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【インタビュー】地域・在宅看護の未来へのメッセージ ―『NiCE地域・在宅看護論Ⅰ・Ⅱ(改訂第3版)』に込めた想い

【インタビュー】地域・在宅看護の未来へのメッセージ ―『NiCE地域・在宅看護論Ⅰ・Ⅱ(改訂第3版)』に込めた想い

2024.01.16NurSHARE編集部

 2022年度施行の改正カリキュラムでは、「在宅看護論」が「地域・在宅看護論」と改められたことが大きな変更点となりました。株式会社南江堂が発行する看護学テキストNiCEシリーズでは、本改正に対応した『NiCE地域・在宅看護論Ⅰ 総論(改訂第3版)』『同Ⅱ 支援論(改訂第3版)』(編集:石垣和子、上野まり、德田真由美、辻村真由子)が2024年1・2月に順次刊行となります。そこで本書初版から編集に携わってこられた石垣和子先生(前石川県立看護大学学長)、上野まり先生(前自治医科大学医学部看護学科教授)に、改訂に込めた考えや想いをうかがい、これからの地域・在宅看護を担う教員・学生のみなさまへのメッセージをいただきました。(NurSHARE編集部)
本インタビューは2023年12月に行ったものです。

 

― 本書の改訂は保健師助産師看護師学校養成所指定規則の一部改正によって、「在宅看護論」が「地域・在宅看護論」に変わったことを受けたものです。まずこの改正を先生がたがどのように受け止めたかをお聞かせください。

石垣:この名称変更には、看護基礎教育の変化と社会の変化の双方が影響しているように思います。旧カリキュラムでは「在宅看護論」は統合分野に位置づけられ、基礎看護学、そして成人看護学等の各専門分野の学修後に教授されてきました。しかし、在宅看護は地域での暮らしの場で行う看護であり、生活とともにあるものですから、地域と切り離すことはできません。その点が強く認識されたことがあると思います。そして、地域の視点をもって対象者をとらえることは本来的にはすべての看護に共通することであることから、基礎看護学の次に位置づけられたのでしょう。
 一方で、人口の高齢化を受けて社会情勢は地域包括ケアの推進を求めています。団塊世代が75歳以上になる2025年に向けて着々と準備されてきた地域包括ケアシステムには看護職が不可欠です。地域で活躍できる看護職の育成は社会的要請であると言えます。

上野:人はもともと地域で生きてきたのですから、地域の生活が基本のはずですよね。ですから看護には「地域の人の健康を増進する」という視点が不可欠だと考えています。日本の看護教育は、いきなり医療機関の看護に目を向けることが多いですが、ナイチンゲールの看護論にも地域について書かれているように、地域で健康に暮らすことが第一、健康が崩れてしまった時には病院へ、という考えこそが本来ではないかと思います。
 在宅看護論に「地域・」という言葉が加わった背景には、地域やそこでの暮らし、対象者やその家族の多様さを知る必要性が増したこともあるように思います。権利意識も高まっているのでしょうね。医療者や家族の意見を全て受け入れるのではなく、「自分はこうしたい」という思いを通す療養者が珍しくなくなってきました。パターナリズム的な医療にはもう限界がありますよね。医療者は「その人が望むことをいかに叶えるか」「その人に合った医療を提供するか」ということを重視し、これまで以上に柔軟に考えなければならなくなった。そのためには地域の視点が欠かせないのです。

― これからの地域・在宅看護において、看護職には何が求められているとお考えですか。

石垣:この数年で、家族についてもっと学ばなければいけないと感じるようになりました。ステップファミリーや内縁関係、LGBTQ+であったり、ペットが家族の一員とみなされるようになったり、家族のあり方は多様化してきています。結婚して子どもが生まれ、その子を独り立ちさせて夫婦だけになって……という家族の形がさほど当たり前ではなくなってきているのです。これまでの当たり前の家族像にこだわらず、現代社会の中には多様な実態が生まれてきていることに気づき、あるがままを認める必要があります。
 さらに死生観も変わってきてACPのように生前から自分の死に向けて考えることも珍しいことではなくなっています。地域で看護を提供する看護職は、こうした新しい知識を常に吸収していくことが求められています。

上野:地域での看取りが進んだことも大きな変化です。今は地域での看取りを看護師だけの力で行うのには限界があって、どうしても家族のような立場の人がいないと難しいところもあるし、グループホームやサ高住、有料老人ホームといった病院でない施設で看取りを行うことも増える。ですから、今後は医療職でない人が中心になる看取りの場においても、どのように医療職がかかわり質を保った看取りを維持するかが課題になると思います。看護職もその課題に取り組まなければなりません。

石垣:私はいざ自分が最期の時を迎えるとなったら、その場には誰もいないほうがいいなあと思っています(笑)。孤独死がすごく悪いことのように言われがちですが、本当にそうなのかな、と。

