さて、前回のおはなしで映画「ホーム・アローン」が出てきましたね。この連載を掲載頂いている「看護教育のための情報サイト NurSHARE(ナースシェア)」には、「スクラブとポップコーンとキネマ」という連載も掲載されていて、医療に通ずるテーマや描写を含む映画が紹介されています。
実は感染症をテーマにした映画もたくさんありまして、名作揃いなんです。ストーリーも楽しいですが、細かい描写を解説すると、感染症への造詣が深められるシーンも多くありまして、勉強にもなるんです。そこで今回はちょっと無粋ですが、映画を通じて感染症を学ぶ、というテーマにしてみました。なお、「ネタバレ」の記述も一部ありますので、そこは注記しておきますね。
アウトブレイク(1995)
感染症を扱った映画として、多くの方がまず最初に挙げるかなと思います。「ベタ」ですみません…。
主演はダスティン・ホフマンとレネ・ルッソ。2人は感染症研究者の役でして、元夫婦で今は離婚してるんですが、今回の仕事で一緒になってしまいます。ダスティン・ホフマンはアメリカ陸軍感染症医学研究所(AMRIID)の研究者で階級は大佐、レネ・ルッソは疾病管理予防センター(CDC)の研究者という設定です。日本の感染症研究といえば国立感染症研究所が有名ですが、米国は民間だけでなく軍も感染症研究所を持っています。さらに海軍も感染症研究を行う施設がありまして、こちらは海軍医学研究センター(NAMRU)といいます。私はフィリピンにいたとき、フィリピン在留米軍のNAMRU-2の元施設を改装して、フィリピン保健省エイズ研究センター(SACCL)を立ち上げる仕事をお手伝いしておりました。このお話もまたの機会に…。
この映画、アメリカに密輸入されたサルが持っていたウイルスが米国に上陸して…というストーリーですが、モデルになったのはエボラウイルスのレストン株だと思います。これ、エボラウイルスの中では唯一、空気感染(飛沫核感染)する可能性があるウイルスなんです。感染症専門医にいわせると、レネ・ルッソが診察時に針刺し事故を起こしてしまったあとの対応が、さすがCDC監修、完璧なんだそうです。そういう細かいところもぜひご注目ください。
※以下ネタバレ注意
感染症を扱った映画でしばしば共通するテーマとして、感染症に罹患している患者を助けるのか、かかっていない健常人を助けるのか、という究極の選択があります。ハリウッド映画は最終的にハッピーエンドになるのが常なのですが、ダスティン・ホフマンが罹患した元妻のために必死になって自然宿主である動物を探し、見つけた動物から血清の合成に成功したことで患者を助けることができた、というのは、はて、どういう原理で助けたの?と私、ちょっと納得できないラストではあります。
というのも、抗血清が必要なら,原始的ですが治癒したヒトから採血する方法があるからです。ストーリーの展開をみるに、自然宿主である動物はおそらく無症候キャリアー状態になっていると思われますが,その動物の血清を用いるとなると,異種動物の血清を注射することになり,血清病というアレルギーの危険性があります。それよりは治癒したヒトの血清を用いる方が簡単ですし,ずっと安全です。この方法なら動物を見つけなくてもすでに利用できたはず。
自然宿主である動物がどうして発症せず持続感染状態を保てているのかというメカニズムを解明すれば,ウイルス感染症の治療法を見つけることはできますが,そのような研究は一朝一夕にできるものではありませんので,この映画で行われたようなすみやかな解決の理由になるとも思えないんですよね……ううむ。
ちなみに本作の監督はスリルとサスペンスの描写が秀逸なウォルフガング・ペーターゼンです。彼は「エアフォース・ワン(1997)」とかも撮っていますが、私は「ザ・シークレット・サービス(1993)」を推したいです。クリント・イーストウッドが老いを隠さずいい味を出していますし、ヒロインはこの映画の主演でもあるレネ・ルッソなんですよ。本作冒頭でシークレット・サービスが偽札の犯人を追い詰めるシーンがありますが、実はシークレット・サービスの任務は要人の警護だけでなく、偽札事件の捜査もしているということです。なかなかマニアックですが、もともとの仕事はこっちが先なんだそうです。日本のSPは偽札の捜査はしませんよね…。
カサンドラ・クロス(1976)
