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第12回:「やってみたい」の心のままに突き進むあなたへ

第12回:「やってみたい」の心のままに突き進むあなたへ

2022.12.02阿部 惠子(金城学院大学看護学部 教授)

 40歳から大学院に通い始め、そこからようやく教育の道へ進んだ私。そもそも自分が看護教員になるだなんて、母性看護学の実習をきっかけに助産師を志した看護学生時代には、思ってもみませんでした。しかし神に導かれるかのように、いくつもの偶然が積み重なって、看護教員である私が今ここに居ます。紆余曲折あった、それでいて自分らしく歩んできたこれまでの看護人生、教育人生を振り返りながら、かつての自分にエールを送りたいと思います。

憧れの海外へ飛び出し、視野を広げたあなたへ

 助産師として、主婦としての生活を送る中でも、常々心の内にあった海外への志向がますます大きくなっていたあなた。憧れていたイギリスに行くことを決め「異国の看護や文化に触れたい」と語学学校に半年通い、イギリスの助産学校に入学を志願しようとしましたね。当時のサッチャリズムが影響して海外からの受け入れは狭き門で、受験すらもできなかった時は、どうしようもない気持ちに襲われたことでしょう。それでも失意の中、バックパッカーとなって1ヵ月の旅に出たことで、あなたが得たものはとても大きかったはずです。
 かつて日本人的な考え方に馴染めなかったあなたは、イギリスへの渡航やヨーロッパでの旅、そして大学院3年の時に留学したアメリカ、ジョンズホプキンス大学での経験を通して、あなたは海外の良さだけでなく日本の良さも知りました。そして、本当の多様性や相手を理解する大切さ、自分の弱さととことん向き合えるようになったのではないでしょうか。

※当時はイギリス初の女性首相となったマーガレット・サッチャー政権下。公共支出の削減を目的に、外国人留学生の授業料が大きく引き上げられていた。

 視野を広げて「私は私」「一人ひとり違って当たり前」と思えたことで、あなたは日本人の中の多様性、暮らし方や背景の違いの大きさにも目が向くようになりました。それは、「学生を教育する」という使命を達成するにあたって、心に留めておかないといけない大切なことです。ぜひ、さらに深く掘り下げてみてください。
 学生の性格や考え方はいろいろです。そしてその一人ひとりに思いや考え、事情があり、そこには何らかの背景や理由があります。育てられ方も、これまで通ってきた学校の環境も違います。だから多様な学生、一人ひとりに合わせた教育をしたいと思うけれど、日頃の業務に追われてその余裕がないこともあるでしょう。…難しいですね。今あなたへのエールを綴っている私自身も、学生と向き合いたい気持ちとその難しさの間で何度も葛藤してきました。今もまだたくさん悩んでいます。
 学生一人ひとりに合った能力の引き出し方とは、多様性のある教育とは…。この問いには、きっと明確な答えがないのでしょうね。それでも目指す極致になるべく近付けるよう、広めた視野を生かして失敗を恐れずにやってみましょう。

入院経験を通してライフワークを見つけたあなたへ

患者としての経験が興味のヒントになる

 「何かを学びたい」「知見を共有したり広めたい」という気持ちが強いあなた。海外のみならず、ぜひ周囲も見回してみてください。興味のヒントは思わぬところにありますよ。
 たとえば、切迫早産で入院した時。約4ヵ月にもわたり、24時間点滴をしたままベッド上安静を強いられたのは、本当に辛かったですよね。入浴も洗髪もできず、ストレッチャーを使って入浴をしてくれないかと言っても「お腹が張りますよ」とそっけなく返され、患者としては泣く泣くあきらめることしかできませんでした。髪を洗わないことへのストレスが高まり、看護師の友人に連絡して、こっそりベッド上でシャンプーをしてもらった時の爽快感と言ったら!
 また別の時も、病室内のポータブルトイレをできれば使用後すぐに片付けてほしくて、でもナースのお昼休憩の時間だろうからと悩みに悩んでナースコールを押したこともありました。ベッドサイドにやって来てくれた助産師にお願いをしたところ、彼女の口から漏れた言葉には、とても傷つきましたよね。

