現代社会を象徴するキーワードの一つとして、ダイバーシティが挙げられ、その推進への取り組みが求められています。しかし、多様な課題を抱える現代の学生に対して、教員としてどのように導き、支えることができるか、対応の難しさに悩まれる先生方も少なくないのではないでしょうか。新年度を迎えて新たな学生と出会うこの時期に、今一度、学生支援について考えてみませんか。
本企画では全8回をとおし、看護教員、教育学者、コミュニケーション・キャリアの専門家、それぞれの視点から学生支援について見つめ直し、互いに課題を共有しながら、今何が求められるのかを掘り下げていきます。
初回となる今回は、現代の学生について社会全体からとらえ直すことで、求められる学生支援のあり方について考えてみたいと思います。
企画:三森寧子(千葉大学教育学部 准教授)
教員が実感する学生の変化
「最近、個別に気にかけてあげなきゃいけない学生が増えたような気がする…。」
先日、学内で打ち合わせをしていた際に聞かれた30年以上のキャリアのある教育学部の教員の言葉である。続けて、「今までは学生が勝手に育っていったっていう感覚があるんだけど、どうも最近はそういかないように感じる。本当に難しい…」とこぼしていた。
同じように学生の対応に困難を感じている看護教員も少なくないのではないだろうか。高校を卒業後、看護師を志して大学ないし専門学校へ進学するが、途中で学校に来られなくなって退学してしまう学生や、卒業して看護師として就職しても数ヵ月で離職してしまうケースもよく耳にする。また、退学する理由や離職する理由が一人ひとり異なり、抱えている課題も多様であるといえる。看護教員として、どのように学生に向き合えばよいのか、まずは現代の学生について社会との関連を踏まえて考えてみたいと思う。
社会が学生に与えている影響
現代社会を生きる子どもたちの課題と教育現場に求められること
現代社会を一言で表現するならば、「格差社会」となるだろうか。経済と社会は互いに影響し合うが、とくにバブル崩壊以降の社会の急激な変化は著しく、我々の生活において様々な格差が生まれたことは既知の事実である。所得や経済だけでなく、医療、教育、情報等において格差が生じ、それが二極化している。
このような社会で育つ子どもたちの課題は深刻化している。2020年8月26日に「日本学術会議 心理学・教育学委員会 排除・包摂と教育分科会」が「すべての人に無償の普通教育を;多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」という提言1)を発表している。その中で、学校制度、教育システムから排除されている個人・集団として、6つのグループを取り上げている。それは「不登校の子ども」「外国籍の子ども」「障害のある子ども」「貧困家庭の子ども」「被差別部落の子ども」「周辺化される目立たない子ども」である。社会や学校から排除され、生きづらさや深刻な問題の中で生きている子どもたちについて、国や自治体ならびに学校における教育システムの包摂に向けた取り組みを提言している。筆者の専門領域である学校保健では、現代の子どもたちが抱えている課題として、うつや自殺などのメンタルヘルス、アレルギー疾患、性別違和、発達障害、いじめや不登校、児童虐待、貧困、愛着障害など、多様化かつ複雑化している実態を取り上げ、そのような子どもたちの健全な成長発達をどのように保障していくかが大きなトピックスとなっている。また、文部科学省も答申2)の中でこうした課題に取り組むために「チームとしての学校」の役割強化を提言し、多様な課題に向けた専門性に基づく学校としての体制整備の必要性を示している。
高等教育・専門職教育の環境に順応できない学生
子どもたちは家庭と学校システムにおいて成長していくことになるが、高校を卒業すると学習環境や生活環境は大きく変化する。たとえば大学では、自分の教室、自分の机、担任教師の存在、毎日決まった時間割、校則などがあったそれまでの「学校」のあり方から一変する。授業ごとに教室が異なり、毎朝のホームルームなどもなくなり、授業は自分で選択して決め、登校しなくてもよい日もあるなど、すべてにおいて自分でマネジメントすることが求められるようになるのが一般的であろう。このような変化に上手に順応していける学生もいれば、順応せずに学校外の生活に楽しみを覚える学生、順応できずに引きこもって学校に行けなくなってしまう学生などさまざまである。順応できない学生は、学生生活につまずきを覚え、留年や中退、いわゆるドロップアウトという道を選択せざるを得ないことも少なくない。このような学校システム上、初等中等教育ではかろうじて学校でケアされてきた子どもたちが、高等教育では見逃がされてしまう可能性がある。果たして、前述したような課題を抱えたままの学生は自分でマネジメントし、順応していけるのだろうか。高等教育を担う教員は、自分ではどうすることもできない課題を背負った学生の存在を把握し、何らかの支援を考えるべきではないだろうかと思う。
筆者がこのことを痛感したのは、ある学生からの相談であった。研究室に来るなり、その学生は「先生、看護師と養護教諭、どちらが稼げますか」と聞いてきた。本来ならばなりたいものになるべきなのに、なぜそのようなことを聞きたいのか。筆者はいろいろ言いたい気持ちを抑えてその理由を問うことにした。その学生の口から語られたのは、自分は4人きょうだいの長男であること、父親が精神疾患で休職中であり、世帯年収が平均よりも低いこと、それにもかかわらず大学に入学させてもらったので、毎日夜遅くまで飲食業のアルバイトをしており、なかなか課題もできないということであった。明らかに「貧困」「障害」「修学継続困難」という社会的な課題を背負った学生が身近に存在する現実を知ったのである。
コロナ禍が学生生活に落とした影
各種調査から浮き彫りとなったコロナ禍の学生たちの実情
社会からの影響という点では、新型コロナウイルス感染症拡大が学生の生活や健康に及ぼした影響は大きい。学生を対象に行われたいくつかの調査結果から、その実情が明らかになっている。
1)日本学術会議 心理学・教育学委員会 排除・包摂と教育分科会:提言「すべての人に無償の普通教育を;多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」,2020年8月26日,https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t295-2.pdf,アクセス日2022年3月22日
2)文部科学省 中央教育審議会:チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申),2015年12月21日,https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/02/05/1365657_00.pdf,アクセス日2022年3月22日
3) 文部科学省 中央教育審議会:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して;全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現(答申),2021年1月26日,https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf,アクセス日:2022年3月22日
4)内閣府:Society 5.0,https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/,アクセス日:2022年3月23日