ちょっと古いですが、私にとっては「アウトブレイク」よりもおすすめ、イチオシの感染症映画といえばむしろこっちです。「アウトブレイク」は米国ハリウッド映画ですので、最終的にはハッピーエンドなんですが、こちらはヨーロッパ映画なので結末は最後までまったく予測できません。それにヨーロッパ映画って、米国を悪者として描写することがしばしばありますよね。さらにはこの映画、いわゆる「グランドホテル形式」の映画でして、往年のスターがてんこ盛りのオールスターキャストなんです。
スイス・ジュネーブにある世界保健機関(WHO)の本部に賊が押し入り、米国の研究室セクション内で銃撃戦になり、フラスコが割れて菌液を浴びたまま犯人が逃走、そしてそのまま大陸横断超特急に乗り込む、というところから映画は始まります。実は米国は秘密裏に、なんとWHO本部の建物の中で細菌兵器の研究をしていた、ということで、国際的にどうしても隠さないといけない事実なわけです。その隠蔽作戦の指揮官が大物、バート・ランカスターです。悪役ではありますが、さすが、哀愁を感じさせるすばらしい演技です。
ネタバレにならないように注意深く書きますが、この細菌兵器、まだ開発途上であったために大きな欠陥があったのでした。そこからストーリーが展開していくのは微生物学者の私が見ても秀逸です。そして一番の見所は、走行する列車内でストーリーが展開していくこと。これはあとでお話しする作品にも登場する「飛行船」や「航空機」などにも通じるものがあります。キーワードは「閉鎖空間」と「地上との交信」ですねえ。
主役のチェンバレン博士は外科医で、演じるのはリチャード・ハリス。別れた妻の役でソフィア・ローレンが出てきます。別れた夫婦が共通のミッションに巻き込まれて、というのは「アウトブレイク」と同じシチュエーションですし、このあとの「感染列島」もいっしょです。あれれ、感染症って、別れた男女を「元のサヤ」に収める力があるのかな…。
映画は吹き替えじゃダメだよ、やっぱりオリジナル俳優の声色を堪能しなくちゃ、という人は多いと思いますが、この映画はぜひ吹き替えで見ていただきたいです。チェンバレン博士の声は劇団四季の日下武史が当てているんですが、もう惚れ惚れするくらいの美声です。音声を切り替えてリチャード・ハリスの肉声を聞くとがっかりするくらい。さらに滑舌もいかにも「科学者」然としていて、とってもおすすめです。
感染列島(2009)
こちらは邦画です。モデルになっているのは新型インフルエンザウイルスで、当時予測されていた最悪のストーリーが展開するとこんな感じになる、というもので、医療監修もしっかりついていると思います。主演の妻夫木聡が救急医、檀れいはWHOのメディカルオフィサーなんですが、研究室時代は微生物学教室の助手? 講師? だったという設定だそうで、当教室の女性講師が映画公開当時いたく感情移入しておりました。注目は爆笑問題の田中裕二の演技です。泣けます!
実際にこの映画が公開された年、2009年に新型インフルエンザウイルスH1N1pdm2009株が発生して、日本にも上陸しています。映画で予測されたほど致死率は高くなかったのでよかったです。このとき私は大学病院の前にテントを立てて、即席の発熱外来で問診を担当していました。発熱外来のスタッフには国家備蓄の赤い色のタミフル、通称「赤タミ」が提供されまして、それを飲みながらの診察に、正直命の危険を少し感じてはいました。
最初の患者さんは感染疑いの男子高校生でした。医療従事者がみな感染防護服を着ていて、そんな格好のスタッフに囲まれて、高校生がぽつんとひとり、明らかにおびえた様子で座っていたのです。私、とっさにN95マスクを外して顔を出し、患者の斜め後ろに立って自己紹介して、大丈夫、心配ないですよ、と微笑みました。自分の顔をみせると安心するかなと思ったのですが、感染対策上、ルール違反なのは明らかですし、面と向かって咳をされたらどうしようとヒヤヒヤでした。でもその子の不安な顔を見てると、やらざるを得なかったというか…。
名探偵コナン 天空の難破船(2010)
邦画で感染症というと、私はこのアニメ映画がイチオシです。鑑別診断の点からも秀逸です。試験問題にしてもいいくらいです。
