はじめに
本校は、松下電気器具製作所(現パナソニック)創業者の松下幸之助が、パナソニックグループ従業員とその家族の健康福祉を向上させるとともに、地域社会に貢献していくことを目的に設立された健康保険組合を設置母体とする1学年定員40名の3年課程の看護専門学校です。同じ健康保険組合には、主たる実習施設・就職先(卒業生の70%が就職)である松下記念病院や、介護老人保健施設などがあります(図1)。
1973年の開校から50年間変わらず、本校は大阪府守口市にあります。守口市は大阪平野のほぼ中央に位置し、古くは農業が中心でしたが、高度成長期以降は設置母体であるパナソニックホールディングス株式会社の企業城下町として一挙に市街地が広がり、製造業の割合が多い「ものづくり」のまちです。中小企業や個人商店の経営者の高齢化が他の地域同様に進んでいる一方、独自の子ども・子育て支援事業により人口減少に歯止めをかける施策がなされています。
改定カリキュラムにこめた“ねがい”
本校は開校以来『ナイチンゲール看護論』に基づいて看護教育を行ってきました。カリキュラム改正にあたっても、F・ナイチンゲールの「病院というものはあくまでも文明の途中のひとつの段階を示しているにすぎない。(中略)しかし、究極の目的はすべての病人を家庭で看護することである」1)という考えを基盤に据え、地域で活躍できる看護師を育てるためには、“実際に人々が暮らしている場所に出向き、その方たちとかかわることを通して看護を学び、その経験のなかで看護師として成長する”ことが重要であると考えました。そこで、全ての分野・領域において地域でのフィールドワーク・実習を取り入れました。入学後まもない1年次5月の訪問看護ステーションでの「看護を知る実習」から始まり、3年次後期の「おとなの生活改革支援」でのフィールドワークまで、学生が3年間を通じて地域で学ぶことができるようにカリキュラムを組み立てました(図2)。本稿では、その中から1年次に履修する基礎科目「思考力を鍛える」のみをご紹介します。
基礎分野「思考力を鍛える」について
まず、基礎分野「思考力を鍛える」構築の経緯については、2014年度に本科目の前身である「文化人類学」の科目目的を“人間を知る”から“知るための方法論を理解する”に変更して、フィールドワークを取り入れました。その後、2019年度(本校独自のカリキュラム改定時)に科目名を改称し、2022年度からは時間数を30時間から20時間としました。
フィールドワークを取り入れた意図は、本校は守口市にある唯一の看護学校であり、日頃より何らかの形で地域に還元したいと考えていたためです。そして単なるフィールドワークではなく、看護学生として地域にできることを“看護×○○”というテーマで個人・グループで思考し、地域の方々と関係性を築きつつ試行錯誤しながら考えたことを実施し、成果を発表してクラスで共有するよう学びの流れを設計し、このフィールドワークを「まつかん地域貢献プロジェクト」と名付けました。この一連のプロセスの中で、看護の質を左右する思考力について、学生達に内在する力を鍛えることができるのではと考えました。思考力については初等教育で培われてきた方法論を参考にしました(表1)。
地域住民と連携した授業“まつかん地域貢献プロジェクト“の実際
2023年度は、学生達に「今から取り組むフィールドワークを通してどのような力を養うことができるのか」を意識して取り組んでもらうことを目的に、「共創(複数の人の考えを活かして新しい発見や提案を導くこと)の達人になろう」および「思考力(正解のない課題に向き合い自分のアタマで考える力)を身につけよう」という2つの演習を追加しました。
今年度の学生達が取り組んだテーマの一部を下記に示しています(表2)。
なかにはどこが“看護×○○”なのかわからないようなテーマもあります。しかし、学生が色々なことに目を向けて、さまざまな方々とかかわっていること、その中で“共創”の力や思考力を身に着けるための土台を培う機会を得られていることは理解できます。この中から、小学校の学童保育を訪問し、熱中症対策紙芝居とクイズ、看護師のユニフォームに着替えて心音聴取を行ったグループ(表2最下段)の実践を紹介します。
