私、医者になって数年目のときに水痘に罹ってしまったんです。今では病院で働くスタッフの場合、麻疹や水痘などの免疫については調べているのが普通でしょうが、当時はまだまだ、そういうことはなかったのです。自分ではてっきり幼少期に水痘に罹っていて免疫を持っているものと思っていました。感染したきっかけは帯状疱疹の患者さんを診察したこと。ごていねいにも患部にクリームを塗ってあげたのですが、そのときの感染対策が不十分だったんでしょう。反省です・・・。そんなこんなで、今回は水痘と帯状疱疹についてお話ししましょう。
水痘の感染経路と潜伏期
さて、水痘は俗に「みずぼうそう」とも呼ばれます。ほうそう(疱瘡)は痘瘡=天然痘のことですから、お互いよく似た病気だと思われていたのでしょうね。後でお話ししますが、これらは鑑別が重要な疾患でもあります。
水痘の感染経路は通常、空気感染(飛沫核感染)か飛沫感染ですが、私の事例の場合は帯状疱疹の患者さんから罹っていますので、皮膚病変の水疱内容物から私の鼻あたりの粘膜への接触感染だと考えられます。当時、診察中に手袋をすることもあまりなかったので、自分の手指を介しての感染なのでしょう。診察時の手指衛生は重要ですねえ・・・。
水痘の潜伏期は急性のウイルス疾患の中ではやや長めで、14日程度(図1)と考えておけばいいのですが、ときに3週間くらいしてから発症することもあります。ウイルスが体内をどう巡るかというのはなかなかややこしくて、鼻や気道の粘膜を経由して感染したのち、ウイルスは所属リンパ節で増殖し、数日後に一次ウイルス血症を起こします。ここで血流を介して全身を巡るわけですが、その後、肝臓や脾臓の細胞で増殖し、さらに二次ウイルス血症を起こしてからウイルスは皮膚に到達するとされます。そして皮膚で水疱を作りますが、どうやらウイルスはここで知覚神経に入り込み、その神経線維に乗って運ばれて、水痘が治癒した後も、ウイルスは脊髄後根にある知覚神経節や脳底にある三叉神経節(これも知覚神経の神経節です)などに潜伏感染することになります。この潜伏感染しているウイルスが、後でお話しする帯状疱疹の原因になるわけですね。

若き日のとろろに学ぶ、成人の水痘
水痘の皮膚症状は発赤から始まり、そののち水疱となります。この水疱の内容液にはウイルスが含まれていますので、私のような接触感染もありうるわけです。水疱はやがて膿を溜めた膿疱になり、破れてかさぶた(痂皮)となります。このような発赤、水疱、膿疱、破れた膿疱、痂皮などが混在していることが水痘の特徴です。対照的に第10回でお話しした天然痘(痘瘡)の場合はすべての水疱が同じような経過を取りますし、その水疱の真ん中が凹んで「おへそ」のようになることも特徴とされています。水痘で水疱が生じるのは体幹部や顔面が中心ですが、それ以外の場所もあり得ます。
私は医者になってから水痘に罹ったわけですが、成人では概して症状が強くなるようです。そのときは40℃近い熱が続きました。水疱は顔面や体幹はもちろんのこと、口腔内にも水疱ができて、それが潰れて口内炎みたいになり、水がしみて飲めないので脱水状態になってしまいました。こりゃダメだ、近所の病院で点滴してもらおうと思いましたが、さすがに寝たきりでボサボサの髪の毛じゃかっこ悪いのでアタマにブラシをかけたらなんと、頭皮にまで水疱ができていて「いてて」となり、それに耐えてやっとこさ外に出ようとしたら、足の裏にまで水疱ができていてこれまた「いてて」となり、足を引きずりながら歩くことになりました。当時住んでいた実家から病院まではアーケードの商店街を通らなければならないんですが、顔じゅうブツブツだらけ、髪の毛ボサボサの若者が、足を引きずりながらフーフーいって、ふらふらと歩いているわけです。買い物客のみなさんが明らかに私を避けて、通り過ぎていくのがよく分かりました。いやあ、ホントにツラかったです・・・。
水痘ワクチンは大阪発
現在の水痘ワクチンは、大阪大学微生物病研究所にいらっしゃった 高橋理明(たかはしみちあき)先生が開発されました。BIKEN財団のサイト1)や高橋先生の和文総説2)にはワクチン開発のお話が掲載されています。高橋先生は大阪市天王寺区の大阪警察病院(現・大阪けいさつ病院)小児科部長であった丸山義一先生に依頼し、当時同病院に入院していた患児の水疱液を採取してもらい、それを病院まで自ら取りに行ったとのこと。その患児の名前が岡くんだったので、分離したウイルスを岡株と名付けました。そしてこのウイルスをヒト細胞とモルモット胎児細胞で継代培養することで弱毒化したものが現在のワクチン株(水痘ワクチン岡株)です。このワクチン株は安全性がきわめて高いことが評価され、開発当初は健常児よりむしろ、水痘に感染すると重症化しときに死に至る小児急性白血病児を対象として研究が進められました。
