看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

分かちあい高めあう、新たな “知の共有基地” への期待

分かちあい高めあう、新たな “知の共有基地” への期待

2021.11.24林 直子(聖路加国際大学大学院看護学研究科 教授)

新たに看護教育のための情報サイト『NurSHARE』をオープンするにあたって、聖路加国際大学の林 直子先生に、新任教員の頃を振り返っていただくとともに、現在の看護教員を取り巻く環境や、今後『NurSHARE』に期待することを寄せていただきました。(NurSHARE編集部)

 早いもので、看護教育に携わって21年が経つ。高校生の頃、大学で保健学を学び、卒後は看護師として臨床で働きたいという夢は持っていたものの、大学教員という将来像は全く描いていなかった。夢がかなって看護師となり、臨床で疑問に思ったことを探究するべく大学院に進学、その後ご縁を頂いて、臨床とは別の新たな仕事に就くことになった、というのが着任時の率直な思いだった。今思えば、教員としての自覚に著しく欠けていたと思う。それだけに、着任早々に上司(教授)からかけられた「あなたのエネルギーと時間の98%を学生の教育に注ぐように」との言葉は、あまりに衝撃的だった。それまでに有していた大学教員の(勝手な?)イメージとは、あまりにもかけ離れていたからだ。その日から、看護教員としての “修行” が始まった。

聖路加国際大学チャペル内。筆者の教員キャリアはここからスタートした。

 日々こなさねばならない講義・演習・実習指導に追われ、時間がない中でも自分なりに最善を尽くすよう努めた。教育学関連の資料にも時に目を通しつつ、先輩教員の授業案や講義レジュメから教育方針・教育目標を学び、さらに授業にも参加し、話の展開の仕方や時間配分、要点の伝え方を学んだ。1コマ90分の授業を行うために、数多のテキストにあたってテーマに関する内容を確認し、対象患者の最新の治療・ケアを学ぶため、病棟や手術室での研修に臨み、そこで得た知見を取り込んで講義資料を作成した。
 そこまでして取り組んでいたのは、「教員にとっては毎年の講義かもしれないが、学生にとっては一生でただ一度の講義、だから常にその時できる最良の内容で行うこと」という上司の言葉が深い説得力を持って響いていたからだと思う。試行錯誤の連続で大変な日々ではあったが、講義や演習で学内指導した学生が、臨床実習でケアを実践し、机上での学習内容が実際の現象と結びついたとき、さらに看護の楽しさを体感し輝く笑顔を見せたとき、教員としての醍醐味を感じた。またそれがエネルギー源となり、どうしたらより学生に伝わるか、学習意欲につながるか、を考え積み重ねてきた。そのようなサイクルを繰り返すことで、少しずつ講義のレパートリーを増やし、学生の反応を見ながら話の展開を変える技も徐々に身に着けていったように思う。

看護教育は教育を受ける側(学生)と行う側(教員)の双方が多様である

 自身はこのような経緯で看護教育に携わり、今日に至っているが、そもそも、どのような人が看護教育に携わっているのだろうか。それを考える前に、看護師の養成課程の状況を振り返ってみたい。
 図1に示すように、看護師の資格を取得するには様々なルートが存在する。一つの国家資格を取得するのにかくも教育課程が様々に存在するのは、同じ医療従事者である医師、薬剤師と大きく異なる点である。

図1 看護師養成課程の全体像

 この図に示される各看護師養成課程の数も、近年大きく変化している。特に特徴的なのは、1992(平成4)年の「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」の制定以降、看護系大学の数が飛躍的に増加した点である(図2、3)。1992(平成4)年時点で看護系大学は11校であったが、少子化という人口構造の変化にも関わらず2008(平成20)年には168校と飛躍的に増加した。同年7月に厚労省が示した「看護基礎教育のあり方に関する懇談会論点整理」1) において、「看護基礎教育では、看護に必要な知識や技術を習得することに加えて、身につけた知識に基づいて思考する力、およびその思考をもとに状況に応じて適切に行動する力を持つ人材、すなわちいかなる状況に対しても、知識、思考、行動というステップを踏み最善な看護を提供できる人材として成長していく基盤となるような教育を提供することが必要不可欠」と記され、改めて看護基礎教育の重要性が強調された。加えて、超高齢社会を迎えた本邦において、看護職員の需要はいっそう増大し供給が追いつかないことが予見され、看護師養成課程全体の定員の増加が必要とされる中、看護系大学の新設や、既設校における新たな看護学部や看護学科の設置の動きも続き、看護系大学は今や290校(2021年5月現在)を数えるまでになった。

図2 教育課程別看護師学校養成所数の経年変化
図3 教育課程別看護師学校養成所定員数の経年変化


※図2、3ともに、「看護関係統計資料集」(日本看護協会出版会)および「看護系大学数及び入学定員の推移 (令和2年度)」(​​​​​​日本看護系大学協議会)をもとに作成


 各教育機関で看護教育に携わる教員もまた、様々な過程を経て教職に就いている。看護師学校養成所の看護教員になるには、厚労省看護研修研究センターあるいは厚労省が認定する看護教員養成講習会等での研修を修了していること(あるいはこれと同等以上の学識経験を有すること)が求められる(「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン」より)。一方、大学教員の場合は、各大学が定める教員任用規定に則り、学位、臨床経験、研究、教育業績等の審査を受けて採用の可否が決まる。
 このように、教育を受ける側(学生)と行う側(教員)の双方が多様であることも、他の医療職養成課程あるいは国家資格取得課程とは異なる点である。いずれの教育機関においても、国家資格の付与に資する教育を行うことが必須であり、具体的には看護師学校養成所指定規則や前述の指導ガイドラインに定められた内容を教授することが求められる。さらに大学教育であれば、学士の学位を取得するのに必要な単位(一般教養科目等)の修得も必須となる。

