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第1回:現代社会を生きる学生に何が起きているのか

第1回:現代社会を生きる学生に何が起きているのか

2022.04.06三森 寧子(千葉大学教育学部 准教授)

現代社会を象徴するキーワードの一つとして、ダイバーシティが挙げられ、その推進への取り組みが求められています。しかし、多様な課題を抱える現代の学生に対して、教員としてどのように導き、支えることができるか、対応の難しさに悩まれる先生方も少なくないのではないでしょうか。新年度を迎えて新たな学生と出会うこの時期に、今一度、学生支援について考えてみませんか。
本企画では全8回をとおし、看護教員、教育学者、コミュニケーション・キャリアの専門家、それぞれの視点から学生支援について見つめ直し、互いに課題を共有しながら、今何が求められるのかを掘り下げていきます。
初回となる今回は、現代の学生について社会全体からとらえ直すことで、求められる学生支援のあり方について考えてみたいと思います。

企画:三森寧子(千葉大学教育学部 准教授)

 

教員が実感する学生の変化

 「最近、個別に気にかけてあげなきゃいけない学生が増えたような気がする…。」
 先日、学内で打ち合わせをしていた際に聞かれた30年以上のキャリアのある教育学部の教員の言葉である。続けて、「今までは学生が勝手に育っていったっていう感覚があるんだけど、どうも最近はそういかないように感じる。本当に難しい…」とこぼしていた。
 同じように学生の対応に困難を感じている看護教員も少なくないのではないだろうか。高校を卒業後、看護師を志して大学ないし専門学校へ進学するが、途中で学校に来られなくなって退学してしまう学生や、卒業して看護師として就職しても数ヵ月で離職してしまうケースもよく耳にする。また、退学する理由や離職する理由が一人ひとり異なり、抱えている課題も多様であるといえる。看護教員として、どのように学生に向き合えばよいのか、まずは現代の学生について社会との関連を踏まえて考えてみたいと思う。

社会が学生に与えている影響

現代社会を生きる子どもたちの課題と教育現場に求められること

 現代社会を一言で表現するならば、「格差社会」となるだろうか。経済と社会は互いに影響し合うが、とくにバブル崩壊以降の社会の急激な変化は著しく、我々の生活において様々な格差が生まれたことは既知の事実である。所得や経済だけでなく、医療、教育、情報等において格差が生じ、それが二極化している。
 このような社会で育つ子どもたちの課題は深刻化している。2020年8月26日に「日本学術会議 心理学・教育学委員会 排除・包摂と教育分科会」が「すべての人に無償の普通教育を;多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」という提言1)を発表している。その中で、学校制度、教育システムから排除されている個人・集団として、6つのグループを取り上げている。それは「不登校の子ども」「外国籍の子ども」「障害のある子ども」「貧困家庭の子ども」「被差別部落の子ども」「周辺化される目立たない子ども」である。社会や学校から排除され、生きづらさや深刻な問題の中で生きている子どもたちについて、国や自治体ならびに学校における教育システムの包摂に向けた取り組みを提言している。筆者の専門領域である学校保健では、現代の子どもたちが抱えている課題として、うつや自殺などのメンタルヘルス、アレルギー疾患、性別違和、発達障害、いじめや不登校、児童虐待、貧困、愛着障害など、多様化かつ複雑化している実態を取り上げ、そのような子どもたちの健全な成長発達をどのように保障していくかが大きなトピックスとなっている。また、文部科学省も答申2)の中でこうした課題に取り組むために「チームとしての学校」の役割強化を提言し、多様な課題に向けた専門性に基づく学校としての体制整備の必要性を示している。

