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第2回:思考・行動を省みて自身の性質に気付く-中村女子高等学校の事例 

第2回:思考・行動を省みて自身の性質に気付く-中村女子高等学校の事例 

2022.06.15田中 孝恵(中村女子高等学校 高等看護専攻科 主任)

IBL/ABLとは?

 ある看護教員の方から「インシデントやアクシデントは学生が主体的に考え学ぶきっかけになる」とお聞きする機会があり、そのような学習方法を何か言葉で表現できないかと、Incident-based learning(インシデントを基にした学習)、Accident-based learning(アクシデントを基にした学習)というふたつの造語を考えました。IBL/ABLはその略語です。
 取材を進めると、実際にIBL/ABLにあたる学習・指導をされている先生方がいらっしゃり、今回はその知見をお寄せ頂きました。本企画がインシデントやアクシデントを通した学生の学びや成長につながれば幸いです。(NurSHARE編集部)

はじめに

 インシデントやアクシデントが起こった際の対応で筆者が大切にしているのは、学生たちが起こったことや当時の行動・言動について、自分の言葉で表現できるようにすることである。インシデント・アクシデントの発生時に書かせるレポートひとつとっても、「何が原因か」「何ができていて、何ができていなかったか」といった根幹をうまく捉えられないために、行動改善につながる文章が書けないケースは多い。

 その場合は教員から答えを提示するのではなく、発生時に気が付いたこと、話したことなど、状況を細かく詳細に思い起こさせる。次に状況を踏まえて俯瞰的に考えられるよう促し、「なぜ起こったか」について自分なりの考え方を学生から引き出す。最終的には学生が自身のパーソナリティや思考、行動のクセを認知して、再び同様の問題を起こさずに行動改善するためにはどうすればよいか、考えられるよう導く必要があると考えている。
 ここでは、実際に当校で起きたインシデント・アクシデントに対して、プロセスレコードを用いて学生らが自己を理解し考えを深めることができた事例を紹介する。

学生の思考・行動を十分に想像しきれずに発生した事例

【DVD教材視聴に際して起こった事例】

 専攻科1年生の母性看護学のコロナ禍代替実習の中で、看護過程を展開するためのレポート課題の題材としてDVD教材を視聴させた。一度通しで視聴させ、休憩後に教員が都度解説をしながらもう一度教材を見直す予定であると、学生たちには案内していた。
 一度目の視聴後、担当教員が離席した間に、学生の一人が自身のタブレット端末でプロジェクターに投影されているDVD教材の映像を録画していた。戻ってきた担当教員が録画中の学生を発見した。

 担当教員は事例発生後、教材の録画にかかわった学生A、B、Cの3名から事情の聞き取りを行った。
 当校では、代替実習や臨地実習中、学生のスマートフォンを教務室で預かるようにしている。しかし、事例発生日は、学生Aが患者指導用パンフレット作成のためにと個人のタブレット端末をたまたま持ち込んでいた。それを知った学生BがAに対して録画とスマートフォンへの動画転送を提案、居合わせた学生Cも賛成し、頼まれたA本人も「確かに教材を見返せたらよいだろう」と納得して、教員がいないタイミングで録画したということであった。
 録画の理由について、学生たちは「DVD教材の映像はスピードが速く、十分にメモを取ることができなかった」「レポートをきちんと書きたいから、家でも教材を視聴し直せるようにしたかった」と話した。

想定外だった学生の行動

 筆者がこの事例を引き継ぎ、さらに話を聞いていくと、学生たちは録画行為について「よくないことかもしれない」と思いながらも、レポートをきちんと仕上げたいという気持ちが勝っていたと説明した。教員が「これが病院だったら、あなたたちは患者さんのデータを録画して同じことをするの?」と問うと、3名ともそんなことはしないと否定した。
 しかし、実際の病院で起きた事例ではないとはいえ、臨床に置き換えると患者のカルテなど個人情報を撮影・録画して持ち帰ることにも等しい。実習前のオリエンテーションで個人情報保護やSNSとの適切な付き合い方については入念に指導を行っていただけに、「なぜ起こってしまったのか」と筆者を含め教員たちもショックを受けたというのが正直なところであった。

