はたまたま研究や教育で携わっているからスマートフォンの機能やインターネットコンテンツにある程度明るくなりましたが、全く違う領域に興味関心を持っていたら何も知らなかったと思います」と考察する。
 相撲教授によると、教員同士のかかわりを通して「たくさんの先生方が情報モラル教育に苦労されている」と感じる機会は非常に多いという。明るみになっているのは“問題を認識して悩んでいるが、どう指導していいのかが分からない”という現状だ。看護教員と学生の双方が徹底した教育を受ける前にICTが急速に発展したことも、情報モラルに関するトラブルのリスクが高まった現況に大きく影響しているのかもしれない。

「how-toで教えることはしたくない」

“ここから先はアウト”の線引き

 看護基礎教育においてもオンライン講義という手段が広がり、LMS(学習管理システム:Learning Management System)なども普及しているように、ICTは本来学びの幅を大きく広げてくれる存在だ。「どこまでならOK」「ここから先はダメ」という正しい線引きの認識を持って適切に利用すればよい。

ガイドp.16より。事例「④スマホでの撮影行為」を紹介した。

 ガイドで取り上げた事例のひとつ「スマホでの撮影行為(上画像参照)」を例にとると、実習生が実習先で記念写真を撮影しているが、その写真には撮影対象者や実習先を特定する情報(容貌、ユニフォームなど)が写りこんでおり、学生はこの写真をSNS上で公開し、不特定多数の誰もが閲覧や保存ができるような環境に晒している。しかも、学生は公開する際に「#〇〇大学」と大学名を特定する書き込みも付記しており、個人情報や肖像権の保護の点から問題がある。

 「どこまでならOK」「ここから先はダメ」と考えることは、指導する教員の側にも大切である。線引きを判断できないことは一概に禁止してしまいがちだが、想定される様々なケースに関して、たとえば撮影なら「実習場で集合写真を撮るのは、公共の場へのアップロードや、承諾なしに第三者へ送信しないならよい」「患者の個人情報が漏洩するおそれがあるから、実習記録は撮影すること自体がダメ」と理解しておくことで、具体的な指導が可能となる。

線引きは決まりきった型として教えられない

 線引きを考える際は、“マイルールに依存しない客観的な線引き”がひとつのカギになる。その反面、相撲教授は「線引きは確かにある。しかし、それを情報の扱い方として、how-toのような形で伝えることはしたくないのです」と話す。情報モラルに関連するトラブルをなくすには、フローチャートのように決まりきった型にはめて対応していくことではなく、問題となりうる行為を実行する前に、「その情報に誰がアクセスできるようになるか」「その情報を誰が使えるようになるか」「機密保持違反や情報漏洩に当たらないか」の観点から考える力の育成が求められると考えるからだ。「大丈夫かな?」と一歩立ち止まる力の育成ができれば、情報モラルにまつわるトラブルは減っていくのではないか、というのが相撲教授の見解だ。
 とはいえ、法的側面からの正確な把握はICTと法律のいずれにもある程度長けていないと難しいし、これまでは看護基礎教育を想定してまとめられた教材が確立されているわけでもなかった。相撲教授がガイドの必要性を実感した理由は、こういった点にもあるのだという。

ガイドの活用方法と今後の展開

“学生自身に理解させ考えさせる”ための教材

 ガイド内で取り上げられた4つの事例はいずれも大切な要素だが、「①誓約書の署名・捺印」は実習オリエンテーションで署名する機密保持や個人情報保護に関する誓約書の重みを今一度考えてもらい、学生に自分たちの行動が法律に抵触する危険性を孕んでいること、軽率な行為が停学等の処分につながったり、大学から損賠賠償を求められるかもしれないと理解してもらうことを見据えて盛り込んだものだ。「②実習での守秘義務」「③実習記録の取り扱い」「④スマホでの撮影行為」は指導に悩みを抱える教員が特に多い問題であるという。

 事例ページでは、まず見開きの漫画で各ケースについて知ってもらい、何が問題なのかを考えたうえで、次ページで法的な観点からの解説を読みわかったことをまとめる。1事例につき合計4ページで完結する、初学者にも明快な構成になっている。1事例にのみ触れる、ひとまず全ページ通して読ませる、必要なタイミングで各々の事例について適宜考えるなど、様々な使い方ができるように意識した。いずれも重視したのはやはり、“学生に考えさせるためのガイド”であることだ。事例①の指導なら、はじめに誓約書について解説したのち、how-toではなく具体的な事例を紹介して、「学生が署名する誓約書も法的効力のある書類である」「署名したからには、法律を意識して行動をセーブしないとこんなペナルティがある」という前提を理解させる。法律に依拠するものであるという意識を植え付けた状態で事例を捉えられる点の重要性は高い。

 学内すべての学年、実習において情報モラルを教える相撲教授は、言葉で呼びかけるだけでは学生に響きにくいと日頃の指導から実感している。「オリエンテーションで指導をしてもトラブルが発生するのは、情報モラル遵守の大切さが適切に学生たちへと伝わっていないからなのではないか」。キャッチーでストーリー性の高い漫画を全面に押し出したガイドになった理由のひとつは、この発想から教材のインパクトを重視したためである。

ガイドを意識付けに使ってほしい

 ガイドの存在意義のひとつは意識付けであり、情報モラルに関連するトラブルを減らす最大の対処法もやはり意識付けだ。相撲教授は「当然、ガイドを読んだからと言ってその通りに実践できるわけではありません」とも話す。繰り返し働きかけ、「気を付けなければいけないな」という意識が自然に発生することが到達点だ。そのために学生の頭に残りやすい設計を心掛け、教材として何回も見返せるようにすれば、教員はもちろん学生間でも「ガイドにこう書いてあったよね」と声を掛け合うことができたり、当たり前のように情報モラルについての話題が上がったりという環境の醸成が進む。そうすれば自ずと学生全体のモラル意識向上も見込めると考え、細部にまで工夫を施した教材を作り上げた。

情報モラルについて、伝えたいこと

 「情報モラルは学生を苦しめるためのものではない。それはしっかりと伝えていきたいです」と相撲教授は語る。情報モラルやそれを取り巻く法律、倫理といった要素には硬さや怖さ、厳しい規制によって「縛られている」という感情を抱きやすく、学生に敬遠されがちだ。しかし、いずれも皆が自分自身を守って安全によりよく生きていくためのものであり、ひいては楽しいキャンパスライフを過ごしたり、患者と向き合いながら胸を張って看護師生活を送るうえで必要なものなのである。これを分かってもらいたいというところが、相撲教授らの取り組みの本質だ。
 「基本は患者を守ること。そして、患者を守る看護師や、看護師になるために学ぶ学生も不幸にさせないこと。遵守してお互い心に余裕を持てていれば、よい看護も提供できる。情報モラルについては、そういう捉え方をしてもらえるとよいと思っています」

フリーイラスト

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