はじめに
大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)
今回は、福岡大学のVR導入のプロジェクトマネジメントを紹介します。
「なにかを新しくを始めること」は、人・物・金・情報が複雑に関連した、解決すべきことや手続きの集合体です。プロジェクト遂行の活動は、go/no-goの判断を求められることも多く、決して一路順風ではありません。プロジェクトマネジメントには、組織のビジョン、規模、構成員、風土や文化、様々な背景が絡み合い、それぞれの組織に合った対応が必要となります。
実際のプロジェクトは、小さな案件の積み重ねです。メンバーは、常に「As-Is(現状)」、「To-Be(理想)」を行き来し、その時々の問題とあるべき姿を考えながら地道に活動するのです。プロジェクトマネジメント活動の一般化は極めて難しく、そのため、参考事例を一概に自組織にあてはめることは難しいものです。しかし、筆者が本学VR導入プロジェクト遂行時に直面した課題が、多くの方の関心事項であり困りごとであることは経験的に確かです。
本学のVR導入のここまでの歩みについて、筆者自身はそれなりに奏功していると思っています。その理由は、マインドセットの統一がうまく行われたこと、プロジェクトマネジメントにおけるストラテジー(戦略)がフィットしたこと、リーダーシップとフォロワーシップがうまく作用したことであると考えています。筆者らのプロジェクトマネジメント活動を読者の皆様と共有することで、なにかしらの参考として頂けることを期待しています。
マインドセット:迷いが生じたときにも同じ方向を向けるようにする
大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)
マインドセット(心的態度)とは、「心の持ちよう」「考え方」であり、「自己認知」や「気持ちのリセット」によって変化がもたらされるものと言えるでしょう。ここでは、「新しい看護教育の価値創造にチャレンジしよう」という方向性を目指し、メンバーのマインドセットを統一するという意味として用います。
本連載第1回で述べた通り、VR導入は「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる人材養成事業(令和3年度補正)」の一環としての活動です。実は正直なところ、同事業への申請書作成の段階では筆者自身、事業の採択の可否について、採択可能性は低いだろうと半ば気楽に(謙虚に)考えていました。しかし幸いにも採択が決定し、学科全体で取り組むことが必要になりました。やらなければならない状況になりました。乗りかけた船にはためらわずに乗ってしまえ、という心境でした。
メンバー自身の裁量で、無理なく参画する
学科全体で取り組む際の最初の課題は、教員間でどう協力するか、メンバーの構成をどうするかでした。
プロジェクトメンバーの構成は、プロジェクトリーダー(筆者)とコアメンバー(申請書作成時のメンバー2、3名・メンバー変動あり。)、実働にあたっての中心的な役割となるアクティブメンバー(全体で約10名・メンバー変動あり。)を想定しました。プロジェクトリーダーである筆者の役割の中心は、コアメンバー、アクティブメンバー、関連部局の担当者、学外関係者に対するコーディネーションとコミュニケーションです。
そこで、プロジェクト活動は従来の課業に新たに負荷(Extra work)が加わることになることも考慮し、負担感を少しでも軽減できるよう、メンバーの活動は、その時の自分の意志でプロジェクトに参画し、各自が情報を収集し、メンバー自身の裁量の範囲で最大限に貢献することを前提としました。
プロジェクトへの考え方を共有する
プロジェクトチームの活動開始にあたっては、メンバーはもちろん、学科教員のマインドセットが重要であると考えました。申請書作成時のメンバーは、これまで学内の委員会活動等で協働した教員で、筆者のそれまでのEdTechに対する考え方や活動について共有していました。筆者自身の教育活動における考え方というのは、学習者が様々な体験を通して、自分の言葉で理解し、腑に落ちて、実践できるようになることから学ぶことが重要であり、そのためにテクノロジーをツールとして用いるという立場です。今回のプロジェクトでは、それがVRであり、シミュレーション教育にあたります。
ところが、コロナ禍における看護教育のDX活用については、個人的には、DX導入が目的化されていた印象を持っていました。コロナ禍、とくに緊急事態宣言下の当時は致し方なかったと思います。しかし、DXの本来の目標は、導入や運用ではなく、教育への貢献であるということを教員全員、少なくともプロジェクトメンバーは共通認識しておく必要があると考えていました。また併せて、この取り組みは学科の教育の劇的革新的な変化を目指しているのではなく、漸進的に緩やかに変化させるものであることについての理解もしてほしかったのです。
そのため、プロジェクトの目的、期待される効果、プロジェクトによっても解決できないことがあることなどについて、フォーマル/インフォーマルな機会に発信しました。
ストラテジー:タスクを洗い出し、活動展開の方策を立てる
大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)、坂梨左織(同講師)
続いて、VR導入のためにどのようなストラテジーを組むか、そのためにどのようなプロセスやタクティクス(戦術)を構築するか考えました。まずはガントチャート*を作成し、フェーズとタスクを整理しました。VR導入はコロナ禍による教育の応急策や弥縫策ではないことを筆者らは強く意識しており、プロジェクト発足時から、情報発信、評価、他機関との連携、組織化、継続化を視野に入れました。また、申請書提出の段階から、2023年度からの領域横断的な教育への展開を想定していました。
ツールを活用してタスクを遂行する
そこで、プロジェクトのタスク管理を確実に行うことができるように、今回のプロジェクトマネジメントでは、Microsoft社のグループウェア「Teams」でタスクを一元管理しています。タスクごとにチームを編成し、チャット機能や連絡用掲示板でプロジェクトの全てを稼働させるのです。
