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第34回日本看護学校協議会学会/地域の文化を乗せた寶船の出航~あらたな看護教育の創造と実践~

第34回日本看護学校協議会学会/地域の文化を乗せた寶船の出航~あらたな看護教育の創造と実践~

2022.11.24NurSHARE編集部

 日本看護学校協議会(水方智子会長、松下看護専門学校 副学校長兼教務部長)は2022年8月9日から10日の2日間、兵庫県看護協会会館ハーモニーホール(神戸市)で、第34回日本看護学校協議会学会(村本洋子学会長、兵庫県立総合衛生学院 看護・介護部長)を開催した。メインテーマを「地域の文化を乗せた寶船(たからぶね)の出航~あらたな看護教育の創造と実践~」と定め、多岐にわたるプログラムによって様々な知見が集まる場となった。
 オンラインを併用したハイブリッド開催とし、参加者が新型コロナウイルスの感染拡大状況や豪雨災害などの状況に応じて柔軟に参加できるよう、参加形式の当日変更も受け付けた。会場へは196人が集まり、124人がオンライン配信を視聴した。
 本レポートでは、学会1日目(9日)の演題の中から、同会会長講演および基調講演の様子を中心に紹介する。

兵庫県では初の開催となる同会学会

 開会式では、同会の星北斗副会長(ポラリス保健看護学院 学院長)、村本学会長に加え、片山安孝兵庫県副知事、成田康子兵庫県看護協会長が挨拶した。村本学会長は「コロナ禍の危機的状況の中ではあったが、新カリキュラムがスタートした2022年は看護基礎教育における大きな節目の年。そのような時に、阪神・淡路大震災に遭遇しながらも乗り越え復活・創成し続けてきた兵庫県で学会を初めて行う機会を頂けた」と、感謝と歓迎の気持ちを表した。また、「本学会を通して、ますます魅力ある看護学校づくりを目指して参加者の皆さんとともに看護教育のあり方を再考する機会となれば」と同学会への期待を述べた。

壇上や聴講者席を彩る手作りの飾りは、震災を語り継ぐシンボル「はるかのひまわり」1)を模したもの。震災を忘れないように、との願いが込められた会になった。【写真提供:村本学会長】
 

会長講演「これからの看護教育にもとめられること~誰でもはじめは初学者だった~」

 開会式に続いて水方智子会長が登壇して会長講演を行った。 
 水方会長は講演冒頭、「これからのことを考えるにあたり、これまでの振り返りも必要なのではないか」と提言。「皆さんはどんな看護学生、新人看護師、新任看護教員でしたか」と呼びかけ、どんなベテラン教員でもスタートは「看護」や「教育」に触れ始めたばかりの初学者であり、頑張ってもうまくいかないのが当たり前だったと述べつつ、「看護師が患者に教わって成長するのと同じように、教員もまた学生たちに教えてもらって教員になってきた」と話し、参加者たちとともにそれぞれのあゆみを想起した。それを踏まえて、看護が患者を中心として展開されるのと同様に、教育も学生を中心として展開されるものであり、目の前の学生を理解しながら彼らの成長や発展を支えるかかわりである、また“転ばぬ先の杖”として親切心から過剰に手を出すことは、逆に学生の成長や発展を阻害すると自身の考えを軽やかに論じた。

 コロナ禍における看護教育のICT活用やデジタルトランスフォーメーション(DX)の高まりに代表されるように、社会の変化に伴って看護教育も姿形を変えてきている。水方会長は「これからの看護を創っていくためには変化に柔軟になりつつも、自身が人と人とのかかわりの中で大切にしてきた、あるいは先人たちが紡いできた看護や教育の本質を大切にしながら、今一度相手を中心にしたかかわりが出来ているのかを問い直す必要性があるのではないか」と呼びかけた。

基調講演「地元創成看護学の船出」

 昼休憩明けには、南裕子氏(神戸市看護大学 学長)が講演した。日本人として初めて国際看護師協会(ICN)の会長を務めるなど看護界を牽引してきた南氏の講演はとりわけ注目度が高く、会場には多くの参加者が集まった。南氏は、「今学会のテーマは私たちが取り組む地元創成看護学の実装とも類似している。地元創成看護学の考え方を参加された皆さまと共有できることをうれしく思っている」と挨拶し、今学会の副題「あらたな看護教育の創造と実践」について、地元創成看護学の視点からユーモアを交えながら語った。

地元創成看護学とは何か

 地元創成看護学とは、「地元の人々の健康と生活に寄与することを目的として、社会との協働により、地元の自律的で持続的な創成に寄与する看護学」2)を指す。「地元」は、看護の対象や看護者が所在する地域または看護系大学、看護師養成校等の組織理念や趣旨に根差した特定の地域や社会集団などをいい、その姿や文化は多様だ。
 南氏も名を連ねる日本学術会議 健康・生活科学委員会看護学分科会は「『地元創成』の実現に向けた看護学と社会との協働の推進」として、2020年に地元創成看護学について提言した。同会は提言中で、看護系大学に対して下記の4点への取り組みと着手が必要だと述べている。南氏は「看護系大学に限らず、看護専門学校においても求められること」として、学問の一領域、また地域包括ケアシステム構築のための取り組みとして、地元創成看護学を実現するために重要な4つの事項を紹介した。

(1) 看護学のパラダイムシフトとして地元創成看護学への理念の転換
(2) 「地元」住民との連携強化
(3) 広域・政策担当者との連携強化
(4) COVID-19の感染拡大や自然災害下における地元創成看護学の開発・実践の着手

