看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

第2回 看護研究の「導入」はこう教えている!  ―なぜ看護に研究が必要なのか

第2回 看護研究の「導入」はこう教えている! ―なぜ看護に研究が必要なのか

2023.02.09宮下 光令(東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授)

看護研究の「意義」はこう教えている!

 今回から実際の講義の内容に入っていこうと思います。
 看護研究の講義の導入の仕方には困っている人が多いのではないでしょうか。本学でも学生の看護研究に対する姿勢はさまざまです。「研究に興味があって東北大学を選びました」という学生もいるにはいるのですが、「私は看護師の資格が取れればよく、看護についてもまだ十分に学んでいないのに研究とか言われても苦痛だ」という学生もいます。後者はとくに医療統計学あたりでドロップアウトしやすいので、導入は大変重要だと思っています。

 私は看護研究の意義について各自に時間を与えて考えさせたのちに、次の図1、2のような問いをします。

図1
 
 
 
図2
 

 

 

 

看護研究によってどう看護行為が進歩したか、の実例を示す

 みなさまはすでにおわかりだと思いますし、若手の方は「なんだこりゃ?」と思った人もいるかもしれませんが、これは30年くらい前には臨床で行われており、その後の研究の結果で否定された看護行為です。もちろん答えはすべて×です。最後の質問はいわゆるホメオパシーに関することですが、ホメオパシーは過去に不幸な事件もありましたので、実例としてもう少し丁寧に話しています。
 このように、研究によって現在の看護が進歩してきたこと、いま行われている看護行為にも将来は否定されるものが出て来るかもしれないことを示すことは、学生にとっては刺激的なようです。ちなみに、以前は「お昼前になると一律に経管栄養を温めたりしていたんだけど、いまはそういうムダなことはしなくてよくなったんだ」というと「看護研究の進歩によって看護師の仕事が楽になることがあると知って驚きました」というコメントが毎年来ます。

「脚気論争」は権威主義の問題点を伝えやすい

 この後には、看護以外も含めて過去の研究で常識がくつがえされたり、エビデンスがつくられたりした例をいくつか説明します。私はいわゆる「脚気論争」の話が好きなので、脚気論争について少し詳細に説明します。
 「脚気論争」は比較試験という形で日本におけるエビデンス・ベースド・メディスン(evidence based medicine:EBM)の走りとなったものですが、そのほかにも日本の社会構造の問題点を示すよい例だと思っています。そして、権威主義や政治に対抗する1つの方法が「エビデンスをつくる」ということであることも説明できます。なんやかんやいって、医療の世界では医師を頂点としたヒエラルキーがまだまだ残っていると思いますが、看護師でもエビデンスをつくることで、その構造を変えていくことができると思います。
 「脚気論争」は最終的にナイチンゲールや日本初の看護学校(現在の慈恵看護専門学校の前身)につながっていくのも教材としてよいと思っています。権威主義によって冷遇された北里柴三郎がお札になるのもよいタイミングですね。同じくお札になる津田梅子も大山捨松を通して少し関わってくるのも面白いです。これも機会があればコラムで書こうと思います。
 そのほかの例としては「ホメオパシー」「乳腺炎のキャベツ湿布」「循環器のCAST試験」「βカロテンによるがん予防」などを挙げるのですが、最近ですとコロナ関係で「携帯型空間除菌剤(首からつるすやつ)」や「筋肉注射の方法」なども話しています。これらの大半はネガティブな例ですが、その後は自分の研究を中心に、学生が関心をもってくれそうな研究の実例を話します。まだ看護の各論を教わっていない段階ですが「呼吸困難に扇風機による送風が有効」という研究の評判がいいです。最終的に看護になぜ研究が必要かという点について図3のようにまとめています。

図3
 
 

 

 

 

エビデンス・ベースド・ナーシングはこう教えている!

