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最終回:VRを看護教育へ活用し続けるために―評価や継続化の検討

最終回:VRを看護教育へ活用し続けるために―評価や継続化の検討

2023.03.28大田 博、長谷川珠代、池田 智、掛田 遥(福岡大学医学部看護学科)

 前回は看護学教育の場でより求められるVRコンテンツの制作過程についてお話ししてきました。今回は、看護学教育におけるVRの課題として、評価や継続化に関する話題をお伝えします。

プロジェクト評価と課題

池田 智(福岡大学医学部看護学科 助教)、掛田 遥(同助手)

 今回は本プロジェクトの評価、つまりVRを看護学教育に導入した際の定量的な教育評価に焦点を当てます。今後、様々な看護学教育の場面でVRが導入されることが予想されますが、「VR導入後の教育評価をどのように行うか?」については、非常に頭を悩まされる問題で、本プロジェクトの課題でもあります。ですので、本項の多くが理想論を含んだ内容になっていることをご承知おき頂いたうえで、まずはVRの教育評価に関連する補足的な話から始めたいと思います。

VR教育におけるリスク

 VRの可能性は無限大ですが、万能ではありません。VR単体でカリキュラム内の教育目標を達成することはできませんし、VRが看護学教育のすべてをカバーできないことは先行研究でも示されています。また、VRというツール先行型の教育計画を立案した場合、VRを使うこと自体が目的になってしまい本末転倒です。ある科目の特定の教育目標をターゲットに据えたとき、その内容に沿ったVRコンテンツがなければ意味がありませんので、コンテンツのバリエーションも非常に重要な要素になります。
 つまり、VRを導入する際には“VRは数ある視聴覚教材のひとつ”というマインドセットを個々の教育者が持ったうえで、教育目標(もしくはその一部)に沿った内容のコンテンツの確保が絶対条件であることを認識し、VRコンテンツに登場したシーンを教育内容の中に演出することが重要かと思います。以上を踏まえたうえで、本題に移ります。

看護学教育にVRを導入する際の教育評価

 看護学教育におけるVRの教育評価に関する動向を把握する目的で、論文検索を行いました。「看護学教育」「VR」「評価」のキーワードで検索したところ、10数件ヒットしましたが、定量的な教育評価を主要アウトカムとした論文は数件のみでした。次に同様の方法で海外論文の検索を行った結果、過去10年で180件ほどヒットしました。その全てに目を通したわけではありませんが、その中に“Effectiveness of Virtual Reality in Nursing Education: Meta-Analysis (看護学教育におけるVRの効果に関するメタアナリシス1))”という本項のテーマにマッチした論文がありましたので、簡単にご紹介します。

 この研究はVRの評価項目を、知識(knowledge)、技能(skills)、満足度(satisfaction)、自信(confidence)、パフォーマンス時間(performance time)について報告している12件(研究参加者は計821名)の先行研究を対象としたメタ解析でした。結果、「VRは看護学教育において効果的に知識を向上させることができるが、技能、満足度、自信、パフォーマンス時間の分野では他の教育方法と比較して高い効果は得られないことが示唆された」1)とのことです。この結果を踏まえますと、VRを他の教育方法と併せてうまく補完的に活用することが重要なように思われます。

看護学教育におけるVRの教育評価のリスクと課題

 当然のことながら、教育、研究にかかわらずVRの教育評価を検証するためには他の教育方法との比較が重要になりますが、懸念事項もあります。もしも授業と併行してVRの教育効果を検証するなど期間が限られている場合、あるグループはVR(もしくは他の教育方法)の恩恵を受けることができるが、あるグループは受けることができないといった、学生への不利益につながるケースも想定されますので、そうならない配慮が不可欠になります。研究上であればクロスオーバーデザイン*1が適しているように思われます。
 いずれにしても看護学教育におけるVRの教育評価(とくに定量評価)は発展途上にありますので、研究ベースでのエビデンスの蓄積が重要です。加えて、教育カリキュラム上でVRの教育評価を検討する場合は、カリキュラムの教育目標に沿ったVRコンテンツを選択し、各教育機関の事情に応じて工夫することが必要かと思われます。

