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第15回:大学院で一生ものの学びと出会いを得ようとしているあなたへ

第15回:大学院で一生ものの学びと出会いを得ようとしているあなたへ

2023.07.13中村 滋子(日本赤十字看護大学さいたま看護学部 准教授)

 正直なところ、私は最初から教育の道を志していた看護教員ではありません。だからでしょうか、看護基礎教育課程時代の恩師に声をかけられて、臨床畑から教員の道に文字通り「飛び込んだ」私は、着任してからもしばらく、教員としてのあり方を十分理解しないまま教鞭を取る日々を過ごしていました。
 さまざまな経験を糧に、私は現在も看護教員をしています。今でこそどんな自分も受け入れられるようになりましたが、ここに至るまでにはたくさん悩み迷ってきました。今回は、そんなかつての自分に向けて、エールを送りたいと思います。

「教育とは何か」を探し始めたあなたへ

 ちょっと厳しいことを言いますが、教員になりたてのころのあなたは、目の前の学生にきちんと目を向けられていませんでした。学生のことは好きなのでしょう。しかし、あなたの学生との接し方は、自分の看護を押し付けているようでした。初学者である学生に対し、臨床現場の教育さながらに自分が培ってきた臨床知を振りかざしてしまったり、接し方やかける言葉も厳しいものになっていませんでしたか。学生の声に耳を傾けられていましたか。
 次第に実習に臨む学生がなんだか楽しくなさそうに見えて、あなたはとても戸惑ったことでしょう。そしてその戸惑いは「これでいいのかな」と自分への問いかけとなりましたね。戸惑うことは悪いことではありません。今のやり方の何が違うのか、どこを直せばいいのか。それを考える過程で自分と向き合い、違う自分の可能性に気付けるきっかけとなるはずです。

 大学院に行ってみませんか?臨床に戻る選択肢もありますが、最近、友人から「学び直しをしてみないか」と声をかけられたところですよね。あなたの心の中にモヤモヤと残り続ける「教育には何が必要なんだろう」という宿題の答えを、進学して探ってみませんか。とはいえ、あなたは私のアドバイスなどなくても、「大学院で看護教育学を学ぼう」と自ら決断することでしょう。だって、今のあなたは教育に対して、戸惑いだけでなく、確かに面白さも見出しているのですから。教育を学び見つめ直し、心の中でくすぶり続けた宿題の答えを得たいという揺るぎない気持ちを信じて、ぜひ探求していってください。

「宿題」の答えを大学院に探しに行ったあなたへ

 「自分の中の宿題に答えを出したい、教育に必要なことを知りたい」という思いを胸に進学したあなた。ぜひ、大学院での日々を大切に過ごしてください。ここでは人生の宝物をたくさん得ることができますよ。宿題の答えは座学がくれるものではなく、自ら学んで見つけるものです。そしてその学びの中で、さまざまな出会いと経験を得て、あなたはもっと大きくなっていくことでしょう。
 たとえば、当時の恩師がおっしゃっていた「看護教育をしていく時には、目の前の学生さんをよく理解するように」という言葉。この言葉をきっかけに、あなたはかつての自分が自らの物差しだけで学生を見ており、目の前の学生にきちんと目を向けられていなかったことに気付くでしょう。これこそ「宿題」の答えのひとつです。

 ともに大学院へと進学した仲間たちとのかかわりも、あなたにとってとても大切なものになるでしょう。教育のこと、授業のこと、プライベートのこと、ふだん考えていること、ぜひ彼らとたくさん話してください。年齢層も歩んできたキャリアも全く異なる仲間たちだからこそ、彼らが持つさまざまな意見や考え方に触れられるはずです。大切な恩師や仲間との出会い、けして一人では成しえない「学び合い」ができたことは、間違いなく看護教員人生を送る上で大きな力となってくれますよ。
 仲間との充実した2年間の終わりには、「自分が学んだことを看護基礎教育に還元したい」と教育現場に戻る気持ちが強くなると思います。でも、まずは焦らずゆっくり現場に戻って、立ち止まる度に考えながら進んでいきましょう。「学んだからってそれがすぐさま教育に還元できるわけではない。5年ぐらい経ったころに、あの時のあの出来事って、大学院で学んだこういうことだったんだろうなと気付いていければいいのだから」。これも恩師が教えてくださったことです。ふとしたきっかけや戸惑う場面で学んだことが思い起こされたら、それはきっと次のあなたのステップになるでしょう。