 ふたつの経験に共通するのは「患者に対する配慮のない言葉」でした。コミュニケーションのあり方により、患者は一喜一憂します。プロとして言葉の重みを考え、適切なコミュニケーションをするべきだと強く感じましたね。こうした患者としての経験を通して、我々看護職の態度や対応ひとつで患者は想像以上にたくさんの我慢を強いられるのだ、とあなたは気付いたのではないでしょうか。医療者中心だった風潮が患者中心に変わった少し先の未来では、このようなシーンは減ってきています。しかし、医療者も患者や周囲の人たちとのコミュニケーションを学ばなくてはならない、と分かったことが、この先のあなたにとって大きな財産となるのには変わりありません。

 深めてみたいことは躊躇せずにとにかく学びましょう。その中での出会いは、またあなたの人生に強く影響します。ある医学部の教授から「模擬患者の育成をしたいから手伝ってくれないか」と声を掛けられ、彼らとのかかわりを通して、「この人たちとコミュニケーションをもっと極めていきたい」と思う時が来るのです。この出会いは、結果的に“医療者にコミュニケーションを教えることをライフワークにする”という、未来のあなたの人生の指針につながっていきますよ。

失敗を恐れずに挑戦してほしい

 「やりたい」「やってみたい」と思ったら、失敗を恐れずに挑戦してみてください。模擬患者育成の輪を広げたくなったら、周囲に提案してみましょう。反対されてくじけそうになることがあるかもしれません。しかし、「自分がなぜそれを実現したいのか」を根気よく伝えれば、その思いはきっと相手にも分かってもらえるし、道が開けてくるはずです。
 協力者を募るのもよいですね。「今の状況を絶対にもっと良くしたい」という意志を強く持ち、誰かと共有するのです。周りに助けられ、周りの声を聴いていけば、そこからはどんどん進んでいけます。教員歴が少なかったり自信がなくても、新しい発想を持ち、様々なところにアンテナを張って情報を得て、常にどうしたらよりよくなるのか、どうしたら良いのか考えてみてください。業務に追われるだけの人生では楽しくないでしょう? 看護教育にかかわる毎日を楽しいと思えるものにするためにも、あなたの「やってみたい」をぜひ大切にしてほしいのです。

おわりに

 私の「やってみたい」は尽きません。“コミュニケーションの力をつけて患者の不安を傾聴し、心の支えになれるような医療者を育てたい”という思いを胸に、ブレることなく、ひたすら取り組んでいると、ずっと続けていることでも全く飽きないのです。
 看護の業界には一つひとつ丁寧に考えることが得意な人、他者と認識を入念に擦り合わせられる人がたくさんいます。より質の高い看護をたくさんの人に提供するという点において、これらのプロセスはとても重要なものです。その反面、一人ひとりに与えられた余白が少なく動きづらくなってしまったり、有益な話があっても、時間がないために検討されずに終わってしまうこともある印象を受けます。

 看護学は、対象者の生活、たとえば何を大事にして暮らしているか、価値観、人生観、哲学などを大切にしているアートの学問でもあります。看護の基盤であるコミュニケーションを通して、患者ごとの違いをとらえ、患者一人ひとりと向き合って、それぞれに合ったかかわり方を見つけられるような看護学生の感性、人間性を育てていきたいと強く思います。

阿部 惠子

金城学院大学看護学部 教授

あべ・けいこ/名鉄病院看護専門学校、名古屋大学医療短期大学助産学専攻を卒業後、3年で名鉄病院を退職し、英国留学。帰国後結婚し、南山大学外国語学部英米学科でコミュニケーションを学ぶ。在学中に出産、子育てをしながら修士課程修了。博士課程在学中、ジョンズホプキンス大学に行動科学、模擬患者養成及び研究のため2人の子どもを連れて留学。帰国後、岐阜大学、名古屋大学医学部助教を経て、看護系大学へ異動。2022年より現職。趣味は旅行、料理と犬との散歩。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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