 次に話すのがEBMとEBN(evidence based nursing)についてです。図4はEBM・EBNに関する古典的な説明をもとにしていますが、具体例を入れないとわからないので、前立腺がん患者の治療方針決定を例にします。まず、科学的根拠として治療方法別に生存期間や有害事象の発生率が異なることを説明し、全ての判断の基準として科学的根拠があることを示します(図4Ⅰ)。その後に、患者の意向や価値観(図4Ⅱ)、年齢や腎機能などの患者の個別性などを考慮し(図4Ⅲ)、最終的には医療者のアセスメントや臨床経験が重要である(図4Ⅳ)ことを話します。
 EBM・EBNというとRCT(randomized controlled trial、ランダム化比較試験)や統計データなどによる画一的な意思決定という誤解をもつ人がいますが、そうではなく、意思決定に関するすべての要素が取り入れられ、そのなかでも看護師の経験や能力が重要であること、そしてそれらの決定の1つ重要な材料が科学的根拠であることを説明します。

図4
 
 
 

EBMの3つのスキップ―“読める”ことの大切さを伝える

 EBM・EBNの説明の後には、「では、科学的根拠とはどう判断できるのか」ということになるので、いわゆるエビデンスのヒエラルキー(ピラミッド)を見せますが、それは次回に詳細を説明するということにして、EBMの3つのステップの話をします(図5)。学生は卒業研究のために看護研究を学んでいると思っているのですが、最終的に研究者になる学生は少ないものの、臨床で働くと、根拠に基づいた看護を提供する必要があり、そのためにはまずガイドラインや教科書などをきちんと読めるようになる必要があることを伝えます。

図5
 
 
 

看護研究の「すごさ」はナイチンゲールが教えてくれる

 講義の最後はナイチンゲールの話で締めることにしています(図6)。「ナイチンゲールは統計学者だった」ということは、少なくない学生が「どこかで聞いたことがある」ようですが、たいていはあまり詳しく知らないようです。基礎看護学の講義でどこまでナイチンゲールを掘り下げるかは学校による違いが大きいでしょう。

図6
( :多尾清子著「統計学者としてのナイチンゲール」医学書院、1991/ :丸山健夫著「ナイチンゲールは統計学者だった」日科技連出版社、2008)
 
 

クリミア戦争の衛生改革について伝える

 ナイチンゲールに関してはクリミア戦争の衛生改革の話をします。有名な「鶏頭図」や「コウモリの翼」と呼ばれるグラフで、戦闘で亡くなった人より感染症で亡くなった人が多かったことを明らかにしたことを説明します(図7)。この感染症の話ではCOVID-19に対して英国で建設されたナイチンゲール病院にも触れたりします 。

図7 クリミア戦争 野戦病院の兵士の死亡率
 クリミア戦争当時の英国の野戦病院は衛生状態が非常に悪く、赤痢などの伝染病が蔓延した。上のグラフは、グレーが感染による死亡率、赤が負傷による死亡率、黒が他の原因による死亡率を示す(グレー=感染による死亡が多い)。傷病兵が夜間に死亡していることが多いことを統計学的に分析し、夜間の巡回看護を初めて開始した。
(Nightingale F:Diagram of the causes if mortality in the army in the east. )
 
 

漫画「ナイチンゲール伝」を紹介する

 最後はナイチンゲールの実像に迫った漫画である「ナイチンゲール伝」を紹介して終わります(図8)。この「ナイチンゲール伝」は私が非常に好きな本で、単にナイチンゲールが統計学が得意であったとか、政治性のある管理者・衛生改革者だったということだけではなく、ナイチンゲールの(やや病的な)性格と突破力が近代看護をつくり、社会的地位を向上させ、そして後世も含めて多くの患者を救ってきたという実像に迫った良書だと思います。

図8
(茨木  保著「ナイチンゲール伝 看護覚え書とともに」医学書院、2014)
 
 
 

 子供の頃にナイチンゲールの伝記を読んだときの献身的で愛情にあふれたナイチンゲール像を思い返すと、自分はそんなに素晴らしい人にはなれないだろうと思いましたし、看護界でナイチンゲールのようになりたいなどと言ったら、他人からどんな身の程知らずと思われるかわかりません。しかし、この本を読んだときに、ナイチンゲールはおそらく、いや、全然完璧な人ではない、しかし実直にデータを集め、それをもとに政治的な活動なども通して社会を動かしていった、これなら自分も少しはナイチンゲールに近づけるのではないかと思いました。最近では年をとって面の皮も厚くなり、自分もこうなりたいと公言するようになってきました。

