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第3回:口腔の健康とフレイル

第3回:口腔の健康とフレイル

2023.10.19島谷 浩幸(医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長)

 

介護リスクを高めるフレイル

 わが国の超高齢化した社会において、介護が必要となる人が増える傾向にあります。
 厚生労働省の「国民生活基礎調査(2022年)」によると、65歳以上の高齢者で介護が必要になった原因として「認知症」を筆頭に、「脳血管疾患(脳卒中)」「骨折・転倒」「高齢による衰弱」などが続いています(図1)。

図1 高齢者の介護が必要となった原因
[厚生労働省:Ⅳ 介護の状況.2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況,〔https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html〕(最終確認:2023年10月5日)より作成]


 ここに挙がっている「高齢による衰弱」という言葉の表現は意味合いが曖昧であるため、2014年に日本老年医学会が提唱した「フレイル」という用語も使用されるようになっています。

オーラルフレイルとは

 筆者が勤務する病院歯科の患者層は高齢者が中心ですので、うまく噛めない、言葉をうまく発声できないといった様々な症状を抱えて、ご家族の付き添いのもと受診される方が数多くいらっしゃいます。
 実際に口の中を見てみると、虫歯や歯周病が進行して、かなりひどい状態になっている人もしばしば見受けられます。 

 Sさん(84歳、男性)は、義歯(入れ歯)を固定させる金具を掛ける歯が重度の歯周病で抜けてしまい、使えなくなった義歯を放置して食事に困っているとのことで当院歯科を受診されました。めっきり食欲も落ち、付き添いのご家族も心配されていました。
 幸い、その義歯は歯型をとって人工的な歯を継ぎ足す修理が可能でしたので、1週間お預かりして外部の歯科技工所で修理をしてもらい、再び義歯を使えるようにしました。その後は食欲も回復し、現在は定期健診で元気に来院されています。

 このように口の機能が衰えながらも、回復が可能であるという中間的な状態を「オーラルフレイル」と呼び、わが国でも注目され始めています。

オーラルフレイルはフレイルの始まり

 2022年4月、日本医学会連合が加盟57学会、非加盟23団体との連名で『フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言』1)を発表し、フレイルとロコモティブシンドローム(ロコモ)は国民の健康寿命延伸のための健康増進と医療対策のために克服すべき状態と明示しました。
 一方で、日本歯科医師会は2020年に『2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―』2)を公表し、その中で、国民のオーラルフレイルの認知度アップに向けた取り組み強化として「2025年までに認知度を50%にする」という目標を掲げました。
 このように、わが国でオーラルフレイルはまだ知られていないのが現状です。
症状として、食べこぼし、むせ、噛めない食品の増加、滑舌の悪化などが認められます。話す、咀嚼する、飲み込むなどの口腔機能の低下が中心となり、見逃しやすくて気が付きにくいのが特徴です。
 結果として、食欲の減退・低栄養による活動性の低下、人生の大きな楽しみの一つである“食事”への満足度が低下してしまう精神的減退、他者との交流(コミュニケーション)が円滑に行えない社会性の低下などの問題を引き起こし、全身的なフレイルに移行しやすくなります。

オーラルフレイルは身体的フレイルや死亡のリスクになる

●エビデンス

 東京大学が2012(平成24)年から千葉県柏市で約2,000名の65歳以上の高齢者を6年間追跡した調査では、オーラルフレイルが認められた人は、そうでない人に比べて身体的フレイル発症リスクが2.41倍、サルコぺニア発症リスクが2.13倍、要介護認定を受ける率が2.35倍、そして総死亡リスクも2.09倍高まるとの結果が得られました(図2)3)
 このようにオーラルフレイルはフレイルに先立って現れることが多く、身体の健康維持のためにも口の健康管理は大切なのです。

図2 オーラルフレイルの人が抱えるリスク
[日本歯科医師会:『2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―,p.37,2020年10月,〔https://www.jda.or.jp/dentist/vision/pdf/vision-all.pdf〕(最終確認:2023年10月5日)より引用]

 

