看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

第23回:君のゆく道は果てしなく遠い~のびしろしかないわ

第23回:君のゆく道は果てしなく遠い~のびしろしかないわ

2024.02.28酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 2月は入試とか成績評価とか来年度のシラバス作成とか、なんだか馬力の必要な事柄が増えてきますね。その馬力のいることの中でも際立って大きなものが異動、退職、転職というジョブチェンジかなと思います。カピバラもあと2年後には、ついに転職ではなく定年退職を迎えるわけです。これまでの転職とはまた何か違う気持ちが芽生えています。というわけで今回は、現在の仕事を辞めて、次のステージにいくということについて、考えてみようと思います。

カピバラ、若い友だちとの会話で腰を抜かす

 先日20代半ばの友だちと世間話をしていた時のこと。「(友)今度結婚するんですよ。」「(カ)あ、そうなんだ、おめでとう。」「(友)で、俺、今の仕事辞めることにしました。」「(カ)は?」「(友)だから、結婚するんで、仕事辞めます。」「(カ)…なんで?」「(友)だって今の仕事土日休みないし、残業多いし、オンコールもあるし、忙しいから彼女と土日一緒に過ごせないんですよ。なので、仕事辞めて違う仕事を探します。」
 カピバラ、イスから転げ落ちるかと思いました。昭和の価値観強めのカピバラ、これから結婚する男子が仕事を辞めるという点にまず驚き、思わず「いやー、寿退社だね」と、不適切にもほどがあることを口走ってしまいました。ネット記事などでよく言及されている「ワークライフバランスを重視し、プライベートの充実を前提としている近年の若者」がここにリアルにいた! という驚きでござった。

 ひとことで仕事辞めます、と言っても、辞めて次の職を得るにはステップがありますよね。辞めようかなと思う(退職意思の発生)/退職意思を組織に伝え手続きをする(場合によっては度重なる人事担当者との面談もありつつ)/退職する/離職期間を過ごす(人により期間はさまざま)/次の職場を探し決める/就職する、この一連の流れが完成して転職となります。

キャリアカフェでのふんわりした会話

 さて、場面は、カピバラが兼務している大学の隣の病院でのキャリアカフェに移ります。ガチで資格取得したいとか大学院行きたいと思う方々は専用窓口がありますので、なんとなくふんわりと、自分のキャリアはこれでいいのかな、と考えている皆さんを対象にしています。日勤終了の時刻に集まり、お菓子をつまみながらなんかいろいろ情報を仕入れたりする、不定期開催のカフェで、病院の看護管理者の方々と大学教員とで共同運営しております。
 スタート時に想定していたのは、3年目くらいのちょうど「退職意思」が生まれるくらいの年代の看護職の参加でした。でも実際は、いろんな年代の方がいらっしゃいます。そして話題は職務継続や転職に限りません。そろそろ時短勤務をフルタイムに変更すべき? とか、定年後の再就職ってどんな感じなのかなとか、大学院って何かいいことあるんですか? とか、やりたい看護とか見つからないけど、そんなんでいいんですかね、とか。師長になるっておもしろいですか? というド直球の質問をもってくる人もいます。介護施設で働いてみたいけどお給料ってどんな感じになるんですかねという、これまたド直球の質問をもってくる人もいます。中でも盛り上がる話題が、①職場による生涯賃金、端的にいうと実入りの違い、②いくつまで働くか、③仕事と趣味の両立。番外編は子どもの教育とダイエット(定番の盛り上がり)、そして同僚医師のトホホなエピソードです。ちなみに番外編の話題はなんだか世界共通の看護師の話題のような気がします。アメリカでも台湾でもイギリスでも絶対に盛り上がる。
 キャリアの探索行動の一つとして、利害関係のあまりない情報の集まる場所に来て、井戸端会議の傍ら、脳内シミュレーションをしていろいろと検討している皆さんを見ていると、看護職の働き方はほんとに多様になっているなあと思います。

看護職の行く道は果てしなく遠い~定年までこの職場にいようと思いますか?