1986年にハイリスク者を対象に認可され、87年には健康小児に対しても承認されました。そして2014年から定期接種ワクチンとなっています。海外でもメルク、サノフィ、グラクソ・スミスクライン(GSK)社などが水痘ワクチン岡株を用いて水痘ワクチンを製造し、多くの国々の予防接種プログラムに採用されています。よく学生さんから、「水痘の生ワクチンを接種した場合、ワクチン株が潜伏感染してのちのち帯状疱疹を発症しないのですか」と質問されます。水痘ワクチン岡株は二次ウイルス血症をほとんど生じないことが知られており、また皮膚細胞での増殖性が低いことも分かっています。そのため、ワクチン接種後に水疱を作ることがなく、そのこともあって知覚神経節に潜伏しないのだと思われます。
水疱、ふたたび
水痘が治癒してもウイルスは知覚神経節に潜伏感染するわけですが、何かの拍子に回帰発症(recurrent infection)して、ウイルスは知覚神経の神経線維に乗ってふたたび水疱を作ります。ただしこの場合は全身ではなく、原則として単一の知覚神経支配領域に限局した水疱になります。この知覚神経支配領域を表したのがデルマトーム(図2)ですね。

たとえば右の第4胸髄神経の帯状疱疹というと、右側の乳首のあたりから肋骨に沿って水疱が出現するわけです。皮膚病変が出る前から、下着が当たったりするとヒリヒリ、チクチクするような神経痛が出ることが多いです。さらにこの水疱が痂皮化して皮膚症状が治まっても、神経痛だけが残ることがあります。帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia,PHN)ですね。帯状疱疹は50歳以上の方に多いのですが、受験勉強をしている、あるいは国家試験の勉強をしているような20代前後の方もなることがありますよ。
デルマトームの図、胸のあたりは分かりやすく、虎のシマシマ模様と同じような感じですが、とくにお尻のあたり、仙髄神経(S1-S5)は形が変わるので注意が必要です。私、老健施設で、「貼るタイプの使い捨てカイロをお尻に貼っていたことが原因で低温やけどになって、ヒリヒリして痛いと言ってる入所者さんがいるんですけど」というスタッフの話で患者さん を診察したんですが、どうみても帯状疱疹だった方がおられました。後でお話ししますが、水痘帯状疱疹ウイルスには抗ウイルス薬がありますから、治療法がやけどとはまったく異なりますので、鑑別は重要です。
帯状疱疹が免疫機能低下発見のきっかけに
私の妻は2年ほど前に帯状疱疹になりました。それまで健診を受けていなかったので、「これをいい機会にしっかり調べてもらったらどう」って提案したら、その後、乳がんが見つかりました。幸い早期に発見されたので適切な治療を受けられたのですが、今から思えば、がんによって免疫機能が低下し、帯状疱疹を発症したのかもしれません。
帯状疱疹は通常、片側性で単一の知覚神経支配領域に発症しますが、これが複数の領域に同時に発症したり、半年以内に再度発症したり、ということがあれば、かなり強い免疫抑制状態にあることも考えられます。若い方ですとHIV感染症で典型的な日和見感染症を発症する前に帯状疱疹が出ることもあります。AIDSと診断するための指標疾患として帯状疱疹は入っていないのですが、AIDSに進行する前にHIV感染症を 診断できるよい機会でもあるので、ちゃんと調べてもらった方がいいですね。
またこの帯状疱疹、顔面の知覚神経である三叉神経の支配領域に起こることもあります。そうなると顔、たとえばおでこや目のまわり、鼻などに水疱ができますし、目なら結膜炎や角膜炎を発症する場合もあります。また、耳の穴のあたりにこの水疱が生じると、耳鳴りや難聴を生じるとともに、運動神経である顔面神経にまで炎症が波及し、片側の顔面運動麻痺を生じる場合があります。これをハント症候群(ラムゼイ・ハント症候群)といいます。2023年、NHKの番組「チョイス」で顔面神経麻痺が取り上げられましたが3)、そのときの解説は本学耳鼻咽喉科・頭頚部外科学教授の萩森伸一教授でした。私の大学の同級生です。ハント症候群は、最近ではバイオリニストの葉加瀬太郎さんが発症したことでも有名になりましたね4)。葉加瀬さんの場合、顔面神経麻痺だけでなく聴力障害などもあったようで、音楽家としてたいへんだったと思います。本当にお大事になさっていただきたいです。
悩ましい! 帯状疱疹ワクチン