このグループでは、最初に熱中症について児童たちに知ってもらうための紙芝居を行うチーム、その間に心音聴取体験の準備をするチームやユニフォーム(ナース服)を手配するチームに分かれて活動に取り組んでいました。予想外の人数の児童が参加したことによってユニフォームチームの準備に遅れが生じましたが、それを予測していた紙芝居チームがクイズを出し続けるという対応を取ることで、子どもたちを飽きさせないようにしました。また、紙芝居においても学童保育の指導員に助言をもらい、その場で低学年では理解できなさそうな言葉を修正することができたそうです。
このグループの学生のレポートには、「(ひとつの取り組みを)多面的に見て構造化して考えることができた」と表現されていました。すぐにこの力が身についたとは思いませんが、うまくいかなかったときに自分の行動を変えると相手が変化したという体験や、子どもたちを支援するために行った取り組みで、逆に指導員の先生方から支援されたという体験によって、学生達はこれからにつながるものを得ることができたと考えています。
私たち教員は、障壁やトラブルこそが学習素材であり、その解決策を模索することが、思考力を鍛えることになると捉えています。そのため、学生から経過を聞いて「無理ではないか」と思ったとしても決して止めることはありませんし、挫折しても共創によって新たな発想が生まれたり、助けてくれる人と出会ったりすることもあります。教員ができることは、学生たちの潜在力を信じ、学生がフィールドに出ることで当然生じるであろうリスクを引き受ける覚悟をもつことや、問い合わせや求められる書類作成などの交渉ごと程度なのだと腹をくくることだと思っています。
「思考力を鍛える」のその後―地域で看護師を育てるということ
先述のとおり、本校では3年次後期に「おとなの生活改革支援(1単位20時間)」という科目を設定しています。この科目は、「地域や組織からみた職場を捉え、労働やその環境が働く人の生活に及ぼす影響を考える力を養い、よりよく生活することができるよう看護する力を身につける」ことを目的とし、数名から数十名の従業員で構成される産業医が配置されていない近隣の職場を調査した中から、健康支援が必要だと感じた職場1ヵ所を抽出し、そこで働く従業員に健康支援を行うものです。2023年度に初めての実施となりましたが、1年次に科目「思考力を鍛える」を経験した学生たちが、看護の知識や技術を習得しつつ、臨地においてさまざまな対象とかかわってきた3年次後半にどのような“看護×〇〇”を見出し実施するのかを楽しみにしていました。
「思考力を鍛える」と同様“0”からのスタートですが、地域に出ること、地域の人々と関わることに対しての抵抗感を学生たちからは感じませんでした。個人の商店や企業、高齢者施設に何度も出向き、そのうちの2グループは対象の行動変容をもたらすことができました。どのグループも仕事と生活のどちらかを優先するのではなく、どちらもより良い状態にするためにどうすればよいかを考え続けていました。そのために従業員や経営者の方々の話を聴き、対象の立場に立って思考を巡らせていたことが伝わってきました。まさに看護の難しさと楽しさを経験することができたのだと感じました。一方、学生たちが看護の知識を得て、さまざまな経験をしてきたことで、がむしゃらに向かっていた1年次とは異なり、対象とかかわることの怖さ、責任、難しさを実感していたこともわかりました。
3年生の状況から、学校内での教育だけでなく、地域で暮らす人々とかかわる経験が人として、看護師として成長させてくれるということを改めて確認することができました。また一方で、学生たちが地域で取り組むときの支援の在り方についても模索していかなければならないと感じました。
おわりに
先日、学童保育で熱中症対策や「ナース体験」の取り組みを行った学生からうれしい報告がありました。学生は自信に満ち溢れた表情で、自分たちの取り組みが掲載された小学校の「大阪市PTAだより(図3)」を持ってきてくれました。「思考力を鍛える」での経験が糧となり、学生たちの“前に踏み出す勇気”をもたらせてくれたのだと実感しました。これからも、地域貢献と学生の発展という一挙両得な取り組みを、ブラッシュアップしながら続けていきたいと考えています。
1) 薄井坦子,小玉香津子,田村真ほか(訳):ナイチンゲール著作集 第2巻(湯槙ます監修),p.63、現代社,1974
2) 大谷弘恵,水方智子,木村緑ほか:カリキュラム編成の道のり―松下看護専門学校の挑戦(1)―.看護教育61(6):514-521,2020