高等教育・専門職教育の環境に順応できない学生

 子どもたちは家庭と学校システムにおいて成長していくことになるが、高校を卒業すると学習環境や生活環境は大きく変化する。たとえば大学では、自分の教室、自分の机、担任教師の存在、毎日決まった時間割、校則などがあったそれまでの「学校」のあり方から一変する。授業ごとに教室が異なり、毎朝のホームルームなどもなくなり、授業は自分で選択して決め、登校しなくてもよい日もあるなど、すべてにおいて自分でマネジメントすることが求められるようになるのが一般的であろう。このような変化に上手に順応していける学生もいれば、順応せずに学校外の生活に楽しみを覚える学生、順応できずに引きこもって学校に行けなくなってしまう学生などさまざまである。順応できない学生は、学生生活につまずきを覚え、留年や中退、いわゆるドロップアウトという道を選択せざるを得ないことも少なくない。このような学校システム上、初等中等教育ではかろうじて学校でケアされてきた子どもたちが、高等教育では見逃がされてしまう可能性がある。果たして、前述したような課題を抱えたままの学生は自分でマネジメントし、順応していけるのだろうか。高等教育を担う教員は、自分ではどうすることもできない課題を背負った学生の存在を把握し、何らかの支援を考えるべきではないだろうかと思う。
 筆者がこのことを痛感したのは、ある学生からの相談であった。研究室に来るなり、その学生は「先生、看護師と養護教諭、どちらが稼げますか」と聞いてきた。本来ならばなりたいものになるべきなのに、なぜそのようなことを聞きたいのか。筆者はいろいろ言いたい気持ちを抑えてその理由を問うことにした。その学生の口から語られたのは、自分は4人きょうだいの長男であること、父親が精神疾患で休職中であり、世帯年収が平均よりも低いこと、それにもかかわらず大学に入学させてもらったので、毎日夜遅くまで飲食業のアルバイトをしており、なかなか課題もできないということであった。明らかに「貧困」「障害」「修学継続困難」という社会的な課題を背負った学生が身近に存在する現実を知ったのである。

コロナ禍が学生生活に落とした影

各種調査から浮き彫りとなったコロナ禍の学生たちの実情

 社会からの影響という点では、新型コロナウイルス感染症拡大が学生の生活や健康に及ぼした影響は大きい。学生を対象に行われたいくつかの調査結果から、その実情が明らかになっている。

<新型コロナウイルス感染症による影響を理由に国公私立大学・高等専門学校を中退/休学した者(2021年4~12月)>

前年同時期比:中退者 約1.4倍、休学者 約1.3倍
中退、休学の理由:「学生生活不適応・修学意欲低下」「経済的困窮」が中退者の半数、休学者の1/4を占める

出典:文部科学省「学生の修学状況(中退者・休学者)に関する調査」(2022年3月1日),https://www.mext.go.jp/content/20220301-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf,アクセス日:2022年3月22日

 

<学生生活における悩み、および相談先(2020年度)>

学生生活における悩みの内訳

 :「将来のキャリアに関すること」73.3%、「経済的な状況に関すること」40.7%、「授業等に関すること」37.9%、「学内の友人関係に関すること」29.1%
 :「学内の友人関係に関すること」は、とくに1年生の割合が最も高い

学生の相談先

 :「友人など」68.7%、「保護者や兄弟姉妹など」65.4%、「校内の同級生・先輩後輩」58.7%、「学校の教職員や相談窓口」17.4%
 

⇒学生の悩みに対して身近な立場として、大学等においてよりいっそうの相談体制の強化を図る必要がある。

 出典:文部科学省「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」(2021年3月),https://www.mext.go.jp/content/20210525-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf」,アクセス日:2022年3月22日

 
<大学生の学生生活・日常生活に関する意識(2020年10~11月)>

学生生活の充実度
 :「充実している」と「まあまあ充実している」を合わせて74.2%(前年比-14.6ポイント)
 :うち1年生は56.5%(前年比-32.9ポイント)

オンライン授業・対面授業の状況、登校日数
・オンライン講義を受講する学生の割合:全学年87.5%、1年生95.3%
・1週間の登校日数:4人に1人が0日(27.1%、前年比+25.7%)
・最近1週間の平均登校日数:2.0日(前年比-2.4日)

日常生活での悩み、気がかり
 :1年生の3人に1人が「友だちができない(いない)こと」が気になっている
 

⇒これらは、コロナ禍での学生生活の変化や、その中での学生の戸惑いや苦悩が随所に現れた結果である。

 出典:全国大学生活協同組合連合会「第56回 学生生活実態調査の概要報告」(2021年3月8日),https://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html,アクセス日:2022年3月22日

 

複雑な思いに揺れているかもしれない学生を見逃がさない

 筆者が担任をしている一人の学生は、高校の卒業式もなく、大学の入学式もないまま入学直後よりオンライン授業になったことで、本来ならば一人暮らしを始める予定だったが、実家にこもっていたという。気持ちの切り替えがうまくいかない状況で、大学生になったという自覚がなかなかもてないことに悩み、対面授業が始まっても気持ちが前向きになれないと休みがちになってしまった。しだいに大学から気持ちが離れ、何のためにここに来たのかという気持ちと、同級生と一緒に養護教諭になりたいという気持ちの狭間で揺れ動いているという。この学生は授業の欠席が目立つようになり、外見が派手になっていったことで筆者が違和感を覚え、「あなたと話がしたい」とメールをした。無視されるかもしれないと覚悟していたが、すぐに返信がきて、個別に面談を繰り返すなかで上記のような事情がわかった。
 このような思いや悩みを抱えている学生は多く存在するのだろうが、それを表出できている学生はどれぐらいいるだろうかと思う。“勝手に育っていく”学生もいるが、様々な環境の変化にどうしたらよいかわからない学生もいることを前提に、一人ひとりの学生に対して何らかの支援が必要となってきているのではないだろうか。