教育現場に戻ってもなお、歩み続けるあなたへ

 なんだかんだとメッセージを送ってきましたが、あなたが戸惑いを繰り返し看護基礎教育の世界でもがいているからこそ、今の私がいるのです。助言なんてなくても、あなたは学生に向かっていた戸惑いを自分自身への内省に転向し、大学院に進んで自分なりの看護教育を手にしてここまでやってきたのですから、きっとこの先も大丈夫。

 私が学生にかけている言葉でもありますが、誰でも最初は戸惑いがあって、その戸惑いは看護について懸命に考えているからこそ生まれるのです。戸惑うことを否定せず、そんな自分を受け入れて、周囲の人に「あなたの声を聞かせて欲しい」と意見を求めてみるとよいかもしれません。
 自分を振り返る時に、仲間の存在はとても重要です。ひとりではどうしても「あれがダメだった」「これができていなかった」とマイナスの振り返りになってしまいがち。すると嫌な自分が見えてきてしまい、振り返りのはずが自己否定に変わってしまうものです。しかし仲間がいれば、いろいろな角度から助言をくれたり、自分が失敗だと感じた点も受け止めてくれたりして、さまざまな困難も前向きに捉える機会を得ることができるでしょう。そこに気付けたあなたは、一生の宝を手に入れたのです。

 あらゆる経験はいつかあなたを成長させてくれます。急に百歩踏み出すことはできないけれど、一歩を踏み出していければ、少しずつでも前に進んでいけますよね。ちょっと前の自分より、少しはマシになれたかな。そう思えれば十分ではないでしょうか。

おわりに

 私は看護教員の役割を「伴走者」と捉えています。先導していくのではなく、戸惑っていたら一緒に考えるスタンスを大切にしています。焦っている学生には「ゆっくりでいいよ」と伝え、完璧を求める学生には「辛くならないために、今の自分なりの目標を考えてみようか」と声をかけたり。私たちの仕事は看護のロボットを作ることではありませんから、学生や教員自身の個性も大事にしながら一人ひとりに合わせて声かけをしていくことを意識しています。学生には、自分なりの良さを発揮しながら、自分なりの看護師になってほしい。看護師でない道を選んだとしても、看護学を学んだことを生かしながら社会の中で生きていってほしい。自分を大事に、戸惑いながらも一歩ずつ歩んでほしいと、メッセージを送っています。

 今でも私の中に葛藤がないわけではありません。看護教員になりたての頃とはまた違った戸惑いは今もあって、しかしこの戸惑いをちゃんと見つめていくことが大切なのだと、大学院での学びやこれまでの経験、大切な恩師や仲間たちが教えてくれました。まだまだ一歩進んで二歩下がることはあるでしょう。そんな成長中、発展途上な自分もまるごと受け止め、学生と常に向き合いながら歩んでいきたいです。

中村 滋子

日本赤十字看護大学さいたま看護学部 准教授

日本赤十字看護大学大学院看護学研究科博士課程修了(看護学博士)。日本赤十字社医療センターで看護師としての勤務を経て、看護教員の道へと進む。COVID-19禍の2020年より、日本赤十字看護大学さいたま看護学部に在籍し、改めて「看護の力」を感じた体験を教育の場にも活かしていきたいと思っている。趣味は、スポーツ観戦、ペットの猫とのふれあい。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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