プロジェクト始動時のタスク(表)は様々でしたが、あらゆるタスクが可視化されたことで管理しやすくなったり、リアルタイムな意思決定が図れたりと、Teamsを取り入れたことによるメリットは非常に大きなものでした。実際に、対面による会議はほとんど実施していません。プロジェクトが本格稼働した2022年2月からこれまで、対面会議は3回の実施のみで、遠隔会議も1回のみです。
VR導入に関するタスク | VR教材の継続に関するタスク | プロジェクト運営に関するタスク |
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・ネットワーク環境の調整 ・無線LANの設置場所の決定 ・ネットワークセキュリティの確認 ・VR教材を用いた授業を展開する教室の決定 ・VR教材を用いた授業のデモンストレーションと評価 ・教員レクチャー ・科目内での展開 |
・VR教材の応用利用の検討 ・応用利用に向けたデータ収集 ・VR教材の活用状況の評価(データ分析) ・VR教材活用の継続化の課題検討、課題の抽出 ・課題への対策の検討 ・事業終了後の予算の検討 |
・組織化 ・学科外連携 ・VR導入に関する情報発信方法の検討 ・VR導入に関する情報発信 ・教育効果・活用状況・ニーズ等のデータ分析 ・予算執行状況・調整 ・活動・成果報告 |
活動当初の過程では、外部の企業(この場合、VRプラットフォーム企業)とのやりとりを行うことになりましたが、企業のタスクに取り組むスピードと、教員のこれまでのタスクに取り組むスピードが大幅に異なることで、とまどっていた教員も見受けられました。しかし、活動が進むにつれ、徐々に理解と協力を得られるようになりました。実際には、徐々にタスクが増え、今後はますます複雑になっていくことになりますが、概ね、ここまでは順調に対応できたのではないかと考えています。
VR教材の導入に向けて環境を整える
本学科では、VR利用の即効性に着目し、活動当初は自分たちでコンテンツを制作するのではなく、すでに公表されているコンテンツのプラットフォームを利用することにしました。そのため、まずはネットワーク環境の調整が必要になり、大学ネットワーク環境の調整を行いました。
プロジェクトのコアメンバーである筆者らはすでに、大学の「BYOD(Bring Your Own Device、個人所有のスマートフォンやPCなどのデバイスを授業で利用すること)プロジェクト」の学科担当でしたので、施設内のネットワークの種類や情報コンセントの位置、Wi-Fi環境を把握していましたが、VR教材のコンテンツプラットフォームの導入にあたっては、セキュリティ対策等の調整が必要となり対応しました。
VR教材の導入科目については、まずは利用できる機会があれば利用してみる、ということを基本に考えました。2022年5月下旬にVR機材が納品され、納品後に、教員や病院看護部で体験会を実施しました。その直後、学科では1年生の早期看護体験実習の一部の施設で受け入れ中止となる事態が生じたため、その代替実習として、同8月に本学初となるVR演習を実施しました。
同時に、学内外に向けた活用状況の情報発信に取り組みました。具体的には、学内向けには教員や病院看護部向けの体験会や大学FD研修会の講演、学外向けには学会発表やEdTechに関する選考会イベントへのエントリーなどを実施しました。活動と同時進行での情報発信は、活動実績を形に残すことができたり、その時々の活動を俯瞰し再共有できる機会になったり、教員のキャリアに貢献できたりと、いろいろな意味で有効であると考えています。
リーダーシップとフォロワーシップ:迅速な決定とメンバーとの相互のフォロー
大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)
EdTechに関する取り組みを定着させ継続的に展開するためには、その目的や目標を熟知した担当者の存在が不可欠です。これについては、プロジェクト当初から重要な課題として念頭におき取り組んでいます。この課題解決の一環として、筆者らはリーダーシップとフォロワーシップによる意思決定プロセスに至りました。
本プロジェクトには「コロナ禍における看護教育DX推進」という大義がありますが、一方で国の予算による時限事業であるという側面があります。期限内に一定の成果を上げ、継続化につなげるという視点も重要です。そのため、プロジェクト開始から約1年間というスピードが求められる状況では、これまでの学科内でとられてきたボトムアップ型の意思決定プロセスでは間に合わないと考えました。
導入当初は、様々な判断を短時間で下すことが求められるため、しばらくはトップダウン型の意思決定をとることが、プロジェクトの目標達成に効果的だと判断しました。いずれ、組織化や継続化の取り組みへ移行する場合には、トップダウン型ではなくボトムアップ型での駆動が有効になると考えており、意思決定システムの検討を行うことになると思います。
プロジェクトリーダーはどうあるべきか
リーダーは全体を統括しますが、関連部署等の調整も行い、そのプロセスと結果についてTeamsを用いて情報を共有します。VR導入当初から数ヵ月は、毎週10件以上の案件が共有されました。
筆者自身、強いリーダーシップを発揮できるほどの能力はありませんので、実働にあたってはコアメンバーやそれぞれの役割のアクティブメンバーと相談しながら活動しています。リーダーとメンバーという関係ではなく、互いが互いをフォローし合う関係であることを意識しています。そして、その様子を見て活動に関心があると思われる教員には追加でアクティブメンバーとして参加してもらう、というスタイルです。結果的に、メンバー全てがフォロワーとして互いの活動を応援し合うという形になり、アクティブメンバーの追加募集でも多くの教員から自主的な参加意志を示してもらうことができました。アクティブメンバーとして参加していない教員からも、VR教材の導入活動を通して間接的に受け入れられ、潜在的なフォロワーとして存在してもらっていると考えています。
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