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第9回:新しい景色を見よう。それは「今、ここ」とつながっている。

第9回:新しい景色を見よう。それは「今、ここ」とつながっている。

2022.12.15酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 師走になりみなさんも爆走中かなと思います。わたしは出張続きで、飛行機で各地を飛び回ってて、4年に1回のサッカーワールドカップもいろんなところで見てました。日本代表は頑張りましたね。世界と戦い、自分たちの立ち位置を把握し、これから何をやればいいのかクリアになったことでしょう。
 今回は、毎週の出張で考えたことをお話ししてみたいと思います。

GO GO! インド:11月22日から25日

NoマスクにNoヘルメット

 カピバラは自分が生きている間にインドに行くとは思ってませんでした。自分には縁のない国だと思っていたんだけど、ついにインドデビュー。
 話には聞いておりましたが、デリーでの入国はカオスでござった。入国審査待ち2時間。なんとかトランジットに間に合いインドのオックスフォードと言われるプネに23時到着。深夜にもかかわらずプネの街中は人と車とバイクであふれており、みなさんNoマスクだしNoヘルメット。宿泊した大学の寮は高台にあり、翌日早朝、朝日に照らされた周囲の村の風景は本当にきれいでした。鳥が鳴き、花々が咲き、穏やかで、あ、これがインドの大地なのか、と実感しました。

インドのファカルティとのミーティングは同時多発サラウンド

 11月23~24日は、シンビオシス国際大学で、これから始まるインタープロフェッショナル・サービスラーニング交換留学プログラムのキックオフミーティングでした。同時多発サラウンド早口のインド英語に苦戦。「もっとゆっくり話してください」というと「あ、もっとゆっくりね、OK」と言ってはくれますが、まったくゆっくりになりません。途中いくつかスルーしかねるご提案があり、「それはぁ、今回のぉ訪問のぉ、目的ではぁ、ありませんー」「それはぁ、うちの大学としては受け入れられませんー」とたどたどしく、しかしきっぱりと英語で割って入るという普段はしない(できない)荒業を敢行したカピバラでござった。

インドの村に行く

 ミーティングの後はサービスラーニングのフィールドの見学で大学周辺の村を2ヵ所ほど訪問。村は私の子どものころの実家の風景とそっくりで、一緒に行ったシンビオシス国際大学の教員はそこらに生えているキュウリを採ったりしてました。
 村の学校では、子どもたちから歓迎の儀式でココナッツの実をいただいたり、女性たちの集会に参加してバラの花をいただいたりと、グっとくるイベントがあったのでした。一方、どこか外国人に慣れている村人たち。シンビオシス国際大学はサービスラーニングのプログラムを欧米の大学生たちに開放しているそうで、村人たちの“外国人慣れ”はその影響もあるのかもしれません。そんな様子に、社会課題に対するコミュニティアウトリーチとサービスラーニングで大学をPRしていくといった決意を感じました。「学習資源はたくさんあるんです」とファカルティの方が言っていた意味が良くわかりました。そして「このプロジェクトを論文にしたいが、いいか? 教員は英語論文を書かねばならない」と話されていて、こちらの大学でも論文プレッシャーがあるんだなと思ったのでした。

バクテイさんの調整力

 今回私たちをアテンドしてくれたシンビオシス国際大学の教員と国際部の職員はほとんど女性。男性も数人いたけど、会議を取り仕切るのは女性でした。なかでも国際部のバクテイさんは獅子奮迅の働きを見せてくれました。常にスマートフォンでどこかに連絡を取り続け、大学の寮の職員にわたしたちのあれやこれやを依頼し、運転手に指示し、とにかくすごい。彼女の働きぶりはどこかで見たことのある感じだなと思っていたのですが、プネ滞在2日目でハタと気づきました。最近の働く女性を主人公にした韓国ドラマの数々(『恋愛ワードを入力してください~Search WWW~』『流れ星』などなど)に出てくる人みたいなんです。とにかく電話してリクエストを出し続けてる。「インドの働く女性はアグレッシブです」といろんな人が言ってましたが、確かにその通りでした。

若手研究者は世界遺産の街で世界を語る:12月3日から4日

広島は静かで整然として、おしゃれな街

 12月3日と4日は、広島で行われた日本看護科学学会学術集会で座長の役割があり、久々の広島へ。さすがは国際都市広島。なんかやたら海外の人が多いなあと思うのと同時に、ここにはヤギの群れも、野良牛の行列もなく、クラクションも鳴らず、人々はみんなマスクしてて、大声で話すこともなく、なんて静かなんだろう、と思いました。かなり自分の中にインド味が残った状態で訪れた広島は、街がきれいでおしゃれでした。そしてちゃっかり観光もして、世界遺産を巡る旅は足腰の強靭さが必要だという気づきも得ました。広島ではとにかく歩きました。一日2万歩。

臆さず世界に出ていく若手教員たち

 学会では、海外の学会に参加してきた若手研究者の交流集会に参加。また座長として大型研究のマネジメントに関する交流集会で仕切り。わたしが若いころは、海外の学会で発表なんていうことは、ものすごい覚悟をもって(笑)必要以上に緊張して、緊張した結果、質疑応答で何を言われているかわかんないみたいな(あ、そうじゃない人もたくさんいるんですけど、わたしの場合は)状況だったけど、今の若手研究者たちは普通に英語で発表し海外の友人をつくり、研究ネットワークをつくっている。座長をやった大型研究のマネジメントの交流集会では、実績を語る研究者の話から、10年以上一つのテーマで積み上げていくすごみを感じました。ここに参加してくれていた若手研究者から、「看護学の確立とか看護独自の研究というよりも、これからは看護主導の研究と言うべきなんですね」という感想を聞き、非常に納得しました。

「看護学の確立」は“ここではないどこか”に行くこと?

