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学会レポート 日本看護学教育学会第33回学術集会「未来の看護をきり拓く 看護学教育のトランスフォーメーション」

学会レポート 日本看護学教育学会第33回学術集会「未来の看護をきり拓く 看護学教育のトランスフォーメーション」

2023.11.30NurSHARE編集部

 日本看護学教育学会(大島弓子理事長、前豊橋創造大学)は2023年8月26~27日の2日間、福岡国際会議場で第33回学術集会(藤野ユリ子集会長、福岡女学院看護大学)を開催した。4年ぶりとなる対面開催には1,201人(2日間ののべ現地参加者数)と多くの参加者が集まった。一部演題では、ライブ配信・オンデマンド配信開催も実施した。
 本レポートでは、本学会のテーマともなった「トランスフォーメーション」につながるDX(デジタルトランスフォーメーション)に関連した演題を中心に学会のようすを紹介する。

予測困難な時代に必要とされる看護教育

 冒頭の会長講演では藤野ユリ子集会長が登壇し、参加者や関係者に謝辞を述べた。今回のテーマを「未来の看護をきり拓く 看護学教育のトランスフォーメーション」としたことについて、藤野集会長は「予測困難な現代にあっても未来の看護をきり拓き、創造的な看護が実践できる人材を育成するため、看護学教育の変革(トランスフォーメーション)が求められる」と発言。その背景として少子高齢化などの社会の変化やそれにともなう疾病構造の変化、COVID-19のパンデミックにより教育実践の方式も変革を余儀なくされたことなどを指摘し、「看護職には、これまで以上に多様な場において、対象の多様性・複雑性に対応した看護を創造する力が求められるようになった。これまでの看護学教育の本質を見極めながらも、新しい教育方法の展開を考えてみたい」と思いを述べた。

実習記録のデジタル化に高まる注目

 26日に行われた交流セッション1「DX化の第1歩、実習記録をデジタル化へ ーLMSを用いた電子記録への移行、その活用方法と今後の展望」(企画代表者:北得美佐子教授、東京医療保健大学和歌山看護学部)では、実習記録のデジタル化に取り組む学校の現状や今後の課題などについて意見交換がなされた。

 最初に登壇した鈴木里美准教授(東京医療保健大学和歌山看護学部)は、同学の急性期看護学実習において、実習病院の理解も得られたことを受けて2022年度から実習記録のデジタル化を実施していると報告。学内で導入されている学習管理システム(LMS)の「WebClass」を用いることで、アプリケーションの導入コストを抑えながらデジタル記録に移行できたという。学生からの使用感は概ね好評で、実際に前年度の同実習の評価と比べて全体的に成績が上がっているそうだ。同学の教員らはこの結果について、「記録のデジタル化により浮いた時間を考えることに使えたことが成績向上につながっているのではないか」(鈴木准教授)と推測している。
 課題としては、安全性確保を目的に病院のfree Wi-Fiを含む公衆無線LANを使用禁止としており、そのために病棟で実習記録の記入ができないこと、行動計画の作成やパンフレットを用いた患者指導などの場面では、現状紙を使用せざるを得ないことが挙がった。これらの解決策としては、VPNなどのデータ保護が強力な仕組みの導入や、タブレット使用によるペーパーレス化の推進などが示された。

 続く萬代彩子助手(京都橘大学看護学部)は、同学成人看護学領域において試験導入した臨床実習を支援するICTシステム「F.CESS(エフセス)」やその使用感について発表した。実習記録のデジタル化について学内や実習先の各方面の了解をすぐに得るのは難しいという判断から、まずは演習で試験的に導入することにしたという。
 同システムは、実習専用であるため関連図を作成する機能も備えている。操作に慣れていない学生もすぐに適応でき、中には非常に緻密な関連図を仕上げた学生もいたそうだ。同学でも記録のデジタル化は概ね好評であった反面、PC操作が苦手な学生が一定数いることが課題とされた。また、システムを通じて学生・教員間のコミュニケーションを深めることも課題として挙がった。

 交流セッションに参加した聴講者からは、導入の方法や技術的なことから、どうのようにして関係各所の理解を得たかなど多くの質問が寄せられ、演題への関心の高さがうかがえた。

看護教育の課題を解決するための情報学

 2日目の朝一番には、真嶋由貴惠教授(大阪公立大学大学院情報学研究科)による特別講演が行われた。かつて看護師として臨床現場に勤務していた真嶋教授は、まだ医療現場でICTの活用が進んでいなかった当時、ワープロやPCを用いて仕事をする医師たちをみて「この技術を看護にも生かせないか?」と考えたことをきっかけに、情報学の道に進んだ。以降、「看護がよくなれば人はよくなる、人がよくなれば社会がよくなる」をモットーに、時代にあわせて登場する看護や看護教育の課題を情報技術を用いて解決したいと取り組んできたという。

 真嶋教授は講演の中で、DXに近い語句として見かける「デジタライゼーション」や「デジタル化(デジタイゼーション)」とDXの違いを説明した。デジタル化は電子署名やオンラインでの打合せなど、既存のものをデジタルに切り替えること、デジタライゼーションは書類管理をデジタル化してシステム上で管理できるように仕組みを整えるなど、業務の過程をデジタル化することをいい、DXは業務や企業文化・風土などを変革し、競争において優位性を確立することなのだという。さらに、これらは全く異なる概念ではなく、デジタル化、デジタライゼーション、DX、の順でつながっているそうだ。
 看護教育は学習者や社会のニーズに合わせて教育コンテンツや教育方法、教育モデルを変化させるとともに、それを教授する組織(看護学校)の風土や文化を変革させてきており、現在の世の中のDXの流れは看護教育にとっても新たなパラタイムシフトが求められていると真嶋教授は述べた。終わりには、「DXによる課題解決のためには、日本全国から知識やデータを集め、閉じた場所だけで共有するのではなく、オープンデータとして広く公開・共有することが重要なのではないか」と発言し、講演を締めくくった。

