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第9回『誰も知らない』

第9回『誰も知らない』

2024.02.21NurSHARE編集部

 本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。

『誰も知らない』(是枝裕和監督/柳楽優弥主演,日本,2004)

[映画.com:誰も知らない.作品情報,〔https://eiga.com/movie/1568/〕(最終確認:2024年2月21日)より引用]

作品のあらすじ

 あるアパートに、スーツケースを抱えたシングルマザーのけい子と息子の明が引越してきます。大家には「主人が長期出張中で母子2人」と話すけい子ですが、スーツケースの中には明のきょうだい・茂とゆきがいて、後から上の妹・京子もこっそり合流します。父親はいません。子ども4人の母子家庭だと知られれば、家を追い出されかねなかったのです。けい子は大家や他の住民に嘘がばれないよう、明以外の外出を禁止します。それぞれ父親が違う子どもたちは、みんな学校に通ったことすらありませんでした。
 最初はけい子が働き明がきょうだいの世話をしますが、恋人ができたけい子は家を空けるようになります。さらに彼女は恋人と同棲を始めて帰宅しなくなり、子どもたちの生活費は現金書留で送るように。やがて生活費は送られてこなくなります。明はきょうだいたちと生き抜くために必死で父親たちに援助を掛け合うものの、うまくはいかず、ついにはライフラインも止められてしまい……

「誰も知らない」という表題に込められたもの

 本作のタイトルにはさまざまな意味が込められているように思います。何ヵ月も帰宅していない母親、子どもたちだけの生活、止められているライフライン、ゴミだらけで不潔な部屋……都市の集合住宅において隣人の顔や名前も分からない、ということは今や当たり前ですが、作中においても大家やアパートの隣人など、周囲の大人たちは子どもたちのこういった苦しい状況を知りません。正確には、知らないふりをしているのです。
 周囲の大人たちは汚れた服を着て瘦せこけた明たちを見ても、きょうだいを助けるためのアクションを起こしません。ボロボロのTシャツを着た明たちが公園の水道で洗濯をしているその後ろで、大人たちは楽しそうにテニスに興じています。賞味期限切れの食べ物をくれるなど手を差し伸べてくれたコンビニの店員たちも、彼らの置かれている状況を察しつつも、状況を変えるような行動には至りません。「知らない」と断定するタイトルから、困窮した子どもに対し見て見ぬふりをし、深いかかわりを避けようとする作中の大人たちの姿勢が想起されました。
 また、子どもたちは全員が出生届を提出していない無戸籍児でした。ですから学校にも行けず、児童相談所なども彼らに気付けません。そういった意味でも、彼らを「誰も知らない」のです。

厳しい毎日を生きる子どもたちの世界

 本作では、大人がいない中を懸命に生きる明たちきょうだいの世界も描かれています。満足に食べられない状況にあるのに、いつしかスーツケースに入れなくなるほど体が大きくなった下のきょうだいたちの姿や、食べられそうな雑草を探し土ごと持ち帰って育てる様子は、悲壮感を漂わせつつも、子どもの成長のたくましさも感じさせます。思春期に入った明は、きょうだいを守ろうと必死にお金を集めながらも、異性として意識していた友達が援助交際で得たお金をもらうことにはためらいます。こういったエピソードから、厳しい環境下においても彼らの心身が発達していく様子をうかがえることが印象的でした。

 もちろん子どもたちだけの生活には限界があります。しかし、コンビニの店員から行政に相談してはどうかと提案された明は「(きょうだいたちと)4人で一緒に暮らせなくなるから」と強く拒みます。結果として彼らの生活は作中で好転することはなく、悪化していくばかりなのですが、大人(鑑賞者)にとっては悲惨な状況であっても、明にとっては馴染み深く大切な日常生活なのです。行政の介入を拒否する明の言葉から、一概に衣食住が保障されたからといってそれだけが子どもを幸せにするのではないということを突き付けられたような気がしました。きょうだいがそろって一緒に暮らしながらも、適切な環境下で健全に成長していくためには、どのような支援が必要だったのでしょうか。

NurSHARE編集部

とあるNurSHARE編集部員。看護学生向けテキストの編集業務もしています。業務に奮闘する毎日、自らの不出来さに枕を涙で濡らす夜もあるけれど、映画鑑賞とJリーグ観戦で即復活して明日へのエネルギーを充電できるお手軽(?)仕様。人生のベストワン作品は『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ主演、アメリカ、1980)。

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