連載のお休みをいただき、ありがとうございました。さて、カピバラジュニアの結婚式のあとの世界一周の出張旅という、今年最大のイベントから無事に帰還いたしました。アメリカ、イギリス、カタール、南アフリカ、ベトナム、オーストラリア、そして帰国後も、札幌、埼玉と旅は続き、ようやく最近、自分の巣に落ち着いています。読者の皆さまは、師走らしからぬ暖かさの中お忙しくされていることと思います。
そんな気忙しい季節に、ちょっと気分転換になればと思い、今回、次回と長い旅の途中で見聞きしたよしなしごとを、皆さんと共有してみたいと思います。あ、一緒に行った同僚のために言っときますけど、カピバラ一行は“ガチ”出張でしたので、基本的にハードワークしてました。その目的と成果はまじめにあちこちの報告書に書くとして、ここでのお話は仕事の合間にそこらを地区踏査したり、空港でグダグダしたりの休み時間の出来事です。
旅の始まり
カピバラジュニアの結婚式が、同僚のお別れの会と重なるというなんとも間の悪いスケジュールとなったカピバラ。冠婚葬祭って自分の都合で日程を組めないですよね。事務の方々から、「カピバラ先生、結婚式に行ってください、こっちは大丈夫ですから」と背中を押され、思いを残しつつ結婚式へ。カピバラの年老いた両親も一緒に前日から都内のホテルに泊まり、結婚式に備えました。80歳代後半のカピバラ両親、カピバラジュニアをとてもかわいがって育ててくれましたので、思いもひとしお。やる気満々元気よく上京してくれました。でも、シャワーの調整が難しかったり、ベッドに登れなかったり、朝食ビュッフェ会場で食べたいものがたくさんありぐるぐるしちゃったりと、高齢者にとっての都会的ホテルってまさにアドベンチャーワールドです。カピバラ、そのケアに気を取られて感慨に浸る間もない。それはお相手の方も同じようでした。日本の超高齢社会を象徴していると思うんですが、新郎新婦の祖父母がフル参加すれば、そりゃ後期高齢者割合は高くなりますよね。
なごやかに楽しく泣いたり笑ったりして結婚式終了。周りから「新婚旅行は?」と聞かれたカピバラジュニアが、「ボクたち当分行かないけど、母(カピバラ)は明後日から世界一周です」と答え、皆さん困惑…。君、そこ、くっつけて話すところじゃないよ。せめて、世界一周“出張”ってちゃんと言ってよね。
というわけで、結婚式の2日後、羽田空港からワールドツアーに出発したのでした。
アラバマ大学のキャンパス・アテンディング
ダラスで小さな飛行機に乗り換え、バーミンガムに到着。そこから車で1時間、アラバマ大学キャプストン校キャンパス内のホテルに到着後、さっそく今後の交流プログラムや研究に関するミーティングに次ぐミーティング、病院視察などがあり、その合間に、キャンパスツアーが予定されていました。ゴルフカート(みたいな車両)を運転して現れたデイビッド君は、キャプストン校の中から20倍の倍率を勝ち抜いて選抜された学生アテンディングです。海外のお客さんが来た時に大学案内するというミッションに、これだけ付加価値を付け、インセンティブを付与するというアメリカンスタイルに、カピバラ一行「うちでもやるか?」「いや、文化的になじむか?」とマジに議論しました。
デイビット君は日本が好きで、日本語を勉強中とのことで、デイビッド君が日本語、こちらが英語で会話を進めるっていう不思議な状況です。「千葉は大阪に近いですか?」「いえ近くはありませんね。東京には近いです」「そうですか、大阪の〇〇に興味があるんですが」「そこに行ったことがないけど、千葉にも〇〇がありますよ」「そうですか、大阪は▽▽ですか?」と、なんかいまいちかみ合ってないけど、友好的な交流となりました。ほかにも日本に縁のあるスタッフの方々がたくさんいらっしゃり、カピバラ一行も長い付き合いの大学ですので、リラックスしてタスクをこなすことができました。
バーミンガムからシャーロット国際空港へ向かい、乗り換えまでの3時間をまったりと過ごし、大西洋を越えてヒースローからレスターへ向かいました。
さようならレスター。また会いましょう
レスター大学でリサーチミーティング、MOU(Memorandum of understanding、基本合意書)の交換と記念撮影(ここ大事なエビデンス)と公式行事をこなし、そのあと、みんなで大学近くのパブへ。このパブはレスターに来るたびに立ち寄るところ。交換留学の学生さんたちもよく夕食でお世話になっています。