 20代の若い人たちは基本的に10年後の自分のイメージを明確にもっていないほうが自然です。それが若さということですから。この仕事をいつまで続けるのかなという気持ちがふっとよぎりつつも、今日一日をサバイブし、そうして日々を積み重ねていることも多いように思います。あんなふうになりたいなっていうエルダーさんを見つけられたらラッキーですね。
 30代になるとライフイベントも立て続けに発生してきます。結婚、出産、子育て、パートナーの転勤などです。自分のキャリアも生活も人生の大波をかぶりつつ、沈まないようにしているのが精いっぱいの時だってあります。職場は働き方改革で定時退社を勧められるけど、仕事は片づいていない。師長さんも残業しているが、若い同僚には先に帰ってねーと言っている。子どもの保育園の迎えを気にしつつも、記録が終わらない。家に帰れば家事育児。家族の成長にグッと来たりしつつ、毎日を過ごしていく。時々勉強しなくちゃなあと思ったり、資格取るかと思ったりするころかも。
 40代では、組織の中のポジションの変更もあったり、なかったり、どっちにしても落ち着かなくなっていきますし、次世代育成と上から言われ懇切丁寧に3年目の同僚に指導していたら、一人前に働けるようになったとたんその若者がさっくり転職。職場には先輩も数少なくなっており、管理者に愚痴をこぼしたって根本解決にならないことも重々わかっている。あきらめという言葉がじわじわきて、大人の階段のぼっている感じあり。それでも日々のちょっとした賞賛や祝福でまた少し続けてみようかなと思ったり。
 50代になると、身内の介護イベントも発生してきます。そろそろ自分の心身の衰えも本格的に自覚されつつ、今の職場での仕事の喜びもあり。でも限界もあり。今辞めても同じような条件での再就職は難しいかも、と思いながら、これまでと変わらぬ仕事の中で小さな幸せを見つけることがうまくなっていく。

 看護職の職場は小さな違いはあるかもしれないけど、毎日がいろんな意味でサバイバル。明日のことを考えることだってたいへんです。そんな中、明日も仕事しようって思えるのは、時々小さな幸せを見つけられるからなのかなと思います。決して、目標達成に向かってがんばるから、だけではありませんよね。ここまで一日一日続けてきた自分に小さな誇りをもちつつ、迷いながらも目の前の患者さんの看護に集中して、職務が継続されていくわけです。逆に言うと、いつでもどこででも、退職意思は発生します。偶然の出会いや誰かのなにげない一言、自分の心に刺さる何らかの出来事があったりなかったり、で退職を思いとどまったり、退職行動へ移行したりが左右されるんじゃないかな。

看護師の職場環境は改善しているかも

 転職というものは、転職先があるから成立すること。看護師求人が多いということは、転職のしやすさを物語っています。しかし一般労働者の方々と比較し、看護職の退職が多いのかというとそうでもないのですね。
 正規雇用の看護職員の離職率は一般労働者とほぼ同程度の11~12%台で推移しています1)。また大学新卒看護師の1年目の離職率は2021年の日本看護系大学協議会の調べで2.8%、厳密な比較はできませんが、日本看護協会による病院看護実態調査によれば、同年2021年度新卒採用看護職員の1年以内離職率は10.3%です2)
 看護師不足がクローズアップされていた1980年から看護業界はかなりいろいろな取り組みをしてきました。そして1992年の看護職員人材確保法及び看護師等確保基本指針の制定後、看護職員の確保に係る取り組みが進められた結果、看護職員就業者数は、1990年の83.4万人から2020年の173.4万人へと、30年間で2.1倍に増加したのです3)
 カピバラが若いころは、中堅の看護師がライフイベントで職業継続をやめるというのは通常のことでした。ようやく仕事の楽しさを実感でき、自分なりのジョブクラフティングもできるようになってきたころに退職、という同僚を幾人も見てきましたよ。
 でも今は、時短勤務や職場内保育所の整備、休暇取得の促進などが徹底されています。お給料の改善についてはまだ課題もあるけれど、昭和の時代と比較すればかなり良くなってきました。また研修も職場内外で整備され、意欲があればスキルアップの機会はかなり保障されています。カピバラは昔を知っているから今を相対化しますけど、今の看護師たちはその日の仕事をやり切ることに集中しており自職場環境の整備状況、自組織の労務環境や研修制度の相対化に必要な情報が不足している可能性があります。まず自分の組織の資源について情報を集め、他の職場と比較してみる機会があるといいなということで、前述したキャリアカフェをスタートさせてみたのです。
 自分の職場を自分で評価するために必要な情報を得るというのは退職、転職を考える時に大切な事柄だと思います。

