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エピソード2 看護が学べるデジタル仮想の町(後編)―ミッションタウンができるまで

エピソード2 看護が学べるデジタル仮想の町(後編)―ミッションタウンができるまで

2022.02.04藤野 ユリ子(福岡女学院看護大学看護学部 教授/シミュレーション教育センター センター長)

 今回は「看護が学べるデジタル仮想の町」後編としてミッションタウンができるまでの歴史(プロセス)を第1~10歩にわけて紹介する。前編で紹介した事例演習のICT化は福岡女学院看護大学にとって大きな成果であったが、仮にICT化までたどりつかなかったとしても(第4歩で終えていても)、事例を共有する過程で得られたメリットは大きかったことを実感する。これから紹介する成果のいくつかは、“いまのところICT化を目指さない”教員の皆様にとっても何らかのヒントになりうると信じている。
 各歩に合わせて、役立ちそうな“ヒント”や得られる“成果”をまとめているので、それのみ拾い読みしていくのもおススメである。

@福岡女学院看護大学

2016年~ きっかけは「シナリオ事例の共有」

第1歩 領域・学年を超えて事例を共有することのメリットを確認する

 事例を共有する発想はシミュレーション教育センター運営委員会(以下、委員会)の話し合いの中から生まれた。公衆衛生の教員が発起人であり「各領域の看護過程で活用している事例を共有できれば退院後の生活につながる」「学年を超えて事例を共有することで学生の思考がつながる」という発想から、ミッションタウンプロジェクトはスタートした。
 共有事例を選定するために、まずは全領域が授業・演習で活用している事例を収集することから始めた。集まった事例は70件を超えたが、重複する疾患を削り、共同利用が可能な事例を選んだ。絞り込みの選定基準として、①看護過程や実習で多く経験する事例や、②国家試験に頻出される内容を参考にした。

ヒント  共有事例は全領域から集め、①実習等で多く経験する事例、②国試の出題基準を参考に絞り込む。

 

第2歩 他領域の教員と交流し互いの考えを知る。教育内容を精選しながら多様性も維持する

 疾患を選定する段階では、重症ばかりでなく予備群も含めることを意識した。また、経時的な変化を伴う疾患も含め、同じ事例でも学年ごとに症状や治療内容に関する情報量を変化させながら提示できるようにした。あらゆるライフステージや家族形態、介護負担や経済的問題なども背景に含めた。
 このプロセスにおける他領域の教員との交流はとても有意義な時間であり、それぞれの専門領域のこだわりを知るとともに、他の領域で教授している教育内容を理解することで、バランスよい教育内容の精選につながった。

2017年~ 住民や町を構想し始める

第3歩 事例の羅列でなく町に住まわせるとリアルになるのではと思いつく

 事例が集まってきた段階で、単に事例を羅列するだけでなく、仮想の町を作ってそこに住民として住まわせればよいのではないか、という発想が生まれた。「大学の所在地である古賀市のデータを基に町の概況を設定すれば、住民の傾向が表れリアルな家族情報が設定できる」「どこまで住民を増やそうか。健康な人も必要。全ライフステージの住民を網羅したい」「入院患者は設定せず、授業のときだけ入院させる」「戸建てやマンション、アパートなど多様な住環境を設定しよう」「社会資源は何を設定するか」など、約半年をかけて町つくりの構想と検討が行われた。このようにして住民と町の概況が決まったのち、次の段階として事例活用方法の検討へと進んだ。

第4歩 患者が住む町を小冊子のなかにまとめて教員と学生が共有する

 当初は、住民9世帯32名を掲載した小冊子(図1)を学生へ配布し、教員と学生が事例を共有するというかたちをとっていた。小冊子に掲載している事例の情報は、健康状態を最小限にして、その住民を活用した学年や科目が記載できるようにした。この冊子を教員も活用することで核となる住民や疾患事例を定め、それらを共通言語のようにして学内で話し合うことができた。このように、共有事例や町づくりの段階から、住民や町継の継続的な運用について検討する段階へ進んできた。

図1 ミッションタウンは小冊子の共有から始まった
@福岡女学院看護大学

ヒント  ICT化が難しければ小冊子の共有でも効果がある。

成 果  住民や疾患事例を領域・学年を超えた共通言語として、話し合いの対象とすることができた。

 