新人看護教員の授業づくりに関する悩みごとにヒントを

 真嶋教授の特別講演と同時刻、理事会企画「新人看護教員のための授業づくり~講義の授業設計に関する困りごととその対処~」が行われた。
 これまで同学会の教育活動委員会では、優れた教育活動を学術集会で模擬授業として公開する「看護ハナマル先生模擬授業」を実施してきた。企画のスタートから10年ほどが経過し、手本となる授業を発信してきた一方、授業づくりに困っている新人看護教員への手助けが必要ではないかという意見が寄せられたことを受け、同企画に踏み切った。
 プログラムは、まず最初に教員3年目の阿部宏史助教(藍野大学公衆衛生看護学)より困りごとの話題提供があり、その内容もふまえて、3名の先輩教員が授業づくりのヒントを講演するというもの。3名の講演後、簡単な質疑応答が行われ、最後に教育学を専門とする新井英靖教授(茨城大学教育学部)よりレクチャーがあった。

若手教員の実際の悩みを踏まえて授業づくりをレクチャー

 阿部助教は同僚らと相談しながら授業を考え教育にあたっているというが、授業の中で、「テキストの内容が全部重要に思えて、テキストを読み上げるような講義になってしまう」と悩みを述べた。また、「国試合格は重要だという意識でつい国試にはここが出る、などと言ってしまうが、一方で、国試のためだけに学んでいるわけではないのにそういうことは言わない方が良いのではないか、というジレンマがある」「学生に興味をもって授業を聞いてほしいが、どんな教材を用いればよいか」などといった課題を感じているとのことであった。
 これを受けて野崎真奈美教授(順天堂大学医療看護学部)は、授業設計(狭義と広義)や指導計画の書き方、評価(診断的、形成的、総括的)などの概要を説明。指導計画をしっかり作成しようとすると時間がかかり大変だが、指導計画から見えてくることや改善できることもあるため、荒くてもいいのでとにかく指導計画を書くことが大事だと話した。聴講者へは「学生の反応が悪いと落ち込むこともあるけど、せっかくやるからには、学生とのセッション(授業)を楽しんでほしい」と呼びかけた。
 続いて松田安弘教授(群馬県立県民健康科学大学)は、『看護学教員が講義の授業設計の過程で困難を感じる活動』(高橋裕子ほか,日本看護学教育学会誌 32(3-1):15-27,2022)にて報告された、教員が授業設計の過程で困難を感じる活動 37カテゴリを基に看護教員の困りごとについて解説した。さらに、話題提供者の阿部助教へは「方法よりもゴールが大事。教えたい内容にあった教材選びが重要」「学生の主体的参加につなげるためには思考を促す発問が重要」「教員自身が学習内容をよく理解しそれを教材に落とすことが大切。話すだけでは記憶に残りにくいので、視覚から覚えてもらえるよう教材化するとよい」「学生の学習意欲を刺激し興味を惹くために、情緒領域(態度、意欲、関心など)の目標設定をすること」と悩みに対して具体的な方策をアドバイス。「発問は学習内容に関連した問いかけであり、答えを求める質問に対し発問は答えを求めず思考を促すのがねらい。自分は授業の随所に発問を入れている」などと、発問の大切さについても語った。

「授業は教員のアート作品」

 三番手の白水眞理子教授(姫路大学看護学部)は、『看護専門学校の若手教員による講義の授業案を改善するための取り組み』(近藤奈緒子ほか,日本看護学教育学会誌 30(2):37-48,2020)の報告を基に、実際に授業案の改善がどのように行われているかを説明した。その中で授業案改善のポイントとして、「根拠・文献を示す」「講義に適した教材を用いる」「学生の興味・関心を惹くために、将来看護師になった際に役立つと思える内容を示す」などが考えられると述べた。
 阿部助教は、講師らの登壇後「他学年・他科目での既習内容をどのように扱うのがよいか」と質問。講師らからは「その日学ぶために必要な知識は最小限にでも提示して想起させた方が良い」「同じ概念でも領域や科目が違えばゴールが違うこともあるのでその科目なりの解説を適宜述べるとよい」などといったコメントが寄せられた。さらに、聴講者からは「問いかけの内容だけでなく、安心して答えられるような環境作りが必要ではないか」との意見が挙がった。これに対しては、「個人の意見として答えるのは難しいのでグループで検討して発表してもらう」「意見を述べたらまずそのことを必ず称賛する」といった講師らの日々の工夫が聞かれた。
 最後に、新井教授がこれまでの講義や質疑をふまえて授業づくりについてレクチャーを行った。授業は教員のアート作品のようなものであり、授業設計は意図的であるが授業自体は判断の連続の中で成立するものであること、計画と実施が循環・行きつ戻りつしながら実践していくことがまさに授業づくりの肝であることが述べられた。

おわりに

 久しぶりの現地開催となった今学会は終始賑わい、さまざまな場で参加者同士の活発な交流や意見交換が行われる機会となった。目まぐるしく状況が変転する予測困難な時代の中で看護や看護教育に何が求められるのか、さらなるトランスフォーメーションの発展が予見される。

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