今回は執筆時点(2025年5月2日)、全国的に流行が見られている百日咳についてお話ししたいと思います。
百日咳の由来に親心あり
百日咳は乳幼児、とくにワクチン未接種者では典型的な症状を発します。潜伏期は平均7日で、そのあとかぜ様症状で発症し(カタル期)、典型的な咳発作が次第に強くなります(痙咳期)。ただし乳児の場合、咳ではなく無呼吸となることがあり、注意が必要です。カタル期から回復期まで、長くても8~10週くらいで、そうなると「60日咳」なんですが、子供が苦しんでいる姿を親が間近でみていると、それが百日くらいの長さに感じられるんだ、それが親心というものだ、というのは私が医学生の頃、先々代の微生物の教授であった中井益代先生から授業で聞いた話です。その気持ち、子どもを持ってからよく分かりました。我々細菌学者のバイブルである『戸田新細菌学』の記述1)によると、わが国で「百日咳」という病名が文献で見つかるのは江戸時代の文政年間(1818-1830)なんだそうです。江戸時代も今も、親心というのは変わらないんだと思います。
百日咳に典型的な咳発作
痙咳期に典型的な咳発作は、スタッカート(staccato)とウープ(whoop)を繰り返すもので、レプリーゼ(もとはドイツ語のreprise=繰り返す、の意)と呼ばれます(whoopのことをレプリーゼという人もいます)。スタッカートは短い、連続的な咳が途切れずに続く様子で、コンコンコン、カッカッカッ、という感じです。息を吐ききってもまだ咳が出そうなので非常に苦しそうになり、そのあと一気に息を吸うため「ヒュー」という音が出ます。この吸気性笛声のことをウープといいます(いわゆる「喘息」は呼気時のヒュー音なので、これとは逆です)。スタッカートとウープを何度も繰り返す、この咳発作は夜間に多く、しばしば嘔吐を伴います。城北病院(石川県)の先生がこの咳発作の貴重な音源2)をYouTubeにアップしてくださっていますので、こちらから聴くことができます。
さらにチアノーゼ、顔面の浮腫や紅潮(「百日咳がお」=百日咳顔貌と呼ばれる)などもみられ、咳でいきむことから結膜の充血や硬膜外血腫、脱肛などが起こることもあります。この咳発作が何週間も続くわけですから、「百日咳」と呼びたくなる気持ちはよく分かります。単なる咳だけですと上気道炎や、これまた最近流行しているマイコプラズマ肺炎などと区別がつきにくいですが、発熱は通常見られず、血液検査所見として細菌感染にもかかわらずリンパ球優位の白血球上昇が見られることが百日咳に特徴的であり、典型的な咳発作とあわせて百日咳の診断に有力な所見となります。生命予後にかかわるのは肺炎と低酸素に起因する脳症です。
成人では咳発作が出ないことも……
後でお話ししますが、百日咳にはワクチンが非常に有効なので、好発年齢はワクチンを接種し抗体ができる前の2、3ヵ月未満の乳児またはワクチン効果が切れてしまった学童または大人、あるいはワクチンを接種していない乳幼児・小児です。2007年には複数の大学の学生間で流行しまして私、まだ鮮明に記憶しているんですが、もう20年近くも前の話3)なんですね・・・。今回も乳児の流行が大学生に飛び火しないとも限らないです。成人の場合は典型的な咳発作が出ないことも多く、末梢血リンパ球も上がらないことがあり、そうなると診断は非常に困難です。
百日咳の診断と培養
百日咳において、現在でも培養法は診断のために有力な手段で、特殊な培地を使います。歴史的に有名なのは百日咳菌を初めて分離したBordet JとGengou Oが用いた、その名もBordet-Gengou培地です。私、国家試験の勉強会でずっと「ボーデット・ゲンゴウ培地」って読んでたんですが、正しくは「ボルデー・ジャング培地」なんですね。恥ずかしい・・・。菌の学名Bordetella pertussisにもボルデー先生の名前が残っています。ちなみに種名のpertussisの方は激しい咳を表しており、百日咳の病名そのものです。そうなんです、英語で百日咳の病名はpertussisなんですが、これは医学用語としての英語でして、口語英語ではwhooping coughといいます。そうです、whoop(ウープ)もすでに出てきましたね。