 彼女たちはオリエンテーションを受けて個人情報保護の大切さは認識していたが、今回の教材録画は実際の患者データとは別物だから問題ないだろうと判断していたように思われた。また、日頃スマートフォンを預かるようにしてはいたが、タブレット端末やパソコンの持ち込みは盲点であり、今後のICT機器の扱いについても再考させられる事例であった。

学生の考えを受け止めながら理解を正す

本事例を重大事案ととらえ、複数教員で対応することに

 担当教員から事例発生の報告を受け、筆者は学生3名に対して複数回の個別指導を行うこととした。当該授業の評価者でない立場の教員が介入することで、客観的かつ冷静に学生や本事例を多角的に見ていく必要があると考えたためだ。

 まず一人ひとりから事例の詳細を聞き取ろうとしたが、その際の態度にも学生それぞれの性格や特性が現れていた。単位がもらえないかもしれないとの恐怖から泣き出し受け答えがままならない学生もいれば、事の重大さと向き合えておらず、どこか他人事のように振る舞う学生もいた。

 当校ではインシデントやアクシデントの発生時、実習要項に基づいて学生にレポートを書かせている。その際に用いるレポートは形式が定められており、通常であればその書式に基づいて記録をさせる。しかし、今回の事例では既存のレポートを用いずに指導を進めることを決めた。彼女たちの様子から、文章力に左右されるレポートを中心に指導を進めるより、筆記と対話の双方を通した振り返りの方が有効だと考えたためである。

3名に対する個別指導を行うにあたって

 3名の実習は中断させ、しっかりと振り返り考えるための時間を十分に設けることとした。その中で、最初は事例に関し「自分が何をしたのか、それをどう自覚しているか、今後どのように行動すればよいか」を自由に記述させるレポートを書いてもらった。それを学生と筆者とで一緒に確認しながら面談を行う。面談を終えたらある程度時間を置き、後日、今度は「プロセスレコード」として事例について記録させ、それを踏まえてもう一度面談を実施した。

 当校では、老年看護学、成人看護学の実習においてプロセスレコードを一回ずつ、精神看護学実習では二回記録させるようにしている。このようにプロセスレコードを何度も書くことで、自分の言動や思いを客観視する機会が増え、自己理解をより深めてもらいたいとの思いからである。今回のケースにおいても、どの場面で自分が何を思ったのか、自分の見聞きしたことや思い、反応、他者に対し返した言葉など、一つひとつを丁寧に振り返らせることで、自分の考え方の傾向に気付いてもらいたいと考え、プロセスレコードの提出を課した。

自身の課題点に気付かせるための指導

 指導においては、冒頭に述べた通り学生たちが自分の言葉で表現できるようにすることを重視した。それに付随して、面談の際には以下の3点に注意しながら指導を進めていった。

  • 場面や心情を細かく分解し、段階的に進める
  • キーとなるポイントで逐一教員が問いかけをする
  • 学生が口頭で述べる機会を必ず設ける

 とりわけ、筆者から学生にかける言葉は慎重に選んだ。学生はストレートな言葉には感情が先だって反抗的になりやすい。また、頭ごなしに「ダメだよね」と言ってしまっては会話が途切れて学生が考える機会も失われてしまう。自分で考えさせ、それを自分の言葉で伝えてもらい、教員の細かな問いに対して自分なりに答えられたという体験をさせることで、事例発生につながった各々の課題点を“自分事”として受け止められるよう試みた。

学生が自分自身の性質を把握できるように

考え方の特性やクセから事例発生の要因を探る

 3名それぞれに指導を行うと、もとより感じられていた性格や考え方の違いが浮き彫りになった。
 たとえば録画を提案した学生Bは、質問に対しての解答内容から、深く考えることができていないと思われる場合が多かった。録画の問題点は分かってくれたが、今後につなげるにはどうすればよいのか考えさせ言葉を引き出すことに苦慮した。しかし対話を積み重ねると、「レポート課題をきちんと書きたい」気持ちよりも「楽をしたい、逃げたい」という気持ちが勝っていたために録画を提案したと、学生当人の言葉で語れるようになった。本人が逃げる傾向にある自分を理解したことを踏まえ、別の場面でも困難から逃げないようにするため何が必要かを話し合った。

