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第1回:イントロダクション

第1回:イントロダクション

2022.03.02酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

日本の医療専門職の資格取得前教育に専門職連携教育(Interprofessional Education 以下IPE)必修化の流れが形作られています。しかし看護教員の方々からIPEの実施が難しいという声もよく耳にします。
そこでIPEを始めたい、始めて見たけどうまくいっている感じがしないという教員のみなさまに、考え方と方策をご紹介する5回の企画を考えました。ぜひトライしてみようと思っていただけたら嬉しいです。

企画:酒井 郁子
(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

資格取得前のIPEはなぜ必要か?

 日本では超高齢社会が進展し、少子化により、保健医療介護人材の不足が危惧されています。また超高齢社会の進展は、医療福祉介護の現場で複雑で困難な健康問題に取り組む機会を増加させています。これは日本に限ったことではなく、世界中で保健医療介護人材の偏在が進展し、健康格差が拡大しています。このような背景を受けて世界保健機関は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ の達成を目指し、すべての人々が基本的な保健医療サービスを受けられるようにすることを推進してきました1)。この取り組みは国連の持続可能な開発目標(SDGs)の3として位置付けられ、具体的な目標設定がされたところです。

SDGsの3「すべての人に健康と福祉を」アイコン
引用:国際連合広報センター​https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/sdgs_logo/sdgs_icon/

 この世界的な動きの中に、専門職連携教育や専門職連携協働(Interprofessional Collaboration:IPCもしくはInterprofessional Work:IPW)は位置付けられます。将来の保健医療福祉を担う人材を育成するときに、細分化された医療福祉の仕組みのなかで、各専門職の教育の高度化だけを狙うのでは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成することは困難です。保健医療福祉に携わる専門職が患者、利用者、家族、地域とともに、その健康と福祉を向上するために、お互いに学びお互いからお互いについて学ぶという学習を積み上げていくことが求められています。

 このような世界的の潮流を受け、日本の医療専門職の資格取得前教育のコアカリキュラムに、専門職連携教育が組み込まれつつあります。資格取得前の教育から専門職連携教育を行う目的として、インタープロフェッショナルな社会化の促進があります。
 すなわち、自分の職種だけにプライドやリスペクトを持つのではなく、自分の職種のことも他の職種のことも好きになり共通性を認識すること、互いから互いの役割について学びその学びを確認しあうことにより、患者利用者を尊重した保健医療介護実践に対して自信と意欲をもって、臨床に出ていくことができるようにすることが、資格取得前教育における、IPEのゴールといえます2)

 専門職連携実践は、単一職種に調整を任せることではありません。自分の仕事を患者や利用者中心に行っていくために、すべての専門職が連携実践を行うことができるようになることです。自職種と他職種を共にリスペクトできること、一緒に患者、利用者のケアを作っていこう、私たちにはそれができると学生が思えるような教育をするには、まず、単一職種による教育というサイロ構造をなんとかしなくてはなりません。他の専門職とともに学びお互いからお互いについて学ぶ機会を作ることがIPEの第一歩です。

IPEで何を教えるのか 学生は何を学ぶのか

 WHOは2010年に、専門職連携実践能力の獲得を目指した6つの学習目標を提示しました。チームワーク、役割と責任、コミュニケーション、学習とリフレクション、ニーズの把握を伴う患者との関係の構築、倫理的実践です2)。この内容は次回に詳しく説明しますが、ここでも簡単に説明します。

チームワーク チームリーダーとしてもチームメンバーとしてもチームのタスクに応じてふるまうことができ、チームが何によって困難になるのかというチーム状態をアセスメントできる実践能力を指します。
役割と責任 自職種の役割と責任、専門知識とともに、他の職種の役割と責任、専門知識を理解することを指します。
コミュニケーション 自分の意見を明確に同僚に説明すること、チームメンバーの意見を傾聴することを指します。
学習とリフレクション IPEを自分の実践で応用できること、自分とチームの関係性を的確に振り返ることができることを指します。
ニーズの把握を伴う患者との関係構築 患者家族介護者コミュニテイをパートナーとして広い意味でのケアのマネジメントができること、常に患者志向で連携して働くことを指します。
倫理的実践 同僚への倫理です。つまり自分の職種および他の専門職に対してのステレオタイプな見方に気づくこと、同僚の意見見解は等しく有効で重要であることを認めることです。

 専門職各人がこの6つの実践能力を獲得すれば、それぞれが集まって仕事をするときに、どんなチームであっても専門力連携活動を行うことができるようになります。専門職は常に複数のチームに所属しますし、そのチームは患者利用者家族の状態により常に変動します。

