周術期における口腔機能管理とは?
周術期とは、手術前から手術後に至る一連の期間のことをいい、特に体調管理に留意する時期でもあります。
近年、周術期に口腔機能管理(口腔ケアなど)をすることにより、さまざまなメリットがあることがわかってきました。
具体的には口腔環境を改善させるだけでなく、術後肺炎の予防や術後のリハビリテーション促進、入院期間の短縮など、さまざまな有益な効果が報告され、国を挙げて周術期の口腔機能管理を推進しています。
では、周術期口腔ケアに関する具体的な研究報告を見ていきましょう。
周術期の口腔ケアで肺炎が減少
◎エビデンス
2015年に行岡病院の妹尾日登美氏らの報告した研究内容1)では、大腿骨骨折の手術を実施した患者を対象に、歯科衛生士が関与する専門的な口腔ケア(歯磨き)が肺炎の発症にどう影響するかを調査しました。
その結果、165名の対象患者のうち、歯科衛生士の非介入群では8.1%(7名/86名)に肺炎の発症が認められたのに対し、介入群ではわずか1.3%(1名/79名)にとどまりました。つまり、歯科衛生士の介入群に比べて非介入群では6倍以上の有意差がある発症率となったのです(図1)。
高齢者の肺炎には誤嚥性肺炎が多く、これは口腔や咽頭の常在菌を誤嚥するなどによって発症します。ですから、口腔ケアで口などの細菌数を減少させれば、肺炎リスクが下がる可能性があることを示唆しています。

周術期の口腔ケアで在院日数が減少
◎エビデンス
2016年に京都九条病院の北川一智氏らが報告した研究2)では、消化器外科で手術を施行した消化器がん患者を対象として、口腔ケアなどの周術期口腔機能管理の導入前後で肺炎罹患率などがどう変化したかを比較しました。
その結果、導入前(2009~2011年、136名)と導入後(2012~2015年、128名)で比べたところ、肺炎罹患率、術後在院日数ともに導入後で有意に減少しました(図2)。
周術期の口腔機能管理は肺炎を防ぐだけでなく、定期的な口腔ケアにより歯や歯ぐきなどの口腔全体の健康を維持し、食事や会話など口腔機能の向上にプラス効果をもたらします。
良好な食事摂取は栄養バランスを整え、噛み合わせの安定で姿勢がしっかりするとリハビリテーション効果の促進も期待できます。
結果として術後の機能回復がスムーズになり、在院日数の短縮につながった可能性があると推測されるのです。

周術期の口腔機能管理とチーム医療
藤田医科大学では口腔機能の維持・改善のため摂食嚥下チームを作り、術後における早期の食事経口摂取再開に向けた取り組みを行っています。
◎エビデンス
全身麻酔下での手術後に摂食嚥下チームに嚥下機能の評価依頼があった69名を対象とした調査3)では、経口摂取している患者の割合はチーム介入前では27%であるのに対し、介入後には75%に増加しました。
また、常食・軟菜食を摂取できる患者の割合は介入前の3%から介入後16%へ、さらに退院時58%と増加しました(図3)。
より噛める食形態への向上には、機能訓練などのリハビリテーションとともに歯科の介入による義歯調整などの歯科治療が貢献したと考えられます。
口腔ケアで口の中の問題を早期に発見し、歯科医師や言語聴覚士などが介入して問題点を速やかに解決に導くことができれば、摂食機能の向上などが期待できます。
周術期に口腔ケアを実施している病院の多くは医師や看護師、栄養士、言語聴覚士などで構成される摂食嚥下チームを有しており、周術期の患者の健康管理を多職種で担っていますが、口腔ケアはそのようなチーム医療を大きくサポートします。

[中川量晴:周術期,入院患者の口腔機能管理.日本障害者歯科学会雑誌40(1):1-6,2019より引用]
周術期口腔ケアは健康保険が適用される
周術期の口腔ケアには健康保険が適用され、周術期口腔機能管理の加算など、医科・歯科ともに医療費を保険算定することができます。
ただし、どんな手術にでも周術期の口腔ケアが保険請求できるのではなく、該当する手術例として、悪性腫瘍や臓器移植の手術のほか、心臓・脳の血管外科手術、人工関節置換術などがあります。
しかし、口腔清掃状態が不良な患者や低栄養の患者等、術後合併症(術後肺炎等)のリスクが高いと考えられる患者に対して実施される手術でも算定できるなど、保険診療の適用範囲は拡大されてきています。
以上より、周術期に不安定になりがちな患者の体調管理や機能回復を口腔ケアでサポートし、早期退院を目指しましょう。
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私が勤務する病院では現在、整形外科の骨折等で手術予定の患者に対して手術前歯科検診を実施し、術中や術後に口腔内に問題が起きないように事前にチェックしています。
Tさん(80歳代、男性)は転倒で骨折した鎖骨の手術を整形外科にて予定しており、術前検診で歯科に来院されました。
検査の結果、上顎前歯のぐらつきが強く、全身麻酔の気管挿管の際、抜け落ちるリスクが高いと判断しましたが、かかりつけ歯科医での治療を希望されたため電子カルテに「上顎前歯、動揺歯あり。力をかけないよう要注意」と記載し、麻酔科医等へ注意喚起しました。
後日、「お陰様で手術を無事終えました。前歯に気ぃつけて食事してます」と、口腔清掃で歯科を受診されたTさん。前歯の動揺が悪化しないように、定期的に歯科でチェックするようにしました。その後は順調にリハビリに励み、早期に退院されました。
1)妹尾日登美、中野優子、徳宮元富ほか:高齢者大腿骨骨折患者に対する周術期専門的口腔ケアの効果.日本有病者歯科医療学会雑誌24(1):9-14,2015
2)北川一智、安藤良平、阪田悠芙子ほか:歯科を標榜していない病院における周術期口腔機能管理の取組み.日本静脈経腸栄養学会雑誌31(5):1153-1156,2016
3)中川量晴:周術期,入院患者の口腔機能管理.日本障害者歯科学会雑誌40(1):1-6,2019
4)厚生労働省保険局医療課:令和6年度診療報酬改定の概要、2024