上野:誰もが絶対に死ぬわけですからね。死の瞬間だけにこだわって「どうやって死ぬか」を考えるより、「どうやって最期まで生きるか」が大事だと思います。ただ、残される立場の家族が何を感じるかは大切にしないといけないので、看護師には、家族が後悔しないような最期を迎えられるように看取りの準備を進めることもまた、プロとして求められるのではないでしょうか。

― これまでのお話もふまえて、本書の改訂で力を入れた点を教えてください。

石垣:第Ⅰ巻『総論』では、在宅看護にかかわる基本的な内容は着実に押さえつつ、「地域を知ること」について広くとらえて看護に応用してもらえるような内容を多くしました。地域を知るためには「人間とは何か」「社会とは何か」をより深く学んでほしいと思い、ヒトをその進化を含めて生物学的にとらえる項目や(第Ⅰ章1節「自然界におけるヒトという存在」)、地域の環境(第Ⅱ章4節「地域の環境が暮らしに与える影響」)、社会経済(同第5節「社会経済が暮らしに与える影響」)など社会学的なテーマも取り上げています。暮らしの中で療養する人の思いを理解・共感することができるような幅広い知識を身につけ、痒い所に手が届く支援、在宅ならではの良さを応援できる支援が提供できるようにと考えたのです。これは他の教科書にはない特長なのではないでしょうか。

上野:地域の視点を身に着けるためには、まずその人がどのように暮らしてきたのかという歴史を学ぶことが重要であり、そのために人の暮らしを考えてほしい。同じ地域であっても住人みんなが同じような人生を歩んできたのではないですから、対象者の多様性を理解するためにまず人間を理解してほしいのです。看護師自身の狭い価値観で相手を見るのではなく、自分とはまったく異なる価値観で生きてきた人がたくさんいるということは、看護を学ぶうえでの基本ではないでしょうか。ましてや20年足らずしか生きていない学生が、超高齢者の割合が多い在宅看護の対象を知るには、幅広い知識が必要です。『総論』はそういったところを大切にして編集しました。

石垣:家族に関する章を新たに設けました(第Ⅶ章「地域・在宅看護における家族の理解と支援」)。多様な家族の姿への理解が大切なのだと伝わるようにしたいと考えました。看護基礎教育において「家族看護学」が必修ではないこともふまえ、家族看護学で扱う家族機能や家族をとらえるための各種理論も簡単に紹介しています。家族看護学に関心をもつ入口にもなればと思っています。

上野:今後さらなる対応が求められるであろうトピックスとして、災害への対策(第Ⅹ章4節「地域・在宅における災害対策と備え」)やICTを活用した在宅看護(第Ⅲ章4節B項「在宅医療で活用されているICT」)についての内容も盛り込みました。災害についての内容は東日本大震災を受けて改訂第2版で追加しているのですが、その後も本当にたくさんの災害が起きてしまいました。災害の種類や程度は千差万別ですので、ひとつの事例にとらわれないよう、いざという時に冷静になってどう動き、療養者を援助するかという一般論的な項目を立てられてよかったと考えています。

石垣:ICTはまだまだこれから発展していくでしょうから、今回はちょっとだけ頭出し、といったような体裁になりましたね。

上野:ICTの項目では、在宅看護の場面において日常的にタブレットPCなどのICTが活用されていることを前提として、遠隔医療・テレナーシングや介護ロボットの活用といった最先端のトピックスを中心に盛り込みました。最近の訪問看護ステーションでは、タブレットを器用に使いこなしていて、勤怠もスマートフォンで管理されている場面を見ています。「ああ、そういう時代なんだな」と感じています。ICT活用に積極的な訪問看護ステーションほど若い看護師が集まりやすいということもありそうです。

石垣:個人が入力した情報をWeb上で共有して医師や管理者、場合によっては多職種間でも見られるようになっていますよね。実際にオンタイムで共有できると嬉しい情報もありますし。次版改訂の時には、ICTについてさらに書くべきことが増えているでしょうね。

上野:第Ⅱ巻『支援論』は、技術的な話が中心ですが、こちらもとてもていねいにつくられた本になったと思います。執筆者のみなさんがリアルでとてもよい事例をくださって、看護過程もていねいでわかりやすいものを書いてくださった。事例ごとに、療養者の自宅の間取り図やエコマップを掲載し、初回訪問のアセスメント結果と抽出した看護課題をふまえた情報関連図も掲載しています。そして、立案した看護目標と看護計画についての「実施の経過と半年後の評価」、それを受けた「看護課題の見直しと看護計画の修正」まで展開しています。リアルな在宅看護を感じていただけると思いますし、ぜひ演習にも活用してもらいたいですね。