 地元創成看護学は、地元の特色を踏まえた新しい看護の教育や研究、実践活動を通して地域包括ケアシステムに貢献するべく提言された学問である。目指すところは、地元の風土や文化に基づきながら、地元の人々が看護を主体的に自ら創成し、課題を解決したり変化するニーズに対応したりすることだ。

地域の文化や生活習慣をくみ取る看護の重要性

 自身の被災経験から日本災害看護学会や世界災害看護学会の発足に尽力し、世界に災害看護の必要性を訴え続けてきた南氏は「私たちは阪神・淡路大震災に育てられた」と話す。ナイチンゲールの看護がクリミア戦争によって発展したように、兵庫県の看護は阪神・淡路大震災を経て大きく変化してきたという。
 南氏はこれをもとに「一律のカリキュラムでも、具体的に教える内容を地元の現状とつなげてみるとまた見え方が違ってくる。教育にあたっても、その地域の文化や生活習慣をくみ取ることが必要」と述べた。教えることや患者の症状には地域差がなくても、患者や患者を取り巻く環境、抱える問題には異なりがある。そうした異なる特徴をもつ、それぞれの「地元」に暮らす人々を支える看護を教えるカリキュラムが全国一律でよいのだろうか、ということが南氏の問題提起であり、地元創成看護学の根幹を成す考え方だ。

地域のエネルギーを借りて学生を育てる

 生物学や化学などといった看護学の自然科学的な側面も大事にしつつ、これから「実学たる看護学」を学ぶためには、地元創成を牽引できる看護師を育て地元固有の看護学を構築することが欠かせない。これには「ローカルを見てグローバルに発信」という方向性のパラダイムシフトが重要になると南氏は言い、「地元と同様の課題を抱える土地はどこかにある。地元の問題は必ず世界に通じる」と論を展開した。これまではグローバルな通説を個々人へとローカルに発信する形が一般的だったが、発想を変えて「私の地元にはどんな問題があるだろうか」と課題を見つけ、解決策を考え、そこから得たものを発信したり教育の中に落とし込んでいくのだ。そのためには、教育の場が地元と連携し、住民のエネルギーを借りる必要がある。

 神戸市看護大学では地域住民による教育ボランティアを導入した授業を複数展開しているという。たとえば1年次の「ヘルスプロモーション論」では、ボランティアが学生と共に講義を聴講し、講義内容に関するグループワークにも参加する。同世代の学生だけではなく、年の離れた人とも意見を交換することで、健康に関する多様な価値観に触れたり、健康増進やそのためのヘルスプロモーションがあらゆる人にとって重要だと実感してもらう目的だ。同学の教育ボランティアには現在150人ほどの地域住民が登録しており、様々な場面で学生たちとかかわっている。

自発的なボランティア活動に取り組む学生の姿

 南氏の周囲では、学生自身が自発的なボランティア活動を通して地元や社会とのつながりを深める機会も多かった。たとえば、南氏がかつて所属した高知県立大学の学生グループ「健援隊」は、「健康の応援」をモットーとして地域の健康への貢献活動を行っている。地元で開催されるイベント時を熱中症や脱水症状予防を啓発するうちわを配布したり、健康便りを作って各地区に配布したりと、その活動はさまざまだ。地元の帯屋町商店街を活気づけようと、訪れる高齢者への声掛けを行ったり、体調に応じてベンチに誘導したり、時には買い物に同行するなどの取り組みを行ってきた学生もいる。
 どちらの活動も看護学生だけが参加するものではないが、とりわけ熱心に参画していたのは看護学生だった。「看護学部の学生は講義や実習、アルバイトなどで忙しいからボランティアはできないだろう」と教員が思っていても、実際のところ活動に情熱を燃やす看護学生は多く、彼らには人の助けになることに取り組める勇気やガッツがあったのだ、と南氏は言う。多忙の中でも地元のためにと様々な取り組みに打ち込む学生らの様子からは、将来看護職として地域包括ケアシステムの中核を担い、地元で活躍する姿が予感される。

学生と教員、それぞれの自由を保障する学び

 最後に南氏は、2001年に12人の世界的な有識者をメンバーとして設立された「人間の安全保障委員会設立」の報告書の一文を紹介した。人間の安全保障とは「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、全ての人の自由と可能性を実現する」3)ことであり、南氏は「看護職はこれを遵守する覚悟を持たなくてはならない」との見解を示す。「看護職は絶えず対象の基本的人権や尊厳を保障するからこそ、看護教員も学生と教員それぞれの自由を最大限に保障する環境をつくらなければならないのではないか」との問題提起によって講演が締めくくられた。

おわりに

 時代の変遷や世情に寄り添って、看護界にもまたひとつ、ふたつと大きな変化が押し寄せている。これからの日本の看護を担う学生たちには、変化に柔軟に対応しながらも、変わらない本質を見据えた看護の実践がより求められるようになるのかもしれない。

引用・参考文献
1)NPO法人阪神淡路大震災1.17希望の灯り:はるかのひまわりって?,http://117kibounoakari.sakura.ne.jp/newpage/?page_id=175,アクセス日:2022年11月24日
2)日本学術会議ホームページ:提言「「地元創成」の実現に向けた看護学と社会との協働の推進」のポイント,https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/kohyo-24-t292-8-abstract.html,アクセス日:2022年9月27日
3)人間の安全保障委員会:『安全保障の今日的課題―人間の安全保障委員会報告書』朝日新聞社,2003年,p.11
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