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第17回 その他の質的研究の方法はこう教えている

第17回 その他の質的研究の方法はこう教えている

2025.01.30宮下 光令(東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授)

 前回の講義では質的研究の方法として主題分析、内容分析、グラウンデッドセオリーアプローチの3つを扱いました。今回の講義では、これら以外のさまざまな質的研究の方法について扱っていきます。7つの方法について講義しますが、1回の講義で1つ1つの方法を丁寧に説明するには時間が足りないので、ダイジェストのような内容になっています。学生には、今回は「こういう方法があるんだ」「こういうときに、こういう方法を使うんだ」という理解でいいので、前回(第16回)教えた方法も含めて、実際にやる時にはそれぞれの本を読むようにと言っています。

エスノグラフィー

 まず最初はエスノグラフィーです。エスノグラフィーは「ある集団を記述したい、特徴的な暗黙知を知りたい」ときに使う方法論で、たとえば前々回(第15回)に話した学生のキャリアに関して看護学専攻の学生の考えを知りたいという目的であれば、「学生が将来のキャリアについて普段からどのような会話や行動をしているのか」を調べる時に使う方法と教えています(図1)。
 エスノグラフィーはもともと文化人類学から来ていますので、まずはそのように説明して、たとえば第二次世界大戦時には米国などで文化人類学者が日本人とは何か、その行動様式などについて研究し、(たぶん)その結果として日本に天皇制を残すことにしたのだろう、という話などをしています。

図1
 
 
 

 エスノグラフィーのデータ収集方法は多様ですが、「観る(参加観察)」「聴く(インタビュー)」「調べる(資料)」をもとにしてアンケートなどの量的研究手法を併用することも多いと教えています(図2)。

図2

 

解釈学的現象学

 次は解釈学的現象学です。解釈学的現象学は「一般化された知識より個人の物語や経験に興味がある」時に使う方法論で、たとえば「学生はなぜ看護学専攻に入学したのか。なぜ将来看護師や他の職種に就きたいと考えるのか。その人のなかでの東北大学の看護学専攻や看護師などの仕事の意味付け」を知りたい時に使う方法と教えています(図3)。

図3
 
 
 

 解釈学的現象学は哲学から来た方法論ですから、最初は記述的現象学と解釈学的現象学の違いから入ります。その後に、実例を挙げて、実際にどのような研究が行われているかを説明しています(図4)。

図4

 

ナラティブアプローチ

 次はナラティブアプローチです。ナラティブアプローチは解釈学的現象学と似た目的で用いられることが多いと思いますが、大きな違いとしてはデータを切片化せずにその人ごとのストーリーを大事にしながら分析する方法論として話しています(図5、6)

図5
 
 
 
図6
 
 
 

 また、ナラティブアプローチのあとに、ナラティブベースドメディシンをエビデンスベースドメディシンと対比させながら少し説明しています。学生からはナラティブベースドメディシンについては初めて聞いたという感想を言われることが多いです。

アクションリサーチ

 次はアクションリサーチです。アクションリサーチは「集団に介入しつつ、変化や何が起こるかを記述したい」ときに用いる方法、もしくは「研究者が現場に入り、参加者との協働により組織を改革するようなプロセス・研究」と教えています(図7、8)。

図7
 
 
 
図8
 
 
 

 アクションリサーチの例として挙げているのは、英国のナーシングホームの医療者の緩和ケアに関する知識の向上を目的とした研究です。“最初は看護師や介護スタッフに対して一般的なオピオイドの使い方などの講義をしていたところ、それでは参加者が寝てしまったりして学習効果が全然現れなかったため、参加観察・インタビュー、主題分析などを通した内省の結果、教育方法を事例の振り返りを中心にしたら上手くいった”という論文です。

 

 

 

 

概念分析

 次は概念分析です(図9)。

図9
 
 
 

 概念分析で使っている例は黒田寿美恵先生らの『看護学分野における「その人らしさ」の概念分析―Rogersの概念分析法を用いて』(2017年)という論文です。「その人らしさ」は緩和ケアの分野でも非常に多く使われる言葉ですが、その概念というのはあまり確立されておらず、この論文を拝見した時には私たちが知りたかったことを直球で解決しており、感動しました。概念分析の方法はさまざまですが、私はRogersの方法を簡単に教えています(図10)。

図10

 

歴史的研究法

 歴史的研究法についても簡単に教えています(図11)。ここで用いる研究は東北大学にいらっしゃった故 小山田信子先生における『1890年に官立産婆学校が設置されるまでの東京における産婆教育』(2016年)という研究で、小山田先生が膨大な資料を解読され、助産教育の歴史の一部を明らかにした研究です。

図11

 

テキストマイニング

 最後はテキストマイニングです。テキストマイニングはたまに卒業研究の学生も使っている方法論です(図12、13)。

図12
 
 
 
図13
 
 
 

 ここで用いている論文は李慧瑛先生らの『テキストマイニングによる緩和ケア論文表題の可視化』(2018年)という研究です。緩和ケアに関する日本語の研究論文のタイトルを分析したもので、緩和ケアの研究が国のがん政策と関連が強いことなどを明らかにしたもので、看護師の研究は家族を含めた看護や家族への配慮についての内容が多かったという結果です。テキストマイニングは従来の方法論ですと得られる知見に限界があったと思うのですが、最近の自然言語処理やAIに関する研究の進歩から今後、発展の余地が大きくあると思っています。

 ここまでで7つの方法論の説明が終わりました。最後に質的研究の報告ガイドラインであるCOREQを紹介して講義は終了です(図14)。

図14

 

 実は私は今回講義した方法論に関してはほとんど自分で行ったことがありません。なので、今回の記事もそうですが、講義自体も表面的なものになってしまっているなと思っています。ダイジェスト的な講義なので、それでも成立はしているのですが、若い頃にこのような多様な方法論にかかわる経験があれば、もっとよい講義ができただろうなといつも思います。学生からの感想としては、「質的研究をやってみたいと思った」「看護の研究としては量的研究より質的研究のほうが適しているのではないか」などという感想が毎年寄せられます。

宮下 光令

東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授

みやした・みつのり/東京大学医学部保健学科卒業、看護師として臨床経験を経て、東京大学にて修士・博士を取得。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手、講師を経て、2009年10月より現職。日本緩和医療学会理事、日本看護科学学会理事、日本ホスピス緩和ケア協会副理事長。専門は緩和ケアの質の評価。主な編著書は「ナーシング・グラフィカ 成人看護学6 緩和ケア」(メディカ出版)、「緩和ケア・がん看護臨床評価ツール大全」( 青海社)など。

企画連載

宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」

 この連載は、私が担当している学部2年生の「看護研究」の講義の流れに沿って進めていきます。私の講義では、“判断の根拠となる本質的な点は何か”ということを中心に伝えています。あくまで私の経験に基づく、私はこう考えている、ということを解説していますので、読者の皆様には「個人の独断と偏見に基づくもの」と思っていただき、“学部生にわかりやすく伝えるにはどうすればよいか”を重視した結果としてお許しいただければと思います。自由気ままに看護研究を語り、そのことが何かしら皆様の看護研究を教える際のヒントになるのであれば、これ以上嬉しいことはありません。

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