 教材の録画に賛成した学生Cは、もともとせっかちで早く結論を出したいと焦る傾向が見られたこともあり、それが原因で深く考えることなくBの言葉に乗ってしまい、録画を良しとしてしまったように思われた。繰り返しの指導により自身の傾向を掴み、節度を持った行動ができるようになった。それでも焦りが現れることがあるため、振る舞いが気になった場合は教員から声掛けを行うようにした。本人も事例発生時の指導を思い出して「そうか」と理解してくれるようになり、今回の指導が気付きのポイントとして行動の振り返りのために立ち戻れる場となった。

 タブレット端末を所持しており、録画を頼まれて承諾した学生Aは、当初自身のことを「人に流されないタイプ」と分析していたが、教員から見ればそうではないと感じられることも多かった。学生の自己分析と他者による客観的な分析は異なることが多い。今回の事例に関する指導を通して自分の性格に気付くことができ、比較的優秀な学生であったことも相まって、より深く考える力が身についたと思われる場面も見られるようになった。

学生の思考パターンに合わせた指導の必要性

 今回の場合、学生Cが該当するが、学生の中には何度も謝ることでその場を免れようとする傾向がある者もいる。レポートやプロセスレコードでも、「自分が悪かった」「ごめんなさい」としか書けないのだ。彼らに対しては、反省していることは十分に分かっていると認めたうえで「反省の言葉だけでは、場面の分析ではできないよ」と伝えるようにしている。インシデント・アクシデント発生時の振り返りは、同じことを繰り返さないために必要なのだと理解してもらわなければならないからだ。

 今回の事例のように、同じインシデント・アクシデントの発生にかかわった学生であっても個々人で考え方や性質が異なり、指導時の教員からの投げかけに対する受け止め方も全く違う。学生A、B、Cの反応から、改めて一人ひとりの思考パターンに合わせた指導の必要性を実感した。
 また、仮にインシデント・アクシデントにかかわる学生の人数がもっと多く、複数教員が分担して対応するような場合には、教員ごとの考え方・価値観、評価視点の差異も指導に影響するだろう。この点にも難しさを感じている。

教員間の情報共有や全校への指導も求められる

 とは言え、マンパワーを考えれば個別の指導には限りがある。そのため当校では、教員間で注視や指導が必要な学生の情報を交換したり、教員の配置も含め個々の学生の特性を考慮した実習グループの組み合わせを意識したりして、学生の思考パターンを把握するべく教員間で気付いたことを積極的に伝え合うよう努めている。
 また、本事例は関係者からの了解を得たうえで、関与者が特定されないように配慮し、他の学生に対しても情報を共有している。ほぼすべての病院で電子カルテを採用しており、情報へのアクセス者等の特定も容易になった現在の状況を踏まえ、自分たちの行動がきちんと把握されていること、情報の漏洩に対し責任を取れなかった場合はどうなるのかなど、自分の行いが周囲に大きな影響を与えかねないと分かってもらえるよう学生らへ説明している。

事例を通して得たもの

 本事例から気付かされたことは非常に多かった。ICT機器の扱いについてはもちろん、知識は持っていてもとっさに生かすことが学生にとっていかに難しいかを痛感した。また、本事例の根底にも通じるが、近年、学生の、看護師として実践の場に出ることへの危機感が弱まっているように感じる。様々な要因が考えられるが、看護学生の場合はコロナ禍の影響を受けて臨床経験が減ってしまったことも一因ではないだろうか。
 たとえば精神看護学実習では、特有の環境だからこそ患者の安全を改めて実感させられる場面があるが、当校ではコロナ禍で2年ほど臨床実習が行えていない。鍵ひとつの管理が患者の命にかかわる、という体験をしていないことの意味は大きいと考える。

 インシデント・アクシデントには、「ついやってしまった」「魔が差した」では済まないケースもある。実習に出れば、教員がずっと傍にいたり、がんじがらめのルールを作って制御したりできないからこそ、インシデント・アクシデントを、学生たちが考え成長する機会となるよう、今後も指導を行っていきたい。

田中 孝恵

中村女子高等学校 高等看護専攻科 主任

たなか・たかえ/山口県立衛生看護学院卒業。山口県立大学大学院 健康福祉学専攻科修了。社会保険(現JCHO)徳山中央病院の小児科病棟・NICU等で約9年間勤務後、退職。復職後は看護・福祉系の専門学校で専任教員を務めた。2008年中村女子高等学校へ入職後、高校教諭一種免許を取得し、2019年より現職。学内では小児看護学、看護管理などを担当している。趣味は韓流ドラマ鑑賞と愛猫と遊ぶこと。

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