私が学生の頃の教科書には、Bordet-Gengou培地のフタを開けて、咳をしている患児の口の前に置いて菌を採取する「咳培養」の方法が載っていました。今では鼻咽頭ぬぐい液を使うでしょうが、雑菌の発育を避けるために抗菌薬を添加した選択培地(特定の菌種のみを発育させ、他の菌の発育を阻害する培地)がいろいろ工夫されています。ただ培養はなかなか手間がかかりますし、感度は検体の品質に左右されます。現在では遺伝子増幅法(PCR法やLAMP法)が使えるようになっていますし、鼻咽頭ぬぐい液を検体としたイムノクロマトグラム法による迅速抗原検出キットが実用化されています。
治療に用いられるのは……
治療の第一選択はマクロライド系抗菌薬です。小児にも安全に用いることができるのですが、とくにアジア地域でマクロライド耐性百日咳菌が報告されており、わが国では2018年に初発例が報告され、2024年には大阪府、鳥取県、沖縄県などでマクロライド耐性菌による百日咳が報告されています。感染者はいずれも海外渡航歴がないことから、国内での耐性菌流行が懸念されます。
実はマクロライド耐性菌に対する定型的な治療法は確立されていないんです。日本小児科学会や旧国立感染症研究所(現国立健康危機管理研究機構)などはST合剤の使用を考えていますが、わが国では使用経験が少なく、とくに新生児には使いにくいと思います。かといってそれ以外の選択肢もなく、なかなか厳しいです。国立健康危機管理研究機構のサイトでは、新生児の重症百日咳にST合剤を使用した2024年11月の沖縄の2例報告が公開されています4)。1例はCOVID-19で有名になったネーザルハイフロー、もう1例は挿管の上での人工呼吸器も併用していて、2例とも救命できていますが相当の重症例だったことが分かります。
百日咳のサーベイランス
続いてサーベイランスのお話。百日咳は子供だけの病気ではないこともお話ししましたね。2018年1月から5類全数把握疾患となり、大人も子供も届け出が必要になりました。さらに2025年4月から「急性呼吸器感染症(ARI)」が5類定点把握疾患となりました。こちらは旧インフルエンザ定点医療機関や基幹定点医療機関のみが、いわゆるインフルエンザ様症状を呈する症例の数を毎週届け出るわけで、本来は百日咳の診断が確定した場合は別に届け出る必要があるんですが、このARIの数のなかには、成人で診断が困難な百日咳も含まれる可能性があります。一部の定点医療機関は検体を地方衛生研究所や国立感染症研究所に提出することになっており、そちらで百日咳と判断されることもあると思います。
百日咳のワクチン事情
百日咳に対するワクチンは、長らく3種混合DPTワクチンに含まれていました。D=diphtheria(ジフテリア、トキソイド)、P=pertussis(百日咳、成分ワクチン)、T=tetanus(破傷風、トキソイド)ですね。
実は1981年より以前の百日咳ワクチンはいわゆる死菌ワクチンでした。これ、全菌体ワクチンとも呼ばれ、感染防御に直接関係のない成分も含まれていたことから、局所や全身の副反応がけっこうあったんです。そこで感染防御に必要な画分だけ精製したワクチンがわが国で開発されました。こちら、全菌体ワクチンと対比して無細胞(acellular)ワクチンと呼びます。というわけなので、それ以降の3種混合ワクチンをわざわざDTaPということがあります。3種混合ワクチンはその後、2012年より不活化ポリオワクチンを加えて「4種混合ワクチン(DPT-IPV)」になりましたが、1回目の接種はまだ生後3ヵ月以降とされました。2023年4月から生後2ヵ月以降の接種が可能になり、母体から胎盤を通した移行抗体が早く減衰する百日咳に対する予防効果が少し改善されています。4種混合ワクチンはその後、2024年4月からはヒブワクチン(インフルエンザ菌血清型bに対するワクチン)と混合された「5種混合ワクチン(図1)」になったことは連載第22回 でもお話ししたとおりです。

(左)クイントバック 水性懸濁注射用(KMバイオロジクス、 Meiji Seikaファルマ)
(右)ゴービック 水性懸濁注シリンジ(阪大微生物病研究会、 田辺三菱)
適切な接種タイミングは……?