2018年~ Web版の開発が始まる

第5歩 Web版は小さく始める―まずはβ版(プロトタイプ)から作る

 町の概況は手書きで青写真を描きながら構想を練り続け、徐々にミッションタウンのインフラが決定してきた。そして「Web上の町から患者情報が得られると面白い」という発想から、Web上にミッションタウンを試作する段階へと進んだ。試作段階のβ版は、教員の家族であるシステムエンジニアの協力を得て、HTMLを使ったホームページ制作のプロセスで作成した。この段階では、異なる専門分野の方へ作りたい教材イメージをイラストや写真などで示し、どのように活用したいかを伝えることが重要である。
 町の概観や住民がWeb 上で視覚化されることで教員の発想は膨らみ、町の詳細が次々と詰められていく。この時期に本学の学院活性化助成金を得て、Web教材ミッションタウンが具現化する段階へ進んだ。 

ヒント  身近にSEさんがいれば協力を求めてみる。もしくは総合大学等で構内に工学部等があればアドバイスを求めてみる。

成 果  町がWeb上で視覚化され教員の発想がさらに膨らんだ。

 

第6歩 本格的なWeb版をつくる(2019年~)

 β版から本格的なWeb教材への展開は、地元のベンチャー企業の協力を得た。これまでにないものを生み出すプロセスは、苦しくもありエキサイティングな体験でもある。たとえば、学年を超えて事例を活用するためにどうするか? 事例の年齢は何歳に設定するか? 学習課題の住民の住居を探す方法は? スマホで活用するには? など解決すべき課題は次々と生じたが、そのつど、企業との打ち合わせでアイディアを出し合いながら進めてきた。
 また、看護学以外の領域でのミッションタウン活用も広がり、市役所の統計課から住民2,695名分の健診結果を活用する保健統計学の演習も始まった。このようにミッションタウンの開発により他分野とのつながりも広がっていった。

ヒント  Web版は試しに自分たちで作ったあとで業者に依頼しても遅くない。

成 果  教員の発想が他分野へのつながりにも発展し、実際の健診結果の活用や保健統計学の演習も始めることができた。

 

2020年~ さまざまな機能の充実

第7歩 共有IDから個人IDへ/360度カメラデータ閲覧機能を追加する

 Web上で住民の自宅や病院での状況を確認できることは画期的であったが、学生は共有IDを用いていたため、一方的に情報を確認するツールとなっていた。次の段階では、学生が個人IDを有しマイページで学習管理できる機能が追加された。課題提出や学習記録が蓄積されるeポートフォリオとして活用できるようになった。
 また、住民のお宅へ訪問すると360度カメラで自宅の様子が確認できる機能も追加され、住民の生活が具体的にイメージできる教材となってきた。

第8歩 マイページ機能の充実

 課題提出により学習ポイントが付与され、自分の分身であるアバターのアイテムを学習ポイントで追加できる機能を追加し学生の関心も高まった。このようなアイディアはゲームのデザインや原則を用いて、学習意欲の向上を図るゲーミフィケーションの発想につながる。ポイント設定では、課題提出で何ポイントにするか? タウンの訪問ポイントはどうするか? アバター設定では、デザインやアイテム開発をどうするか? アイテムは何ポイントで購入できるか? など、教員もゲーム感覚で楽しみながら、マイページの開発を進めた(図2)。

図2 マイページで学習履歴や自己のスキル,学習ポイントを確認する
@福岡女学院看護大学

ヒント  学生の学習インセンティブを強める設計を意識する。教員が教材づくりを楽しむ心は学生に伝わる。

 

第9歩 学年・領域を超えて活用してもらうために共有事例のブラッシュアップを重ねる

 現在ミッションタウンの住民は62名である。タウンの活用が広がり転入者が増えている。一方で、共有事例の活用が減ることも懸念されたため、中心となる家族を設定している(図3)。

図3 “共通言語”となる家族の背景を掘り下げる
@福岡女学院看護大学

 この家族は個々の人生年表を作成しており、授業や演習で活用する対象者の病状の進行や他の科目の進度も確認できる。たとえば、小野和子さんは、53歳でⅡ型糖尿病と診断され、58歳で経口血糖降下剤開始、59歳の時蜂窩織炎で入院、63歳でインスリン治療開始まで年表で確認できる(図4)。また、活用する事例は、教員の共有ファイルに書き込み、委員会で学生の学習状況とともに情報共有している。