人生100年時代のキャリア形成に必要なことは?

 看護職は社会のインフラですから、転職は織り込み済みとしても看護職そのものを辞めるという行動に出る人を何とか少なくしたいということで、社会的に環境整備が進められてきました。看護師が、スキルアップと転職を繰り返して自分がイメージしていた看護をやれる自分に近づいていくというのは当然のことです。これからの看護師は70~75歳くらいまでの勤務継続を視野に入れたキャリア発展を行っていくことが可能となっています。高年齢看護師の活躍の場は確実に拡大しています。
 そして、それを推し進めていくと、今まさにカピバラが直面しているような、60代になって「いくつまで看護にかかわっていけるのかな」という人生の根本疑問がわいてきます(笑)。もう「いつ辞めるのかを決めるのは自分」というようなリタイアの大原則を実践しつつあるような気がします。60歳を過ぎて心身の変化が大きく表れてきたのですが、この変化は50歳の時には想像もつかないことでした。なってみないとわからないものなんですね。ですから70歳になった自分の心身がどういう状態になっているのかはたぶん、今の想像と違うんだろうと思います。それが aging ということです。いつでも未体験ゾーンなのです。
 このようなキャリア終盤の大きな変化があることを想定し、人生100年時代、つまりすくなくとも仕事時間50年を過ごすには、どうしたらいいのか考えてみました。

次のいい波は必ずつかまえるよ

 キャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定するという Planned Happenstance Theory というものがあります4)。カピバラの解釈では、それは海でサーフィンをしているようなもの。波が来たら乗ってみる。そして行けるところまで行く。波が来なかったら、ぷかぷか浮いている(キャリアドリフト)。次の波が来たら乗ってみる、ということを繰り返してリタイアまでを過ごすことなのかなと思います。波が来たら乗ってみる好奇心と冒険心、柔軟性、波に乗れるだけの体力気力スキルの維持、サーフィンを続ける持続性、波(出会い)を引き寄せる力、などを意識して生活していくということでしょうか。
 キャリアドリフトの時間をどう過ごすのかが次の波に乗る準備となると思うので、気持ちよくぷかぷか浮いている時間がとても大切だと思います。ぷかぷか浮いている時間があるからこそ、take off の高鳴りを感じることができるから。

 

引用文献
1)1)厚生労働省:第2回看護師等確保基本指針検討部会 参考資料3;看護師等(看護職員)の確保を巡る状況に関する参考資料,2023年7月7日,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001118193.pdf〕(最終確認:2024年2月26日)
2)厚生労働省:第2回看護師等確保基本指針検討部会 資料2;看護師等(看護職員)の確保を巡る状況に関する追加資料,2023年7月7日,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001118187.pdf〕(最終確認:2024年2月26日)
3)厚生労働省:第2回看護師等確保基本指針検討部会 資料3;看護師等確保基本指針改定のポイント(案),2023年7月7日,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001118188.pdf〕(最終確認:2024年2月26日)
4)加藤一郎、鈴木竜太:30代ホワイトカラーのキャリア・マネジメントに関する実証研究;ミスト=ドリフト・マトリクスの視点から,経営行動科学20(3):301-306,200
 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

フリーイラスト

登録可能数の上限を超えたため、お気に入りを登録できません。
他のコンテンツのお気に入りを解除した後、再度お試しください。