講義後のフォローアップは「省察タイム」「復習テスト」「感想の共有」

 最近の講義では、最後に5分程度残して「省察タイム」というものを入れています。この講義では「今日の講義を聞いて、研究に対するイメージが変わったか?」「今後、この講義でどんなことを身につけたいか」などを考えてもらっています。

 講義後にはGoogle Classroomを用いて10問程度の復習テストに答えてもらい、任意で質問や感想を書いてもらっています。2022年4月の講義では70名の受講者中45名が何かしら書いてくれました。例年初回が一番多く、そこから減っていきますが、少ない回でも20人程度は書いてくれています(統計学のところで感想の数が減ります)。
 この質問・感想はすべてに回答して、直接説明したいことをいくつか次回の講義の冒頭で話すとともに、その他のものも含めてすべてGoogle Classroomにアップして、他の学生がどんな感想を持ったかなどを学生間で共有できるようにしています。感想を読んでそれに回答する作業は面倒ですが、すごく楽しいです。

 ちなみに、この講義の感想は以下のようなものが多いです。

受講した学生の感想

・根拠のないことが行われていた歴史があって驚いた
・研究とは新しいものを発見するものだと思っていたので、必ずしもそうでないことを学べてよかった
・なんでも疑ってかかることは重要だと思った
・根拠の有無・程度を、何を基準に判断したらいいかわからない

 

 

 

 最後の感想に対しては「それをこの一連の講義で学ぶのです、この講義が終わるころには、テレビなどで出て来る医療情報をしっかり判断できるようになることを目指しています」と話します。
 また、看護技術や臨床看護などの講義で、教員に対して学生が「私が調べたら『現在は行わない』とあったのですが、根拠はどうなのでしょうか」などと質問して、教員と学生の知的バトルが出てくると、看護研究を学んだ効果が現れてきたといえるのではないかと思っています。

おわりに

 本連載で自分の講義の内容を公開するのは恥ずかしい気持ちと、実はいくつも自信がない内容が含まれているので、「嘘を書くな!」と怒られるのではないかと思っているのですが、「嘘を書くな!」と言われることによって、自分の講義を見直し、ブラッシュアップできる機会になるのではないかと、楽しみにも思っています。
 間違いを発見したり、これは違うんじゃないかと思ったりすることがありましたら、ぜひお気軽に編集部までご連絡いただけないでしょうか(ちょっとだけ優しい感じでお願いします)。間違いは正したいですし、サイト上で意見交換するというのも刺激的かなと思います。

宮下 光令

東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授

みやした・みつのり/東京大学医学部保健学科卒業、看護師として臨床経験を経て、東京大学にて修士・博士を取得。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手、講師を経て、2009年10月より現職。日本緩和医療学会理事、日本看護科学学会理事、日本ホスピス緩和ケア協会副理事長。専門は緩和ケアの質の評価。主な編著書は「ナーシング・グラフィカ 成人看護学6 緩和ケア」(メディカ出版)、「緩和ケア・がん看護臨床評価ツール大全」( 青海社)など。

企画連載

宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」

 この連載は、私が担当している学部2年生の「看護研究」の講義の流れに沿って進めていきます。私の講義では、“判断の根拠となる本質的な点は何か”ということを中心に伝えています。あくまで私の経験に基づく、私はこう考えている、ということを解説していますので、読者の皆様には「個人の独断と偏見に基づくもの」と思っていただき、“学部生にわかりやすく伝えるにはどうすればよいか”を重視した結果としてお許しいただければと思います。自由気ままに看護研究を語り、そのことが何かしら皆様の看護研究を教える際のヒントになるのであれば、これ以上嬉しいことはありません。

フリーイラスト

登録可能数の上限を超えたため、お気に入りを登録できません。
他のコンテンツのお気に入りを解除した後、再度お試しください。