 ですので、専門職連携活動とは、どのようなチームで仕事をする際にも、チームで結果を引き受けること、チームである自覚を持つこと、明確なチームの目標を持つこと、明確な役割と責任があること、チームメンバー間の相互補完があること、それぞれの実践のオーバーラップと統合がされることです。
 このような活動の基本を知識として獲得し、その知識を使って実際に自分たちチームで活動し、その活動を振り返り、改善点を見出すことが資格取得前IPEの内容となります。

 この専門職連携活動には、チームワーク、コラボレーション、コーデイネーション、ネットワーキングといった連携の強弱によりいろいろな活動のタイプがありますが、この活動を支えるのは、個人の専門職連携実践能力とチームとしての共同学習による経験、そして専門職が実践する組織からのサポートと職場環境ということができます。

日本の看護師等養成校でのIPE実施の現状

 日本においては2000年台の後半から大学教育でIPEが取り入れられてきました。そして20年をかけて普及してきました。日本は世界からIPE実装に成功した国として認められています。しかし、看護師等養成校でのIPE実装は遅れています。2017年の全国調査によると、IPEを行っている看護師等養成校は13.5%でした。これを大学と専門学校に分類してみると、大学では58.7%、専門学校では5.7%と学校区分により差がありました3)。医学部への同様の調査では、IPEを実装していると回答した大学が71.9%でしたので4)、他学部と比較するとかなり低い数字でした。

 この状態が継続すると、看護職は他の職種の役割や責任、仕事上のコミュニケーション、倫理的実践など前述したWHOが提唱した学習内容を学ばずに現場で、他職種と一緒に働くようになってしまう可能性がありました。チームの中で看護職だけが資格取得前にIPEを学んでいないという状況が実際に出てきてしまいます。看護職はチームの要、などと言われているのに、チーム医療の実践能力を獲得せずに新人として現場で働くことになってしまいます。
 この調査のあと、今回の指定規則の改正が行われました。以上のような背景から、この連載で、実際にIPEを進めていくために看護師等養成校では何を準備すればよいのかについて糸口になるような情報提供を行うことになったのです。

IPEを実施するためのステップ

 ローマは一日にして成らずということわざがありますが、資格取得前IPEを必修科目として運営することは、一日で成し遂げられるものではありません。IPEを実施するために踏むべきステップがあります。この連載ではそのステップごとに解説をしていきたいと思います。

 まず、教員がIPEとIPC、IPWを理解することが必要です。知らないと教えられません。教員自身が行ってきたチーム活動経験はたぶんいろいろな意味で不完全なものです。IPEにはグローバルスタンダードがあります。教えるべき知識とスキルも標準的なものがあります。まずそのことを教員が理解する必要があります。(本企画第1回と第2回で解説)

 ついで、自教育機関のミッションからどんなIPEを行いたいのかイメージすることが必要です。IPEにはグローバルスタンダードがありますが、一方でその国、地域の健康政策や制度、文化の影響を受けます。また自教育機関のミッションもそれぞれ違います。自分の学校の教育的使命に合わせたIPEを構想し作り上げることが必要です。その構想を、カリキュラムに落とし込むためのデザインも必要となります(同第3回)

 カリキュラムができたら、IPEのシラバスを作り、IPE科目それぞれの授業のデザインを行いましょう(同第4回)。そして他学の実践事例を知り、自学のカリキュラムと授業を洗練し、信頼されるIPEを実践していきます(同第5回)。

始めましょう、そして続けましょう

 まず始めましょう。そしてその経験を振り返り、IPE実践をする他領域、自領域の同僚とともに改善し、続けましょう。教員が体験するIPEを行うためのIPCのジャーニーはそのまま、学生へのIPEの糧になります。
 資格取得前IPEの究極の目標は、内側から専門教育を変革していくことです5)。他領域の教育実践を理解し、お互いから学びあい、お互いについて学ぶことによりサイロ化された専門教育を超えて解放的で常に進化し続けられるような専門教育を形作っていくためにもIPEを実装することが求められます。

引用文献
1)   厚生労働省. 2018年世界保健デーのテーマは「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」です。.  [cited 2022 1月31日]; Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158223_00002.html.
2)    WHO, Framework for action on interprofessional education and collaborative practice. WHO reference number, 2010(WHO/HRH/HPN/10.3).
3)   伊藤裕佳、山本武志、井出成美、酒井郁子, 看護師等学校養成所における専門職連携教育の実装状況と課題. 保健医療福祉連携, 2022. 15巻(1号): p. 2-10 imprinting.
4)    Maeno,T.,Haruta,J.,Takayashiki, A. ,Yoshimoto, H., Goto, R., Maeno, T., Interprofessional education in medical schools in Japan. PLOS ONE, 2019. 14(1).
5)   Brewer, M.L.B., Hugh, Interprofessional Education and Practice Guide No. 8: Team-based interprofessional practice placements. Journal of interprofessional care, 2016. 30(6): p. 747-753.

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センターセンター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、日本老年看護学会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、ジェフ千葉の応援と料理。

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