4種混合・5種混合ワクチンが生後2ヵ月から打てるようになったものの、結果的に百日咳は原則、それ以前の乳児にも起こる病気なのですが、それより前に打つのは難しそうです。百日咳のことを考えるともっと早く打ちたいのでしょうが、新生児の免疫系の発達度合いや、移行抗体によってジフテリアなど他のワクチンの効果が減弱してしまうことなどを考えると、ううん、生後2ヵ月がギリギリのところなんじゃないでしょうか・・・。
実は百日咳ワクチンにはもうひとつの問題があります。現在の5種混合ワクチンは生後2ヵ月から打ち始めて生後3ヵ月、4ヵ月と3回連続で打って、そのあと1歳になったあたりで4回目を打つのが標準的な接種法です。その後ブーストをかける第2期とよばれる接種は、実は11歳~12歳のときに設定されていて、これがDTの2種混合になってるんです。ここになぜか百日咳のPが含まれていないんですが、おそらく前述の「全菌体ワクチン」を使っていた時代の名残りなんだと思いますねえ・・・。国内外での疫学調査の結果をみると、百日咳に関して定期接種4回を打ち終えた後6年が経過すると、感染防御効果が極端に低下することが明らかになっています。実は日本小児科学会では、小学校に入る前にDPTワクチンを1回、さらに11歳児の定期接種で打つとされているDTワクチンの代わりにDPTワクチンにすることを推奨しているんです(図2)。ただこれ、任意接種になっちゃうんですよねえ・・・。

同学会では、就学前と11歳時にDPT3種混合ワクチンの接種を推奨しています。
ちょっと話は逸れますが、実は海外では成人へのブースター接種として、成人では腫れなど局所の副反応の原因になるジフテリアの抗原量をDTaPから減らした、Tdap (ティーダップ;ジフテリアのDが小文字になっているのが「抗原量を減らしている」しるしです)が用いられています。これ、破傷風や百日咳のブースター接種として有効です。私、渡航外来で大人の人に国産のDTaPを打つときには、「絶対に腫れますからね」って念押しするんです。打ち方が悪いわけではないんですよ、ジフテリアの抗原量が多いからですよ、という言い訳で・・・。ただ、一部の留学先では、Tdapを打ってこいと銘柄まで指定されていることがあります。こうなるともう輸入ワクチンを使うしかありません・・・。
余談ですが、図1左のKMバイオロジクス(旧・化血研)が製造していた4種混合ワクチンの名前は「クアトロバック」でした。クアトロはクァルテット(quartet:四重奏)でも分かるように「4」ですから、5種混合になったらクインテット(quintet:五重奏)で「クイントバック」なのは正常進化に思えます。一方、BIKENの方ですが、4種混合の名前は「テトラビック」だったんです。テトラポッドでも分かるように、テトラも「4」を意味しているので、この勢いでいくと5種混合の名前は、米国国防総省の通称「ペンタゴン」(庁舎の形が五角形だから)よろしく、「ペンタビック」だろうなと予想していたんですが、フタを開けてみたらなんと、「ゴービック」ということでした。これは、日本語の「五(ご)」が由来なんでしょうね・・・見事に裏切られました・・・。
1)吉田眞一,柳雄介ほか編:戸田新細菌学 改訂第34版,p.290,南山堂,2013
2)石川勤労者医療協会城北病院:百日咳の咳とはこんな咳,2019年7月1日,〔https://youtu.be/hQEPquyqQ5A?si=QVhx2tDPmZ4pNRxp〕(最終確認:2025年5月2日)
3)日本小児科学会:大学生などにおける百日咳流行についての注意喚起,平成20年3月23日,〔https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=180〕(最終確認:2025年5月2日)
4)国立健康危機管理研究機構:集中治療を必要としたマクロライド耐性百日咳菌感染症の2乳児例―沖縄県.感染症情報提供サイト,2025年2月,〔https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/46/540/article/130/index.html〕(最終確認:2025年5月7日)