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第17回:臨床での看護実践経験と看護基礎教育とのはざまで悩んでいた私へ

第17回:臨床での看護実践経験と看護基礎教育とのはざまで悩んでいた私へ

2023.12.07内山 孝子(神戸市看護大学基盤看護学領域基礎看護学 准教授)

 27年前、あなたは臨床指導者を経て看護専門学校の専任教員になりましたね。看護師として7年の臨床経験がありました。あの頃のあなたは、自分の知っていることを学生に伝えたいと一生懸命でしたね。自分の教員としての在り方に責任と限界を感じ、2年で臨床に戻ることを選択しました。その当時の副学校長の池野栄子先生に、「一度は臨床に戻っても、いつか必ず看護教育の場に戻っていらっしゃい。」と温かく送り出していだたきました。臨床に戻った後に出会った患者さんやご家族、同僚や他の職種からあなたはたくさんの学びを得て、看護師長を7年経験し系統的に看護管理学を学ぶために大学院に進学しました。修士課程で学ぶことで、今一度、「看護とは」という問いをもち看護を言語化するという目標のもと、博士後期課程に進学することを決めました。看護学博士の学位を得て、再びあなたは恩師の言葉に導かれるように看護教育の場に戻りましたね。そして今、看護大学の教員となり少しずつやりがいを見出し今年で8年目になりました。

助教1年目の私へ

 臨床では、集中ケア認定看護師、看護師長として看護の質の向上を目指してある程度の権限と責任をもち実践をしてきたあなた。臨床ではベテランであっても、教育の場では初心者で、いくつも乗り越えなければならない障壁がありました。一方で、看護実践経験を積んできたので、このようにすればよいのに……、こうだったらよいのに……と臨床現場と看護基礎教育とのギャップを埋めるための課題が見えてくることもありました。しかし、新任教員の立場では、発言の機会も限られ、これまでの臨床経験を活かす機会も少ないと思い込み、あなたの誇りでもあった臨床経験を、「重くさびた鎧」のように感じていましたね。また、臨床経験が長いことを恥ずかしいことのようにも感じ、遅すぎた再出発だったと感じていました。大学教員には、豊かな臨床経験よりも研究業績が求められ評価されることにすっかり自信をなくしてしまいましたね。

 臨床の場では、患者のもてる力を最大限に引き出す方法で看護技術を提供しますが、演習では全介助の基本的な技術の習得を目指すことに戸惑いましたね。車いすへの移乗はその中の代表的なものでした。全介助で患者を抱きかかえて車いすに移乗するなんてことは、臨床では、実践していないことでした。なぜこの方法を教えるのか、納得ができないままに、方針に従うことに違和感がありましたね。

 臨地実習においても、あなたは戸惑うことになりましたね。看護学生を受け入れる側の立場から、送り出す側の立場となりました。最初のうちは、臨床側のものの見方から抜け出せず、学生に多くを求めたくなり、日々、学生が体験した事象やカンファレンスでの発言をその場で教材化していくことのむずかしさを感じていましたね。

 そんなあなたを支えてくれたのが、同期の歳の離れた助教仲間でした。あなたは、基礎看護技術演習や実習の準備や片付けに奔走する毎日の中で、助教仲間と看護教育への夢をたくさん語り合いました。演習物品の保守点検や器材室の整備に、これまでの臨床経験が役立つこともあり、「重くさびた鎧」がほんの少しだけ軽くなったように感じられました。助教同士で語り合う中で、共同して研究に取り組むことが始まり、演習でどのように技術のデモンストレーションを学生にみせるかなどを考案することに、手応えとやりがいがみえてきました。中でも基礎看護学領域の教員で取り組んだ、状況の中で日常生活援助技術をどのように提供するのかにこだわった、「ナラティブ・デモンストレーション」は学生にも好評でした。

 臨床で日常生活援助技術をどのように提供していたのか、学生たちはリアルな看護の話が大好きです。「過去にはこんな患者さんがいました。そういうときはこんな対応をしました。」「あんな患者さんもいました。それならこんな対応を……」というあなたの経験の引き出しを開けてエピソードを提供すると、学生たちは目を輝かせながら話を聞いてくれましたね。助教1年目のあなたを勇気づけ、エンパワーメントしてくれたのはそういった学生たちの反応でした。 

 これを繰り返すうちに、学生の看護が自分中心ではなく、患者中心に変化するのが目に見えてわかりました。それは、学生が看護を理解しているという証です。あなたの臨床の経験が教育に活きていると確信できるようになりましたね。

* * *

 現在は、看護の初学者である学生たちに、看護と看護でないものを分けるのは、看護技術であること、看護技術は手を介してその受け手に届けること、対象者に触れることの重要性、対象者の個別性に応じた生活行動援助は高度な看護実践であることを自分の言葉で伝えることができるようになりました。テキストからの引用ではなく、あなたのこれまでの看護実践や教育活動・研究活動から得た知見をもとに学生に伝え、今ここでの学生とのかかわりをある程度、教材化できるようにもなりました。

 そして、今年、『本当の看護へ “看護ナラティブ(物語)” から学ぶ臨床の知と技』(看護の科学新社)という著書を出版することができました。看護ナラティブを伝えることで、学生たちは、看護師として確かな知識と技術をもち患者に関心を寄せてかかわることが大切であること、看護師が自律的に判断し行動することで患者の安全と安楽そして尊厳が保たれることを理解してくれています。

 近年は、看護基礎教育だけでなく、現任教育の講師として活動できる機会を少しずついただけるようになりました。これからの挑戦が看護の明日を切り拓くことを信じて、明日も笑顔で学生に「看護大好き」と伝えていきましょう。

内山 孝子

神戸市看護大学基盤看護学領域基礎看護学 准教授

うちやま・たかこ/藤田学園保健衛生大学衛生学部衛生看護学科(現、藤田医科大学)卒業後、諏訪中央病院看護師、諏訪看護専門学校専任教員、医療法人財団健和会みさと健和病院(集中治療部看護師長)を経て、日本赤十字看護大学大学院博士後期課程修了(看護学博士).2016年日本赤十字看護大学助教、2020年東京医療保健大学准教授を経て、2023年より現職。集中ケア認定看護師、介護支援専門員。看護未来塾世話人、日本看護倫理学会臨床倫理ガイドライン検討委員を兼任。趣味は、むすめたち(ミニチュアダックスフントとキャバリア)とスキンシップ。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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