本作は東京にある「国立東京微生物研究所」からバイオセーフティレベル(BSL)4の細菌がテロ組織に強奪された、という設定です。実際には病原性がもっとも高いBSL4微生物に細菌は存在せず、ウイルスだけです。研究所の名前も微妙にフィクション設定で、実際に東京にあるのは国立感染症研究所、大阪には大阪大学微生物病研究所があります。この細菌が東京から大阪に向かう飛行船ベルツリー号の中で拡散し…というストーリーです。
閉鎖されて移動する飛行船という空間の中での感染症アウトブレイクを扱うストーリーは、大陸横断超特急の「カサンドラ・クロス」や、このあとでお話しする「非常宣言」での航空機とも共通します。このテロリスト、なかなかクレバーなやつで、感染症の特徴って何?感染症とそれ以外の疾患は何がちがうの?という命題を発信しながら犯罪を展開していきますので、みなさまはその命題を解きながら、ぜひ大阪を助けてくださいね。
JIN-仁-(2009、2011)
こちらは映画ではなくテレビドラマですが、医史監修に日本医史学会の元理事長である順天堂大学名誉教授・酒井シヅ先生が当たっていて、たいへん勉強になります。現代の脳外科医である南方仁(大沢たかお)が幕末の江戸にタイムスリップし、坂本龍馬(内野聖陽)や勝海舟(小日向文生)、医師の緒方洪庵(武田鉄矢)などの有名人、そして助手の咲(綾瀬はるか)などに出会いながら、現代の医療を幕末に行うところが見所です。
とくにミカンの皮に生えたアオカビからペニシリンを精製するところは秀逸で、私、このシーンを授業で教材として使っています。本作ではアオカビの培養に「イモの煮汁と米のとぎ汁」から作った寒天培地を使っていますが、これは現代のポテトデキストロース寒天培地とほぼ同じ組成なんです。江戸時代にこんなものがあったんだ、すごい発明だ!と授業で叫んだのですが、学生さんから「だからフィクションだってばあ…」とツッコまれました。そうでした…。
もともと南方先生がペニシリンを作ろうと思ったのは梅毒患者を治そうと思ったからなのですが、ドラマの中では精製した液の抗菌活性を調べるのには梅毒の原因菌ではなく黄色ブドウ球菌を使っています。それはなぜ?と授業で質問しますが、学生さん、あまり答えてくれませんねえ。この連載を読んで下さっているみなさんはもうお分かりですね。梅毒トレポネーマは人工培養できない細菌だからです。詳しくは連載第4回をご覧下さい。
※以下ネタバレ注意
江戸時代にペニシリンを作り、実際に梅毒患者の治療に成功した南方先生は、これは自分に与えられた使命なんだといったんは気を強くします。ところがそのあと、自分が未来の医学を持ち込んだことが歴史を混乱させているのだと気が付き、いったい自分は何をやってるんだろう、と悩むことになります。事実としては、ペニシリンは1940年代に実用化され、最初は黄色ブドウ球菌によく効いたのですが、すみやかにペニシリナーゼ産生株に置き換わり、ペニシリンは数年で同菌感染症に使い物にならなくなったのです。
私見ですが、幕末にペニシリンを作ったとしてもこの歴史が前倒しされるだけで、早晩、耐性菌は出現し、現在に続く抗菌薬と耐性菌のイタチごっこは変わらなかったように思います。CDCは、このままでは2050年になると多剤耐性菌感染症による死者数ががんの死者数を超えると予測しています。南方先生には申し訳ないのですが、この「2050年」が数十年、手前になるだけのような気がします。
非常宣言(2023)
2023年1月6日から全国でロードショーしていた韓国映画です。予告編を見ると、航空機内でのウイルスによるバイオテロを扱っているようです。やはり「閉鎖された環境」と「地上との交信」は感染症映画の王道だと思っております。そこに韓国映画独特の、パニックの描写が加われば、と考えると、名作の予感がプンプンします。私、封切時にチャンスを逃してしまったのですが、ちょうどそのとき、年末年始のリアルワールドはまさにコロナの第8波だったんです。私も映画館に行きにくかったのですが、感染症の映画を見た後に実際の感染症が原因で不調になったら笑えないですからね…。なんとか、ぜひ見たいと思っております。
以上私おすすめの、感染症をテーマとした映画・ドラマでした。すべて授業中に「おすすめの感染症映画」として学生さんに紹介しております。レンタルDVDでおなじみの「ツ○ヤ」に急げー、とは授業でいうんですが、だんだんキョトンとする学生が増えてきました。今の若者は「ネット○リックス」、とかなんでしょうね…。