さて、この連載も第3回を迎えました。これまでの2回はウイルスによるアウトブレイクのお話をしましたので、今回は少し話題を変えてみようと思います。題して、「五感と微生物」。皆さんご存知の5つの感覚機能、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」と微生物や感染症の特徴を関連付けてとらえてみよう、という試みです。
嗅覚―緑膿菌を“嗅ぎ分ける”
まずは「嗅覚」から。私、若い頃に救急病院で臨床の修行をしていたのですが、ある日外科医である恩師が、傷口のガーゼ交換をしている時にガーゼのにおいを嗅いでいるのを目にしました。不思議に思って聞いてみると、中野君もやればいいよ、と。なんと、先生は傷口を化膿させる菌としてはちょっとやっかいな緑膿菌をいち早く検出するため、においを嗅いでいたのです。
実は緑膿菌には独特のにおいがあります。菌そのもののにおいというよりは、代謝産物のにおいだと思います。私の感覚で言うと、少し甘いにおいに、古くてほこりっぽい和室のような、ちょっと懐かしいにおいが組み合わさった独特のにおいです。ちょっと古くなった高級和菓子? ううん、逆にわかりにくくなりましたね。ただ、一度嗅ぐと忘れることはないと思います。
我々がバイブルにしている『戸田新細菌学(改訂34版)』には、「トリメチルアミンの独特の臭気(線香のにおい)を生ずる」1)とあります。なるほど、線香のにおいですか、たしかにそんな感じもしますが、奥底に少し「甘い」印象があるのは私だけでしょうか。ただ、緑膿菌感染症の治療はときにやっかいですので、けして甘くみてはいけないのですが。。。
緑膿菌というのだからガーゼの色を見ればすぐ分かるのでは、と思った方もいらっしゃるかもしれません。しかし臨床分離株*の中には緑色の色素(ピオシアニン)を産生しないものも多いのです。「緑色でない緑膿菌」がいることに注意が必要で、たしかに「におい」による早期発見はある程度有用かもしれません。
*実際に患者検体から分離された菌株のこと。
視覚―色鮮やかな菌たち
フライングで「色」という「視覚」についてお話してしまいましたね。それでは、次は視覚について掘り下げることにします。
日本では黄色、世界では金色!?
黄色ブドウ球菌の学名がStaphylococcus aureusなのはご存じでしょうか。“staphyle”はギリシャ語で「ぶどうの房」、“coccus”はやはりギリシャ語で木の実や穀物の粒を表しています。図1はブドウ球菌のGram染色像です。つまり、属名のStaphylococcusは顕微鏡でみたときの菌の形と配列の特徴からの命名だということがわかりますね。
一方で種名の“aureus”ですが、金の元素記号が「Au」であることで分かるように、これは「金色の」というラテン語が由来です。この「金色」は、黄色ブドウ球菌のコロニーの色を表しています。典型的な黄色ブドウ球菌のコロニーはレモン色ですが、これを学名では「金色」といい、和名では「黄色」といったのですね。
ちなみに中国語では黄色ブドウ球菌を「金色葡萄球菌」と表記するようでして、こちらは学名の直訳です。わが国でも「金色ブドウ球菌」の方がカッコよかったかもしれません。「こんじき」と読ませればまさに光り輝く菌のような高尚さを感じます。ただし、臨床分離株の多くはクリーム色で、典型的なレモン色のコロニーを呈するものは多くありません。
レモン色が印象的な非結核性抗酸菌のコロニー
キレイなレモン色を呈するコロニーとしては、非結核性抗酸菌も有名です。抗酸菌から「結核菌群」と「らい菌」を除いたものが「非結核性抗酸菌」ですが、古典的には「Runyon(ラニヨン)の分類」で4つの群に分けます(表1)。
群 別 | おもな菌種 | |||
---|---|---|---|---|
遅発育菌群 | 結核菌群 | ヒト型結核菌(Mycobacterium tuber-culosis)など | ||
非結核性抗酸菌 |
Ⅰ群(光発色菌) | M. kansasiiなど | ||
Ⅱ群(暗発色菌) | M. gordonaeなど | |||
Ⅲ群(非光発色菌) | M. avium、 M. intracellulareなど | |||
迅速発育菌群 | Ⅳ群(迅速発育菌) | M. fortuitum、 M. chelonaeなど | ||
培養不能菌 | らい菌(M. leprae) |
Ⅰ群は「光発色菌」で、暗所で培養するとクリーム色ですが、培養の途中で光をしばらく当て、また暗所に戻して培養を続けると鮮やかなレモン色になるものです。Mycobacterium kansasiiが有名です。またⅡ群は「暗発色菌」でして、こちらは光を当てなくともレモン色のコロニーになるものです。図2ではⅡ群に含まれるM. gordonaeを示しました。ううん、デジカメではキレイなレモン色がうまく表現されませんねえ。。。