*1クロスオーバーデザイン:対象者を2群に分け、2つまたはそれ以上の介入を行う順序をランダムに割り付ける研究デザイン。A群を介入群、B群をコントロール群としてデータをとり、その後一定期間をおいて、A群とB群を入れ替えデータをとる。
 

継続化と今後の展望

長谷川珠代(福岡大学医学部看護学科 准教授)、池田 智(同助教)

 ここではプロジェクトの継続化を経営資源の要素である「人材」「資源」「資金」「情報」からとらえ、本学の状況と課題について述べたいと思います。

人材

 プロジェクト開始と遂行にあたって、最も大切な要素は「人材」です。計画性を備え、かつリーダーシップがとれる人材がおり、それに追随して、主体的に動くメンバーがいることが重要です。また、本学には若手メンバーの活動を組織的に支える環境があり、固定した人材だけがかかわるのではなく、進行に応じて関心のある人材がプロジェクトに参加できるよう適宜呼びかけています。それが、本プロジェクトにかかわる人材が適材適所で力を発揮できている理由だと考えています。

資源

 本プロジェクトの継続化に影響する最も大きい資源としては、大学病院があります。看護部を中心に本プロジェクトへ関心を寄せて頂いており、オリジナルのVR看護コンテンツ開発にあたっては、制作環境の提供やコンテンツ活用に向けた意見交換など、ご協力を頂いています。医療や看護の世界が日々進歩する中、社会の期待に応える看護人材の養成と現場への活用を目指したVR看護コンテンツを開発するにあたっては、臨床現場との協働体制は大変重要で、これは我々にとって大きな資源です。臨床と教育の乖離を防ぎ、異なる組織である臨床機関と教育機関がともに教育やケアの質向上を目指すものとして「看護連携型ユニフィケーション」が言われるようになって久しくなりますが、今後、本プロジェクトが卒前・卒後の継続した人材育成のいっそうの充実に果たす役割は大きいと考えます。

情報

 事業成果の一環として、また事業の継続や拡大、仲間づくりという点において内外に向けた情報発信は重要です。大学や学科のホームページを通したタイムリーな発信をすると同時に、情報を得るための「場の創出」も意識しています。たとえば、各種学術集会での活動報告やワークショップの開催や、様々な対象に向けたVR体験会の企画を通して、参加者のリアルな反応や感想や意見を得ることは、メンバーにとって励みになりますし、次のアイディアがひらめく場として有効です。その際、新規に企画を立てるだけでなく、オープンキャンパスや卒業前技術演習など、元々計画されている人が集まる機会を活用するほうが、負担が少なくて効果的です。

卒業前の4年生向けに「卒業前VR体験会」を実施。教職員の体験も受け付けた。看護教育にも活用できるコンテンツを通して学びを深めたり、VRの有用性を体験してもらった

 

「卒業前VR体験会」に参加し、ゴーグルを付けてVRコンテンツを体験する本学4年生の様子

資金

 プロジェクトの継続化に欠くことができない要素であり、資金確保に向けては、内部資金(学内予算など)と外部資金(行政からの補助金など)という2つの視点から戦略的に動く必要があります。本学においても機器メンテナンス費用をはじめ、継続化に必要となる莫大な経費の捻出には苦慮するところです。限られた予算内で配分を得るためには、その必要性と根拠、予算の妥当性と効果を説明できることが重要です。そのために早期から学科での実績と発展的な活用可能性を発信し、学部や大学病院、大学全体など、より大きな組織体での連携した活用を目指すこと、また教員だけでなく事務組織とともに考え、動ける協力体制が要になると考えます。
 外部資金の獲得については、国や団体などが発信する情報をとらえ、彼らとVR活用の共通イメージが持てるように“見える化”することが重要です。チャンスの波が来たとき逃さず乗るためには、小さなことですが、日常的に地域社会の課題に視点を広げ、その解決に向けたアイディアを話題にしてワクワクできること、すなわち夢を語り合える仲間とその土壌づくりこそが大切なのではないかと筆者らは感じています。

エピローグ

大田 博(福岡大学医学部看護学科 講師)