これからの学生支援の考え方

 一人ひとりの学生を、入学した後も目的をもって充実した学生生活を送り、自らの将来に向けたキャリアに明確なビジョンをもち、自らの課題を克服しながら成長していくプロセスを経て、社会に送り出すにはどうすればよいのだろうか。
 文部科学省は、2021年1月26日に中央教育審議会答申3)にて、「令和の日本型学校教育」の構築について示した。これは、Society5.04)に向けた教育の新たな取り組みであり、「子どもたちの多様化」「情報化への対応の遅れ」「生徒の学習意欲の低下」「少子化・人口減少の影響」「教師の長時間労働」「感染症への対策」といった課題について、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現することとしている。これは初等中等教育に向けた取り組みではあるが、今後、こうした教育を受けた学生と向き合うことになることを考えると、我々もこの流れに連動して教育のあり方を考えるべきであろう。
 「個別最適な学び」とは、学習者の視点から整理した概念である。これまでの教員の視点からの「個に応じた指導」ではなく、学習者自身が個々の課題(経済事情や発達特性など)に合わせて「個別最適な学び」を自分で見出し、自律的な学習者となることを目指している。教員が「何を教えるか」から学生が「何ができるようになるか」という転換が求められる。しかし、それにより、主体的に学べない学生や個人間格差が広がる可能性もあり、個々の学生に寄り添った学生支援や学修支援方策が必要となる。より細やかな学生対応について、考えていかなければならないであろう。

本企画をとおして共有したいこと

 ここまで、現代の学生像と、その支援のあり方について概観してきた。こうした状況下で、学生を社会人として世の中に送り出す教員の役割も変化が求められていると考える。看護教員として、看護師国家試験受験資格を得て社会に出るまで(場合によっては卒業後も)どのように学生に向き合えばよいのか、この課題について本企画で共有させていただきたい。
 筆者が基盤としている公衆衛生看護学では「鳥の目 虫の目」という視点が重要とされている。地域において、住民の近いところで様々な側面から注意深く見る目(虫の目)と、高いところから広い範囲を見下ろして眺める目(鳥の目)、それぞれから得た情報を分析しアセスメントすることで、地域やコミュニティ全体がどのように人々の健康に関連しているかを判断し、支援につなげていく。
 教員が虫の目で学生一人ひとりを注意深く見て個別に行う支援と、学校、領域、専攻、学部、学科などの組織が鳥の目で学生を見て組織として行う支援をうまく活用することで、よい学校コミュニティになる。本企画が、有効な学生支援ならびに教員に求められる役割を考えるヒントになることを願う。

 
 
引用・参考文献
1)日本学術会議 心理学・教育学委員会 排除・包摂と教育分科会:提言「すべての人に無償の普通教育を;多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」,2020年8月26日,https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t295-2.pdf,アクセス日2022年3月22日
2)文部科学省 中央教育審議会:チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申),2015年12月21日,https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/02/05/1365657_00.pdf,アクセス日2022年3月22日
3) 文部科学省 中央教育審議会:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して;全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現(答申),2021年1月26日,https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf,アクセス日:2022年3月22日
4)内閣府:Society 5.0,https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/,アクセス日:2022年3月23日 

三森 寧子

千葉大学教育学部 准教授

みつもり・やすこ/聖路加看護大学(現 聖路加国際大学、以下同)卒業後、聖路加看護大学大学院看護学研究科・千葉大学大学院教育学研究科修了(修士〔看護学・教育学〕)。虎の門病院分院 肝臓内科・脳神経外科病棟に2年間勤務したのち、都内私立中高一貫校で養護教諭として4年間勤務。出産を経て再び都内私立中高一貫校で養護教諭として勤務。その後、聖路加看護大学地域看護学教室に着任。2019年4月より現職。日本公衆衛生看護学会理事、日本養護教諭養成大学協議会理事、区立中学校学校評価委員、保健師助産師看護師国家試験委員(2021-2022年度)。著書に『みんなでつくる学校のスポーツ安全』(少年写真新聞社、2020年)[共著]、『学校の事例から学ぶ フィジカルアセスメント ワークブック』(北樹出版、2018年)[分担]。趣味は食に関すること(食べること、作ること)。

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