一方、光を当てても当てなくてもレモン色には発色しないものがⅢ群の「非光発色菌」で、M. aviumやM. intracellulareなどの、いわゆる「MAC症」を引き起こす菌が含まれます。ちなみにⅣ群は「迅速発育菌群」でして、数日でコロニーを作ります。こちらのグループには近年、日和見感染菌として注目されているM. fortuitumやM. chelonaeなどが含まれています。
(あ、学名を連発してアレルギーを起こした方にはお詫び申し上げます。たとえばM. aviumの“avium”は「鳥」という意味でして、いわば「トリ型結核菌」なのです。ちなみに、航空会社「ピーチ・アビエーション」の“アビ”はここからきています。こういう学名の由来についてはまた別の回でお話ししますね。)
私にとってM. kansasiiのレモン色の記憶があまりに鮮明で、ついついレモン色にこだわってしまいましたが、コロニーの色で有名な菌としては赤色色素を産生するセラチアもあります。セラチアは腸内細菌科に含まれる細菌ですが、おもに環境常在菌で、日和見感染の原因菌として重要ですね。和名では「霊菌」と呼ばれることがあります。
パンにこの菌がくっつくとパンが赤く変色するのですが、この現象がキリストの血がついたパンの故事を想起させるから、なんだそうです。霊験あらたかな菌ですね。しかし実際の臨床分離株では色素を産生しない株も多いのです。
このように,典型例では色素を産生する菌であっても,実際には色素を作らなかったり別の色になったりすることがあって,個性豊かなところも菌のおもしろいところなのです。
触覚、味覚(?)、聴覚(?)―微生物をさまざまな角度からとらえる
続いて触覚
続いて触覚のお話をしましょう。ご存じ納豆菌はネバネバの物質を産生しますが、同じようなネバネバ物質を産生する緑膿菌株があります。これを「ムコイド型」とか「ムコイド産生株」といい、普通の緑膿菌に比べて病原性が強いのです。菌の周りに「バイオフィルム」を形成して、消毒薬や抗菌薬から身を守る働きがあるからと考えられます。
ムコイド型の緑膿菌を寒天培地から植え継ぐときに、白金耳(細菌の植え継ぎに用いる金属製の機材)で取ると糸を引くような感じになりますが、これが菌を守っているんですね。ちなみに、このようなネバネバした物質を産生するムコイド型緑膿菌が検査室で分離されると、治療に難渋することが予想されるので、臨床検査技師さんは暗い気分になるんだそうです。
そして味覚(?)
そして味覚。さすがに病原微生物を口に入れるわけにはいきませんね。ちょっと変化球ですが、こんなお話はどうでしょう?実は医師国家試験では「帯下の性状」がよく出題されているのですが、膣炎・膣症を起こした場合にみられる帯下(俗に言う「おりもの」)は、その性状で原因微生物がある程度分かります。細菌性膣症の場合はfishy odorという、魚が腐ったような臭いがあります。あ、これは嗅覚でしたね。。。
原虫である膣トリコモナスによる「トリコモナス膣炎」の場合は、「黄色泡沫様」と、至って無機的な表現です。ただし掻痒感がたいへん強いのが特徴です。それらに対して膣カンジダ症の場合、その帯下は「チーズ様」とか「おから様」とか、なぜか食べ物で表現されることが多いのです。要は「白くてポロポロ」しているということだと思います。味覚ではないですが、食べ物で形容されるということで、お許しいただけませんでしょうか。。。
ラストは聴覚(?)
最後に聴覚、ううん、どうしましょう。。。これはさらに厳しいですね。土の中に含まれる嫌気性菌による、筋肉などの軟部組織の感染症である「ガス壊疽」という病気があります。原因菌は「ガス壊疽菌群」なんて呼ばれますが、食中毒の原因菌でもあるウェルシュ菌Clostridium perfringensが頻度として半分以上を占めています。
ガス壊疽はその名のとおり、筋肉組織などの中にガスを産生するので、レントゲン像で「ガス像」が見られます。皮膚の変色も見られますが、その部分をつかむと、教科書的には「握雪感」がみられる、とされます。片栗粉の袋を握ったときの「クククッ」という感覚、あるいはクッキー缶などに入っている緩衝材、いわゆる「プチプチ」=エアパッキンってやつ、あれを握ったような、独特の感触です。そのときに実際に「プチプチ」という音が聞こえるかどうかは分かりませんが、ちょっとこじつけで「聴覚」にしてみました。
ガス壊疽は予後不良な疾患なので、場合によっては肢切断を決断しなければならないなど、迅速な対応が必要です。偏性嫌気性菌なので酸素があると死滅するため、「高圧酸素療法」が有効な場合があります。これは細菌の性質をうまく利用した治療法です。
以上、「五感と微生物」と題してお話ししました。感染症を迅速に見つけるため、患者さんと接するときは常に五感を研ぎ澄ませておきたいものですね。
1)吉田眞一,柳雄介ほか編:戸田新細菌学,改訂34版,p.266,南山堂,2013