ところで、イギリスの人たちって基本的にそうなのかもしれないけど、レスター大学のファカルティの皆さんも、パブでのスモールトークが大好き。2年前に訪問した時は、やっぱりパブで「最近観た映画は?」と聞かれ、「『RRR』はおもしろかった。インド映画あまり観たことなかったけど、これはサイコーだった」と言ったら、レスターの保健学部長さんに「カピバラ、そのRの発音はね、こう言わなくちゃいけないよ」と、Rの発音についてすごくまじめな3分間レクチャーを受けたという思い出もあります。そんなスモールトーク、カピバラものすごく苦手でござる。日本語のスモールトークならいつでもだれとでもできるんですけど。英語だと文脈の予測からヒアリング能力の欠如を補うというスタイルとなっているカピバラにとって、周囲の音が大きいパブでの英語スモールトークは話題の転換と着地の予測ができないため、ビジネストークと比べて肌感覚10倍の難易度です。
でも今回は違った。長年レスター大学のIPEを担当してきたリズの息子さんが、10月に結婚したと言うので、「息子の結婚」と「お嫁さん(義理の娘)がすんごくいい人」っていう話題でスモールトークでは収まらず、ホットイシューに関するトークになったのでした。
リズもカピバラももうすぐ定年。今やっているプロジェクトはもう心配なく次世代につなぎました。さようならレスター、これが最後かもしれない。けれどなんかの用事ができたら、また来るね、と言ってレスター大学の皆さんにお別れしました。「また会いましょう」という言葉がもつ不思議な力が、別れの痛みを緩和してくれました。
ナイチンゲール博物館のUK看護プライド
ロンドン、セントトーマス病院に付帯しているナイチンゲール博物館。ここを訪れたことのある読者の皆さまも多いのではないでしょうか。COVID-19パンデミックによるロックダウンの影響を受けて2021年に一時閉館を余儀なくされたようですが、再開していました。
カピバラ、これまで3回ほど訪問していますが、コロナ後は初めてです。企画展の充実ぶりに心を奪われました。まず、「caring companions」の企画。ナイチンゲール様は動物による癒しについて論述した人でもあるんですね。スクタリ病院の病棟ペット、亀のジミーの話など動物が生活に及ぼす影響について多くの記録を残していました。傷病兵と亀、なんかすごくロックな組み合わせです。
次に「The Flying Nightingales」の特集がありました。第2次世界大戦中に前線に小さな飛行機で物資を届け、負傷者に応急処置をしつつ、その飛行機で避難させるという、とんでもなく大変な任務を遂行した女性たちの特集です。全員が短期間の医療処置の訓練を受けたボランティアであって、軍服を着た民間人であり、看護師として認定されているわけではありませんでした。その危険に満ちた仕事は多くの場合、記録されることもなく、その存在は忘れられようとしていました。ナイチンゲール博物館は、この方々にスポットを当て特集企画とすることにより、ケアする人へのリスペクトを表明したわけです。
カピバラ、こうしてフライング・ナイチンゲールの展示を思い出して書いているだけでも、なんといいますか、誰かに対してシャウトしたい気持ちが湧き上がってくるでござる。ケアする人、看護職が、歴史的にいつも引き受けてきた、引き受けざるを得なかった「病み」と「闇」と「痛み」を実感したからです。そしてナイチンゲール様の昔から、カオスな状況に分け入って勇気をもってケアする人がいること、それが「奉仕の心」などという表現でひとくくりにされ、ケアしたこともケアされたことも正当に評価されないことって、今の日本にだってたくさんありますよね。
でも、このあと、常設展示「Could you become a Nightingale Nurse?(ナイチンゲールナースになってみない?)」という、多種多様な看護職が実物大のパネルで、名前と所属とともに、自分の仕事とキャリアをその人自身の言葉でいきいきと紹介するコーナーで、看護職たちのリアルな言葉を読んでいくうちに、先ほどのもやもやが晴れていきました。今のUK看護プライドの着地点を確認したような気持ちになり、すっとしたのでした。看護職が自分たちの職業に誇りをもって、「看護職になってみない?」と言える、これはほんと素晴らしいことです。
ドーハの悲劇
さてさて、お次はカタールを訪れました。カタールは天然ガスや石油がふんだんにあるので、医療費も教育費も無料かつ税金もない経済的に豊かな国です。秋田県くらいの面積に、約300万人が暮らしていますけど、その9割弱が外国人労働者で、国内労働力を外国人労働者に依存しています。つまり誤解を恐れずに言えば、生活を外国人労働者に依存している。そして海外からの労働者とカタール国民両方の人口増加に伴い、若い人たちの教育と雇用が必要になってきています。一方、政府主導の経済体制のため、正規雇用の方々の多くが公務員みたいな感じです。ですから社会の安定性は高く、これまた誤解を恐れずに言えば、保守的な文化と思います。石油や天然ガスに依存する体制からの脱却を図るために、地域・国際問題の仲介努力、各種国際会議やスポーツ大会の招致を積極的に推進しています。2022年には「三苫の1ミリ」に沸いたFIFAワールドカップが開催され、スタジアム建設現場の過酷な労働環境が取りざたされましたよね。