― 最後に、これから「地域・在宅看護」を担うことになる看護学生たちや、「地域・在宅看護論」の教育を担う教員の先生がたへのメッセージをお願いします。

石垣:今の自分たちは、先人たちが重ねてきた過去があって存在しています。そして今は最善でも、次の時代には次の最善が現れるものです。その時はよかれと思ってやったことでも、それが未来に影響して新しい問題を生み出しているかもしれない。本書ではたくさんの制度や専門職が生まれた経緯をていねいに取り上げましたから、たとえば「なぜ介護保険ができたのか」だとか、「なぜこんなにも人口が増えたのか」だとか、さまざまな切り口から人間というものを考えながら、学生にも先生がたにもぜひ学んでほしいと思います。

上野:今の在宅看護を学ぶ場では、「先生にこんな看護をしたいと言ったら、『それは間違っている』と否定されるんじゃないか」と学生が萎縮しているような気がしているんです。若い人の発想は突拍子もないこともあるけれど、それが意外と療養者の高齢者にとってプラスに作用することもあります。実務的なことはできなくても、療養者の話に耳を傾け、その中で看護師も知らない療養者の情報を引き出せることもある。だから、学生には若さや初対面であることを生かしながら地域・在宅看護をのびのびと学んでほしいし、勇気を出して自分のやりたい看護を教員に伝えてほしい。また、教員はそれをすぐに否定せず、「この学生はどうしてこう思ったんだろう」と立ち止まって考えて、まずは自由にやらせてみてほしいです。学生を見ていて「大丈夫かな」「ちょっとおかしいな」と感じたら、教員が補って声掛けをしたり、訪問看護師に頼んで生活の場を見せてもらえるようお願いしたりしてもらえるといいなと思います。

石垣:本当にそうですね。私は、在宅看護は人の真の姿に触れられる看護だと思うんです。だから、こちらも真の姿を見せながら療養者と向き合う。在宅看護初心者の学生たちには、「わからない」という真の姿を隠さず教員にさらけ出してほしいし、教員もまた学生のそんな姿を受け止め、一緒に考える姿勢をとってほしいです。教員もすべてを知っている人であらねばならないことはなく、新しい知識を得たら学生とともに喜ぶ、そんな姿を学生に見せて学生の学びに伴走していただきたいですね。
 地域・在宅看護は答えがひとつではない。だからこそ、自由で楽しくて、頭を柔らかくして取り組む領域なんですよね。ですから教員たちにもそういう風に地域・在宅看護と接してほしい。教員が怖がっていると、学生も自由な発想ができなくなってしまいます。まずは否定せず、自由に学ばせてあげてください。そういう姿勢で学生たちが地域・在宅看護を学んだのなら、地域・在宅看護の未来はきっと明るいものになると思います。

左から石垣和子先生、上野まり先生。共に千葉大学で訪問看護の教育を行っていた頃の一枚。(千葉大学看護学部卒業式後の謝恩会にて、2004年撮影)
[撮影者より許諾を得てトリミングして掲載]

(おわり)
 

石垣 和子(いしがき・かずこ)

今から56年前に東京大学医学部保健学科を卒業。その後大学院に進み保健学修士(東京大学)を取得。続いて『脳の話』(岩波新書)の著者である時実利彦先生に東京大学医学部で師事した後、東京都の研究所で神経生理学の研究員として従事した。1979年には医学博士を取得。34歳の時に自治体保健師として出直し、東京都の23区、離島(中野区、島しょ保健所、三宅村)で合計12年間勤務の後、都内の在宅ケア組織に身を置く機会を得、そこで訪問看護の独立が実る様相を見聞し、胸を熱くした。その後、看護系大学の増加の波に乗せられて48歳で看護学教員となった。それ以来国立大学3校、県立大学1校での教員経験を積み、最後の勤務先となった5校目の石川県立看護大学では学長として11年間勤務した。学生時代はバレーボールや留学生との交流などに励んだ。職業人となってからはスポーツ観戦を楽しみにしていたが、近年はあまり実現していない。
 

上野 まり(うえの・まり)

千葉大学看護学部を卒業。総合病院の慢性期病棟に勤務し、在宅看護の必要性を感じて日本看護協会訪問看護開発室に勤務後、訪問看護ステーションの管理者を経験。2000年より千葉大学看護学部訪問看護教育研究分野 石垣和子教授のもとで講師となる。2011年4月からは日本訪問看護財団の事業部長として、東日本大震災の被災地宮城県名取市の仮設住宅住民約2,000名を対象に、市の保健師やボランティア看護師と協力して被災住民への家庭訪問活動を展開し多くの学びを得た。再び2校の大学で在宅看護・老年看護の教育に従事し、2023年3月に介護離職。現在は看護教育・研究・訪問看護実践と、これまでの経験を生かし細々と在宅看護に関わり続ける一方で、老父の主介護者としての役割を担い新たな気づきを得ている。85歳まで訪問看護ステーションの所長を務めた看護協会時代の上司の最期に、床上で歌を一緒に歌った経験から、幼少期から続けてきた歌の重要性に気づかされた。地元のアカペラ合唱団に所属し、毎年春に横浜みなとみらい大ホールの舞台に立っている。

 

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