図4 同じ対象者の人生年表を共有する
@福岡女学院看護大学

 対象者が生活する場をWebで確認できることは大きな利点である。また、同じ事例が学年を超えて繰り返し登場することで領域ごとにリセットされず知識の定着につながる(図5)。同じ事例が繰り返し出てくることにより事例への親しみを感じ感情移入ができることからも効果を感じている。

図5 領域や学年を超えて同じ事例を共有する
@福岡女学院看護大学

ヒント  1つの家族を掘り下げて、どの学年・どの領域からも演習の対象となるようにする。

成 果  知識や複眼的な思考が定着し、家族への感情移入が深まる。

 

2022年~ 町づくりのこれから

第10歩 eラーニングシステムを開発する

 現在、マイページにシミュレーションルームを開設し、核となる住民の健康課題解決の力を身につけるためのeラーニングシステムを作成中である(JSPS科研費20H04031)。このシステムは、動画等や画像を活用し対象者の生活をイメージしながら難易度の異なる課題に取り組む個別学習システムである。また、プログレスシートによる自己の成長が確認できる仕組みも組み込んでいる。
 今後はミッションタウンの利用状況やプログレスシートによる効果の検証段階へと進める。そして、検証後にはこの開発プロセスを他施設と共有し、タウンミーティング開催など他大学の学生との交流につなげたい。他学の町をWeb上で訪問しながら、対象者の生活が看られる看護職の育成に発展させたいと考えている。

期待される成果  学生が自己の成長をさらに明確に確認できる。他大学との交流、他大学への普及につながる。

 

町づくりの発展を支える仕組み

 学生との町づくり協議会も開催し、学生の意見も取り入れながらすすめていることも継続につながっている。協議会では学生の立場からタウン開発への意見を聞き取り入れるなど、教員と学生が一緒に町を育てる雰囲気がある。
 また、全領域の教員がかかわる委員会(毎月)でミッションタウンについて検討する機会があることも町の発展を支えている。ミッションタウン開発のプロセスにおいて、「学生にどのような能力を身につけてほしいか」「そのために何を学ぶことが必要か」について領域を超えて話し合い、核となる教授内容の精選につながったことも大きな意義である。

まずは小さな一歩から

 ミッションタウンは、学年や領域を超えてシミュレーション教育で活用できる住民を1名選定するところから始まった。つまり、これまでの授業や演習で活用してきた事例を領域間で共有することが第一歩となる。具体的には、成人看護学の術後患者を退院後の在宅の訪問看護で活用できるか、その家族が認知症で老年看護学につなげられるか、関連する社会資源・生活環境や家族をどう設定するか、を話し合うことで町づくりに広がる。
 このプロセスによりこれまで自分は何を大切にして看護教育をしてきたのか、看護観や教育観を見つめる機会となる。教員が互いに看護観・教育観を話し合うことにより、学生を中心とした新たな教育の発想につながる。今後Web教材開発を継続して発展させていくために、ICT技術に囚われず学生を中心にした教育をどう進めるかを教員間で話し合える土壌づくりを大切にしたい。

 
参考文献
1) 片野光男編:福岡女学院看護大学が開発した「第四の看護教材」ミッションタウンへようこそ,クオリティケア,2020
2) 藤野ユリ子ほか:領域をこえて活用できるシミュレーションシナリオづくり「ミッションタウン」プロジェクト.看護教育58(10):822-828,2017
3) 藤野ユリ子:学内全領域をつなぐミッションタウンと,地域にひらかれたシミュレーション教育センター.看護教育60(8):656-664,2019
4) 福岡女学院看護大学:ミッションタウンへようこそ.
https://m-town.fukujo.ac.jp/guest/description,アクセス日:2021年12月14日

藤野 ユリ子

福岡女学院看護大学看護学部 教授/シミュレーション教育センター センター長

ふじの・ゆりこ/産業医科大学医療技術短期大学卒業後、同大学病院に勤務。同大学産業保健学部、九州大学病院看護キャリアセンターを経て、2014年より福岡女学院看護大学に着任、2017年より現職。聖路加看護大学大学院(現・聖路加国際大学)修士課程修了、九州大学大学院医学系学府博士課程修了 博士(看護学)。ICTとシミュレーション教育を活用したワクワクする教育をめざして教育活動に専心している。

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