 カピバラは、キャリアの多くの時間を「看護学の確立」という強力な呪文とともに過ごしてきたけれど、今思うのは、論文を書いた結果が看護学になるってことです。でも論文書いてその研究を世界に問う前に「確立」を唱えてしまうと、そのゴールが共有されていないため、目指すところは人によりばらばらになる。そんな状態で看護独自の研究による看護学の確立をしようとすると“ここではないどこか”を目指すファンタジーのようになる可能性が高くなる、いや、なってたよなあと思ったことでした。

ソウルで『愛の不時着』の夢を見る:12月7日から9日

聖地巡礼はできなかったけど

 ソウルを訪れるのは5回目ですが、韓国ドラマにはまってからは初の訪問です。聖地巡礼はできなかったけど、インジェ大学校の創始者のお家というのを見学させてもらいました。ここはドラマのロケに使われたということで、ソン・ジュンギさんが座った椅子に座るという得難い体験をさせてもらいました。いいかほり、、、はしなかったけどネ。「推し」のある生活っていいですね。
 ソウルに来て、韓国ドラマを見続けてきてよかったと思いました(笑)。なんかハングルもちょっとだけ読めるし、お店に行っても片言の挨拶を韓国語でできるし、なんといってもソウルの街が良くわかる。クリスマスシーズンのソウル、歩道の向こうにリ・ジョンヒョクさんがいないかなと思いながら歩くことができて、それだけで楽しかった。

とある医学部教員からの相談と看護学部の教員の反応

 「韓国でもIPEを進めたい。医学部は積極的だが、看護学部が乗り気ではない。日本ではどうなのか?」と韓国の大学の医学部の教員に言われました。「わたしたちは研究活動で忙しく、IPEをやっている暇はないので重要だとは思うが優先順位は高くない」「患者中心の医療はほんと大切だと思うけど、IPEのために看護の専門科目の時間がとられるのは厳しい」と韓国の看護学の教員は言いました。一緒に行ったうちの大学の医学部の教員は、「うちの看護学部だって、国立大学唯一の看護学部で研究活動のプレッシャーは大きいけど、教育は大切にしてるよ、って言おうかと思ったけど、やめておいた」と言ったのがカピバラにはツボでした。異国の地で思いがけず、本学医学部の教員から理解ある愛をもらった感じで。
 韓国では医学部の教育も看護学部の教育も今のところ互いに独立して行われており、IPEの必要性はわかるけど実際に時間割を合わせることは難しそうでした。実際、単位やカリキュラムといったIPEのストラクチャーの構築の段階で、なかなか進展しない状況だそうです。
 覚悟を決めて、お互いの天動説を捨てないとね、とあちらの大学の教員に話しました。対話の最後に、IPEの教材を英語にしたものを見せてくれないか、それと、教員や大学院生をそちらに派遣したいがどうか、と言ってくれたので、日本のIPEの爪痕はそれなりに残したかなという気がします。

誰も見たことのない景色、それは今いる場所とつながっている

 折しも、サッカー日本代表がワールドカップ予選リーグでスペインを破り、1位通過を決めたあと、キャプテンの吉田麻也選手、同点ゴールを決めた堂安律選手、ぎりぎりでボールを残し田中碧選手のゴールにつなげた三苫薫選手が、それぞれ流暢な英語で自分のプレーを客観的に振り返るインタビュー対応を広島のホテルのテレビで見ました。若手が育ち、ベテランがその力を発揮した今回のワールドカップ。選手たちは誰も「自分たちのサッカーをする」とは言いませんでした。相手をリスペクトしたうえでよく研究し、勝つためのサッカーをしました。
 それはこれまでの約30年にわたる J リーグの活動の延長線上にあり、ここに至るまでのプロセスには、いろいろな挫折もあったけど(詳しくは本連載第3回を読んでね)、選手たちは「日本代表アイデンティティ(2018年策定)」を具現化しているなあと思う今回のワールドカップでした。出張の合間にいろんなところで観戦していてそう思いました。

 誰も見たことのない新しい景色を見るために進む。だけど、その景色のある場所は、自分が今いるこの場所とつながっていると思います。「その望みの国に渡りうるように」航海に出るには、「望みの国がどこなのか」を明確にイメージでき、そこまでの距離を測り、どうやって行くのかをはっきり理解しないとね。

 それでは今回はこのあたりで。みなさま、メリークリスマス☆ そして、よいお年をお迎えください。   
 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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