 筆者らは、VRを看護学教育に導入し、VRの大きな可能性とそれと同じくらいの課題も感じています。
 まず、VRは思考を刺激するのに適した道具であり、看護学教育と相性が良いと実感しました。また、VRと様々な教育手法を組み合わせることで教育効果が相乗的に発揮されるとも思っています。DVDや動画など従来の2D教材は、学生全員が一斉に視聴・閲覧できることから、教材から得られる情報を共有しやすく、それを題材にした学生と教員、または学生間の円滑なコミュニケーションが可能である一方で、画角や視点が作成者により管理されており、学習者の関心の範囲が制限されます(教師依存になりやすい)。半面、VRの仮想現実の中では、学習者の視点で自由に見ることができるので、学習者自身の関心領域に焦点を当てられます。
 また、VRの身体面、心理面へ与える刺激によって、学習者の感覚や運動が補われたり拡張されたりし、その経験が、学習者の認知や思考を刺激し、その後の学習行動に影響を与える期待があります。筆者はとくに、VR体験を通して、既習の知識や経験を相対化させることで学びが深まる(または、VR体験がその後の学習や経験により相対化されて学びが深まる)と考えています。また、ポストコロナにおいては、これまでの実習での状況をより深く学ぶことが出来るほか、従来では実習できなかった希少な状況、リスクの体験、災害などの状況の体験も可能になります。これはVRの強みです。

 少し未来の看護学教育について考えると、看護学教育においてVRがますます活用されていくことになると思います。そのためには、VRに関連するデバイスやアプリケーション、教育用コンテンツの充実、使いやすさの向上(ユーザーフレンドリ―)、長期的な費用対効果、導入による効果の検証、安全性、コンテンツに関する著作権をはじめとする法的問題など、様々な課題があります。また、それぞれの組織においては、取り組みに専念する人的・時間的・金銭的などさまざまな課題を抱えているのも事実です。
 しかしながら「まずは多くの学生や教員の方々にVR体験をしてほしい」と考えています。VRを体験することで、その楽しさや可能性、課題を実感でき、そこからアイディアも生まれてくると思います。最近では、VRを体験できるVRゴーグルにも安価なものがあり、購入しやすくなっています。ゲームセンターやイベントなど、VRを体験できる場も増えています。教育関連のVRコンテンツも複数の企業が開発を始めています。VR体験のハードルは低くなっています。

テクノロジーとどう向き合うか

 VUCA*2の時代と呼ばれる昨今、将来の予測が困難な中、社会は構造変容が進んでいます。学びの在り方や方法も変化し、DXやEdTechが教育の新しい価値の創造を加速させています。そのような中で、我々は看護学の教育者として世の中の流れを落ち着いて諦観し、枝葉末節に振り回されることなく、正しいと思う選択をする必要があります。何を大切にするべきか、テクノロジーとどう向き合うか、従来の教授方法で育まれた価値をいかに守るか、これまで同様に自問自答を続けることになります。実際の取り組みは、諦観と希望を行き来しながらの日々です。

*2VUCA(ブーカ):volatility(変動性)・uncertainty(不確実性)・complexity(複雑性)・ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語。社会やビジネスにとって、未来を予測することが難しくなる状況を意味する。

 本連載では福岡大学のVR導入までの道のりと看護学教育への活用の取り組みについて報告しました。取り組みの展開においては、科目や学科・大学での利用拡大といった横展開と現在の利用状況をより深化させる縦展開に注意しながらうまく前進させるようなプロジェクトマネジメントが求められるという点から、プロジェクトマネジメントについても若干の経験を共有しました。本連載が、新たな看護基礎教育のあり方や未来に向けた取り組みについて、多くの皆様と知見を共有できる機会になることを期待しています。

引用文献
1) Chen F-Q, Leng Y-F, Ge J-F, et al : Effectiveness of Virtual Reality in Nursing Education: Meta-Analysis. Journal of Medical Internet Research 22: e18290, 2020,〔https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32930664/〕,アクセス日:2023年2月28日
 

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大田 博、長谷川珠代、池田 智、掛田 遥

福岡大学医学部看護学科

企画投稿

福岡大学  VR導入までの道のりと看護学教育への活用

看護基礎教育の世界で注目を集め始めている「VR(仮想現実)」。本連載では、福岡大学でVR教材導入を推進した大田博先生を始めとする同学プロジェクトチームの先生がたより、同学における一連の取り組みについて頂いた報告をお届けします。

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