日本の看護職は、療養の世話という直接ケアに価値をおき、診療の補助業務とともに看護師の独占業務として法律にも位置づけ、それをとても大切にしていますけど、療養上の世話業務は移民もしくは外国人労働者にお願いし、診療の補助業務を看護師の仕事として位置づけて、教育も連動させている国はまあまあ多いです。カタールもそんな感じです。直接ケアはアジア系の人たちが多く担っています。
カタール大学では必修科目としてIPEが行われており、クラスルームIPEが綿密に設計されて実施されていました。ペーパーペイシェントでの患者の課題解決の計画をみんなで立てていくんですけど、患者さんがどんな生活しているのかな? っていう日本ではけっこう当たり前の掘り下げは基本しなくていいみたいでした。はっきりと役割も明確ですし、よってクリアな着地点の討議です。学生の皆さんはとても感じよく、楽しい時間でした。またIPE参加だけでなく、厚生労働省的なところでの議論もでき、カタールの社会課題および医療提供体制に対する理解が深まりました。
と、ここまで読んでくださった皆さん、悲劇なんてないじゃん、と思われたことでしょう。さて、なにが悲劇だったのか?
カタールのドーハにあるハマド国際空港は、4万平方メートルの広さで、てくてく端から端まで歩いたらたぶん1時間くらいかかるので、ロングフライトによる運動不足の解消にちょうどいい感じ。この空港でわたしたちはものすごく時間をもてあましていました。だって、次の便まで6時間もあるんだもん。
そんなわけで、てくてく歩いてたどり着いた空港の端っこに、トロピカルガーデンがつくられていて、その脇に、日本の居酒屋的なレストランがあるではありませんか。写真付きメニューがあって、ラーメン、焼きそば、たこ焼きなどがありました。基本的に、国内外どこに行っても、現地の料理、現地の産物を食べることにしているカピバラ。だってそれが一番おいしい。だからそれまで、ずっと現地食を味わい、「何を食べてもおいしいな」と満足して過ごしていました。が、こころのどこかにラーメンへの憧憬が芽生え始めていたようです。
カピバラ一行、吸い込まれるように、まったくお客さんのいないこの店に入り、メニューを見てなんか幸せな気持ちになっていきました。英語の解説を読むと、「豚骨スープ」「辛味スープ」「チキン醤油スープ」とスープの味の種類もたくさんあります。ということで、豚骨スープのラーメンを頼んだ同僚たち。カピバラは焼きそばなどという日本ではほとんど食べないジャンクなものを頼みました。
いよいよラーメンがやって来ました。白く濁ったスープに、豚骨の味を期待して食欲中枢が刺激され、にこにこスープを口に運ぶ。と「これ、なんかちがう」「豚骨スープの味じゃない。見た目は豚骨だけど」としょんぼりしたお顔になる同僚。味見させてもらうとそれはなんと、カルボナーラ味でござったよ。
期待が大きい分、失望も大きいもの。脳内が豚骨スープの準備体制に入っているのに、やってきた味覚刺激がカルボナーラという状況に、同僚の脳内処理が間に合ってないみたい。「こういうのをコスメティックラーメンっていうんだね。コスメティックIPEって言葉があるけどね」とまとめに入るカピバラ。IPE業界のジャーゴンとして有名なコスメティックIPE。やっていることは一見IPEなんだけど、そこに相互作用やリスペクトなどなく、業務分担の(多くの場合、殺伐とした)話し合いに終始するようなIPEのことをそう言うんですけども。
ま、他のメニューも同じような感じでした。見た目がよくできているぶん、期待を裏切られた感がいや増す状況で、のちのち、カピバラ一行の中で、“ドーハの悲劇”として語り継がれることになるのでした。
カピバラが感じ入ったのは、同僚たちのたくましさといいますか、包摂性の高さです。黙々と食べ続けているうちに、「これはこれでおいしいような気がする」「ラーメンだと思うとダメなんです。カルボナーラだと思うといける」と皆さん、完食していらっしゃいました。瞬時に脳内バグを修正し、状況を受け入れ、かつ楽しむ。このメンタルは海外出張に不可欠なものであることよ、と貴重な教訓を得たのでした。
次回【後編】は以下の5本立てでお送りします♪(変更の可能性あり) ●ブルームフォンテインのホウレンソウ |
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