水痘帯状疱疹ウイルスにはとてもよい抗ウイルス薬があります。第一世代のお薬はアシクロビル(先発薬名「ゾビラックス」)で、このお薬、安全で効果が高い抗ウイルス薬として、おそらく初めて実用化されたものだと思います。開発したウエルカム社(現在は合併してグラクソ・スミスクライン社になっています)のElion GBとHitchings GHは1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。私が水痘になったときもこのお薬を使いました。ただアシクロビルは半減期が短いため、飲み薬であれば1日5回の処方が必要です。その後、バラシクロビル(先発薬名「バルトレックス」)やファムシクロビル(同「ファムビル」)が開発され、1日3回の内服が可能になりました。さらにわが国で開発されたアメナメビル(同「アメナリーフ」)は1日1回の内服が可能です。これらのお薬は水痘帯状疱疹ウイルスだけでなく、単純ヘルペスウイルス1・2型(HSV-1、-2)にも有効です。
妻が帯状疱疹になりましたが、私も水痘の既往があることから同様に帯状疱疹になる可能性があります。実は帯状疱疹の発症を予防するワクチンもあるんです(図3)。こちら、定期B類予防接種として2025年4月から受けることができるようになりました。定期接種としては65歳以上となりますが、任意接種では50歳以上から打つことができます。うちの妻の例をみても、本当は65歳よりはもうちょっと早めに打ってもいいように思いますねえ。

この厚労省のリーフレットをみても分かるように、実は帯状疱疹ワクチンには生ワクチンと遺伝子組換えワクチンの2種類があります。このうち生ワクチンは前述の水痘ワクチン岡株を用いたもので、小児に接種しているものとまったく同じです(欧米では水痘用と帯状疱疹用で力価が異なります)。一方の遺伝子組換えワクチンはグラクソ・スミスクライン社が開発したものです。生ワクチンの方は皮下注射で1回接種、遺伝子組換えワクチンの方は筋肉注射で2回接種です。予防効果とその持続は遺伝子組換えワクチンの方が優れているようです。
ただ、値段は遺伝子組換えワクチンの方が高いです。定期B類として接種する場合は市区町村から助成がありますが、通常は無料にはなりません。私が住んでいる大阪市や勤務地の大阪府高槻市の場合、2025年度で自己負担額は生ワクチンの場合1回4,500円、遺伝子組換えワクチンの方は1回11,000円なので2回接種で22,000円となります。ただし自己負担額や打てるワクチンの種類は自治体によって異なります。ううん、値段がこれだけ違って、1回で済むか2回打たないといけないかの差もあり、そして免疫の効果も違うわけです。なんか定食の「松」と「竹」を選ぶようで、なかなか悩ましいです。
私のカラダの中にはまだウイルスが存在していて、このウイルスは帯状疱疹として外に出てくる隙を窺っていると考えると、ううん、ウイルスとは仲良くしたいなとも思いますし、できればワクチンで予防したいなとも思いますねえ・・・。
1)BIKENホームページ:子どもたちを水痘から守る 切実な思いから生まれた世界初ワクチン.BIKEN TOPICS,〔https://www.biken.or.jp/about_vaccine/topics/detail/16〕(最終確認:2025年6月17日)
2)高橋理明:水痘生ワクチン(岡株)の開発と臨床応用.私の歩んだ研究の道とそこからの教訓③―水痘ワクチン―,小児免疫19(4) 433-446,2007
https://www.jspid.jp/wp-content/uploads/pdf/01904/019040433.pdf
3)NHKホームページ:「知っておきたい 顔面神経麻痺」.チョイス@病気になったとき.NHKについて,〔https://www.nhk.jp/p/kenko-choice/ts/7JKJ2P6JVQ/episode/te/QM74Y8YL5K/〕(最終確認:2025年6月13日)
4)葉加瀬太郎:ご報告.葉加瀬太郎オフィシャルウェブサイト,〔https://taro-hakase.com/blogs/information/20240906?srsltid=AfmBOoovKlVNAPY3EauKRoJHNsKv-B5XS8zMdEBE7lIzjHj6213vwm2z〕(最終確認:2025年6月13日)
5)ノーベル賞機構:1988年ノーベル生理学・医学賞,〔https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1988/summary/〕(最終確認:2025年6月17日)