口腔機能低下症

 歯科診療において、オーラルフレイルがさらに進行すると「口腔機能低下症」という“疾患”とみなされます。評価する項目としては、口腔の衛生状態、乾燥度、咬合力、舌・口唇の運動機能、舌圧、咀嚼機能、嚥下機能の7つが挙げられ、問題点のある該当項目が3つ以上認められた場合、口腔機能低下症と診断されます。
 口腔機能低下症の病名が付くことにより、その改善やコントロールに対して健康保険が適用された歯科治療を受けることができます。
 もしオーラルフレイルが疑われたら、放置せずに速やかに歯科医などに相談するようにしてください。早めに気付いて適切な対応をすることによって、再び健康な状態に戻ることが可能です。

オーラルフレイルの予防に大切なこと

 オーラルフレイルは早期に発見して速やかに対応することが重要ですが、まずは予防して健康な口腔状態を目指すのが先決です。その予防のために実行したい項目をいくつか挙げてみようと思います。

・歯科の定期検診を受けましょう。
 オーラルフレイルは歯周病や虫歯による残存歯数の減少によって段階的に進むことが多いため、定期的(1ヶ月~6ヶ月間隔)な歯科健診が大切です。
 高齢者は加齢による唾液腺の萎縮や機能低下、内服薬の副作用などで唾液分泌量が低下して口腔内の衛生状態が悪化しやすいため、速やかに歯周病や虫歯の治療を行い歯の数を維持することが重要です。高齢者に、噛めない、痛みがある、外れやすいといった合わない義歯があれば、迷わず治療を受けるように勧めてください。

・“口腔体操”を実施しましょう。
 口腔機能を維持・改善するためには唾液の分泌を促進したり、咀嚼や嚥下の運動に必要な筋肉を鍛えたりする“口腔体操”を習慣付けることも大切です。
 日本歯科医師会はホームページ内にある『日歯8020テレビ』の中で「口腔体操でオーラルフレイル予防」4)という動画を配信し、口の体操(息を吸うように口をすぼめる、口を大きく開けてできるだけ舌を出す、ブクブクうがい・ガラガラうがいをする等)を公開しています。わかりやすく簡単に実行でき、しかも実践的な内容ですので、ぜひ参考にしてください。

・地域の講習会に参加しましょう。
 近年では、自治体などが開催する介護予防事業や高齢者に向けた口腔機能向上講座も実施されていますので、このような地域の講習会に積極的に参加することをお勧めします。

 以上のような対応でオーラルフレイルを防ぎ、元気に食べることができる口の機能を保って全身的なフレイルへ移行しないよう、高齢者の健康を支える看護職のみなさまには、常日頃から高齢者・高齢の患者さんの口腔の状況を把握するように心掛けていただきたいと思います。
 

【引用文献】
1)日本医学会連合:フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言,2022年 4月1日,〔https://www.jmsf.or.jp/uploads/media/2022/04/20220401211609.pdf〕(最終確認:2023年10月5日)
2)日本歯科医師会:『2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―,p.39,2020年10月,〔https://www.jda.or.jp/dentist/vision/pdf/vision-all.pdf〕(最終確認:2023年10月5日)
3)前掲2),p.36
4)日本歯科医師会:オーラルフレイル口腔体操でオーラルフレイル予防.8020日歯テレビ,〔https://www.jda.or.jp/tv/97.html〕(最終確認:2023年10月5日)

【参考文献】
1)ロハス・メディカル編集部:歯科医と共にフレイル予防.ロハス・メディカル 秋号,2-7;2022

島谷 浩幸

医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長

しまたに・ひろゆき/大阪歯科大学卒業、同大学大学院博士課程修了。大阪大学微生物病研究所、京都文化医療専門学校非常勤講師等を経て、2019年より現職。歯科医師・歯学博士、野菜ソムリエ。TV番組『所さんの目がテン!』(日本テレビ)出演等のほか、著書に『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス、2008)、『ミュータンス・ミュータント』(幻冬舎ルネッサンス、2017/文庫改訂版2021)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版、2019)がある。雑誌掲載・連載多数。趣味は自然と触れ合うことと小説執筆、好きな言葉は晴耕雨読。ブログ「由流里舎(ゆるりしゃ)農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。

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