看護教育にも「VR時代」がやってきた!
ここ数年、「バーチャルリアリティ」(仮想現実、以下「VR」)というパワーワードがよく聞かれるようになり、さらには「AR(拡張現実)」や「メタバース(仮想空間)」など、VRから派生した新しい技術や概念が次々と誕生している。
インターネット技術が成熟し、デジタル技術による革新が生みだされ続けるなか、それらの活用によるさまざまな映像表現が可能になってきている。同時に、新しい技術がとくに制限されたものでなく、どの一般のユーザーでも気軽に活用できるという点が、現在の「VR時代」の大きな特徴である。
教員の反応は「役に立ちそう」「でも難しそう」
「VR時代」となり、看護教育の現場でも、「VRを積極的に活用していくべきでは?」という希望の声があるかと思えば、他方で「実際に看護教育に活用できるのか」「はたして本当に役立つものなのか」「なんだか難しい感じだな」という声も聞こえ、期待と不安とが相半ばする様子が伝わってくる。
今回、「いろいろな声」に対する1つの答えとして、VRに関する課題を整理しながら、筆者が進めてきた実践例を簡単に紹介したいと考えている。筆者は、数年前からこのVR技術に着目し、また実際にVR機器を購入して調査を行い、さらにVR技術から派生した「AR(拡張現実)」や「メタバース(仮想空間)」なども含め継続的にコンテンツ開発を行っている。
課題1 日本では諸外国に比べてVR教材が不足している
現在、看護系の学校で活用されているVR教材は、基本的に看護教育系の業者から購入したものがほとんどであり、各学校の事例や環境に即した、手作り(内製)のVR教材を開発・制作する体制はまだ整っていない。日本ではそもそも欧米に比べて看護教育のVR教材が圧倒的に不足していたが、今回のコロナ禍でいっそうその必要性が認識されることとなった。
今後もどちらかといえば実習が制限されていく方向に続んでいくであろう看護教育において、VR教材は、実習の機能を補う教育方法としてさらに有意義となり、ゆくゆくは多くの学校にとって必要不可欠な存在になるのではないかと考えられる。
その時に備えて、今のうちから徐々にVR教材をつくるために必要な備品や環境についてのアンテナを伸ばしておく必要があるだろう。性能を維持しつつも安価となって扱いやすくなっている機材についてもリサーチしておくとよい。
課題2 看護の「体験」は容易だが「実践」は難しい
看護の「体験」をVRで表現することは比較的容易だが、看護の「実践」については「患者への看護実践」を含めた双方向性のやりとりが生じるため、VRでの表現も難しくなる。つまり患者という人間をVRで表現するだけでなく、いわゆるインタラクティブ性(双方向性)を追加して、初めて「実践」が成立する。患者とのコミュニケーション場面を表現するためには、音声認識やAIなどを組み合わせるなどやや高度な技術が必要である。
「体験型」と「実践型」でどう役割分担するか
なおVR教材の「体験型」と「実践型」とは優劣の関係ではなく、種類の異なった別々の表現方法であり、看護教育にとってはともに重要である。問題は、看護教育のどの学習過程において、学生の学習段階や到達目標と照らし合わせながら、2つの表現方法をどのように選択し当てはめていくかということにある。
たとえば導入が容易な「体験型」については、高度な“現実感”があり、初学者にインパクトを与えて、イメージ化や学習意欲向上を促進する働きがある。実際の臨地実習の前後に活用するのが適切であろう。
下の動画はVRにより「病室体験」を行っている様子である。
「体験型」VRにはどんなものがある?
看護の「体験型」の表現方法として、シンプルなプログラミングであるHTMLによるウェブ上のコンテンツの使用がある。HTMLプログラムはシンプルであり、スマートフォンなどでも活用でき、入門用の教材として比較的容易である。
下にHTMLによってプログラムした教材例を紹介する。
そのほか、コンピューターグラフィックスを活用したコンテンツ、また、360度カメラで撮影した実写映像などを活用したコンテンツも、さまざまな看護の「体験」を演出することが可能である。360度カメラによる実写映像もリアリティがあり、VR教材の製作の導入としては扱いやすい。
下の動画は、ICU、通常のベッドサイド、保育器に入る新生児の様子を360度カメラで撮影し作成した動画である。平面画像に比べ立体的に対象をとらえることができるため、より現実感や没入感をもって演習に臨むことができる。
「実践型」VRにはどんなものがある?
さらにコンピューターグラフィックスについては、インタラクティブ性—つまり「実践型」の表現が可能であり、将来的にはVRの主流になっていくものと考えられる。
下の動画はフェイシャルキャプチャーと呼ばれるもので、人間の顔の微細な動きをとらえ仮想の人間に反映させる技術である。学生同士の模擬演習でよくあるのが、互いへの恥ずかしさや慣れ合いがじゃましてスムーズに演習が進められない場面である。その点、フェイシャルキャプチャーは顔見知りの学生が患者を演じても、相手は見知らぬ患者と相対しているようにしか感じないため、より実習と同じ環境に近づけることができる。模擬患者に来ていただく手間や費用を考えると、非常に簡便に利用できるツールである。
どのように看護の「実践型」を表現していくべきか、どのようなデジタル技術の組み合わせがあれば、実現可能であるのか、シンプルなHTMLプログラムから、複雑なVR技術まで、とても奥の深いVRによる看護教育の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の具体的な方法について、機会をみて別コーナーで紹介していきたいと考えている。