教員は少し先を歩く先輩として、後進に必要な知識、技術、経験を伝えていく

 このように多岐に渡る教育課程で、多くの教員が看護教育に携わっている。看護基礎教育課程の教員には教員免許が必要とされないため、大学において教育学を履修した者は必ずしも多くないことが推察される。看護基礎教育課程は、大学においては看護学というひとつの学問領域として存在するが、同時に資格取得に必要な専門的知識・技術を教授することも目的としている。高等学校を卒業した者を対象とするため、学生には基礎的な学習能力・思考力を基盤に、これまでに体得した学習法を用いて新たな知識・技術を習得することが求められる。
 教授する側も、学生の学習方略、物事への対処法など、学生個人の経験や強みを生かしつつ学習することを支援する、成人学習(アンドラゴジー)としての指導が時に必要となる。そのため、教員には絶対的な “教える者” というより、少し先を歩く先輩として、後進に必要な知識、技術を伝え、様々な思考の鍛錬を共にすること、さらには具体的な事例演習等による疑似体験を通して、経験値を増やしていくこと、このような役割が求められる。

 厚労省は「今後の看護のあり方に関する検討会報告書」2)(平成22年2月)において、看護教員には看護実践能力と教育実践能力のどちらも必要であるとした上で、看護教員に求められる能力として、教育実践能力、コミュニケーション能力、看護実践能力、マネジメント能力、研究能力を挙げている。また本谷ら(2020)は、日本において看護教員の教育能力がどのようなものであるか、教師の価値観、態度、知識、スキル、いわゆるコンピテンシー*が明らかにされているとはいえないとしたうえで、看護教員の教授活動に関わるコンピテンシーの研究の動向と課題について国内外の54文献をレビューしている。その結果、教授活動のコンピテンシーとして看護に関わる専門的知識、技術、実践力を有していることのみならず、指導力、調整力、コミュニケーション能力、状況認知力、対象(学生)理解力と成長に導く人格的素養、自己研鑽力、教育観、看護観などが挙げられ、それらの能力を測定するための尺度開発や、能力の育成を目指した教育プログラムによる介入評価など、様々な研究が行われていることを示している。
 これらを総じて見ると、看護教員は立場や教育の場が違えど、試行錯誤しながら、よりよい教育を行おうと惜しみない努力を行っていることが窺える。近年看護の領域にも導入されつつあるティーチング・ポートフォリオの活用も、教員が自身の教育内容を省察することで、よりよい看護教育を行うことを目指すものであることに他ならない。

*コンピテンシー:優れた成果につながる行動特性であり価値観、態度、知識、スキルを含む 3)
  

多くの看護教員の学びの場、共有の場、時に憩いの場、そして発展の場として

 2020年以降世界的に猛威を振るうcovid-19の蔓延により、看護基礎教育においても形態を大きく変えることが求められた。他の学問領域と同様に、看護教育においても近年e-learningやICTを積極的に導入することが求められていたことも相まって、この機会にインターネットを活用した講義、演習、さらには実習の検討が一気に加速した感がある。
 インターネットを介する教育で、学生の学習意欲を保ちつつ、従来の教育の質を担保した内容を教授することは、通常の授業準備に加えて膨大な時間とエネルギーを費やすことになる。常に最新の専門的知識、技術を習得することの他、このような新たな学習形態に精通することも求められており、看護教員の仕事量は計り知れない。このような時だからこそ、インターネットを活用し、様々な教育機関で看護教育に携わる教員間で効率的に情報共有し、意見交換したり思いを共有することができたなら、孤独な作業に陥りがちな看護教員の大きな支えとなるだろう。
 駆け出しのころ、全くの不心得教員だった筆者が、20年余り経ってこのような場で自身の看護教育を振り返り、これからの看護教育を考える場を得たことを心からありがたく思う。看護教員は、たとえ所属機関、指導環境や対象とする学生が異なっても、看護教育に携わる者として共通する思い(パッション)があると確信する。『NurSHARE』が多くの看護教員の学びの場、共有の場、時に憩いの場、そして発展の場として機能することで、互いに「つながり」、新たな試みが「はじまり」、その輪が「ひろがる」ことを願っている。

引用文献
1)厚生労働省:「看護基礎教育のあり方に関する懇談会論点整理」(平成20年7月31日),〔https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/s0731-8.html〕(最終確認:2021年11月15日)
2)厚生労働省:「今後の看護のあり方に関する検討会報告書」(平成22年2月17日),〔https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0217-7b.pdf〕(最終確認:2021年11月15日)
3)本谷久美子,荒木田美香子:看護学教師の教授活動に関わるコンピテンシーの研究の動向と課題.日本看護研究学会雑誌 43(5):877-890,2020

林 直子

聖路加国際大学大学院看護学研究科 教授

はやし・なおこ/東京大学理科Ⅱ類入学、医学部保健学科卒業後、東大病院外科病棟に勤務。東京大学大学院医学系研究科修了(保健学博士)。UC San Diego客員研究員、聖路加看護大学講師、東邦大学教授を経て、2010年より現職。前厚労省保健師助産師看護師国家試験委員長。放送大学客員教授、日本看護系大学協議会がん看護分科会委員長、日本看護協会分科会委員長他兼務。著書は『看護学テキストNiCE成人看護学概論 改訂第3版』(2019、南江堂)[編集]、『ナーシング・グラフィカ基礎看護学②:基礎看護技術Ⅰ』(2022、メディカ出版)[分担執筆]など多数。趣味はアマチュアの卓球観戦。

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